青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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いつだって大事なところは踏み込めない


四十二話 後輩とただの帰り道

 比企谷の出した案は至極簡単なものだった。自分達で案が出せないのなら他人を頼れば良いというもの。彼曰く「適材適所だ。出来ないことを他人に投げて何が悪い。他力本願万歳だ」とのことだ。

 相変わらずの彼らしい論理ではあるが一理ある。あのまま次回に持ち込んだところで待っているのは今日のような有様になるのは目に見えているからな。

 となれば煮詰まった頭で考えるより、そういったアイデア出しが得意な人材に声をかけた方が良いというわけだ。

 そうして候補に挙がったのが、妖怪腐女子もとい海老名姫菜、それと自称作家の厨二病材木座義輝だった。

 納得の人選ではある。方や二次創作とはいえ文化祭のだし物として満員御礼を叩き出した演劇の脚本を書いた女。方や自称作家。

 後者は些かながら安心感に欠けるものの、まぁ……そこは比企谷に任せればいいだろう。前者は言わずもがな。その手綱は由比ヶ浜任せになるが安心感は段違いだ。

 次回の会議に彼らが考えた案を発表するらしい。

 一先ずは先の段取りが決まったということで一安心である。相模も何故かやる気ではあるようだからな。

 そうして、俺は今誰もいない階段を一人で降りていた。

 雪ノ下たちには連れを待たせているからと言って一足先に帰らせてもらったのだ。

 その際雪ノ下は信じられないものを見るような目で見てきたが、由比ヶ浜が一色だと察してくれて助け舟を出してくれた。全く、彼女は本当に周囲を見ている。頭が上がらない。

 踊り場の窓から差し込む茜色は黒が混ざり、やがて藍色を伴って夜の帳を落とす事だろう。こうなると、さすがに冷え込んでくる。

 最終下校時刻が近づいて、消灯が始まったこの校舎では、人の暖かさなど皆無でやけに空気が冷たい。それは孤独ゆえか、単に冬が近づいているからか。後者だとするなら個人的には納得だった。

 そうして昇降口へと降りる階段の一番下の段に一色は腰を下ろしていた。

 

「わざわざこんなところで待たなくてもいいだろうに」

 

 彼女は俺の声に反応してバッとこちらへと振り向く。そして俺が階段から降り切るのを待ってから、ムッとした表情を浮かべながらこちらへと近づいてきた。

 

「……むう、田島さん遅ーい」

「悪かった。少し会議が長引いたものでな」

 

 そう言って昇降口へと向かい、下駄箱から上靴をしまって外靴を取り出す。

 一年生と二年生の下駄箱の場所は違うので、一度傍から足早に離れた一色はどうやら先回りしたようで、既に扉の前に立っていた。

 

「……そういえば、なんか相模先輩と折り合い悪そうでしたもんね」

「知っているのか?」

「それは相模先輩についてです?」

 

 俺が頷けば、彼女は顎に手を当てて目線を上にやって考えるように小さく唸った。

 

「うーん。別に性格まで知っているわけじゃないですけどね。全然仲良くないですし。ただ葉山先輩とたまに喋ってるのを見たというか、私が喋っている時に割り込んできたというか」

「なるほど」

 

 その光景が容易に想像できて嫌になるな。

 

「性格悪そうだなーって思いましたね。だから陰気な田島さんとは相性が悪そうだな、と」

「その見立てはあながち間違っていない。事実衝突したからな」

「そうなんですね。で、上手くいったんです?」

「なんとかな……しかし今後も障害は多いだろう」

「でしょうね。今日も会議超〜退屈でしたし」

「重ね重ね悪かったな」

 

 昇降口を出れば、長袖を着ていても風が冷たい。やはり、冬が近づいていることを実感せざるを得なかった。

 二人並んで駐輪場まで歩いていく道中、ふと一色の下半身に目をやった。いつも通り、裾を随分と折っている校則ギリギリというかまず間違いなく破っているであろう短いミニスカート。

 そこから伸びる生足は特に何も履いていないようだ。タイツとか履いた方がいいのではないだろうか。聞いてみるか。

 

「……お前、あんなところで待っていて寒くなかったのか?」

「そりゃあ寒くないと言ったら嘘になりますけど……ってどこを見てるんですか」

「足」

「……変態」

「何故そうなる」

 

 こっちとしては風邪をひかないか心配してやっているだけだというのに。誠に心外である。だからそのジトッとした目で、まるでこちらが犯罪者かのように見つめるのは止めろ。

 呆れつつ自転車に鍵を差し込み、スタンドを足で上げる。

 そのまま押して帰ろうとすれば一色がさも当然のように後ろの荷台に腰を下ろした。

 コイツ……。

 

「あれ、乗って帰らないんですか?」

「法律違反だぞ」

「細かい事気にしてますね〜」

「全く……せめて校舎の外にしろ」

「はーい」

 

 脳天気な態度にため息を吐いてしまう。誰かに見られれば困るのは一色だろうに。相変わらずよくわからない女だ。葉山に見られてもいいのだろうかね……。

 一色が荷台から離れたのを確認すれば、自転車を押してそのまま校門へと向かう。

 

「ああ、そうだ。忘れていた」

 

 歩きながらふと思い出して俺はカゴの中に入れたカバンに手を突っ込み、その中からものを取り出す。缶のホットココアだ。

 そしてそれを一色へと差し出した。

 

「待たせた詫びだ」

「あ……ありがとうございます……」

 

 少々温くはなっていたが、それでもカイロの代わりにはなるだろう。まぁ、その露出した生脚を温めることはできないだろうが。あまりジロジロ見ているとまた変態扱いされかねないので、視線を逸らしつつ、帰路へと向かう。

 受け取った一色は寒いのかそれをしばらく何度も形を確かめるように両手で握りこんでいた。

 

「ココアなんですね……」

「あん?ブラックコーヒーが良かったか?」

「や、別にそんなこと一言も言ってないです」

「確かお前甘いのが好きだっただろう?苦いのよりはマシかと思ったが……気に食わないチョイスだったら悪かったな」

「別にそういうわけじゃないですよ……それに、仰る通り甘いの好きですから」

「そうか」

 

 校門を出て、しばらくすれば再び一色が荷台へと腰を下ろした。遠慮もクソもないな。普段通りである意味安心できる。

 

「全く……」

「細かいこと言いっこなしです」

 

 俺が了承しない限りこのままでいるつもりなのだろう。ため息を吐いて、サドルに股がった。

 

「それで、駅前で良いか」

「はい♪レッツゴー!」

「今回だけの特例だ。またとない機会だと思って、楽しむがいいさ。しっかり掴まれよ」

「はーい」

 

 すると一色は俺の背中に密着するようにして腹部に手を回した。

 一瞬、ペダルにかけた脚が止まった。

 この女、一体全体何をしているのだろうか。

 密着した一色の吐息がうなじにかかって、少しくすぐったくて身を捩ってしまう。それを見た彼女はクスリと小さく笑う。

 後ろにいては分からないようなそんな些細な仕草が嫌でもわかってしまうほどの距離。

 ……からかうにも限度がある。背中にはこんな易々と男に当てるべきでない、決して小さくない柔らかな膨らみがふにゃりと当たっている。

 ……非常に宜しくない。

 震えそうになる声を抑えて、至って平然としているように見せかけながら俺は声を出した。

 

「おい」

「なんですか?」

「……からかうのもいい加減にしろ」

「え〜田島さんってば初〜」

「いいから……」

 

 言うと一色は「はーい」と意外とすんなりと体を離した。後ろはよく見えないが、腰の辺りを掴んでいることから察するに普通の姿勢になったのだろう。

 はじめからそうして欲しいものだ。

 そしてようやくペダルを踏み込んだ。

 一色が乗っている分、普段より深く踏み込まなければならかった。

 どうやらそうこうしていた内に、空はすっかりと墨を落としたように暗くなっていた。広がる空に幾つか星は見えるものの、輝く満点の星空がとはならないのが都市部の悩みというやつだろう。

 それこそ山間部に住まいがある父方の実家はそれは見事な星空が見えたものだった。

 街灯によって遠くで輝くはずの星々は、俺のどうしようもなく落ちてしまった視力では捉えることすら叶わなかった。

 手を伸ばせば、届きそうになるのにそれでも掴めないのが星の良さだ。

 それでももし、仮にそんなものに手を伸ばして掴むのであれば。その目にはもうその唯一にして無二の輝き、それしか捉えることが出来なくなる。そしてその手は焼け爛れて使い物にならなくなることは請け合いというものなのだろうさ。

 

 

 自転車を漕いでいる間、俺たち二人の間には会話らしい会話がなかった。

 遠くの車の走る音と、自転車のタイヤがアスファルトの道路を走る静かな摩擦音だけが耳に入ってくる。

 心地の良い静寂だった。

 ただ、何も喋らないというのも少しだけ耐え難い。何しろ、一色が背中にいるというのはやはりどうしても俺にとっては、ああ、そうだな。否が応でも違和感がある。そもそもとして、俺が二人乗りをしているという状況の時点で違和感でしかないのだ。

 だから普段では気にも止めないようなことを、何となく思い出して、ふと聞いてみたくなった。

 

「そういえば、お前」

「はい、なんですか?」

「松山とはどんな話をしたんだ」

「……?あ、もしかして文化祭の時の?」

「そうだ」

 

 確か彼女と松山は文化祭を共に見ていたはずだ。その時のことが、少しだけ気になった。

 短く返答すれば、一色は少しだけ黙りこくり、そして妙な間を開けて再び喋り出した。

 

「……そうですね、まぁそんな気にするようなこともない、普通の事ですかね。普段何をご趣味に?とか。めちゃくちゃ聞かれましたよ私のプライベートのこと」

「ほう。興味を持たれているんだな」

「そりゃもう私の予想を遥かに超えちゃってる感じです」

「へぇ……」

「後は───」

 

 それ以降も色々と喋ったことを話してくれる一色にいくつか返事をしながら、意識を運転に向けた。

 俺がこの話を気にした理由は単純で、松山が一言、「彼女のことをしっかり見てあげるように」と忠告してきたからだ。どうもからかっているようには見えなかった。

 だから少しだけ考えてはみたものの、結局その言葉の意味することは分からなかった。一色との付き合いは長いからこそしっかりと彼女のことは見ているはずだ。理解は、未だ及ばぬところはあるが。そこを言っているのであれば少しだけ難しい要求に思えた。

 故に、聞いてはみたが結論としてはよく分からん、だな。

 そうして話している内にもう駅前が見えてきた。俺は一度ブレーキをかけて自転車を止める。優しく止めたはずだから問題ない筈だが、一色はまた少しだけ背中に密着した。直ぐに離れたから今回は問題ないが。

 

「ここからは歩け。お巡りに何か言われても面倒だからな」

「えー」

「文句を言うな」

「しょうがないですね……」

 

 渋る彼女に言い聞かせて、ここからは自転車を押しながら移動する。

 互いに隣合って歩くが、特に会話はない。なにぶん駅までは歩いてもそう時間はかからないからだ。話しても中途半端なところで話題が止まるくらいならば、話さない方がいい。

 隣では一色が小さくため息を吐いていた。

 次第に駅前はすぐ目の前まで迫り、帰宅しているであろうサラリーマンや学生などが目に付くようになる。

 一色を送るのもここまでで良いだろう。

 

「そら、着いたぞ」

「……みたいですねー」

「何を拗ねているんだ全く。さっさと帰れ。親御さんに心配をかけるな」

「ママはほら、田島さんと一緒だって知ったら特に何も言わないので。だから全然問題ないですね」

「それは俺からしたら大問題だ」

 

 中学生の時からそうだが、一色の母親はどうも俺のことになると色々と緩いというか甘くなるきらいがある。それこそ俺の家に泊まる時なんかは二つ返事で許可を出したのだ。

 俺以外の男と出かける時はそれなりに厳しいという話だったが。

 俺とて男である。そう無条件に信頼されても困る。もしかしたら手を出してしまう可能性も……限りなくゼロに近いとは思うが、ない訳ではないだろう。

 そんなことになったら大問題だ。本当に、娘共々その辺しっかりして欲しいものである。まぁ、あの時は俺も簡単に許可を出したわけだし、そんなに強く言えるわけではないのだが。

 それにその辺はもう慣れた。それでもこの感情を抱いた理由は一色が背中に密着してきたからである。

 言ってしまえば……後輩という認識以外の認識を久々に持ってしまった、と言うやつだ

 

「田島さん?聞いてますか?」

「聞いている。どうでもいいからさっさと帰れ」

「どうでもいいとかちょっと酷くないですかー?てか、ほんとに聞いてました?」

 

 実際のところ聞いていなかった。どうやら一色には簡単にバレてしまったようだ。どうも、松山と言い留美といい、最近は考えていることがよくバレるな。

 話を聞いてなかったこと自体は大変申し訳なく思いはするのだが、経験上長引かすと面倒なので話題の転換を試みてみる。

 

「こんなところで喋ってたら風邪をひくぞ」

「露骨に話逸らしてもダメですからね」

 

 失敗である。

 

「わかったわかった。俺が悪かった。それでなんだって?手短に頼む」

「や、準備というか委員会の方は上手くいくんですか?って。少しだけ、気になって」

 

 それを聞いて、聞いていなかったことを後悔したし、それと同時に聞いたことも後悔した。

 上手くいくか否か。確かに今日の会議の様子を見ていれば、そう不安に思うのは無理もない。俺とて正直疑わしいところはある。

 見える範囲ですら問題は山積みなのだ。相模の件、依頼の件、何より俺自身。

 だがそれがなんだというのか。一度やると言ったからにはやるのだ。それが、俺と人間のはずだろ。文化祭の時のように諦めかけて、挙句の果てに失敗するなんてあってはいけない。もう二度とやってはいけない。

 そんな俺では、君に顔向けができない。

 だから。

 

「……上手くやってみせるさ。何より奉仕部として上手くいってもらわないと困るからな」

「そう、ですか……」

 

 じわりと掌が汗ばんでくる。それを誤魔化すように少しだけ強く自転車のハンドルを握った。

 

「……話は以上か?なら、さっさと帰れ」

「あの、先輩!あ、じゃなくて田島さんちょっと待ってください」

「なんだ」

 

 もう話すことはないと思って、俺は踵を返そうとしたが一色に呼び止められて足を止める。

 振り返れば、少し困ったように眉を下げて、彼女は俺へとその目を向ける。普段のような小悪魔じみた彼女はそこにはいなかった。

 

「……必要だったらいつでも頼ってくれていいですからね」

「そりゃあもちろん副委員長として頼らせてもらうこともあるだろう。お前の負担にならない範囲で使わせてもらうさ」

「そうじゃなくて。迷惑とかそういうのでもなくて。……無理そうだったらちゃんと頼ってくださいって話です。文化祭の時からずっと元気ないっぽくて、ちょっと心配です」

 

 いつもいつも心配ばかりかけていて。碌でもない男だな俺は。

 いの一番に憂鬱になったが、何とか振り払って思考を巡らせる。

 どうやら文化祭の時から俺の状態は彼女には筒抜けのようだ。とはいえその辺はある意味で当然かもしれない。結局、俺のことをよく知ってるのはコイツだけで、普段の俺と文化祭以降の俺を比べれば一目瞭然なのかもしれない。

 留美曰く結構わかりやすいらしいからな。

 とにかく、彼女には問題ないと伝えなければ。

 

「……心配かけて悪かった。ただ俺は問題ないよ。それに俺はいつでもお前のことを頼りにしている。だから、今回も、きっと頼らせてもらうさ」

 

 中学の時のように。きっと彼女には頼ることになる。それが今回かは分からないが。一人でなにかを成すには俺は力不足なのだと、いい加減に思い知ってはいるのだ。

 それでも一人でやろうとしてしまうのは昔から治らない俺の悪癖だろう。だからもちろん頼る、その方がきっと楽だろうし。他力本願という比企谷の考えには自分なりに共感しているのだから。

 

「……なら、いいですけど……。その、引き止めてすみません。それじゃまた学校で」

「ああ。気をつけて帰れよ。またな」

 

 一色あまり納得いっていないような顔をしながらも引き下がってくれた。その後少し遠慮がちにヒラヒラと胸の前で手を振って彼女は駅前に往来する雑踏の中へと消えていった。

 それを見届けて、俺も改めて踵を返す。

 ふと空を見上げた。

 少しだけ目を細めて探してみる。

 けれどもやっぱり、星は見えなかった。




もっと上手くラブコメを書きたいと思う今日この頃。

次回 また会議

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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