朝の日差しが差し込む私室に、チュンチュンと小鳥の囀る声が聞こえる。
俺はゆっくりと目を開けた。
どうやら朝らしい。
今日はそれなりに眠れたのが分かる。いつもよりかは眠気が強くない。
しかし、普段と変わらず悪い夢は見たようだが。額から流れた汗によって肌に張り付いた不愉快な髪を手で掻き分けて、俺はムクリと体を起こした。
前髪も随分と伸びてきたな。そろそろ切るべきだろうか。
口を大きく開けてくぁと盛大に欠伸をした後、ベッドから降りる。
枕元に置いてある眼鏡を手にとってかけたあと、ガリガリと頭を掻いてから、俺は部屋を出た。
「……やはり悪くない」
窓から差し込む陽射しにあたり伸びをしたあと、俺はやはり今日は随分と悪くない目覚めだと感じていた。これなら今日の予定も滞りなくこなすこと出来そうだ。
洗面所へと行って顔を洗って歯を磨いたあと、リビングに顔を出したが、誰の姿もない。
どうやら留美はまだ起きていないようだ。
それもそうか。チラリと目に入った時計の針は六時ちょうどで止まっている。
小学生の生活リズムならあと二時間は寝ていることだろう。
寝るのは悪いことじゃない。
早起きは三文の徳とは言うが、休日位はゆっくり寝るべきだ。何より、昨日はあれだけ勉強したのだから、な。
となれば今日は日課のピアノはやめておこう。起こすのも悪いからな。
だがとびきりの目覚めは必要だ。そんな彼女のために、コーヒーでも用意してやろう。今日は……特に拘りなく普通のドリップで良いだろう。
手間をかけるのも良いが、サクッと終わらせてしまうのだって良いものだ。
手間暇に良さがあるのではなく、その手間の結果美味いコーヒーを飲めるか否かに良さがある。
コーヒーとはそういうものなのだ。
そう、婆さんから教わっている。
◇
「あむ……。みのふふぁん、ひょうは……むぐ……はにふるの?」
朝食の最中、トーストにかぶりついた後、口をもごもごと動かしながら留美がそんなことを聞いてくる。
ちなみに朝食はハムとチーズを乗っけたトーストだ。あとはサラダと目玉焼きを用意した。
目玉焼きはそのまま食べてもいいし、トーストに乗せてもいい。俺は断然、乗せる派だ。
トロリとした半熟の甘い黄身がトーストに染み込んで美味いのだ。これをコーヒーと一緒に食すのが俺は好きだった。
正直俺のような少食からすればこれだけで腹がいっぱいになるので、こうした余裕のある休日にしかやらないメニューなのだが……留美は気にせずもしゃもしゃとサラダを食べている。
小学生の胃袋の底のなさを感じるな。
モゴモゴと口を動かしながら再びなにか言おうとした彼女に俺は口を挟む。
「食べながら喋るな。はしたないぞ」
「ふぁい……。それで、何するの?」
「バッティングセンターに行く」
そう返した俺の言葉を聞いて、留美は目をパチクリさせた後、可愛らしく首をこてんと傾げた。
「勉強は?」
「もちろんやるさ。午前中は勉強、午後からはバッセンだ」
「ふぅん……。あ、もしかして戸部?」
「そうだ」
首肯すれば留美は「ふぅん」と気のない返事をしてから、半分まで食べたトーストに目玉焼きを乗っけてまたかぶりついた。
どうやらサラダはさっさと食べ終えたようで、もう皿が空になっている。
ちょっと少なかったか?とは思うものの、小学生なんてだいたい野菜が嫌いだろうからこんなものでも良いか、と勝手に納得した。
留美はモグモグと口を動かした後、中身を全て飲み込んで、口直しにコーヒーを飲んでからゆっくりと口を開いた。
「前から気になってたんだけどさ」
「あん?」
「戸部みたいなのと仲良いの、ちょっと以外」
俺はお前が戸部を呼び捨てにしてるのが気になるよ。などと言いたいもののまぁ戸部だからと納得出来る部分もあるのでそこに言及するのはやめにした。
「そうか?」
「うん。実さんああいうの苦手そうだけど」
「……そうだな。否定はしない」
実際、俺と戸部は真逆の人間……とまでは行かなくてもおよそ関わり合うことになる様な人間ではない。
方や教室の隅でずっと寝ている陰気な男。方やクラスのカースト上位グループのムードメーカー。
こうして並べてみても、やはり釣り合わない。
「じゃあなんで友達なの?」
「友達ではない」
「……めんどくさ。……それで、こんなカンケーになったのはなんで?」
「俺から語ることは特にないよ。戸部に聞け」
面倒くさそうにコーヒーを飲んで口を噤む俺に対し、留美はまた面倒くさそうに「あっそ」とため息混じりに小さく呟いた。
その後最後に少しだけ残ったトーストを口の中に放り込んでから、ペロリと指に着いたトーストの粉を舐めとると「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
俺はそれに「おそまつさま」と返しつつ、コーヒーのカップを手に取って口をつける。
「皿は昨日のように台所に置いておけ」
「うん」
「俺は皿洗いをするから、終わるまではテレビでも見るなり、昨日の復習をするなり好きにやっておけ」
「わかった」
留美は頷けばすぐにソファーの隣に置いてあるカバンの中身を漁り始めた。
勉強をするのか。真面目だな。……いや、違うな、その手にスマホを握りしめているのを見るに、親にでも連絡するのか、それとも動画サイトか。
恐らく後者だろう。全く最近の若者は。嘆かわしい。だが気にする事はない。俺もよく見る。
俺も僅かに残るコーヒーをグイッと飲み干したあと席を立ち、台所へと向かった。
◇
俺が戸部と待ち合わせしているバッティングセンターは、自宅からそれなりの距離を歩いたところにある。
本来であれば自転車で行くところだが、留美がいるので仕方がなく徒歩で移動することになった。
自宅がある住宅街を抜け、総武高とは逆の方角へ向かって大通りに面している歩道を歩く。そこから、しばらくずうっと歩いていくとやがて、道路を挟んで向かい側の歩道に古めのアーケードで覆われた商店街が見えてくる。
そこに向かう為、歩道橋を渡って向かい側へと向かったあと俺たちはアーケード商店街へと入っていった。
「だいたいシャッター閉まってるね」
「ここもいずれ潰れるんだろう。見るからに寂れてるからな」
「ふぅん」
寂れた古いアーケード商店街は、どこもかしこもシャッターが閉まっていて、ほとんどの店は看板すら閉まっている。
『閉店』だの『移転』だのと張り紙がされているのが確認できる。
俺はここについて詳しい訳じゃないが、ここももしかしたら以前はもっと盛況していたのかもしれない。
取り壊されるのも、そう遠い話じゃないのだろう。
誰かの憩いの場で、そこで過ごしていた誰かの想いが篭っていた。
それがこうも寂れてしまっているのは……悲しい話だ。
途中まではここを真っ直ぐ道なりに進んでいくと、途中バーバーポールが置いてある散髪屋を見つける。この店の横を曲がると、少し道幅の狭い道を進むことになる。
ここをしばらく進むと車通りの多い道路に出るので、そこをさらにしばらく進めば目的地のバッティングセンターが見えてくる。
「着いた?」
「着いたな」
「相変わらず遠い」
「俺もそう思うが、仕方がないだろう」
徒歩だと遠いのが難点だが、俺はこの程度歩くのは苦ではない。肉体的には苦ではあるが。
欠伸を噛み殺しつつ歩いてバッセンの前に行けば、そこには派手な茶髪のチャラい格好をした男と、予想外な男がいた。
「実くんウェーイ!マジ待ってたわ〜!ルミルミもおっす!」
「ルミルミやめろし」
「やかましい、かつ顔を合わせて早々にそのテンションはやめろ。胃に悪い。……しかし、些か。いや、かなり意外だな。お前がいるとは」
「やぁ田島くんに……留美ちゃん。俺としても、やっぱり君が戸部と仲がいいのはいつ見ても驚くよ」
そう行って爽やかにはにかむのは我らがハニカミ王子……というのは冗談だが、総武高でも指折りの有名人。葉山隼人だった。
彼は相変わらず五月蝿いやかましい姦しいを一人で体現する阿呆の戸部の隣で、爽やかなオーラを振りまいている。
「そうか?」
「だからそうだって言ったじゃん」
「まぁ、そう……いや、そうだったな」
留美の指摘に俺は苦笑いで返していると、その様子を葉山が意外そうに、かつ興味深そうに眺めていた。
「優美子から聞いてはいたけど、やっぱり仲が良いんだな」
「……そうか?」
「私に聞かないでよ。仲良いんじゃないの?それにこれで仲悪いとか言われたら、結構傷つくよ」
しゅんと伏し目がちになった留美を見てらさすがに言葉が過ぎたと反省をする。そもそも俺が素直に彼女との仲を認められるようになればいい話なのだが、なかなか難しい。
そもそも、ここまでの仲になるつもりもないのだが……奇妙な話だ。
「悪かった。今のはあまり笑えん冗談だったな」
「別に気にしてないし。それより、早く入ろ。ちょっと寒い」
留美が若干身震いしながらそう言った。それを聞いて葉山も同意するように寒そうにして手で肌をさすった。
「確かに今日は寒いね」
「戸部。お前、アレを忘れずに持ってきたか?」
「もち!さすがに忘れるわけねーべ」
「なら良し。さっさと行くぞ。確かに今日は冷えるからな」
二人の言った通り、本当に今日は冷える。こうして外を歩いているだけで、空気の冷たさを感じてしまっていた。
昨日はそこそこ暖かった筈だが、さすがに冬といったところだろうか。
そして俺たちはバッティングセンターの中に入った。
まず見えるのは、奥のバッティング場へと繋がるガラス張りのドアが複数。その向こうには緑色のネットが張り巡らされており、ガラスが割れるのを防いでいることが分かる。
左奥には受付があり、その脇には両替機が置かれていて、受付の右奥はトイレへと繋がっている。
受付には老婆が座っており、彼女は俺たちを見れば顔をしわくちゃにして嬉しそうに「いらっしゃい」と言った。
俺はペコリと頭を下げ、戸部は婆さんの方へと近づいていく。あれを渡すのだろう。
入ってすぐ右手には自動販売機やベンチなどが四つ固まっておいてあり、休憩スペースとなっている。
右奥にはアーケードのゲームが壁沿いと、その通路の真ん中を島として置かれていて、この中だと俺のオススメはパックマンだ。戸部はもっぱらストファイと略称で呼ばれる、ストリートファイトとかいう格闘ゲームばかりをやっているようだが。
「始めてきたけど、中々良さげな雰囲気だ」
「だろう?こういう、ノスタルジックな所も悪くはないさ」
「ああ。なんか分かるな」
「……古いだけじゃない?」
「かもな」
にべもなく放たれる留美の言葉に苦笑いを浮かべ同意しつつ、俺は受付にいる戸部の方へと向かう。
「幾つ渡したんだ?」
「とりあえず2ゲーム分」
「分かった。それは面倒だから、変わらずお前が持っておいてくれ」
「りょ〜」
戸部はヘラりと笑ったあと、ヘアバンドで上げている前髪を、改めて手でかきあげてからヒラヒラと手を振り、葉山たちの方へと近寄っていっく。
そんな彼の背中を追いかけることもせずにのんびり見つめていると、俺も受付に座っている婆さんから声をかけられた。
「いつもありがとうねぇ」
「ああ、いや……。とんでもない」
いつも行くたびにこうして礼を言われるのが当たり前となっていたが、俺はその度になんだか申し訳ない気持ちになってしまっていた。
「そんなお礼を言われるほどじゃありませんよ」
「もうすぐ潰れる店によく来てくれてるからねぇ……それにお友達も連れて。感謝の言葉も言いたくなってしまうもんだよ」
友達ではないと、思わず口からついて出そうだったが、さすがにこの婆さんを前にしてそれを口にするのははばかられた。
「そうですか。……やっぱり閉店するのですね。ここも」
「そりゃねぇ……。お爺さんももういないし、私だけでやっていくのも疲れちゃうから。それにこのあたりも随分と人が減ってしまったからねぇ」
「……そうですか」
ただその言葉に俺は、何も返せず目を伏せるだけだった。
◇
「それっ!」
葉山がバットをスイングする。
130kmで発射された球速のボールは葉山が振ったバットにヒットする。そしてカキン!と小気味のよい金属音がすれば、ボールは見事な放物線を描いてHRつまるところホームランと描いてある的へと命中した。
見事なものだ。
130kmはこのバッティングセンターだと一番速い球だ。それを遅い球から初めて、その上しっかり最後まで見事にこなしてみせるのだから、やはり葉山隼人という人間の才能を感じていた。
隣では留美がパチパチと手を叩いて彼を賞賛する。
「おー」
「さっすが隼人くん!マジやべーわ!サッカーだけじゃなくて野球すら出来るのヤバみが深いわ〜」
「感想浅くない?」
「こいつに感想の深さを求めるんじゃないよ……」
俺がため息を吐けば、同じように留美もため息を吐いた。
最近思っているが、留美も大概ため息を吐くやつだ。それとも、俺のせいか?若干そんな気がしてきた。
とはいえ、ため息を吐くと幸せが逃げると言うが、むしろ大きく息を吸って吐いているのだから健康と言えるのではないだろうか。
悪いものを吐いて、その後大きく息を吸えばきっと逃げた幸せも戻ってくるさ。
きっとな。
そう、呆けていると目の前に葉山がいた。
「聞こえてるか?」
「づっ……なんだ?」
「驚きすぎだろ。しかしほんとに気づいてなかったのか……」
なるほどと静かに葉山は頷き、留美の方へと確認するように振り返る。彼女はそれに対してジト目でこちらを見るだけで何も言わなかった。
「なんだ?」
「……別に。次私の番だから」
「あ、ああ……。準備運動はしたか?」
留美は小学生向けのバットを肩に担ぐように持ったあと、顔だけこっちに向けてから、小さく顎を引くようにして頷いて「した」と一言告げた。
そしてこちらの返事を待たずにバッティング場へと消えていく。
「全く……」
「実くんさ、初球何kmでやる感じ?」
「とりあえず60あたりが妥当じゃないか?アイツはこれで2回目だろう?」
「OK!ルミルミ始めるべ〜」
戸部が近くに置いてある機会を操作し、一枚の紙を入れれば、機械音声が鳴ってゲームが始まる。
ちなみにワンゲーム三百円。
このご時世なら安いのだが、こと俺たちにおいてはそれすら払う必要がなかった。
「やっぱり良いものを持ってるな。三百円でも安いのに、無料で遊べるなんて。どこで手に入れたんだ?」
「たまたまではあるのだが……。色々とあってな、それでここの婆さんから貰ったんだ」
「色々……。もしかして、戸部と仲が良いのもそれが理由だったり?」
気づいたら隣に立っていた葉山の問いは、俺と戸部の関係をより掘り下げるようなものだった。
何をそんなに気になるのか。たしかに俺と戸部は正反対の人間ではあるがお前とで雪ノ下と知り合いなのだろうに。
などと思いはするものの、本人にそれを言うのは些かはばかられる。雪ノ下がそれを好ましく思っていないような素振りを見せる以上俺からせっつくのはあまり宜しくないのでは?と考えてもいるからだ。
ああ、留美は空ぶったな。もう少し腰をひねるべきだが、その辺は戸部が何とかするだろう。
俺は小さくため息を吐いた。
「別に仲がいい訳じゃないが……概ね、そんなところだ」
「へぇ……。二人の馴れ初めか。気になるな。話聞かせてもらってもいいかい?」
「別に、他人に聞かせるほど特別面白いような話でもないよ」
「気になるんだ。ダメかな?」
こちらを見て爽やかに笑う葉山を横目で見れば俺は再度ため息を吐いた。
「……俺が高校1年生だった頃の話だ」
◇
その日はたまたま、放課後の時間を使って駅前に買い物をしに行く予定だった。それ故にたまさか車通りが多い道路沿いの歩道を自転車で通っていた俺の目に、ある光景が目に入った。
信号のない横断歩道の前で、たくさんの荷物を背負って、そして前にも抱えた婆さんが立ち尽くしていた。
そんな光景が目に入ってしまったものだから俺は自転車を漕ぐ足を止めた。
別に助けようと思った訳でもないし、むしろ思わず止めてしまった。という言い方が正しいか。
婆さんの困った様子から察するに、すぐ近くに歩道橋があるとはいえ老人である彼女にあの荷物を抱えたまま階段を上るというのはいささか、いやかなり難しい話だろう。
とはいえ、当時の俺は……いや、今もか。どちらにせよすぐに助けようと足を動かせるほど自分に余裕がなかった。
情けない話だがな。
助けるか否か、逡巡していると何やらやかましい高校生らしき男が走ってきたのが見えた。
「アレっ、もしかしておばあちゃん困ってるカンジ?」
そう。戸部だ。
当時の俺はコイツが同じクラスの人間だとは知っている程度の関係性で、俺が入学式から三週間ほど学校に来なかったのが面白かったのかやたら絡んできた変な奴。
そんな印象でしかなかった。
そいつは婆さんと一言二言言葉をかわすと、しきりに頷けば婆さんが持っている荷物を全部持とうとしていた。
自分も学生鞄を持っているのに、婆さんの荷物を全部無理に持とうとするせいで千鳥足になりながらもなんでもないように婆さんに笑いかければ、歩道橋へと行こうとする。
正義感気取りなのか、それとも単に優しいのか。あるいはただの馬鹿なのか。
俺にはこの時点ではてんでよく分からなかったが、さすがにもう見て見ぬふりはできなかった。
馬鹿な話だ、他人が動いたのを見てから動く。雪ノ下が聞いたら冷笑するだろうさ。
「おい」
「うぇっ!?ナニナニ!?」
「荷物を貸せ」
「えっ?えっ?アッ!てかキミ同クラの田島クンじゃね!?」
「喧しいさっさと寄越せ」
俺はそう言って荷物をぶんどると、自転車のカゴに乗せた。
「俺は向こうの横断歩道から渡るから、お前はこちらのご婦人と一緒に歩道橋を渡れ」
「……おけまる!」
そうして、俺は自転車ならさほど苦にならない距離の信号付き横断歩道で道路を反対側に渡り、先程の歩道橋まで辿り着く。
そこには戸部と婆さんが立っていて、婆さんの方はペコペコと頭を下げていた。
その時の礼にと貰ったのが、ここの1ゲーム無料回数券。
それを一年分。
「うぇっ!?こんな貰えないっすよ!」
「いいのいいの。どうせ来年には潰れるんだから」
「……潰れるんですか?」
「ええ……。もう旦那もいないしねぇ……」
それを聞いてしまった俺は何故か戸部と目が合った。
全くもって遺憾であり嫌な話だが、どうにも。俺たちはお互いに考えていることは同様であることを察してしまった。
◇
「それから、俺と戸部の月一程度の頻度でここに遊びに来る。それが一つの習慣になってしまった」
「なるほどな……。だから今は大会期間で部活も結構忙しいのに無理にでも行こうとしてたのか。納得したよ」
実際近頃の戸部はスケジュールの組み立てに随分苦心していたのを俺は知っている。
それもこれも、ここに来る為のものだということを知っているのは、それこそ俺だけなものだろう。
以前、そうまでして行きたがる理由を聞いたことがある。これも、一年生の頃だったか。
『ウェーイ!ナイスバッティン!実くん上手くなってきたくね!?いい感じじゃね!?』
『うるさいぞ……。戸部、一つ聞いていいか?』
『お?もちもち。なんでも聞いてくれっしょ!バットの持ち方とか!?』
『違う。……理由が聞きたいんだ。お前はサッカー部の練習があるだろう。それなのに無理にスケジュールを調整して、しかも友人との付き合いも後回しにしてここに来る理由は一体なんだ?』
『え?あ〜……』
戸部は一瞬逡巡したあと、こう答えた。
『……勿体ないから、じゃね?』
『勿体ない?何が?』
『ん〜……。いや〜俺もよくわかんねぇケド……。長い間誰も遊びに来ないってすげぇ寂しいじゃん?しかも無料で遊べるわけっしょ?なら、行かなきゃ勿体ないっしょ!』
俺はコイツが婆さんのことを可哀想だからとかそんな理由で通い詰めてるならきっとこれ以上は付き合わなかった。俺自身はこいつが行くというから、付き合っているだけだったからだ。
付き合いで行くうちに、段々と可愛そう、だとか。せめて最後くらいは、だとか。そんな同情とか憐れみとかそういった感情を持っているものだと疑うようになっていた。だからこんな不躾な問いかけをしてみたのだ。
だがそうじゃないらしい。
こいつはただ、自分が勿体ないと思ったから通い詰めてるといった。
「しかも、その後なんて言ったと思う?」
「……なんて言ったんだ?」
眉根を寄せて何か言おうとした葉山は、その口を閉じてからそう問いかける。
俺はそんな葉山の様子をあまり気にすることはなく、その時のことを思い出して少しだけ口の端が上がったのが分かった。
「『それに実くんと遊ぶの楽しいっしょ!』だと。馬鹿だと思ったよ。あまりにも自分本位すぎる」
ククッと喉から笑いが込み上げてくる。
本当に馬鹿だと思った。俺たち以外にも客は多少はいたというのに誰も来ないと決めつけているし。
偏見と、狭い視野。
戸部翔という人間は馬鹿だった。
心底からの馬鹿だった。
だったら、これからも付き合うのは吝かではなかった。
俺も、当時は気分が最高に憂鬱だったから気晴らしがしたかったのもあるが。
「だから付き合いが続いている。それだけの話だよ」
「……それ、留美ちゃんに話したのかい?」
「あ……?いや、特には」
「それ、してあげた方がいいと思うな」
「……そうか?」
「ああ。そうだよ」
彼はそれだけ言って、ネットの向こうにいる留美を見て「おっホームランだ」と呟いた。
遅れて俺もそちらを見れば確かにHRと書かれた的に当てている。
「ルミルミウェーイ!ルミルミウェーイ!」
「ルミルミ言うなし!」
喜びのあまり抱き着こうとする戸部を留美は華麗に躱したあと、バットを杖代わりにして体重を掛けるようにして立つ。そしてこちらを見てニヤリと笑った。
悪戯っ子がするような悪い笑みだ。全く、誰の影響なのだろうか。
彼女は続けて1ゲームするらしく、戸部は再び紙を機械に入れたのが見えた。
「それで、田島くんもう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「あん?」
「……体育祭の話だよ」
パスっと放たれたボールに向かって留美が大きく振りかぶるが、今度は当たらなかったようで留美の脇を通り抜け、背後にかかっている緑のネットを大きく揺らした。
そして俺は小さく小さくため息を吐いた。
戸部のキャラクターって想像以上に書くの難しいなと感じています。
賑やかしキャラなのでしょうけど、デステニーの一件を見るに以外と周りを見ているような気もしますし、でもアニメ一期を見るに馬鹿なのは間違いない。
とりあえずこの作品では、馬鹿だけど良い奴という作者が抱いた印象を基準に、戸部を描いていこうと考えていますのでよしなに。
次回が終わればまた体育祭の話に戻ります。
この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?
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雪ノ下
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一色いろは
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鶴見留美
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松山千佳子
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材木座義輝
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戸部翔