青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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四十五話 やはり会議は進まず

 陰鬱な重い空気が会議室を支配する。

 ただ、重苦しいまでの沈黙。陸側の空からやってくる暗がりが、まるでこれから先見通せない闇がやってくるかのようで、嫌な感覚があった。

 平塚先生が会長を呼び出して廊下に出てから、とかく我々に進展と呼べるものはなかった。

 各々が閉口し、時折居心地の悪そうに重苦しくため息を吐く。

 唯一違うのは、瞑目し背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま凛然と座る雪ノ下のみだった。

 俺はと言うと、結局のところある意味では予想通り上手くいかなかった会議をどうするべきか思案しては、特に何も浮かばず。グルグルと回り続ける頭の中を掻き乱しては湧き続ける憂鬱を、どうにかして吐き出すために、これまたここにいる面々と同じく重苦しいため息を吐くだけだった。

 そも、上手くやるという考えが悪かったのだろうか。それとも、相模を担ぎあげて委員長に推薦したから?

 まぁ、きっとそれはある。だが、それを指摘するのは酷だ。

 俺たちの今回の目的として、会長の指定する目標を達成した上での体育祭の成功。それに加えて、元々来ていたメールによる依頼。相模がもたらす負の空気を払拭し2-Fの雰囲気を良くする。それが雪ノ下、ひいては奉仕部の第二の目的だ。

 つまり、相模にそれを指摘し、相模をここから排除する。そうすれば恐らく、あるいは、もしかして、現状は好転するのかもしれない。

 だが、それでは依頼の達成はできても当初の目的は達成できない。何より、奉仕部の理念は未達成に終わってしまう。自己改革、それを旨として常に行動するのであれば相模のことも考慮に入れねばならない。

 相模本人はと言えば、上手くいっていたと思いきや全くもってそんなことは無かったと言う事実。どうすれば良いのか分からない現状。

 それらに打ちのめされて、ただ両手で握った黒い画面に映る自分を見つめるだけだった。

 

「めぐり先輩たち。遅い、ね……」

 

 誰に向けたでもないであろう言葉を由比ヶ浜はぽつりと呟く。

 彼女が口を開いたことで会議室の空気は幾分かは軽くなった。それでも、気休め程度だが。

 

「そうね……」

 

 すっと瞼を開いた雪ノ下に対し、立ち上がった生徒会役員の一人が立ち上がった。

 

「様子見てきましょうか?」

「まだお話が終わっていないのでしょうし、今行ってもあまり変わらないと思う思います」

 

 雪ノ下のその冷静な声色に彼も頷いて、席に着く。停滞した現状をどうにかしたいがために行動しようとしたのだろ。要するに待っているのも、いい加減辛いという訳である。

 結局、二人が戻ってきたのはそれからおよそ二十分ほど経ってからだった。

 

「すまない。待たせた」

 

 普段のようにおちゃらけた雰囲気は一切なく、ひたすらに真剣な顔をした平塚先生は一番近い端の席に腰掛けた。

 

「いいえ。それで、結論の方は?」

 

 促せば先生はゆっくりと頷いてから、皆の視線が彼女に集まったのを確認して話し出す。

 

「城廻とも話したんだが次回の運営委員会は中止にしようと思う」

「少し時間を空けてお互いクールダウンして様子を見ようってことにしたんだけど……」

 

 妥当な判断だとは思う。事実ある程度のクールダウン期間は必要だ。それが、クレバーな相手なら。

 今回は少し違う。怒りと言うより、不満だ。それも相模に対する悪感情が由来のもの。

 それが到底たった数週間の期間でなくなるとは思えない。

 

「でも、一日二日で何とかなるかなぁ……」

「まぁ、無理だろうな……」

 

 由比ヶ浜の呟きに、比企谷はため息混じりに肯定した。

 

「それでも、今のまま会議をするよりはマシだ」

 

 苦々しげに言った平塚先生の言葉にも頷くものはある。

 どちらにせよ、メリットデメリットはある。それが今回はこちらの方が良い、と先生と会長が判断したのであれば俺から言うことはない。

 嗚呼、だが。やはり続けるべきだと思う俺がいた。

 

「一応君にも聞くが、田島。それで構わないかね?」

 

 閉じた目を開ければ俺へと視線が注いでいて、彼女は同意を求めているらしい。どうやら既に相模には聞いていて俺へと回ってきたということらしい。委員長が良しとするならば俺からいうことは特にはないのだが。

 

「……ぼくは構いませんよ。妥当な判断かと」

「そうか」

 

 平塚先生が頷くと、こちらに視線を向けていた雪ノ下がふいっと視線を外した。そして会長に顔を向ける。

 

「……では、中止の連絡を」

「うん。じゃあ、生徒会の方からしておくよ」

 

 会長が役員へと目を向けると、彼らはその意を汲み取り素早く動き始めた。

 淀みのないその様子を見るに、連絡の手段はしっかりと持っているようだ。当然ではあるのだが、ここまでテキパキと動くと驚きがある。何よりもう既に作業は終えているのだから、毎度ながら忍びみたいな連中だと思った。

 それを見届けて平塚先生は口を開く。

 

「では、今回のところは我々も解散しよう」

 

 その言葉をきっかけにそれぞれ帰り支度を始める。ずっと居心地が悪そうにしながら残っていた材木座もようやくほうっと息を吐いて、普段の動きからは考えもつかないような俊敏さで帰り支度を終える。

 

「ではな、八幡。そして師よ!」

 

 とシュバッと帰っていった。ずっと帰るタイミングを待っていたのだろう。まぁ、アイツに関しては付き合わせていたのだから今回ばかりは特に文句はない。

 俺達も帰り支度を、と言いたいところだが恐らく今後のことに関して平塚先生から話があるのではないかと予想できるので一旦そのまま待機しておく。

 その予想は間違っていなかったようで、何も考えず帰ろうとした比企谷に平塚先生は声をかけた。

 

「比企谷。君たちは少し残りたまえ」

「え、いや今日はちょっとアレなので……」

 

 見苦しい言い訳をしながらキョロキョロと俺たちの様子を伺う彼だったが、何も考えていない由比ヶ浜はともかく、もとより残るつもりであった俺と恐らく同じであろう雪ノ下を見て、観念して席に着いた。

 そして彼女は相模にも声をかける。

 

「それと、相模。君も」

 

 ギュッとスマホを握って顔を伏せたまま微動だにしていなかった彼女は、先生の声にようやく顔を上げて「はい」と小さく返答した。

 俺と比企谷、雪ノ下に由比ヶ浜、相模に当然のように残っていた会長と見渡して、平塚先生は改めて話を切り出した。

 

「単刀直入に聞こう。これからどうする?」

 

 平塚先生の問いに周囲は首を傾げた。

 憂鬱に浸りかけていた頭を切り替えて、俺は平塚先生に質問を投げかける。

 

「……それは今後の運営についてでしょうか。あるいはそれに付随して、奉仕部のスタンスに着いても聞いているのでしょうか」

「まあ、それであながち間違いではない。なら、田島。君なら私が聞きたいこともわかるな?」

「……まぁ、概ね」

 

 運営方針のことであるならば、別に後でもいい。俺たち奉仕部に着いてならば、まだ部活の時間に集めればいい。それでもなおここで相模と会長を集めて何かを問うのであれば。

 それはきっと。

 

「であれば、君が聞きたまえ」

「……はぁ」

 

 嫌な役を押し付けてくる。いや、これも俺に必要なことなのだろうか。分からんが、やれと言われた以上はやるとしよう。

 

「相模、一旦過去のいざこざは置いておいて俺のする質問に答えてくれ」

「………………わかった」

 

 彼女は不承不承、しかして会議が始まった時よりかは抵抗が無さそうに頷いた。

 

「まず、今回の会議においての問題を相模。お前自身が把握しているかどうか聞きたい。なんでもいい、とりあえず浮かんだものを答えてみてくれ」

 

 そういえば、相模はピクリと眉を動かしてからしばらく下を向く。耳に着いているピアスなのかイアリングなのかは分からないがアクセサリーを弄りながら、数秒の後、口を開いた。

 

「……げ、現場の人達との、協力が上手くできない。それの原因はみんな大会があって忙しいから」

「間違いではないな」

「うん。今回は現場班の人達があんまり余裕がなさそうで、時間と労力の確保が難しいんだよね……」

「……」

 

 相模はそれに対し、小さく頷けば、続くようにして口を開く。

 

「じゃ、じゃあ運動部のスケジュールが問題ならそれを確認して上手く割り振ればいいんじゃ……?」

 

 相模からそれなりに真っ当な判断が出てきたことに驚いたのか比企谷が「おぉ……」と小さく感嘆の声を漏らした。幸いこちらの反応を伺ってドギマギしている相模には聞こえていなかったようだが。

 

「そのアプローチも必要だろうな。彼女達の言葉通り受け取るならば、スケジュールの調整、あるいは顧問方と再度の話し合いの元派遣する人員の変更がベターだろう」

「でも、それじゃみんな納得しないかも」

 

 由比ヶ浜が俺の言葉に付け足した。

 

「なぜ、そう思う?」

 

 もちろん俺は答えがわかっているがあえて問う。それは改めて問題の確認とともに、相模の反応を見るためでもあった。

 

「多分、二人とも協力することが嫌なんじゃなくて私たちと協力するのが嫌なんだと思う。だから……」

「感情が理由で反発してる奴らを動かすなら、それ相応に上手くやらないとダメだってことだろ。少なくとも感情論を相手にしてる以上、理詰めの正攻法だけじゃ間違いなく動かねぇぞ」

 

 由比ヶ浜の論を手助けするように比企谷が口を出した。由比ヶ浜は彼の言葉に静かに首肯する。

 彼女らの言う通り、こと今回に関しては理詰めの正論だけでは動かない。かつて、文化祭の相模がそうであったように嫌だから。嫌いだから、気に入らないから。それだけの理由で人はありとあらゆる理由で動こうとしなくなる。

 それがどれだけ正しくても彼女たちは感情でそれを否定する。

 そして、それは実際に当の本人も分かっているようで。

 

「やっぱり……うちのせい、かな……」

 

 そう、ポツリと漏らした。

 誰も、何も言えなかった。それは事実だからだ。相模がここに立っていることが彼女らとの軋轢の理由になっている。

 恐らくだが、彼女らと相模は上手くいっていない。それによって彼女らは気に食わないのだ。相模が、文化祭で大失態を犯した彼女がここに立っていることが。

 何せ、恐らくかなり寛容な方であろう城廻めぐり生徒会長が、彼女が委員長になることを一瞬拒んだように、その二人も拒否してしまうのだろう。

 

「うちさ、多分やめた方がいいよね」

 

 彼女は雪ノ下にそう告げる。

 

「……別にそうは言ってないわ」

「全部言わなくたって分かるから。うちは、やめた方がいい」

 

 彼女は自分に言い聞かせるようにそう言った。まるでそれがこちらの本意であるかのように。そうすれば全てが解決すると言わんばかりに。

 痛々しいその姿に、やはり誰も言葉を投げかけることは出来ず。

 

「……平塚先生」

「なんだね」

「やめるかどうか、しばらく考えてもいいですか」

「構わないよ。どれくらい時間が欲しい?」

「……一週間あれば」

「わかった」

 

平塚先生は頷いて、俺たちの方を見渡す。

 

「君たちもそれでも構わないかね?」

 

 誰も口は開かず、頷くのみ。俺もそうだった。何か言うべきことだとか、かける言葉だとか、そんなものは浮かばなかった。

 

「よし。ならば今後の方針はその時改めて決めるとしよう。皆、今日はもう帰っていいぞ」

 

 平塚先生がそういえば、相模は鞄を掴んだ後、ぺこりと礼をすれば会議室を後にした。

 残された俺達も、各々帰りの支度を始める。どうやら会長と先生はもう少しだけ今後について話すらしい。

 席を立ち上がり、ふと窓の外を見る。陸側から迫っていた夜闇はとっくに空を覆い尽くしていて、追いやられた茜色が遠くで薄ぼんやりと見えた。

 

「みのるん?帰らないの?」

「……いや、帰る」

 

 奉仕部の面々が会議室を出ようとしていて、未だに会議室でボケっと突っ立っている俺に気がついたのか、由比ヶ浜が代表して声をかけてきた。

 もちろん帰るつもりなのでそう答えつつ、俺は平塚先生と会長へ小さく会釈をすれば会議室を後にする。

 会議室を出て廊下を渡り、昇降口と続く階段を降りていく途中由比ヶ浜が呟いた。

 

「さがみん、やめちゃうのかな」

「……どうだろうな。あの様子だと自分が原因で会議が上手くいってないのは自覚してるみたいだが」

 

 比企谷の分析に雪ノ下が頷いた後、口を開く。

 

「……でも、ここでやめてしまうと彼女の為にならないわ」

「何より俺たちが受けている依頼が達成できない」

 

 一度受けたのだから依頼は達成するべきだ。会長からの依頼と、メールでの依頼。それらを達成するためにはどちらも上手くやらなければならない。

 

「なんにせよ、一週間後の相模の答えしだいだろ」

 

 面倒くさそうに比企谷はそう吐き捨てた。どうやら彼としては相模がやめるものだと思っているらしい。

 その気持ちは分かる。以前の彼女であれば恐らくここで投げ出すだろう。何かしらの理由をつけて、こちらが納得しなくてもきっと、辞める。

 だが、どうだろうか。俺が見るに今の彼女は以前と違うように思えた。反省とは違うが、身の振り方を考えているというか、なんというべきか。

 ともあれ少しでも以前の彼女よりも何か考えや心構えが変わっているのであれば。前向きな返答も得られるかもしれない。

 少なくとも、俺はそう願うだけだ。

 俺自身がもう一度チャンスを掴み取るためにも。

 




原作と憂鬱譚において相模のやる気だとか想いだとかは結構違います。

次回 箸休め回

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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