青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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君は何処にいるんだろうか


二十九話 ようやく彼は重い腰をあげる

「また、人が減っていますね」

 

 会議室に入って、開口一番に松山がそういう。彼女の言う通り委員会に来ている人数があからさまに減っている。半数なんてものじゃない、見受けられるのは俺たちの他雪ノ下と執行部、その他数人のみしかいない。

 思わずうんざりとした顔になってしまったが、来ているメンバーがそれでもなお意欲的に仕事をしているのを見て踵を返して帰る訳にも行かず席に着いた。

 比企谷も既にいて、相変わらず目を腐らせながら仕事をしている。段々と社畜精神が極まっているな。いいぞ、そのまま社会的に更生してしまえ。

 比企谷に任せっきりというのも気が引けるし、そもそも人数が少ないので俺の仕事も多く、俺も同じように机の上に積み上げられているファイルに手をつける。

 積み上げられたファイルはそれなりに増えたが、許容範囲内ではあった。

 葉山が定期的に参加するようになった実行委員は、この少人数でも割り振りが改めて行われたこともあって表面的には問題はなかった。こと葉山においてはそこら辺の実行委員よりも働いているだろう。クラスのこともあるそうで、確か演劇の主役をやるからその演技練習などもあるだろうし、さらに有志としてバンドをやるらしい。それだと言うのにこちらの方も手伝ってくれるのだから、そのバイタリティは計り知れない。

 そんな順調に進んでいる文化祭実行委員ではあるが、いずれ問題が見えてくることだろう。まず間違いなく破綻する。雪ノ下か葉山、そのどちらかが欠けた時点で不味いのだ。そしてその雪ノ下も疲労困憊でいつ体調を崩すか分からない。

 なぜ俺がこんなに雪ノ下の体調が悪いと思うのかと言えば、俺自身体調が崩れるサインというのをよく知っているからだ。常に体調不良と睡眠不足と戦い続けている俺にとっては、限界がきた時の体調の変わりようというやつを知っている。

 如何に氷の女雪ノ下とて、やり過ぎればその氷の体も熱くなって溶け始める。そうなれば体調が崩れることは明らかなのだ。

 一日だけ、そう丸一日だけ休める日があれば彼女が積み重ねた疲労も解消できるはずだ。そして一日だけ彼女を休ませる方法。それはある。一日だけならば出来なくはない。

 しかし俺にそれをするだけの理由もなければ、権利もない。

 そもそも、一人でやれるのではなかったのか。だから俺たちの助力を拒んだのではなかったのか。

 一人でやれると俺たちに嘯き、関係がないから気にするなとふざけたことを宣って、その結果がこれだ。相模と雪ノ下姉に掻き回されて、実行委員は上手くいかず、そうして今はあいつも疲労困憊。全く。全くもって苛立ちが隠せない。

 あいつならば、彼女ならばもっと────彼女?

 

 待て。俺は今、誰を想像した?

 今想像したのは、今考えたのは。それはかつてのひまわりのように笑う君の姿で。

 

 ピタリと手が止まった。

 俺は天を仰いでしまって、そんな俺を松山は不思議そうに見ていた。 

 

「……?どうかしましたか?」

「……目が疲れた」

「なら、遠くの景色を見ると疲れ目には効果的ですよ」

「ああ……そうしよう」

 

 眼鏡を外して、俺はボケーッと窓の外を眺める。窓の外は未だに明るく、陽が沈む気配はないが、しばらくすれば向こうに茜色の空が覗くだろう。しかし生憎と、向こうの空には分厚い雲がかかっていた。きっと夜は雨だろう。

 この苛立ちの原因を全て理解した。その分厚い雲で覆われていた正体は、俺の未練と後悔から形作られた醜い願望の投影でしかなかった。

 

 

  その翌日、今日も放課後は文化祭準備をいそいそと皆それぞれのやるべき事をやっている。

 俺も一部それを手伝いながら委員会までの時間を潰していた。

 文化祭と言えば加藤から告げられたのは当日俺も扱き使うから宜しくという宣言であった。具体的に言えば、なんでもちょっとお高めのコーヒーをだしてそれを淹れる担当が俺なのだそうだ。記録雑務の仕事もあると断ろうと思ったのだが、文実の仕事の時は加藤が交代してやるらしい。

 元々加藤だけで回すしかないと諦めていたが、そこで俺がコーヒーを淹れることができると松山から聞いたそうで、これ幸いと俺の名前をシフトにねじ込んだそうだ。

 まあ、交代制ならばということで引き受けた。それに、加藤とはそれなりに珈琲の話で盛り上がれたのでその勢いでつい承諾してしまったというのもある。

 文実まではまだ時間がある。

 とにかく、今は加藤にでも指示を仰いでなにか仕事を探そうか。そう思った頃で、クラスの男子から声がかかる。

 

「田島。ちょっといいか?」

「うん?どうした」

「教室の外で平塚先生が呼んでるぞ。なんか用があるんだとさ」

「……わかった。わざわざ悪いな」

「気にすんな〜」

 

 そう言って男子生徒はヒラヒラと手を振って仕事に戻っていった。

 しかし、こういうのを見ると本当にクラスで受け入れられていると実感する。前まではもう少し、距離感があったのだが。

 松山が言うには『皆さん別に、田島くんのことが嫌いだとかわざと避けているだとかではありませんよ。単純にずっと無愛想でムスッとしたお顔でいるか、寝てるかで、殆どの人が話しかけるタイミングを見失っていただけなのですから』らしい。

 なのでクラスメイトはこれ幸いと俺に対して話しかけてきたりもした。とはいえ俺が眠いのは変わらないので、大体はこの居残りの時だけだが。

 それを俺自身は喜ぶべきか否かと悩みながら、平塚先生の元へ行った。

 彼女は窓際の柱に背中を預けて腕を組んで待っていた。俺がやってきたことに気づくと手を挙げる。

 

「やぁ、田島」

「こんにちは、平塚先生」

 

 もはや何度目かも分からない恒例の挨拶をした後、俺は平塚先生に要件を問う。

 

「なにかぼくに用ですか?」

「うむ。実行委員会の話なんだがね。それを話すにはここでは場所が悪い。場所を変えようか」

 

 そういった後、平塚先生はカツカツとヒールを鳴らしながら歩いていく。おそらく場所は生徒指導室だろう。文面だけ並べると、俺がなにかやらかしたかのように思えてくるな。

 しばらく廊下を歩いて、生徒指導室までやってくる。ガラス出てきた高そうな机を挟んで、黒い革張りのソファーに座って俺と平塚先生は向かい合う。

 

「それで、実行委員会の話と仰っておりましたが、そういうのはぼくより雪ノ下の方がいいのでは?」

「そうだな。しかしこれは奉仕部の話でもあるんだよ。君にだって関係のある話さ」

 

 奉仕部の話か。

 だがそれに関しても俺は今のところ関係性はないように思えるが。

 

「田島、君は今の実行委員会の状況についてどこまで把握している?」

「そうですね。相模実行委員長による宣言による実行委員の参加数減少。それに伴う参加者の負担増加。これは特に執行委員、その中でも雪ノ下の負担が激しい。そのせいで今や外部の人間に頼ることによって委員会を回している現状、といったところでしょうか」

「そうか」

 

 平塚先生は煙草に火をつけて、口にくわえた後、その先端から紫煙をくゆらせた。

 そしてゆっくりと、溜息のように煙を吐いた。

 

「そんな現状に、流石に放置しておけないと教師陣でも問題になっているよ」

「そうですか」

 

 それはそうだろう。幾ら生徒の自主性を重んじる校風があるからとはいえ、ここまで欠席者の増加という目に見える問題が出てきては教師陣とて黙ってはいられないのだろう。

 

「しかし、実際のところ文化祭実行委員会は上手くいっている。いや上手くいっているように見せている」

 

 それは正直今でも参加している委員や生徒会役員、そして雪ノ下の尽力の賜物だろう。それに雪ノ下姉や葉山の助力もある。だからこそかなり危ない綱渡りではあるが、ギリギリのところで保っているのだ。

 表面だけ見るならば、実行委員会は上手くいっており、問題も今のところ起きていない。ただただ、欠席者が増え続けているという問題があるだけだ。

 

「しかし、このままでは間違いなく破綻します。先生方は何かしらの対処はしないのですか?」

「あと数日様子を見て、それでも欠席者が尚変わらないのであれば我々から注意とペナルティの付与をしなければならなくなるだろうね」

「なるほど」

「しかし、一度欠席者の増加による注意という前例が入ると、次回以降の文化祭の開催にも色々と縛りを入れなければならない」

 

 平塚先生はまた悩ましそうにタバコの煙を吸ってから、重く煙を吐いた。

 

「我が校は進学校を謳ってはいるが、そのうえで自由な校風を特徴とする高校でもある」

「そういえば、パンフレットにそんなことが書いてありましたね」

 

 事実、総武校はかなり自由だ。校則もさほど厳しくない。そのせいで戸部や由比ヶ浜といったような、かなり派手な格好をして登校しても指導されたりはしないのである。平塚先生が時折スカートの丈の短さを注意していたりはするがその程度だ。

 

「そんな校風を特徴としながら、何かしらの縛りを増やすことになるというのも、実はあまり宜しくはないんだ」

「……仮に増やすとしたら文実はクラスの準備の参加を禁止するといったものですかね」

「そういう規則が増える可能性は否定できないだろうな」

 

 確かに、その規則が増えるだけで文実に参加しようと思う人間はより減るだろう。その結果集まる生徒が、無理やりやらされることになったやる気のない人物ばかりになると、文実自体の立行きも不安になる。

 こうしたイベント事で何かしら問題が起きると、次の世代次の世代とより規則が増えていって、自由な校風を謳っていたのに、その実態がこれかよという文句も出ることが想像できる。

 だから、教師陣も介入に日和っているということを平塚先生は言いたいらしい。

 

「まあ、言いたいことは分かりました。それでもぼくにそれを話す理由が見えません」

「ああ、そうだな。ここからが本題だ」

 

 平塚先生はステンの灰皿にタバコを押し付け、その火を消す。タバコの先端からは煙が燻っていたが、いずれ消えることだろう。

 

「田島」

「はい」

「奉仕部はいまどうかね」

「どう、とは……?」

 

 何を言っているのだろうか。

 奉仕部の一体何が本題なのだ。奉仕部の、何を聞きたいのだろうか。俺は確かに定期的に平塚先生に奉仕部の様子は報告しているはずだ。雪ノ下と比企谷が上手くいっていない事すら、この前奉仕部が一時的に休みになっていることを報告する際に伝えた。他に何を、聞きたいというのだ。

 

「簡単な話さ。君たちは今、正しい道を歩けているのかね」

「それは……」

 

 正しい道。正道。それを歩けている、というには俺たちは今バラバラすぎる。比企谷にしろ雪ノ下にしろ、由比ヶ浜にしろ。そして俺も。

 道を逸れている。何が正解か間違いか、そんなこと俺には分からないが、それでも正しい道ではないと思う。逸れている。あるいは迷っている。

 思考の沼にハマっていく。目の前が見えなくなりそうだ。

 

「……前に言っただろう?君には奉仕部の監督役としての働きを期待しているとね」

 

ハッとして顔を上げた。目の前では平塚先生が目を細めて、暖かな微笑みで俺を見てくれている。俺はそれに小さく笑ってから口を開く。

 

「奉仕部の、とは言っていないと思いますよ」

「おや、そうだったかね?」

 

 平塚先生はそうやっておとぼけた後に立ち上がった。

 

「タイムリミットは近いぞ。君は君の務めを果たしたまえ。さあ、もう行っていいぞ。委員会の時間も近い」

 

 頭が上がらないな。この人には。

 

「ありがとうございます」

「気にする事はない。約束したからね」

 

 負い目を感じながらソファーから立ち上がって生徒指導室を出ていこうとする。しかし、すぐに振り返った。

 

「……ああ、そうだ先生」

「なんだね」

「一つ、名前を貸して貰えますか」

「名前?何に使うんだ」

「実は一つだけ案がありまして───」

 

 俺から話を聞いた平塚先生は少しだけ苦い顔をした後、『焚き付けた手前仕方がない』と言って笑った。

 そして俺は改めて、生徒指導室を後にするのであった。

 

 

 さて、やるべきことは見つかった。するべき理由も与えてもらった。だったら後は実行に移すだけだろう。

 雪ノ下と対面するのは少し怖い。俺の愚かさと再び対面することになるからだ。

 俺は由比ヶ浜だけでは飽き足らず、雪ノ下にも彼女の面影を探していた。前に進むと言って、変わると言って、忘れると約束したというのにだ。だからこそ彼女であればそんなことはしないという怒りが込み上げてきて、今までのフラストレーションも込で癇癪を起こしてしまった。

 我ながら未練タラタラの上に身勝手で笑ってしまう。しかし俺はそれをこれからも探し続けるのだろう。きっと、いや間違いなく彼女を探し続ける。空いた胸の穴を埋めるために。

 だから変わらなければならない。全てを忘れて進む為に。

 だが今はそれを気にしている場合ではない。務めを果たせと言われたのだから、その務めを果たさなければならない。だから今はこの憂鬱を置いておこう。

 一心不乱に手を動かす。まずは目の前の仕事を片付けるのだ。

 しかし、理由もあってやるべきことも見えているのだが、それはそれとして。

 

「ああ、嫌だ嫌だ。やりたくない」

 

 そう思わず口に出てしまうぐらいには気が乗らない。やるべきだと思っている。やらなくてはと思っている。しかし腰が重い。

 好きにやれと言った手前今更何をどうして雪ノ下の前に立たなければならないのだ。それに俺の案も一日限りのその場しのぎのやり口だ。葉山に頭も下げなければならないし、やりたくなんぞない。

 腰も重ければ荷も重い。

 もちろんやるとも。ああやって大口叩いて平塚先生に焚き付けてもらって、名前まで貸してもらったのだからやるとも。

 心を無にして、雪ノ下以外の皆が帰るまで仕事を続けていた。

 

「田島くん」

 

 松山に声をかけられてハッとする。気づけば、日が沈みかけて斜陽が差し込み始めていた。会議室は多くの人はとっくのとうに帰っていて、残っているのは生徒会役員が数人と、雪ノ下。それと松山に俺だけだった。比企谷?とっくの前に帰ったんじゃないか。

 疲れからか眠たげな目を、いつも以上に眠たげにして、欠伸を噛み締めながら、片付けを終えた松山が立っていた。

 

「もう下校時間ですよ。その辺で切り上げて帰りましょう」

「いや……悪いがまだやることがあるんだ。先に帰っていてくれ」

「やること?お手伝いしましょうか?」

「ああ、もちろんしてもらうとも。だがそれは今日じゃなくていい」

「……何か企んでいますね?」

 

 俺はそれに肩を竦めることで答える。未だに腰は重いが、なんとか上げられるくらいにはなってきた。

 

「……後で聞かせてもらいますからね。私は面白いことが好きなのです」

 

 松山はそう言って会議室を去っていった。俺も荷物を纏めあげて、一旦会議室を後にした。

 しばらくした後、自販機で缶コーヒーを二つ買ってきて、会議室の前まで戻ってきた。当然の事だが、下校時間をすぎた校舎に人はほとんどおらず、先程まであった騒がしさは何処かへと行ってしまった。

 あるのは物悲しさだけだ。

 深く息を吸って、そしてゆっくりと息を吐く。灰の中の空気を全て外に吐き終えれば、覚悟を決めて会議室のドアを開けた。

 カラカラというスライド音に反応して、顔上げた雪ノ下が入ってきた人物を見るために視線をこちらにやる。そして目を見開いた。

 

「精が出るな、雪ノ下」

「あなた、さっき帰ったんじゃなかったの?」

 

 怪訝な顔をする雪ノ下に俺はニヤリと笑った。

 

「話をしに来た」

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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