青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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後悔を、ずっと抱えている
それは今も尚、忘れること叶わない


三十八話 紅茶香るは憂鬱のかほり

 やってしまった。

 ただそれだけが頭の中でグルグルと回り続けていた。

 ここ数日間はずっと、そんな後悔がずっとあった。

 こと文化祭は色々と思うところがある終わり方になってしまった。それもこれも、俺のせいなのだろう。

 あの後俺はそんな不甲斐なさを己の中から払拭することが出来なくて、結局その日は部室に顔を出さなかった。

 一応向かおうかと思ったのだが、あんなに足が重く感じたのも久々で、結局そのまま帰宅してしまった。先生や雪ノ下からは特にお咎めのメールは来ていない。

 

「ふぅ……」

 

 小さく息を吐く。

 こんな感覚にはもう慣れたと思っていた。俺なんかは所詮その程度の人間なのだとずっと思い続けていた。だというのに、こうして俺は自分自身の間抜けさ具合に自己嫌悪をしてしまっている。

 ……後から考えてみれば、俺は文化祭において選択肢を間違えたのだと思う。

 だがそれでも、俺なりの最善を尽くしたつもりだ。一番影響があったであろう代理においても、俺が介入した理由は奉仕部の依頼を完遂させるためのものであり、そこに何ら間違いはない。

 だから代理になったのは、おそらく何も問題ない。

 仮になにか問題があって間違えたというのであれば、それ以降なのだ。

 それは相模の精神状態を見て見ぬふりをしていたこと。俺はずっと気づいていたし、その上で気にしないようにしていた。

 だから責められるのは当然。俺の自業自得なのだ。

 それでもなお後悔が絶えないのは、俺自身が女々しいからなのだろう。

 比企谷にやるべき事をやれと偉そうに言っておいて、俺はやるべきことが出来ていなかった。

 それがより一層自己嫌悪が加速する。

 なにか考えることがあれば別だが、文化祭を終えた今の俺に、そんなものはなかった。

 そうやってただただ自己嫌悪をしていたら休日は終わった。

 本当に無意義な休日だ、全く。

 

 

 文化祭も終わったから、学校の雰囲気は落ち着くかと思いきやそんなことはない。

 総武高の秋はイベントが目白押し。文化祭が終われば体育祭が待っている。そして二年生の我々においてはその後には修学旅行がある。

 その為か、未だ全体的に浮ついた空気があった。まあ無理もない。今を生きる学生にとってはこの時期ほど楽しいものもないのだろう。

 俺のクラスである二年E組もまた、当然のように体育祭の話で持ち切りだった。

 クラスで運動が得意な体育会系の生徒は、今か今かと楽しそうにしているのだった。

 とはいえ俺のような、インドアかつ文化部の人間からしたら縁のない話だ。程々に、かつ適当に体育祭は望められたら良い。テントの下で涼やかにいられるのがベストだが、まぁ難しいだろう。

 文化部に続いて、体育祭の実行委員までやる気はないぞ、俺は。

 

「んじゃ、連絡終わり。さようなら」

 

 そんなことを考えていれば、もう帰りのSHRは終わっていた。相変わらず、爆速だな。

 これから奉仕部に行かねばならない。

 俺は小さくため息を吐いた。

 

「そんなふうにため息ばかり吐いていたら、幸せが逃げてしまいますよ」

「余計なお世話だ」

 

 声をかけてきたのは松山だった。

 相も変わらず眠たげな目でこちらを見つめれば、何が面白いのか楽しげに目を細めた。

 

「部活、行かないのですか?ほら、奉仕部とかいう」

「あぁ……いや、行くさ。行くとも」

「何やら気乗りしないご様子ですが」

「……気の所為だろう」

「ふむ……。なら、良いのですが」

「じゃあな」

「はい。さようなら」

 

 席を立てば、椅子が床と擦れる音がした。

 寝ぼけたような半目をジーッと此方へと向けていた松山が、興味を失ったのかフラリと自分の席へ戻るのを確認すれば、俺は開きっぱなしの出入口から教室を出る。

 廊下に出れば、まだ生徒の数は少ない。しかし、俺がボケーッとしていたせいもあって、普段よりかは人の姿が多く見受けられた。

 俺のクラスの担任はHRが早く終わることで有名だ。

 生徒達の接し方も基本事なかれ主義かつ、放任主義。教育や指導においても省エネ主義者で、必要最低限しか関わりを持たない淡白な教師である。

 とはいえ、問題も起こさないし、なにか目に見える問題が起きた時の鎮静しに来る速度も早い。有能なナマケモノといったところだろうか。

 そんなわけだから、大体の生徒からも先生からも、好かれてもいないし、嫌われてもいない。そんな人だ。

 なのでHRも必要最低限の連絡事項だけ喋って終わる非常に淡白なものになっている。

 俺のような男からすれば、ありがたいのだが。

 しばらく廊下を歩けば、より生徒の姿も見えてくるようになる。彼らは大体は昇降口の方へと向かうので、俺が今向かっている特別棟方面とは真逆の方向であった。

 のんびりと歩いて特別棟までやってきた。

 こちらは未だに人の姿は見えない。この時間帯にこっちに来るやつはよほど部活へのやる気が溢れているような生徒だろう。

 基本的に文化部の部室はこちらの方にあるのだが、大抵は部室にいかない幽霊部員のようなやつが多い。と、平塚先生から聞いたことがある。

 なんでも、総武校は基本的に部活動の設立が簡単に出来る。同好会レベルの部活でも、ある程度の活動実績さえ期間中に立てることが出来たら、承認を得られるのだとか。

 だから、遊戯部のような一年生が二人だけの部活でも存在が許されるらしい。

 奉仕部だとかいう得体の知れない部活が半年も存在を許されているのも、それが理由だそうだ。なんだかんだ実績をうちたて、林間学校、文化祭と校外も関わってくる活動も上手くやっている。そう考えればこの部活に対してもそれなりに納得はいった。

 文化祭が上手くやれたかどうかと言えば首を傾げるしかないが……いや、それはあくまで俺個人だけか。雪ノ下も比企谷も最終的にはやるべき事をやったのだから、その責は全て俺に……。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息を吐いてしまったのと、部室に着いたのはほぼ同時だった。

 重たい戸に手をかけて横に引いた。

 カラリと乾いた音を立てて、スライドしていった戸の先は見慣れた光景がある。

 どこにでもあるような辺鄙な空き教室。

 陽の光が射し込む窓辺近くには、奉仕部の部長である雪ノ下雪乃が相変わらずの鉄面皮で、つまらなさそうに文庫本を読んでいた。

 見慣れた光景。なのだが、文化祭でかかりっきりになっていた俺からすると、少し久々で、懐かしさすら感じる光景だった。

 

「そこで突っ立っていないで、さっさと入ってきてくれる?」

「……悪い」

 

 呆けていると雪ノ下から不機嫌そうな声と視線が飛んでくる。

 

「……まぁいいわ。こんにちは。田島くん」

「こんにちは」

 

 雪ノ下は鼻を鳴らすと文庫本へと目を落とした。

 そんな様子を眺めつつ、俺は定位置に鞄を置いた。

 よくもまあ飽きもせず毎日文庫本を読めるものだと感心する。時折若者らしくファッション雑誌やらを読んでいる日もあるが、月に一度あるかないかで、ない方が比重が高い。そんな頻度だ。

 読書が苦手な俺からすれば無理やりにでも読もうとしないと無理だろう。ふと、中学時代図書委員として否が応でも本を読まざるを得ない時期を思い出して、憂鬱になった。

 じゃあなぜ図書委員をやっていたのかと言えば、くじ運がなかったとしか言いようがない。つくづく、俺はその辺恵まれない男なのだと思う。

 いつものようにコーヒーを入れるためにケトルで湯でも沸かそうと思い、窓際にポツンと二つ横並びで置いてある机へと近づいて、気づいた。

 いつの間に用意したのか、ティーポットとティーバッグが置いてある。それ以外にも、ティータイムの為の品がいくつか。

 どうやら雪ノ下がケトルで湯を沸かしていたらしい。

 ポコポコと中で小さな音が鳴っている。

 

「紅茶、か。お前が持ってきたのか?」

「……ええ。コーヒーばかりじゃ体に悪いもの」

「紅茶でも大して変わらないだろう」

「そうかしら?少なくとも四六時中そればっかり飲んでるよりはマシだと思うわ。それに、あなたすぐトイレに行くじゃない」

「それは生理現象というものだろう?」

「だから控えなさいと言っているのよ」

 

 呆れたようにそう言った雪ノ下は立ち上がり、ケトルのボタンを押す。

 俺が買った安物のケトルは、ボタンを押すことで湯を沸かせる。沸いたらボタンが元に戻るので、あとは湯を注ぐだけだ。

 しかし、どうやら沸騰する前に雪ノ下はケトルを止めた。つまるところ紅茶はそれぐらいの温度がベストということだろうか。

 

「本当なら、ちゃんとした茶葉を使って淹れたいのだけれど……面倒だから」

「その気持ちは分かるとも」

 

 俺も、それが面倒だから部室ではインスタントで済ませているわけだからな。その辺は雪ノ下も同じらしい。

 雪ノ下はケトルを手に取って、ティーポットに湯を注ぐ。

 湯を注げば、ティーバッグの中にある茶葉から色が出始め、次第にお湯を紅く染めていく。

 

「……よく休めたかしら」

「は?」

「休日、二日はあったでしょう?文化祭最終日、随分と酷い顔をしていたから」

「ああ……。まぁぼちぼちだ。なんだ、わざわざ心配してくれたのか?」

「それが部長の務めというものではなくて?」

「さぁな」

 

 雪ノ下はポットに蓋をして蒸らした後、ティーバッグを取り除く。

 その後、紙コップを手に取って、注ぎ始めた。

 注ぎ終われば俺の目の前にコトリと置く。

 

「紅茶は飲めるかしら?」

「淹れてから言われてもな……。とはいえ、飲めないわけではない」

 

 単にコーヒー派閥なだけだ。

 目の前に置かれた紙コップからはゆらゆらと湯気が立っている。

 手に取って、紅茶に口を付ける。沸騰前のお湯だから、熱さで思わず口を離してしまうような温度ではなく、かなり飲みやすかった。

 味に関しては、まぁよくある紅茶のそれだ。可もなく不可もなくだな。

 しばらくの間、俺と雪ノ下の間から会話が消える。聞こえるのは雪ノ下がページをめくる音と、俺が紙コップを動かす時の小さな音だけ。

 それでもそんなに小さな音が耳に残るくらいには、ゆったりとした時間が流れていた。

 時計の針が、カチ、カチと静かに時が流れている事を告げる。

 比企谷と由比ヶ浜、少し遅いな。

 普段通りなら二人ともそろそろ来る頃なのだが、なんて戸の方をチラリと見ていると雪ノ下から声がかかる。

 

「……ねぇ田島くん。一ついいかしら」

「どうした」

「この前はあなた、部室に来なかったから言えなかったのだけれど……コーヒー700円はさすがに高くないかしら?」

「来ていたのかお前……」

 

 意外だった。

 雪ノ下がコーヒー飲むのかとか。俺のクラスに対して興味があったのかとか。様々な疑問が出てくる。

 俺の視線に対して、不満に思ったのか少しムッとしたような表情を雪ノ下は浮かべる。

 

「悪いかしら」

「いや別に悪いとかではないが……コーヒー飲めるのかと思っただけだよ」

「馬鹿にしているのかしら?」

「していない。……まぁ、価格に関しては俺も強気だとは思ったよ」

 

 実際売れなかったら値段を途中で下げようと加藤と話していたくらいだ。

 500円か、あるいは350円か。どちらにせよ、そんな予定を建てるくらいには売れないと読んでいた俺たちだったが、存外売れたどころか完売したもんだからそれはもう驚いた。

 

「とはいえ実際売れたのだから、文化祭様々だな」

「祭りの熱というやつかしら……」

「かもしれんな……。いや……きっと、そうなのだろう」

 

 俺も、多分それに浮かされていた一人だったから。

 何故か全部上手くいっていると思っていた。そう思いたかっただけかもしれない。

 だから失敗した。

 

「……ねぇ田島くん」

「あん?……なんだ?」

 

 先程のコーヒーの値段とほぼ同じトーンで声を掛けられたので、ぶっきらぼうに返事をしつつ雪ノ下の方へと目を向ければ、やけに真剣な顔をして、彼女は俺を見ていた。

 その様子に思わずたたずまいを正す。

 それと、部室の戸が開かれたのは同時だった。

 

「やっはろー!」

「……うす」

 

 相変わらずの明朗快活といった様子で挨拶をする由比ヶ浜と、対照的にダルそうな猫背で適当な挨拶をする比企谷。

 二人は少しばかり遅れての参加だった。

 

「……二人とも、こんにちは。今、紅茶を入れるわね」

「あっ、お構いなく〜」

 

 部員ならお構いもクソもないような気がするがな。

 紅茶を啜りながら、俺はスマホのメールを眺める。戸部からメールが送られてきている。多分、時期的にあれの誘いだろうな。

 後で返しておこう。

 俺の右隣が定位置の比企谷は、椅子の隣に鞄を置いて椅子に座る。カバンから文庫本を取り出して、その後俺の方へ軽く顔を向けてきた。

 

「今日は来たんだな」

「あ?……先週の部活のことか。参加しなくて悪かったな。さすがに連日働き詰めのせいで疲労困憊でね。寄り道せずに帰らせてもらった」

「部活のこと寄り道扱い……」

「アンデッドにも休息は必要だものね」

「当たり前のように罵倒を挟むな」

 

 比企谷と同じように定位置に座った由比ヶ浜は相変わらずな雪ノ下の様子に苦笑いを浮かべた。

 俺の答えに比企谷は納得したのかしていないのか、視線を文庫本へと向けてから口を開く。

 

「……休めたんならいいんだ。お前、随分と酷い顔してたからよ」

「……お前にも心配されるということは、我ながら相当酷い顔だったんだろうな」

「他人事だな……」

「てか、にもってことは……」

 

 由比ヶ浜は紅茶を入れた紙コップを二つ持った雪ノ下へと視線を移した。

 

「な、なにかしら」

「ゆきのんもやっぱり心配してたんじゃーん」

「別に、私は……そ、それにしても。二人とも遅かったわね」

 

 露骨に話を逸らしたな。

 そんな雪ノ下を微笑ましそうに見ながら由比ヶ浜は口を開いた。

 

「いやー、ヒッキーと話してたらちょっと遅れちゃってさ」

「話?」

「うん。なんかクラスの雰囲気思ったより普通だねーって。ねっヒッキー」

 

 話を振られた比企谷は気だるそうに頬杖をつきながら、文庫本から目を離した。

 

「そうだな……『ヒキタニ』の話題、思ったよりもしてないみたいでな。まぁそもそも誰だよヒキタニって話ではあるんだが」

「お前のことだろヒキタニ。戸部からそんなメールが送られてきたぞ。何とかタニくんとな」

「おのれ戸部……」

「そもそもその、ヒキタニという話題は少なくともJ組までは広まっていないわよ。聞いたことないもの」

 

 実のところE組でも聞いていない。

 俺が当時懸念したほど、比企谷の悪評は広まっていないのだろうか。

 だとすれば、少しだけ荷が降りたような気分にはなるのだが。とはいえ、戸部の様子を見る限りF組内ではまだ噂されていそうだが。

 

「そうなんだ。じゃあすぐに噂されなくなるのかな」

 

 由比ヶ浜は安心したようにホッと胸を撫で下ろした。

 そりゃあ彼女からすれば想い人の悪い噂が広まるのは内心穏やかではないだろう。

 

「噂なんてそんなもんだろ。大体一ヶ月もすれば別の話題になる。高校生の流行り廃りなんて早いからな。目を離せばあっという間だ」

「確かに一理ある。少し前まではタピオカだ、なんだとブームで専門店も乱立していたが、気がつけばどこにも見なくなったな」

「そうそう。別にあれただの炭水化物だろ?見た目もカエルの卵みたいだし。マジで若者の流行り廃りとかわかんねぇわ。マジやべーわ」

「あなたも若者の内の一人ではなくて……?」

 

 どこ視点でものを言っているのか分からない比企谷に対して呆れた目で見る雪ノ下と由比ヶ浜。

 とはいえ比企谷の気持ちも分からなくはない。むしろよく分かる。世間の流行に疎いわけではないが、知っているだけで着いていける訳では無い。ブームだとか流行だとか、アンテナを貼るにも限度がある。

 そもそも情報源は一色と戸部なのだが。流行の最先端を走る奴らが知人で良かったと、今改めて実感している。

 

「でもヒッキー、小町ちゃんとタピオカミルクティー飲んでる写真送ってきたじゃん」

「そりゃ小町が飲みたいって言ったからな」

「美味いのか?」

「カロリーの塊みたいな味した」

「体に悪そうだな」

 

 そんなものより俺はシンプルなコーヒーで良い。

 紅茶を飲みながら、あの苦さが恋しくなってそう思った。

 やはり俺は筋金入りのコーヒー派である。

 

 

 あれから少し経って秋も半ば。

 窓から吹き込む風は少しばかり寒さを伴って、夏が遠ざかっていくのを感じる時期になった。

 紅茶とコーヒーが香る部室の中ら奉仕部の面々は古いパソコンの画面に向き合っていた。

 

『奉仕部各位

新たな奉仕部の活動内容として、メールでの悩み事相談を開始します。

題して、『千葉県横断お悩み相談メール』

各自奮励し、悩み事解決に努めるようお願いします。

奉仕部顧問 平塚静』

 

 ごくごく簡単なテキスト。

 俺はこれを見て、何となく、面倒事の到来をひしひしと感じるのであった。




おまたせしました。
活動報告の方にも描きましたが、色々と迷走しかけたのでプロット見直しから入ってました。
これからは趣味だと割り切って好きに書きます。
まぁ元々好きに書いてたので、より一層の、という形ですかね。

というわけで次回からは6.5巻の内容です。

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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