死ぬよりはずっとマシだ
そのはずだ
「なるほど、そいつが本題か。それで何が聞きたい?」
俺は間髪入れずに聞き返した。
「別にそういうつもりだったわけじゃないんだけどな……。でもいい機会だから聞こうと思ったんだよ、相模さんについて。彼女を説得したのは俺だからね」
葉山は俺へと目を合わせながら、バツの悪そうな笑みを浮かべた。
察するまでもなく、現状の体育祭準備委員会の様子は彼の耳にも届いているのだろう。でなければ彼がこんな顔をする理由はない。
「お前が気にすることではないだろうに」
「気にするさ。説得する時、文化祭実行委員を思い出さなかったわけじゃない」
葉山はそう言って若干線を下に向けた。
「俺は感謝しているよ。おまえが説得してくれなければ相模は委員長にならなかっただろうからな」
「ありがとう。でも、言葉だけの感謝は欲しくないな」
「本心さ」
戸部と一言二言程度言葉を交わした留美は、バットを握りリラックスした状態で立っている。
戸部が力強くサムズアップしているのを見るに、問題ない構え方なのだろう。
そんな風に留美たちを眺めている俺の横で葉山はそっと息を吸って吐いた。
「体育祭運営委員会、上手くいってないんだろ?」
「……耳が早いな」
彼の言葉を聞いた俺は案の定予想通りの噂の広まり具合に内心嘆息した。
「まぁな。それで率直に聞くけど、実際のところどうなんだ?」
「……上手くいってないのは紛うことなき事実だ。会議全体の雰囲気があまり宜しくない。現に俺たち首脳部に協力的ではなく、相模に対しては反発心を抱いているものも少なくはない」
「それは、良くないな」
「ああ、全くだ」
他人事のように呟いた俺の言葉を聞けば葉山は眉をひそめ、その後より表情を曇らせる。そして何かを口にしようと口を開いたが、何故か閉口した。
俺はさぞ怪訝な表情をしたのだろう。彼は申し訳なさそうに笑ったあと、改めて口を開いた。
「……なぁ、何か俺に手伝えることってあるかな?」
「あるだろうな。お前が手伝ってくれるなら百人力だろうさ」
「なら───」
「だが、部活動があるのだろう?何より今は運動部は大会やら何やらで忙しい時期と、先程言っていたからな」
さすがに彼の手を借りるのはまだ早いだろうという判断からの言葉だったのだが、どうも葉山はこれがお気に召さないらしい。
一瞬顔を歪ませた後、その表情には悔しさを残したまま彼は閉口した。
「別に借りないとは一言も言っていないだろうに。必要が出たら借りるとも。だから、そう気を落とさないでもらいたいが」
葉山は何も言わず、ギュッと拳を握った後、静かに息を吐いた。
「……話は以上か?なら、次は俺の番らしいからな。行ってくる」
「ああ……」
葉山はそう力なく返答する。
それを聞いて俺は、バッティング場へと足を踏み出した。
「……手を借りることはないと言ってるようなものじゃないか」
ポツリ、と背中にかかる声は無視をして。
◇
「実さんめっちゃ下手」
戻ってくれば、開口一番かけられた声がこれである。
全くの事実ではあるが、そうあけすけに言われるとむかっ腹がたつというもの。
一言言わなければならないな。
「黙れ。俺は見た目通り、インドア派なんだ。スポーツなんぞ以ての外と知るがいい」
若干馬鹿にするような顔で笑う表情の留美のデコにペシッとデコピンをした。
「痛っ……。じゃあなんでバッティングセンターなんかにきたんだし……」
「気晴らしには丁度いいのさ。何も考えずバットを振る、燻っていた迷いだってカラッと晴れるさ」
「そう言ってるわりには、相変わらず疲れてる感じだけど」
デコを擦りながら、若干目を細めながら放たれたその言葉にドキッと心臓が跳ねた。
「そう、だろうか」
「隠してるつもりだったの?」
「そういう訳じゃないが……」
よく俺は感情が読み取りにくい人間だと人からは言われることが多い。
特に高校に入学してからはそれが加速したらしく、仏頂面だの鉄面皮だの、感情が顔に出ないなど色々と言われたものだ。主に、比企谷と雪ノ下にだが。
それゆえ、こんな風に見せてくる留美の鋭さには舌を巻く時がある。
「実さん、自覚ないみたいだけど結構分かりやすいからね」
「……そうなのか」
「うん」
留美はそう言ったあとやる気満々と言わんばかりにバットを振り回してる戸部を見た。
彼はそんな様子を葉山に咎められながら位置について、飛んでくるボールを待っていた。
「……実さんも戸部くらい、考えなしってやつになったら?」
「なかなか難しいことを言うな」
「……言って思ったけど、戸部みたいになるのは確かにちょっと難しいかも。今のはナシで」
「そうしてくれ」
留美はこくりと小さく顎を引いた後、キョロキョロと辺りを見渡してから向こう側に置かれているアーケードゲームの筐体を指さした。
「ねえ実さん、あれやりたい」
「ああ、構わんぞ」
留美に連れ立って筐体が置かれているエリアへと歩いていく。
筐体は壁に沿ってずらりと並んではいるが、その種類自体は多くはない。基本、対戦ゲームだ。
その中にデカ目の筐体があって、それがパックマンになっている。
俺はよくあれをやるのだが、結局対戦ゲームの格闘ゲームなんかを戸部に付き合わせるのだから気が済む迄やれた経験はない。
留美もこうしたソロゲームより、対戦ゲームの方が好みらしい。
彼女はストファイの筐体の前に立てば、得意そうにニンマリと笑った。
「お父さんに付き合ってもらって、めっちゃ練習したからボコボコにしてあげる。覚悟してね実さん」
「……お手柔らかにな」
一応、情けないので口にはせず心の中だけに留めては置くが、俺はゲームは好きな方とはいえどその中でも格闘ゲームは大の苦手なのである。
つまりだ。
◇
普通に負けるのである。
あの後、しっかり練習して実力をつけてきた留美にボコボコにされた俺は、更に乱入してきた戸部にもボコボコにされて負けた。ついでに初心者である葉山にも、すぐにコツを掴まれて負けた。
コマンド先行入力だのなんだのと知らん知識を並べられ、実践された上で未だに対空が出ない俺は死んだ。ついでにやる気も。
「実さんめっちゃ下手」
「チッ……」
デジャブなやり取りではあるが、紛うことなき事実なので今回は言葉がない。
舌打ちだけで終わらせておこう。そうしよう。
「実くん全然上手くならねーべ」
「苦手なんだよこういうのは」
「苦手だからって、そのまんまにするのはどうかと思う」
「ルミルミいいこと言うじゃん!実くんも練習するっしょ!俺も付き合うべ!もうこれ決まりっしょ!なっ!隼人くん!」
「ああ、そうだな。俺が相手をするよ」
「断る」
留美も葉山もニヤニヤとこちらを見てくるので、俺はそっぽを向いて断固拒否の構えをとる。
全く、さっきまでの暗い顔はどこにいったのか。揃って口角ををあげやがって。
「とにかく、練習はしない。俺はそこまで暇じゃないんだ」
「ふうん……。負け惜しみ?」
「ちがーう。……いやもうそれでいい。そうしておいてくれ。面倒だ」
ヒラヒラと手をやれば、ようやく向こうも諦めたのか留美は肩を竦める。
リュックから水筒を取り出して中に入った飲料を飲めば、彼女はふぅと息を吐いた。
「実さん、今何時?」
「ん?ああ……」
時計をちらりと見れば、時刻はもう十七時を過ぎている。
家を出たのが一時半過ぎだとすれば、かれこれ三時間はここで遊んでいるようだ。
「確か春美さん達が迎えに来るのが、六時過ぎだったな」
「うん」
「なら、俺たちはそろそろ帰るとしよう」
留美はぴょんと飛ぶように椅子から立ち上がれば、椅子の隣に置いていたカバンを引っ掴んで背負った。
「だったら戸部、俺達も今日は解散だな」
「え!?マジ!?これからカラオケとか行かねーの!?」
「明日学校だからな?」
「そうだったわ……」
戸部は肩を落とせば、ヨロヨロと歩き俺の方へと近づていくる。
「実く〜ん」
「なんだ」
「やー、実はめちゃ相談みが深みで、いますぐしたいとこあるカンジでマジヤベーんだわ!だからカラオケ行かね?オナシャス!」
ごまをするが如くずりずりと両手を合わせて彼は「シャスシャス」と片目をぱちくりさせた。ウザイことこの上ない。
「何を言っているんだ全く。相談ならまた今度にしろ。出来れば体育祭の後でな」
「か〜マジ取り付く島もないないわ〜」
再び戸部は肩を落とせば、今度こそ諦めたようでとぼとぼと受付まで歩いていく。
しかし相談か。
戸部からというのは珍しい、いやそもそも初めてか。
俺も戸部も、存外互いの事は話さない。
というより互いにプライベートな事を聞かないから、そういった悩みやらなんやらの話をする機会がないといった方が正しいか。基本は戸部のたわいのない話に付き合っていることの方が多い。
誰々が可愛いだの、どこどこよクラスでこんなことがあっただの。あいつのグループでの流行りだの。そんな話ばかりだ。
だから、わざわざ相談という体をとる以上面倒な事じゃなければ良いのだが。仮に面倒だったら奉仕部に丸投げでもするか。
結論づけて、俺は後ろの二人へと振り返ろうとすれば、もう二人は戸部の方へと歩いていた。
早いな。
いや、俺が少し思考に集中しすぎたか。
耳たぶをぐにぐにと触った後、握っていた来た時よりも百円玉が増えたが、内容量自体は減っている財布をポケットの中に入れる。
そしてゆっくりと歩き始めた。
◇
戸部たちとバッセンで別れた後、俺と留美は自宅へと帰路を取っていた。
冬が近づき、日の沈みが早くなった十月の今日。とっくに傾いた太陽が、空を真っ赤に染め上げて空から差す斜陽が眩しい。
遠くの空には淡く藍色がじんわりと滲んでいた。
日没まであと一時間もないと言ったと頃だろう。
「思ったより長くいたね」
「そうだな。三時間か四時間程度か……」
「楽しい時は時間があっというまにすぎるって大人が言うけど……今がまさにそうかも」
「楽しめたなら幸いだ。連れてきた甲斐があるよ」
空を見上げて目を細める留美の頬を、夕陽は紅く染める。
彼女は変わらず眩そうにしながらこちらを見た。
「ねぇ」
「どうした?」
「実さんさ、あいかって誰?」
───いま、なんて?
突然留美の口から出てきた言葉は、俺の足を止めるには十分だった。
「そ……その名前を、どこで?」
「……昨日、トイレしに夜起きて実さんの部屋の前通ったんだ。そしたら、実さん苦しそうな声が聞こえたから気になって……。その時に言ってた」
「……なるほど、な……」
額から汗が垂れる。
心臓の鼓動がうるさい。
震えそうになる声を抑えて、俺は口を開く。
「……気になるか?」
「……ごめんなさい。やっぱりいい」
「そう、か」
パチパチと右目を何度か瞬かせる。
思わず胸をギュッと掴んでいた手を離して、俺は深く、深く。
息を吐いた。
「ほんとに、ごめなさい」
「……君が、何を謝ることがあるだろうか。気にすることでもない。俺は依然問題ないよ。ああ、何も問題ないとも」
大丈夫。
大丈夫の筈だ。
───本当に?
いや、本当だ。
俺は大きく新鮮な空気を胸いっぱいに取り込んで、再度ため息と思えるように息を吐いて、再び歩を進める。
「さぁ、留美。そろそろご両親が帰ってくる。早く、行こうか」
「……うん」
空を染め上げていた茜色は徐々に遠くからくる暗い色に追いやられていく。
もうすぐ夜だ。
きっと今日も眠れない。
いつものように君の夢を、見るから。
*◇*
お父さんとお母さんが迎えに来て、私は車の後ろの席で座っていた。
車の振動でゆらゆらと体が揺れる。
それと似た感じで私の頭もゆらゆらと揺れてる気がする。
なんでそんな顔をしたの。どうしてそんな顔をしたの。私が気になって聞いたのが悪かったのかな。でも分からない。
実さんは何も言ってくれない。いつもと同じ。自分のことになると嘘をつく。嘘だって分からないくらいの嘘をつく。
でも今回は違った。
やっぱり聞くんじゃなかった。
胸が苦しくなった。それを気にしないようにするために、暗くなっていく空を見上げていた。
「留美。今日は楽しかったかい?」
「……」
「留美?」
ハッとして顔を上げる。
お母さんが心配そうにこっちを見ていた。
「……あっ、なに?」
「お父さんが今日楽しかったかって」
「うん。楽しかったよ」
「それはよかった」
ミラー越しに見えるお父さんの顔は満足そうに「そうかそうか」と笑っていた。
私の顔は、暗くてよく見えなかった。
「家に帰ったら田島くんから教わったことを復習しましょうね」
「うん」
私は頷いて、またさっきみたいに星の見えない暗い空を眺めた。
太陽はもう見えなかった。
小学生は好奇心旺盛ですからね。
気分が良くなってたせいで、思わず聞いてしまったのでしょうか。
それはそれとして気づけば五十話です。
特に記念とかはないです。
次回は体育祭準備委員会再開
この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?
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雪ノ下
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一色いろは
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鶴見留美
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松山千佳子
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材木座義輝
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戸部翔