「詳しく……詳しく話を聞かせてくれ。説明が欲しい」
開いた口が塞がらないはこのことだろう。混乱する頭を抑えながら、何とか雪ノ下から話を聞こうとする。
俺が、相模と?体育祭運営委員会を?
冗談だろう、と切り捨てたいが、雪ノ下の目は本気だ。
「うん……私もちょっと理由聞きたいかも」
会長の言葉に雪ノ下はこくりと頷き、説明を始めた。
「あなたも、相模さんも失敗したわ。仮にそれが何かを失うようなものであったとしても、人には機会を与えるべきだと思うの。トラウマの克服と同じね。何よりそれが人を育てる上で必要な事だと思います」
雪ノ下は、最後の部分は会長へと向けて喋る。
「そうだね、うん。それは私も思う」
雪ノ下の意見に、会長はゆっくりと大きく頷いた。そして顔を上げ、雪ノ下を真正面から見据えた。
「でも、ちゃんとした仕事だから中途半端なことされると困っちゃうんだ」
強い言葉だが、それは真理でもある。彼女は以前の文化祭における相模の行動を暗に言っているのだろう。あんな風になるのであれば、させることはできない。視線だけで雪ノ下に物申す。
普段の態度で忘れがちだが、彼女も三年生であり生徒会長。雪ノ下相手にこうも毅然とした態度を取れるのは流石と言わざるを得ない。
しかし、俺が聞きたい答えは相模じゃない。
「いや、違う。そっちではない。いやもちろんそっちもあるが、俺が聞きたいのはそっちではない。俺を入れる理由はなんだ?副委員長に俺を推薦する理由だ」
「えーと、私的には田島くんが委員長の方が安心かなー、なんて……」
会長が冗談めかしながら言うが、その目は本気である。
その冗談を冷ややかに流しつつ、雪ノ下は再び俺の方へと顔を向ける。
「さっきも言ったでしょう?」
「何がだ」
「あなたも失敗した、と。聞こえていなかったかしら」
「いや、それは聞こえていた。だったら尚更、俺を選ぶべきではない。止めておけ」
俺は雪ノ下の目を見る。
視線と視線がぶつかった。ジッと雪ノ下の氷のように冷たく、しかしどこか暖かみのある彼女の瞳を俺は見据えた。
雪ノ下は俺から目を逸らすことなく言葉を続ける。
「あなたには機会が必要よ。もう一度チャンスを与えるべきなの。それに、失敗したままでいいのかしら」
「良いよ。別に。機会なんぞ必要ない。俺は所詮その程度の──」
「私は」
雪ノ下は俺の言葉を遮るようにして声を発した。
なんなんだ。突然。
雪ノ下の声には強い意志が込められているのを感じた。訳が分からない。比企谷からも何故か視線が飛んできている。
困惑していると、雪ノ下は一瞬下げた視線を上げて俺を見た。
「……私はあなたなら出来ると思うわ、田島くん」
「その信頼が重いな……」
「で、でも隼人くんも褒めてたよ。みのるん一日だけだったけどすっごい手際良かったって。なんかとべっちが妙にうるさかったけど」
「アイツが、か。まぁ俺が不安なのはそこではないのだが……」
雪ノ下の視線がむず痒い。
こいつこんな目で俺を見てくるやつだったか。もっとこう、冷たくて見られるだけで凍え死にそうな目だったと思うのだが。
クソ、やり辛い。なんなんだ、本当に。
期待、信頼。それらに何一つ応えられなかったから今の俺がいるというのに。
とはいえコイツらは知らない話か。まぁいい。
「そこまで言われたら俺とて拒めん。……俺が、やればいいのだろう?」
「ええ」
俺がチラリと雪ノ下に目線を向ければ彼女は満足気に頷いた。
「……わかった。構わん、やってやる。だがお前たちにも手伝ってもらうぞ」
「初めからそのつもりよ。それで、由比ヶ浜さん。お願い出来るかしら」
「うん!任せてよ。ゆきのんが頑張りすぎないようにあたし頑張るから」
「ありがとう。ならあなたも頑張りすぎないようにしなくてはならないわね。……比企谷くんも、お願いしていい?」
「……まぁ、仕事だしな」
「……助かるわ」
俺以外は結構乗り気のようだ。
それを傍から見ていた会長は「雪ノ下さん達が手伝ってくれるなら大丈夫かな……」と呟いたあと、安堵したかのように嘆息した。
「よしっ!じゃあ決まりだねっ!」
その後手を叩くと彼女は宣言する。
「田島くんは副委員長よろしくね!委員長が決まらないとこっちも決められなかったからちょうど良かったよ」
「善処します。それで、相模の方はどうしますか?」
「そうだなぁ……とりあえず田島くんと相模さんって関係今どんな感じ?」
会長は少し遠慮がちに聞いてくる。
どうやら俺と相模の件は知っているようだ。随分と気を遣わせているようで申し訳ないと思ってしまう。
「あまり……。いやかなり悪いですね」
「なら、とりあえず私と雪ノ下さんで話に行こっか?」
「そうですね。明日にでも行きましょう」
「あ、あたしも行く!」
どうやら雪ノ下だけでは心配だったようで、由比ヶ浜も立候補した。確かに、雪ノ下はこういう交渉と向いているとは思えないので妥当な判断だろう。
「じゃあ、また明日。よろしくね!」
会長は部室を出ようとしたが、「あっ」と何かを思い出したのか小さくつぶやくとターンをしてこちらへと振り向いた。スカートがフワリと靡き、比企谷の視線がそちらへと釘付けになる。いやらしいヤツめ。
「ちなみにみんな何組?うちの学校ってクラス内で半分ずつ分けるじゃない?一応確認しておきたいな。私は赤組なんだけど」
どうでも良いことを気にするな。
まぁ別に個人情報でもなんでもないし、伝えても問題は無いだろう。
そう思った矢先に比企谷が答えた。
「赤」
比企谷は言い終えてチラリと由比ヶ浜を見た。
「赤」
由比ヶ浜は雪ノ下を見た。
「赤」
待て。
雪ノ下から視線が飛んできた。頬がひくつく感覚がする。
俺が答えないのを見ると皆の視線が集まる。皆さっさと言えと言わんばかりに見てくるので、仕方なく答える。
「……白」
そう答えて会長を見た。
物凄くショックを受けた顔をしていた。
「田島くんだけ敵なんだね……やっぱり副委員長の件やめにする……?」
「相手になった瞬間冷たくなるのやめて下さいませんか……素直に傷つくのですが」
「ううう……折角みんなで優勝目指すぞー!おー!ってするつもりだったのに……」
それを聞いて雪ノ下と比企谷がホッと安堵の息を漏らしたのを俺は見逃さなかった。感謝しろ。
「あっ、じゃあこうしよう。みんなで体育祭盛り上げるぞー!おー!」
しかしその安堵は一瞬で打ち砕かれたようだ。
よよよっと泣いていた彼女はどこへ行ったのか。打って変わっていきなりぶち上がったテンションに我々は誰一人として着いていけていない。
由比ヶ浜ですら無理なのだから、俺達には不可能である。何より安堵の息を吐いていた雪ノ下や比企谷が露骨に動揺している。
「盛り上げるぞー!おー!」
先程と同じテンションで会長は再び拳を握ってて掲げた。
これやるまで続くやつか……?無敵か?この女。
「「「お、おー」」」
俺と由比ヶ浜。それに比企谷までもが、何とか彼女に合わせようと手を挙げるが羞恥心が勝って、挙手する際に手がぴーんと伸ばせられない生徒みたいになってしまった。
それでも会長は満足したようで部室から去っていった。
嵐のように去っていった彼女にため息が漏れ出る。
……というか、雪ノ下もやれよ。
◇
翌日の放課後、俺は比企谷と部室で留守番していた。雪ノ下達三人が相模を説得しに行っている間、俺たちは待機というわけだ。何しろ俺と比企谷は相模にべらぼうに嫌われている、はずだ。
静寂が支配する部室は、比企谷が繰るページの音と時計が時を刻む音だけだ。
俺はコーヒーを啜りながら、ネットでニュースを見ていた。政治家のアレコレだとか、芸能人の不倫だとか、世間は相変わらず不祥事がお好きなようだ。
比企谷はというと、黄色と黒のMAXコーヒーとやらを取り出して、読書の合間合間に飲んでいる。よく飲めるな、あんな甘ったるいコーヒー。
「何?田島くんそんなジロジロ見て。お留守番はちゃんとできているかしら?」
「なんだその気持ち悪い口調は」
「雪ノ下の真似」
「バカほど似ていないが面白さは評価してやる。二度とやるな」
「評価してないだろそれ」
「その通りだ。雪ノ下の前では決してやるんじゃないぞ」
「やるわけねぇだろ。あいつの目の前でやってみろ、罵詈雑言の嵐でブリザードが吹くぞ」
想像しただけで比企谷は恐ろしくなったのか、ブルりと身震いした。
雪ノ下がブチ切れればたちまち大地が割れ、空は赤く染まり、氷が吹き荒ぶ地獄になるであろう。
アホか。
「アイツら上手くいってんのかね」
「どうだろうな。俺と比企谷は論外だが、雪ノ下も相模には嫌われていそうだからな」
「雪ノ下自身はそういうの歯牙にもかけないだろからな……どうなる事やら」
「上手くいくことを願うだけだ」
比企谷が「そーだな」と呟いて文庫本に目を落とした時、扉の向こうから声が漏れて届いた。
そして扉がガラッと雑に開かれた。
「はぁ〜、疲れた〜」
「……全くね」
彼女達の様子を見る限り、相模との交渉は随分と難航したようだ。しかしながらわずかながらの達成感があるところを見るに、一応は上手くいったらしい。
「お疲れさん」
比企谷が声をかけると二人は短い溜息と共にこくんと頷くだけだった。本当におつかれのようだ。
すると後ろから会長が朗らかな雰囲気を保ちながらやってくる。
「ありがとう。比企谷くんに田島くんもお疲れさま〜」
「いえ、ぼく達は待っていただけなので。それで首尾の方は?」
すると会長は少しだけ苦笑いした。
「相模さんに結構渋られちゃったんだけど、何とか引き受けては貰えたよ」
「一応だけどねー……」
「一応?」
オウム返しのように比企谷が聞くと、雪ノ下がこめかみを抑えたあと、ふっと短く息を吐いたあと、視線を窓の方へとやった。
「ええ。私たち、というよりは葉山くんが頼んだ結果といったほうが正しい感じだけれど」
「なるほど、さては見兼ねた葉山あたりが仲裁に入ったな?」
「うん……そんな感じ」
浮かれる相模の姿が目に浮かぶな。
「まぁ、でも引き受けてもらえたんだし」
「ぼくが副委員長になったということは伝えたのですか?」
「えっと……それは」
「あなたのことを話すと絶対に引き受けて貰えなさそうだから伏せたわ」
「……そうかい」
その判断が、吉と出るか凶と出るか。神のみぞ知るといったところだな。まあ悪い方に転がるのは目に見えているが。
面倒くさいことになるのはほぼ確定している未来に対して俺はため息が出そうになる。
「それじゃ、早速だけど、……行こっか」
「どこへですか?」
「これから運営委員会の会議があるの」
先に言っておいて欲しいな。そういうのは。
◇
運営委員会の会議室は体育祭の会議室は文化祭の時と同じ部屋だった。対して時間は経っていないが懐かしさを覚える。一時期はここに通いつめていたからな。実質ここが部室のようなものだった。
以前のようなごちゃっとした雰囲気はすっかりなくて、綺麗に並べられた机と椅子だけがそこにはあった。
「ご苦労さま〜」
会長が声をかける。
声をかけられたメンバーは生徒会役員達だ。彼らも見慣れた面子であり、俺や雪ノ下を見ればぺこりと頭を下げてくる。ざっと見た限りは運営委員会は彼らを中心に構成されているようだ。
声をかけられた役員たちは、一礼した後脇に下がって道を開ける。ヤクザか?
他にいるメンバーと言えばジャージ姿の生徒がチラホラと。
「なんでジャージ着てるんだ?」
「運動部だからだろう?」
「なんでいるの?」
「知らん」
俺と同様に比企谷も疑問に思ったようで、二人でヒソヒソと喋っていると会長がそっと耳打ちする。
「当日のお手伝いのために各運動部から人を出してもらってるんだ。流石に手が回らないところもあるから」
なるほど、と俺と比企谷は頷いた。
どうも文化祭の時とは違って、生徒会役員以外は全て有志のメンバーで構成されているらしい。俺たち含む生徒会役員メンバーが首脳部。他運動部の有志たちが現場班というわけだ。
ボケーッと現場班を見ていると見知った顔が一人。
亜麻色の髪が目立つ女子生徒。我らが後輩の一色いろはだ。
目が合うと彼女は目を丸くした後こちらへとやってこようとしたが、俺が雪ノ下や会長らと一緒に居ると認識すると、ササッと元いる場所に戻った。彼女らのことは苦手なのだろうか。
そしてスマホを取り出してなにか打ったかと思えば、俺のスマホにLINEでメッセージが送られてきた。
『なんでいるんですか!?』
『部活』
『意味わからないんですけどー!』
俺だってわからん。
アイツへの説明は後でいいだろう。ジーッと視線が飛んでくるのを無視しつつ、会長が会議室の奥へと向かったのを見て俺も最後尾で着いていく。その先には平塚先生がいた。
そのパンツスーツを履いた長い脚を組みながら、ペラペラと退屈そうに紙を捲る。
彼女は俺たちに気がつけば振り返る。
「お、うまく人員確保できたようだな」
会長の後ろにいる俺たちを見て彼女は満足気に頷いた。つまり、今回会長が依頼に来たそもそもの原因は、いつも通り平塚先生の手引きによってということなのだろう。
「はい、先生の言うとおりにしてよかったです」
想像通りである。
変わらず奉仕部は平塚先生のお陰によって活動できているというわけだ。まあ、持ってくる案件が案件なので素直に感謝はできないのだが。
とかく平塚先生とも喋ることはないので、彼女と喋る他の奉仕部メンバーと会長の会話を聞き流しつつ、扉を見る。相模が来るまではしばらく時間があるようだし、仕方がない。
説明義務を果たすとしよう。
LINEに『会議室の外』とだけメッセージを送って俺は会議室を出た。
数秒もしない内にカラリと戸が開かれて一色が出てきた。
出てくるや否や彼女は不満そうな顔をしながら近づいてくる。
その後ズズいっと顔を近づけてきた。
「説明!」
「奉仕部の依頼だよ。城廻会長がいたことから察しているだろうが、依頼人は彼女だ。なんでも体育祭を盛り上げて欲しいという依頼でな目玉競技を考えたいそうだ」
「目玉競技?それ必要なんですか?」
「ああ。なんでも毎年総武校の体育祭は地味なんだそうだ。そのせいでどうも印象に残りづらい。彼女も生徒会長、何より最後の体育祭」
「だからみんなの印象に残る体育祭をしたいってことですか」
「そういうことだ」
彼女は納得したようなしていないような。未だに不満そうな顔をしながらため息を吐いた。
「まぁ、先輩がここにいるわけは分かりました」
「ほう、しかしまだ何か言いたげだな後輩」
彼女はグッと小さく声を漏らす。
毎度ながら学ばんなぁコイツも。
「……正直、田島さんが体育祭運営委員会をするとは思いませんでした」
伏し目がちに彼女は聞いてくる。
「俺とて乗り気ではない。しかし……部活動だからな。やるとも」
「……そーですか。それで田島さんは城廻先輩たちと一緒にやるんですか?」
「ああ。しかも副委員長」
「な、え?ほんとですか?本気でOK出したんですか?」
「雪ノ下がやれと言うのだから、仕方がないだろう」
「ふぅん……雪ノ下先輩が……」
訳ありげな顔をして彼女は顎に手をやる。
その後モゴモコと口を動かすが、何を言っているのかは声が小さすぎて分からない。読唇術なんざ持っていないからな。それに一色は昔から感情を読み取るのが難しくて、こうした時にどんな想いなのかが分からない。
「まぁいいです。詳しい話は本人から聞けばいっか。……そろそろ会議も始まる時間ですし、会議室に戻りましょうか」
「構わん。そういえば聞き忘れていたが、お前はサッカー部からの手伝いか?」
聞くと彼女は凄い微妙そうな顔をする。
「あー、はい。マネージャーから一番年下の私が選ばれたんですよねー。絶対押し付けられましたよこれ」
「当たりを引いたな。後でアイスでも買ってやろう」
「あ、言いましたね?約束守って下さいね?」
「当たり前だ。俺だぞ」
言えば彼女はニコリと笑って「そうですね」と言ったあと一足先に会議室に向かっていった。
淀み出たものを吐き出すように、フーっと息を吐いてから俺もその後を追って会議室へと入っていった。
◇
会議室に入って、雪ノ下らと合流した。どこに行っていたのだと文句を言われたので、知り合いと喋ってたと言えば『架空のお友達と喋るくらいに精神的に追い詰められていたのかしら。ごめんなさい、気づくことが出来なくて。やっぱり副委員長、やめる?』と言われた。
仮にそうだとしても精神的に追い詰められている人間にかける言葉ではない。
しばらくして、相模が会議室に入ってきた。キョロキョロと会議室を見回している彼女に会長が声をかける。
「あ、相模さんこっちこっち」
「あ、はい……え」
相模は会長に声をかけられると安堵したような表情になるが、俺の姿を見るとぴしり、とその体が固まった。
「なんで……」
困惑混じりに小さく漏れ出た声が耳に入る。
さて、まずは、ここからだろう。
会長に再び声をかけられて、困惑しながらこちらへと向かってくる彼女を見て俺はまずこの壁を越えなければならないのだろうと、盛大にため息を吐いた。
次回 波乱の幕開け
この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?
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雪ノ下
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一色いろは
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鶴見留美
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松山千佳子
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材木座義輝
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戸部翔