青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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三十話 黄昏時にて

 シーンと静まり返った会議室には、当然雪ノ下と俺以外に人はいない。沈みかける黄昏時の空模様は藍色と茜色が混ざって、その斜陽が窓から差し込んでいる。

 もう時期夜になる。この昼と夜の境界線の時間が終わる時、完全下校時刻となるのだ。その前に雪ノ下とカタをつけなければならない。

 

「話をしに来た」

 

 雪ノ下はニヤリと笑う俺を見て、フッと溜息を吐くと再び動かす手を再開した。

 

「冷やかしなら帰ってちょうだい」

 

 そう冷たく言い放つ彼女の声色は拒絶を孕んでいる。その物言いには俺とは話すことはないと言外ににおわせた。

 俺はそんな様子にハッと小さく鼻で笑って、ホワイトボードの前に設置されている執行部の席に座って、ノートパソコンと向き合う彼女の隣へと近づいた。

 そして、その隣に腰かける。図った訳では無いがここは実行委員委員長の席だった。

 些か不相応な席だと自嘲しながら俺は口を開く。

 

「まあただ喋るのもお前の迷惑になる。どれ、少し仕事を寄越してみろ。手慰み程度にはなるだろう」

「……あなたに渡す仕事なんてないわ」

「それならそれで俺は構わんぞ。真面目に仕事に勤しむやつの隣で、お喋りに興じるというのも悪くはないさ。寧ろさぞかし気分がいいことだろう。あくまでこれは、お前への配慮のために提案してやっているに過ぎないからな」

 

 隣でカラカラと笑ってやれば、一度手を止めてこちらを睨む。しかし、すぐに諦めたように息を吐くと彼女は隣に積まれているファイルを一つ掴んで、俺の前に置いた。

 

「ならそれをやって貰えるかしら。暇島くん」

「良いだろう」

 

 そう言って彼女は俺に渡してたのは、文化祭当日に扱うであろう機材の借用書だった。学校の機材だけでは間に合わせられないものを外部の業者に発注して使用するので、故障などさせる訳には行かないとの事だ。

 既にできている借用書の不備がないかの確認と、それ以外未だに作成されていない、有志団体などから申請された機材の借用書の作成。それが俺の仕事だった。

 意外と面倒なのを押し付けてきたなこの女は。まぁこの程度ならば構わないのだが。

 申請書と借用書とを交互ににらめっこしながら俺は手を動かす。ペンを動かす音と、雪ノ下のタイピング音。しばらくは耳に入る音はそれだけで、黙々と作業をやっていたが、やがて慣れてきたので俺は口を開いた。

 

「それで本題だが」

「喋ってる暇があるなら手を動かしなさい」

「ハッ、この程度のマルチタスクなら余裕だ。いいから話を聞け。今後の実行委員の話だ」

 

 雪ノ下は沈黙を保つ。それが話の続きを促すものだと思ったので、俺は手を止めることなく言葉を続けた。

 

「平塚先生から色々と話を聞いた。なんでも文実の現状があと数日も続けば先生方から指導が入るらしい」

「そう……当然ね」

 

 雪ノ下は諦めたように呟いた。

 

「ああ、だから俺は今お前に提案をしに来た」

「……提案?」

 

 手を止め雪ノ下は一瞬視線だけこちらに向ける。すぐに再びキーボードを叩くのを開始したが、今のは話に興味を持ったサインという解釈で良いだろう。

 

「明日、丸一日学校を休め。雪ノ下」

 

 雪ノ下の手が止まる。それを見て、俺もペンを動かす手を止めた。そうして俺たちは互いに視線を交わした。彼女は酷く怪訝な顔をしていた。

 

「どういうこと?何を言いたいのか分からないわ」

「言葉の通りだよ。明日学校を欠席しろ。どうせ遅かれ早かれ体調を崩すと傍から見てもわかるんだ。仮病だとしてもバレんやしない」

「……要領を得ないわね。もっと詳しく話しなさい」

「仕方がない」

 

 俺はやれやれとかぶりを振った。

 さてとりあえず曖昧な物言いで雪ノ下に話を聞くだけの姿勢を取らせるのには成功した。下手に直球勝負で行くと耳を塞ぐ可能性もあるからな。思わせぶりな態度で行って正解だった。

 

「さっきも言ったが、お前は近々体調を崩すぞ。それ故に休めと言っているんだ」

「あなたが、私の体調のことを把握しているわけがないじゃない」

「いいや分かるさ」

 

 そう言って俺は雪ノ下をつま先から頭まで眺め見る。雪ノ下その視線を感じて、怯えるように距離を取った。

 

「何、急に。気色が悪いわ。盛るなら私以外の誰かにやってもらえるかしら」

「黙れ。お前なんぞに欲情するものか。……ふむ、それにしても隈が酷いな。化粧で上手く隠しているようだが、よく見れば黒ずんでいる。それに髪の手入れも怠っているだろう?毛先が纏まっていないぞ」

「……」

「そういえば、指にささくれができるのは血行が悪くなっているという証拠だ。ストレスによってもできるそうだな。ああそれと、髪で上手に隠したようだが、時折ニキビが見えているぞ?これもその位置はストレスだな」

「……」

「更に──」

「もういいから、やめて。本当に、やめてちょうだい」

 

 雪ノ下は羞恥心と怒りと恐怖が混ぜこぜになったような顔で俺を見ていた。いい気味だよ、全く。普段こちらをサンドバックのように殴ってくる仕返しだ。まあ、弱っているところを殴っているような感じもするので、そこまで胸の空くような想いという訳ではないが。

 

「ふむ、まだ指摘できる点は多くあるのだが……」

「気持ちが悪い。ストーカーなのかしら?四六時中私のことを観察していると?」

「お前のことを見ているくらいならば、蟻の行進を観察していた方がよっぽど有意義だよ」

「だったら、なんで」

「さっき見ただろう。お前のことを」

 

 雪ノ下は不思議そうな顔をして、はたと呟いた。

 

「まさか、あの一瞬で?」

「……人を知る、というのは人をよく見る必要がある。実際に見て、聞いて、本来であれば閉じこもった心に触れることがベストだ。それが俺なりのコミュニケーションの仕方なのだが、お前が相手ならば仕方があるまい。しかし幸いなのは今回はお前の体調の具合を見るだけ、そこまでやる必要が無かった。だったらあの程度の時間だけでも大凡は把握出来る」

 

 途端に言葉を発さなくなる雪ノ下。しかしその顔はどうしてか腑に落ちたかのように、納得がいった表情をしていた。

 

「そう。そういうこと。それでもあなたには関係ないと、以前にもそう言ったでしょう?」

 

 変わらず拒絶をする雪ノ下に呆れつつ、俺は言葉を続ける。

 

「あるさ。俺は監督役だからな」

「だから、それは」

「ああ、勝負の監督役としてなら関係がないと、言われたな。しかし今俺がここにいるのは奉仕部全体の監督役としてだ」

「……詭弁じゃない。そんなこと、平塚先生は一言も言っていなかったわ」

「俺もついこの間初めて知ったからな……平塚先生の口から」

 

 俺はとぼけたように肩を竦めた。

 そんな俺を見て呆れたようにため息を吐くと彼女はパタリとノートPCを閉じる。

 

「……借用書は?」

「概ね問題はない。記入漏れも幾つかあったが、それもついさっき記入し終えた」

「そう。なら今日はもう終わりにしましょう」

 

 雪ノ下がファイルやら何やらを鞄にしまい込んだ後、再び彼女は俺の事を見据えてくる。

 

「それで話の続きなのだけれど。明日休んで、私の代わりは誰がするの?」

「俺がする」

 

 迷うことなく即答した。雪ノ下雪乃の代理を俺がやる。これは俺の考えている案の大前提となる部分だ。変わることはない。

 そんな俺の態度に、いやおそらくはその内容であろうが、雪ノ下は目を丸くして少し困惑した様子だった。

 

「あなたが?」

「ああ。俺がお前に代わって副会長代理として参加する。その上で、一日だけ委員を全員参加させ、委員会全体の進捗を相模の宣言前の状態とほぼ同じにする。それが俺の狙いだ」

 

 そのための策と案もある。幸い、現在の委員会に参加しているメンバーの中にその策を実行可能な者もいる。その二人には貸しを作ることにはなるかもしれないが、それは些細な事だ。

 そして全ての実行委員を参加させ、現状の仕事を割り振り、ノルマを指定。指定したノルマを達成することによって、委員会を正常に戻す。

 これが俺の監督役としての務めだ。

 

「でもそれをしたところで、その次の日にはまた元に戻るわ。だとするならばそれをする意味がないと思うのだけれど」

「いいや意味ならばある。少なくとも教師陣の介入が少し遅れるだろう?そうなれば猶予期間が少しだけだが伸びる。それはお前にとっても意味があると思うが?」

 

 雪ノ下は俺の言葉に首肯する訳でもなく押し黙り、ただこちらを見つめるのみだった。俺はズレた眼鏡を上にあげ、沈黙をかき消すように言葉を紡いだ。

 

「……まぁ、なんにせよ、このままであれば教師陣に介入されてしまうというのは先程言ったが……それは俺としてはあまり好ましくない」

 

 このまま教師陣が介入すれば、教師の監視の目と共に、強制的にやらされるという状況になる。それの何処に自己の改革の余地があるのだろうか。変わるという意思を芽生えさせる余裕があるのだろうか。

 否である。そんなものが介在する余地はない故に、奉仕部の理念が崩壊し、それに伴って建前が崩壊するのだ。

 だがまぁ、実の所それはあまり関係はない。奉仕部の理念が崩壊することに関しては特に思うことは無い。関係ない、と雪ノ下からも言われているからな。

 俺が好ましくないのは、先生が介入すること。それによって生徒主導ではなく先生主導で委員会が進められるということの方だ。

 こうなってしまえば、もはや奉仕部の依頼など関係ないだろう。そこに雪ノ下も相模にも主導権は与えられないのだから。それは即ち、依頼達成は失敗に終わったことを意味する。それが、俺は好ましくない。

 

「例え、お前が個人で受けるのだとしても、奉仕部として受けるのだから、せめて依頼は完遂しろ。それがお前の責任であり務めだ。だが……それは今のお前では無理だ。焦って、ただ躍起になって、どうするべきかも見失っているお前には」

 

 だから、休め。俺は口に出さず、目でそれを伝えた。

 どうせ伝わってなどいないだろう。そもそも俺の意図すら伝わっているかすら怪しい。そのあたり、とかくこの女は察しが悪い。というか、自分の中の価値観が揺るぎなさすぎて、そこに他者の価値観が介在する余地がよっぽどの事がない限りはほぼない。

 比企谷もそうだ。だからこの二人はよくお互いの価値観で言い争いになるし、その点の譲歩をしようとしない。

 全くもって面倒くさい奴らである。俺も人のことは言えないが。

 とはいえ勘違いされても嫌なので、仕方がないと口にして言ってやろうと思った矢先に、雪ノ下が口を開いた。。

 

「……あなたの提案を、受けるわ」

 

 諦めたような声色だ。

 俺はため息を吐いた。まあ……別に意図なんざ伝わっていなくてもいいのだ。大事なのは俺が監督役として介入できることなのだから。

 ジーッと学校のスピーカーから、最終下校時刻のチャイムがなる予兆であるノイズを漏らす。そして完全下校時刻のチャイムが雑音混じりに鳴り始めた。

 

「そうか、助かるよ。なら、その大量の仕事郡を渡して貰えるだろうか」

 

 雪ノ下は何も言わずカバンを俺を押し付けるようにして、渡してくる。

 手提げカバンに入ったPCとファイル達はそれだけでも十分な重量を持っていて、ずっしりとした重さを腕に訴えてくる。いつもこれだけの荷物を持って登下校していたのか。それだけでも酷だろうに。

 俺は内心呆れながら、窓の外を見る。もう日は落ちきっていて、夜の帳が下りていた。

 俺は立ち上がって、雪ノ下の方を向く。

 

「そら、ボケっとしてないでさっさと帰るぞ」

「ええ。そうね……」

 

 雪ノ下は静かに立ち上がった。消灯をして、俺たちは共に会議室を出た。鍵を閉めたあと、雪ノ下は先に帰らせて職員室に鍵を返しにいった。平塚先生はさすがにもう帰ってしまったようで、残っていた先生に挨拶をして、俺は昇降口までやってくる。

 上靴を脱いで、運動靴に履き替えて俺は校舎を出る。ふわりと涼やかな風が吹いてきて、俺は夏が終わったことを感じながら駐輪場まで歩いていく。

 ベルトに着けたキーチェーンから自転車の鍵を取り外して自転車に差し、回す。ガチャっと言う音を鳴らして自転車の鍵が外れたので、俺は校門まで自転車を押して行った。

 校門に着いて、自転車に股がってそのまま帰ろうと思い、横を見ると雪ノ下の端正な横顔があった。

 

「うおっ……!お前、帰っていなかったのか」

「その……」

「……まぁ、よく分からんが、駅までで良いならば、送っていこう」

 

 相変わらずしおらしい雪ノ下を置いて帰るのはさすがの俺も気が引けた。

 自転車から降りて、俺はそのまま自転車を押す。歩き始めれば、自然と雪ノ下は俺の左隣に並んで歩く形となった。

 欠伸を噛み殺しながら夜の街道を歩く。立ち並ぶ街灯が歩道の先まで照らしていた。

 街灯の下まで歩いたところで、雪ノ下がふと立ち止まった。

 

「どうした?物でも落としたか?」

「……ねぇ、田島くん」

「あ?なんだ」

「……」

 

 聞いたっきり雪ノ下は口を噤む。

 その急に話を振ってきたと思ったら押し黙るのやめて貰えないだろうか。たまに比企谷と、何を思ったのか格好つけて材木座もやってくるのだが正直鬱陶しい。

 なにか文句でも言ってやろうかと思ったら、その横に固く結ばれた口が開いた。

 

「どうして?どうして、私を助けてくれるの」

「待て、助けるも何も──」

「私、あなたを怒らせたわ」

 

 雪ノ下は視線下にやって懺悔するように呟く。まるで子供が親に叱られることを怯えるかのように。罰の悪い表情をしていた。

 俺はそんな雪ノ下の態度に、毒気が抜かれて、多分相当間抜けな顔をしていることだろう。それと何故か安心した。

 以前、比企谷が雪ノ下のことを完璧超人と呼んでいた。俺にはついぞその意味は分からなかったが、やはりその評価は間違いだろう。雪ノ下は完璧でも超人でもない。どこにでもいる普通の女子高生、というわけだ。

 彼女も全てを照らすような太陽には、なり得ないのだ。

 深く息を吐く。

 

「勘違いしないで欲しいのだが、俺は別にお前を助けるつもりは微塵もない。それに、俺があの場で感情を抑えられなかったのは俺自身に原因がある。お前の気にすることではない」

 

 雪ノ下にかつて恋した少女を重ねてしまった。だからこそ理想と現実のギャップに、俺はおもわずカッとなってしまいああも激情を抑えることができなかった。ただそれだけの事だ。謝罪をする気はないし、別に気にしてもらいたいわけじゃない。いつか、その詫びを入れることになるかもしれないがそれは今ではない。奉仕部の現状を考えればおあいこというものだ。

 だから懺悔のつもりで、雪ノ下を助ける訳ではない。そもそも助けるだとかは俺の役目ではないし、もとよりそんなつもりで介入している訳でもない。

 

「俺はあくまで、俺のやり方を貫くだけだ。お前を助けるのはお前自身で好きにやってくれ」

「……そう。そうだったわね」

 

 雪ノ下は再び黙った後、前を向いて駅の方向へと歩き始めた。話は終わり、ということらしい。

 前を歩く彼女の顔は見えない。しかしその足取りは確かなものだった。

 互いに会話はなく、自転車の車輪がカラカラと回る音と、雪ノ下の履くローファーがアスファルトの地面を叩く音のみが聞こえる。この心地よい夜の静寂と共にしばらく歩けば、最寄り駅に到着する。

 雪ノ下は一度立ち止まって、「ここまででいいわ」と口にしてから、こちらへ振り返った。

 

「後で、仕事の要点を纏めたもの、メールで送るから」

「……早く寝ろよ」

「ええ。さようなら」

「ああ、ではな」

 

 雪ノ下は駅の改札へと消えていった。

 俺はそれを見送ったあと、自転車のサドルに跨った。ペダルを強く踏んで、夜の街へと漕ぎ出す。

 見上げた夜空では、まばらに輝く星と共に、煌々と月が光っていた。月は太陽の光を反射するから光るのだと、どこかで誰かが言っていたのをふと思い出した。

 小さな欠伸が出た。

 明日は正念場だ。家に帰ったら、色々と書類やらなんやらを精査しながら明日の委員会について考えなければならない。俺は自転車を立ち漕ぎして、少々急ぎながら、帰路に着くのだった。




次回 作戦開始

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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