青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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三十三話 つつがなく彼らの祭りの幕は上がろうとしている

  雪ノ下が復帰してからの文実はますます活気に溢れていた。それも俺が代理になった時よりも更に溢れていると言っていい。

 要因として何より雪ノ下が実行委員を全員参加の宣言を出したのが大きいだろう。彼女の宣言によって殆どの委員が毎回参加するようになったのだ。

 しかしそれだけでは彼らのやる気は上がらない。寧ろいい顔をしない人間の方が多いかもしれない。なにしろ今の今まで休んでいたメンバーも多いのだ。俺の一日だけ参加しろという甘い言葉に誘われて参加したであろうメンバーからすれば、全員強制参加というのはあまり歓迎すべきものではないだろう。

 そうした面を変えたたのが隣で積み上がる仕事にいつも通り、いやいつもよりも目を腐らせて仕事に励んでいる比企谷だった。彼が起こしたある行動が非常に大きな要因となっていると俺は見ている。

 彼はスローガン決めの際に『人 〜よく見たら片方楽している文化祭〜』と巫山戯たスローガンを発表して周囲を大いに凍らせた。それも彼のサボりたいという欲求込みでそのスローガンを発表したせいで、文実メンバーから『アイツがサボりたいだけ』『ああはなりたくない』と言った蔑みと、見下しの目を向けられるようになったのだ。

 比企谷が意図したのか意図していないのかは知らないが、少なからず周囲に伝播した悪意は悪意として返される。これによって比企谷は文実における嫌われ者になることが決定した。頑張らないやつはああなるというレッテル貼りと一緒に。

 故に、皮肉なことだが文実メンバーは仕事に励むようになったのだ。以前のような、一日だけなのだから仕事を早く終わらせれば、すぐに帰って明日からはまた休める。といった後ろ向きの理由ではない。彼の行いで、頑張れば格好いい、頑張らないやつは比企谷だといった風に彼らの中で意識付けができてしまったのだ。

 だからこそ彼らは仕事に励む。比企谷にならないように。

 とはいえ比企谷の自業自得の結果だから、庇ったりも誤解を解いたりもしないのだが。正直スローガンを発表した時はさしもの俺も苦笑いしができなかった。

 ああ……そういえば雪ノ下姉妹は笑いのツボが同じようで二人してツボに入ってしばらく笑っていた。特に雪ノ下姉からはより気に入られていたね。その調子で俺のことなんか眼中からなくなるくらいに気に入られて欲しい。

 多分、無理だろうが。

 ともあれ、そんなこんなで文実は抱えていた問題を解決し、今や文化祭開催に向けて皆同じ方向を見て進んでいる。そんな様子を見て、教師陣も安心したようで介入することをやめる方針に変えたそうだ。平塚先生から事後報告という形で伝わってきた。正直それが一番安心した。

 俺の努力が無駄にならなかったのだから。

 

「あ、あの代理……これ手伝って貰えますか?」

「俺はもう代理ではないからその呼び方はやめてくれ……全く、仕方がない。どれ、見せてみろ」

「ここなんですけど……」

 

 俺はと言えば、何故だが一年生に頼られることが増えた。未だに代理呼びだし。

 仕事が増えるから出来ればやめて欲しい。しかし文実において一度代理として全体の監修を務めたが故に、もはや今後の文実がどんな風に進むかわかっている。それと仕事の概要も理解があるので質問や仕事の手伝いなどで頼れるのだろうか。

 幾つか仕事を手伝ってやると一年はぺこりと頭を下げて自身の席へと戻って行った。

 そのままボケーッとしていたかったが、雪ノ下から鋭い視線が飛んで来たので俺も仕事に戻った。

 しばらくすれば、俺が任された仕事は終わる。時間もいい時間となり、自然と解散の雰囲気になっていた。

 周りに合わせて、俺も鞄を持って席を立ち上がる。すると未だに仕事中の松山が顔を上げた。

 

「田島くん。お帰りですか?」

「ああ」

「そうですか。私はもう少し仕事があるので、お先にどうぞ。お疲れ様です」

「ほう。大変だな」

「ちなみに、お手伝いしてくれてもいいのですよ?副委員長代理さん」

「生憎と代理業は店仕舞いだ。おととい来い」

 

 そのまま会議室を出ていく。

 雪ノ下の鋭い視線が飛んできたが、俺はそれに口角を上げて手をヒラヒラと振ってやると、彼女はぷいっと顔を背けてPCとにらめっこを始めた。

 以前に見えていた疲労の兆候はなし。とはいえ副委員長が故の疲れはあるが、それでも許容範囲だ。一晩良く眠ればなくなる程度のものだろう。

 これで元通りだ。後は、バッファを取りつつ文化祭の開催まで難なく漕ぎ着けるだろう。

 ……相模の事を除けば。あの女の行いは最悪だった。それによってもたらされた結果も終わっている。だから今の、腫れ物を扱うような扱いも当然だ。

 誰も口にはしないが、それでもそういう空気がある。今の相模は実行委員長というお飾りのシンボルだけであり、実際に指揮を執っているのは雪ノ下だ。そんな相模を蔑む雰囲気は消えなかった。いや比企谷のスローガン決めの時のせいでそれはより強くなっただろう。

 笑わず、必要なこと以外喋らず。終わればそそくさと会議室を出ていく。それは負い目が故か、単にそんな目に晒されたくない故か。

 なんにせよ、自業自得の結果なのだ。我々には救いようがないものというやつだ。元より彼女の望み通り、雪ノ下は相模のケツ持ちをずっと行っているのだから依頼の完遂は問題なくできるはず。だから何一つ問題はない。

 それこそ相模が、文化祭本番でその役目を放棄したりしなければだが……と思ったが、すぐに頭を振って思考を止める。

 湧き出てきた嫌な想像を捨てるように、深く息を吐いた。

 

 

 遂に文化祭が明日まで迫ってきた総武高。今日は朝から丸一日かけての前日準備となっている。

 我が2-Eも、教卓や黒板の下にある雛壇などをどかして、内装のセッティングに移っていた。

 調理などを行うバックヤードはロッカーがある壁の方に作ってパーテーションなどで仕切る。

 机を寄せてテーブルクロスをかけて少しばかり高級感を演出。飾り付け等の内装は全体的に安っぽい。

 何でも衣装だけで予算がカツカツだったらしい。その為コーヒーと一緒に出すものも軽食のみで、そのメニューもサンドイッチしかない。寂しいメニューだが学生の文化祭なんてそんなものだろうと思う。

 更にドリッパーは加藤が自宅から持ってきたものだ。随分本格的なものなので驚いたのだが、何でも加藤の自宅が喫茶店なのだそうだ。それで加藤も自ずとコーヒー好きになったらしい。

 今度コーヒーを飲みに行くと言ったら『是非来てよ!』と笑顔で言われた。少し金勘定込みの怪しい笑みではあったが。とはいえ楽しみなのは間違いなかった。

 クラスの男子達と一緒にえっちらほっちらと机などを運んでくると、松山が近づいてきた。

 

「田島くん。そろそろ文実の方に向かいましょうか」

「ああ。わかった」

 

 そう、もちろん文実は今日もある。というより今日が一番忙しい。オープニングセレモニーのリハや、公式ホームページの更新。それ以外にもそれぞれのシフトの確認などがある。

 俺達もそろそろ向かった方がいいようだ。如何せん松山がその辺の時間感覚が優秀で、ほとんど任せ切りになっている。彼女が声をかけてきたら俺も教室を出るというのが恒例だ。クラスメイトも同様のようで、何人かが仕事の代わりを申し出てくれたので、あとは彼らに頼んで俺は松山と一緒に教室を出た。

 廊下に出れば、どこのクラスも活気づいており教室のドアは開けっ放しでかつ人の出入りが多い。

 

「賑やかですね」

 

 俺はそれに「そうだな」と短く返事を返せば、賑やかな廊下を歩いていく。

 数分歩いていると見知った亜麻色の髪の少女が歩いていた。それまではつまらなさそうに歩いていた少女はこちらに気づくと、顔をぱあっと明るくして歩いていくる。

 一色いろはだった。彼女に気づいた俺は松山に断りを入れると足を止めた。

 

「こんにちは〜」

「一色か」

 

 一色はいつものように甘ったるい猫なで声で挨拶をしてきた。

 しかし隣の松山に気がつくと途端に怪訝な顔になる。そして俺の耳元まで顔を近づけてコソッと喋った。甘ったるい声と吐息が耳に触れてこそばゆい。

 

「……この人誰ですか。もしかして田島さんの彼女さんですか」

「……違う。文実の相方だ」

 

 一色は納得したような顔をして、何かを思い出すかのようにしながら口の前に人差し指を持ってくる仕草をした。

 

「あぁ……。そういえば田島さん、くじ引きかなんかで文実になったんでしたっけ。前に言っていましたね」

「田島くんとは同じ文実で2年E組の松山千佳子です。よろしくお願いします」

「あっ、自己紹介遅れてごめんなさい。一年生の一色いろはです」

 

 物腰丁寧で品の良いお辞儀をする松山。それに対し、わたわたと焦った感じを演出した後、きゃるんっと言った感じで笑い、その後ぺこりと可愛らしくお辞儀をする一色。いかにも対象的な二人だった。

 

「一色さんは田島くんとはどんなご関係で?」

「田島さんとは同じ中学で、私が一年生の頃からお世話になってるんですよ」

「となると結構長い付き合いのようですね。しかし意外と田島くんは顔が広い……後輩までいるとは」

「雪ノ下先輩と知り合いだって聞いた時私も驚きましたね。どうやって知り合ったんだって感じです。見た目超根暗なのに」

「そうですね」

 

 そして何やら俺の話で盛り上がり始めた。

 俺の話をするのは結構なのだが、俺をそっちのけで話し出すのはやめて欲しい。せめて見えないところでやって貰えないだろうか。

 しばらくワイワイガヤガヤと、ほぼ二人だけで話していると内容はクラスの出し物の話になった。

 

「へ〜。千佳ちゃん先輩のクラスはメイド喫茶をやるんですか」

「はい。いろはさんは?」

「アイス屋さんです」

 

 たった数秒の間に名前呼びになっている。一色もコミュ強なのだが、松山も負けず劣らずにコミュ力が高い。ココ最近の付き合いで松山もコミュニケーション能力に富んでいる女だとわかった。

 そんな二人が喋れば、打ち解けるのも早いということなのだろう。

 しばらくメイド喫茶のことで盛り上がった一色だったが、ふと何かを考えたかと思えば途端にこちらへと視線を向けてきた。

 

「……ちなみに、田島さんも女装とかしたり?」

「するわけないだろう」

「え〜別にいいじゃないですか。しましょうよ」

「しない。仮にするとしても、そんなものを見てどうする。なんの需要があるんだ」

「私にあるから良いんです。悲しくなったらそれ見て笑います」

「嫌な使い方だな……」

 

 人に元気を与えるのが俺の尊厳を破壊された姿の写真というのはあまりにも非人道的すぎる。俺の基本的人権を主張したい。

 

「そんなことよりもだ。お前、何をしているんだ。アイス屋だかなんだか知らんが準備はまだ終わっていないはずだろう」

「アイス屋舐めないでください。やることなさすぎるんですよ。もう内装もだいたい終わりましたし」

「凝った内装とかにすればいいじゃないか」

「アイスに予算掛けすぎて、内装にお金かけられなかったんですよね」

「どこも似たようなものだな……」

 

 一番見て欲しいところに金をかけすぎて他に金がかけられなくなるというのは、社会でもよくあるミスだ。社会の縮図たる学校でもそれが起きるのは当然のことなのかもしれない。

 

「すみませんいろはさん。私たちそろそろ文実に向かわなくては」

「あっ、ごめんなさい。でも最後にメアドだけ交換しませんか?」

「構いませんよ」

 

 この二人仲良くなりすぎなのではと思った。

 

「それと田島さん。文化祭当日は一緒に回りましょうねっ!」

 

 メアドを交換しながら、一色はこちらに顔を向けてウインクをした。

 

「まあ、構わんが。文実の仕事の合間になるぞ」

「それで良いですよ。私、友達とも回る約束してますから」

「そうか。ならいい」

「はい。それではお二人とも文実頑張ってくださいね〜」

 

 一色はたたたっと何処かへと駆けて行った。きっとあのまま、それこそ本当に飽きるまでサボるのだろう。仕事もできる上に、サボるのも上手いからな。あの後輩は。

 体育祭の実行委員になった時なんかは上手にサボるもんで、扱いに困った記憶がある。

 松山は一色が去っていった方向をしばらく眺めた後、こちらへと向き直った。

 

「可愛らしい方ですね。でも少し計算高い面もある。面白い方です」

「……変なやつだよ」

「田島くんには言われたくないと思いますが」

「あ?」

 

 松山は何か言うわけでもなく、クスリと笑ってそのまま歩いていった。

 仕方がなくその小さな背中を追いかけた。がやがやと賑やかな廊下を歩いて、俺は祭りがもうすぐそこにまで迫っていることを感じとっていた。しかし記録雑務の本番は当日だということを思い出せば、待ち構える仕事に小さくため息を吐いて、会議室へと向かう足を少しだけ早めた。




いろはすは原作と違って、多少は友人がいます

次回 フェスティバる

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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