青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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過去が焼き付いて、離れない。
いつだってそうなのだ。


四十七話 コーヒー香るは彼女と我が家で

 不機嫌そうに眉を潜めて立っている留美は俺の顔をじっと見たあとため息を吐いた。

 

「……?あ、もしかして忘れてた?」

「……悪かったよ」

「ほんとに忘れてたの?……あきれた」

 

 長袖のシャツに緑色のセーターを上から着た彼女は、寒くなって来たとはいえ厚着なせいか少し暑そうにその袖をまくった。これはさっさと家に入れた方が良さそうだな。

 

「とりあえず、入れ。それを背負ったまま立っているのも面倒だろう」

「うん。お邪魔します」

 

 ぺこりと律儀に一礼してから彼女は敷地へと足を踏み入れる。

 俺はそのまま彼女を家へと招き入れた。傍から見たらアレだな。ちょっとした事案かもしれないとは思いつつ、外聞なんぞ今更気にするような質でもないと頭を振った。

 少し浮かれた様子の留美を見て、小さくため息を吐いた。

 

 

 

 玄関をくぐり留美は靴を脱いで、踵の部分を合わせて置いた。やはり、こういうところを見るにしっかりとその辺躾られているのだろうと思いつつ、俺も廊下へと向かう。

 

「そっちがリビングだ」

「わかった」

 

 視線で扉の方を示せば、留美は歩いていって扉を開けた。こういう時俺が開けるものなのだろうなと思いつつ面倒だったから流れに任せた。その流れを作ったのは俺なのだが。

 

「……外でも思ったけど、実さんの家大きいね」

「そうか?」

「うん」

 

 留美はキョロキョロと当たりを見回し、背負っている鞄を机の隣に置いた。

 一応彼女の言葉に疑問で返しはしたが、実際のところ自覚はある。うちは所謂金持ちの一族だ。多分、だが。

 誰にとってもどうでもいい話ではある上に聞かせるようなものでもないが、うちの家系は元々音楽関係でそれなりに成功を収めていたらしい。そしてその例に漏れずうちの婆さんもそうだった。爺さんは婿入りしたとか何とか聞いた覚えがある。

 ちなみに母さんも同様である。婆さんと母さんはともにプロのピアニストで、それなりに有名な人だった。ちなみに父さんは医者。

 まぁそんなエリートの両親の持つ才能もどちらもスッカラカンだったのが俺だ。妹は音楽の才能に満ち溢れていたがな。全く、笑える話だ。

 俺は無意識に上がった口角を元に戻し、留美へと顔を向ける。

 彼女は鼻をスンとさせた後キッチンの方を向いた。

 

「……コーヒー作ってる?」

「目敏いな、正解だ。飲むか?」

「飲む」

「ならば、淹れてこよう。適当に座っていてくれ」

 

 留美がこくんとその顎を引いたのを見れば、俺はキッチンへと向かう。

 ドリップは終わっていて、サーバーにはコーヒーが溜まっている。

 幸い何杯か飲むつもりだったので、留美の分はある。

 棚からカップを二つ取り出してから、ドリッパーの下にあるサーバーを外した。そして留美の分をカップに注ぎ、俺の分も注いだ。

 

「できた?」

「大人しく席で待っていろというに……全く。ほら」

「ありがと」

「飲むなら座って飲めよ」

「うん」

 

 カップを両手で持って、リビングの向こうにあるソファーへと彼女は歩いていく。

 それを見届けて、俺は適当にその辺の棚を漁った。

 俺はあまり普段から菓子を食べるような人間でもないが、咄嗟の来客用に日持ちするものをいくつか置いていたはずだ。なので自然とチョコだのなんだのとかではなく、割れ煎餅だとかキャンディーだとかの硬いものばかりになる。割れ煎餅嫌いではないが、コーヒーとの相性はさほど良くないのが難点だな。

 ちなみにコーヒーにはカステラが合う。生憎と今日は切らしているが。恐らく明日も明後日もその後1ヶ月くらいは切らしていてないだろう。

 とりあえず目に着いたママの味とかいう字面だけ見れば物騒な謳い文句のキャンディーをいくつか、あとこれまた以前特になんの意図もなく買っていた金のミルクを皿に放り込みキッチンを出た。

 リビングに戻れば、留美はソファーの上でチビチビとコーヒーに口をつけていた。その様子は満足気でありどうやらお気に召したらしい。

 

「適当に摘んでくれ」

「……なんかアレ。ちょっと意外」

「何がだ。アレか?客に菓子を出すことがか」

「そっちじゃなくて、チョイスの方」

「適当にあるものを放り込んだだけだよ。とはいえコーヒーには合うだろうさ」

「ふーん」

 

 彼女は一つキャンディを摘んで包装を剥いてから口の中に放り込んだ。

 何度か舌の上で転がしたあとコーヒーを飲む。

 

「ほんとだ」

「だろ?」

「ん、今度お母さんに買ってもらう」

「そうするといい」

 

 俺も彼女の隣に座って、コーヒーに口をつける。

 コクが深い、まろやかな味わいが口いっぱいに広がる。やはりネルの良いところはここだな。

 ペーパーと比べてスッキリとクリアな味わいではないが、だからこそコーヒーの良さがギュッと詰まって、抽出されたコーヒーオイルが独特のトロリとした甘味を出す。

 それが口当たりの良いまろやかな味わいに繋がるのだ。

 手入れが面倒な分、美味さもひとしおに際立つというわけだな。

 まぁとはいえ、今回は普段のようにコーヒーを飲むための休日ではない。

 今まで留美と会う時は、基本彼女と出掛けどこかの喫茶店に行ったり、時折戸部のアレに付き合わせたり等と色々とやり初めてはいるがこうして俺の家に直接招待するというのは初めてだ。

 しかも今回は勉強会。それも、英語の。

 さらに俺が教師側なのだから気合いを入れねばなるまい。

 俺は立ち上がってから机をソファーの近くに寄せた。そして留美の方へと目を向ける。

 

「さて、そろそろ始めるとしようか」

「うん、わかった」

 

 彼女は鞄からノートや文房具を取り出して、机の上に並べる。それを見て、俺もスマートフォンを取り出した。

 概ね、世の中の英語はスマホの電子辞書で何とかなる。さらに言えば、今回は簡単な英単語の読み書きと主語の分類からだ。なんとかなる……はずだ。

 若干の不安を残しながらも、俺は留美へと顔を向けるのであった。

 

 

 意外と何とかなるものだ。

 あれから留美にいくつか質問をしてから、簡単な英文を読ませたり単語の意味などを確認してみたが、基礎的なことはほとんどできていた。

 しかし理解が進んでいるもんだから聞いてみたらなんでも最近の小学生は英語の授業を受けているそうだ。

 軽く調べて見たが、どうも小学三年生から既に英語の授業は始まっているとか。俺が小学生だった頃は英語の授業なんざなかったのだから世の中の英語意識が高まっているのを感じる。

 俺の時もそうだったらもう少し英語の勉強も楽だったのだがな。そのせいでなりたくもない図書委員になってしまった。

 まぁともあれ、以上の理由で留美は簡単な読み書き程度ならできていた、基本的な文法もわかっている。これ、特に俺か教える必要もないんじゃないのか。

 若干不安を感じつつ、学校のものらしい英語の教科書を見ていた留美に声をかける。

 

「……基礎的なものは特段問題はなさそうだな」

「ほんと?」

「ああ。大したものだ。しっかり授業を聞いているようで感心したよ」

「まぁ、最近は勉強する時間はいっぱいあるし」

 

 それはハブにされているからだろうか。しかし、さもありなん。

 実際、友人がおらず一人の時間が多い人間はその傾向にある。

 もちろん不真面目なやつはどこまで行っても不真面目だが、そうじゃないやつは勉強をする。何しろ効率的に時間を使えるからな。それに時間を使えば使うほど身につくのが勉強だ。頭の善し悪しはあれど、一定のラインまでは登れる。

 達成感と、テストなどで目に見える形となって努力の成果が現れるのが勉強だ。

 普段から遊ぶ人間がおらず、かつ今一つ身が入る趣味がないのなら、空き時間にはおのずと勉強するようになる。

 もしかしたら留美もそうなのかもしれない。

 

「そいつはいいことだな」

「でも最近はよく動画見てる」

「動画?なんのだ」

「色々。猫とかの動物のとか」

「……そいつはいいことだな」

 

 猫ね。俺はあまり好きじゃない。自分勝手だし、気まぐれで相手をするのが困るんだ。フラリとどこかへ行って、帰ってきたと思えば一日中寝てたり。しきりに甘えてきたと思い、構おうとした瞬間にふいっと興味をなくしたように去ったり。本当に苦手だ。犬は、比較的分かりやすくて好きなんだがな。

 しかし、初めてから一時間半にして、今俺の手持ちのものでは教えることがなくなってきた。一度部屋に戻って何かしらの教材やらなんやらを取りに行く必要があるだろう。だが時間がかかるのでどうしたものかと顎をさすった。

 壁にかかった古い時計を見ればもう十二時はとっくに過ぎていた。

 

「まぁ、とりあえず一旦この辺りで辞めるか」

「いいの?まだ二時間もやってないけど」

「昼過ぎだ。どうせ明日もやるんだろ?」

「うん」

「なら、急いでやる必要もないさ。ここいらで飯でも食おう」

 

 そう、何を隠そう……いや別に隠すほどのこととでもないが、この勉強会、二日にわたって行うのである。つまり、泊まり。

 そもそも、話の発端が留美の家の事情にあるのだ。

 文化祭が終わって、しばらくした頃。

 どうにも精神的な調子が戻らない俺の元へ、留美からの電話が来た。内容は英語の勉強をしたい、というもの。

 なんでも留美は文化祭の時ミュージカルに興味を持ったのだが、メジャーな作品であるロミオとジュリエットに目をつけたそうだ。

 そして、まずは劇を見る前に原作を読んでみようと思ったそうで、春美さんに手伝ってもらってネットで注文。

 届いたその本を読もうとしたら、吃驚。

 まさかの英文そのまんまのものが来たとか。

 どうやら間違えて翻訳してない方を注文したようだ。この手の間違いはネット注文ではよくある話ではあるが、やらかしてしまったな。とその時は苦笑してしまった。

 しかし、留美はここでいっその事英文を読んでやろうと謎のやる気を見せて、以前俺の得意教科が英語であると聞いたのを思い出して俺に電話を掛けた。というのが今回の勉強会の理由だ。

 泊まりがけなのはたまたま今日と明日、留美の母親春美さんとその旦那さんが、共通の友人の結婚式の為に泊まりがけで遠出をするから、らしい。

 ただ留美としては知らん人間の結婚式に興味など微塵もなかったので、折角だから俺の家に泊まって英語の勉強をしよう、という魂胆を思いついた、というわけらしい。

 まぁ、これもある意味で留美の変化の手伝いというわけなのだからあまり調子は良くないものの二つ返事で受けたのだった。

 ……それを先まで忘れていた訳だが、そこはご愛嬌と言うやつでご容赦願いたいね。

 そんな経緯で、今日の勉強会が相成ったのである。

 しかしまぁ、二日もあるおかげで、一日で積み込む必要がない。そもそも勉強というのはそんなふうにしてやるものでもない。直近にテストがあるという訳でもなし、ゆっくりやればいいさ。

 そういうのもあって今日は触りと英語に慣れるところから始めようと思ったが、この様子じゃもう一段階上は行けそうだった。

 しかしまずは休憩がてら昼飯を取った方がいいだろう。別方こんを詰めて勉強をしていた訳じゃないが、一時間半もやっているんだ。そろそろ休憩を撮った方がいい。あと、単純に俺が忘れていたせいで思いつき以外は何も教材を用意していないからな。

 すっかり冷めてしまった残りのコーヒーを俺は飲み干して、ソファーから立ち上がる。

 すっかり飲み干して空になった留美のマグカップと一緒に俺のを持ち、手持ち無沙汰な様子で足をプラプラさせている彼女の方へと俺は振り向いた。

 

「それで?何が食いたい」

「なんでもいいよ」

「なら……そうだな。少し待て」

「わかった」

 

 そう頷いて答えると、留美はヒョイっと包み紙を剥いて口の中に飴玉を放り込んだ。

 なんでもいいが一番困るが、留美のなんでもいいは多分本当になんでもいいやつだろう。そこのところ一色とは違うからな。

 一色はこだわりが強い分ワガママだ。外食することになった時も「なんでもいいですよ〜」とか言いながら近くにあったラーメン屋入ろうとしたら露骨に嫌な顔をするんだよあの後輩。じゃあなんでもいいとか言わんで欲しい。「イタリアンとか〜オシャレなのがいいです♪」とかを言えというに、全く。

 その点、留美は余りこだわりが強くない。なんでも食うし、何を食っても美味そうにしている。作る側としてはありがたい限りである。

 ああ、でもブロッコリーは嫌いらしい。

 誰にでも好き嫌いはあるものだ。特に比企谷なんかその典型例だからな。人も、物もあいつは好き嫌いばかり。そして俺もそうなのだろう。

 とりあえず昼飯はブロッコリーの入っているものはなしだな。

 冷蔵庫には何があったかと思い返しながら、俺はキッチンへと向かった。

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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