青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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五十二話 恐らく、やることは明確ならば

 

「副委員長、やめる?」

 

 その言葉は、何故か足早になろうとする俺の足を止めるのには十分だった。

 予想外、ではないのだろう。俺自身、驚きはそこまでない。事実、文化祭が終わってからずっと雪ノ下からはこちらを慮るような視線を向けられていた。

 まさかとは思っていたが、先の問答でそれが確定したのだから尚のことだった。

 確定させてしまったから、雪ノ下がこちらに一歩踏み込むことになったのだろう。

 

「仮に……やめたとして、だ。誰が代わりにやる」

「私よ」

「俺を推薦した責任があるからか」

「それもあるけれど、副部長が降りるなら、部長である私が代役を務めるのは当然ではないかしら」

 

 副部長と部長。もはや形骸化しつつある俺たちの役職。

 それをここで持ち出されたとて、俺がすんなりと頷くとでも思ったのだろうか。

 いや……違うか。

 

「……そうだったな。俺も、それをしたな」

「ええ。文化祭の時にね」

 

 文化祭の時、俺は監督役として雪ノ下の代役を務めた。その際の言い訳が、部長である雪ノ下の代わりを副部長である俺が務める、というもの。

 

「その時の意趣返しか?」

「そんなところね」

 

 クスリと口元を抑えながら雪ノ下は笑った。

 そんな彼女を見ていると、なんでか普段は固く閉ざしているはずの、口元がつい緩んでしまって。

 

「だったら」

「なに?」

「……今ここで、俺がやめると言ったら、お前は…………どう思う?」

 

 こんな、まるで雪ノ下が俺の事をどう思っているか確かめるかのような行為をしてしまって、そんなことをしてしまう自分自身が気色が悪くてしょうがない。

 ただ、どうしようもなく憂鬱で、不安定で、なにより苦しくて。

 だから、つい。やってしまった。

 雪ノ下を伺えば、彼女は顎に手をやって考えるような素振りを見せた。

 そして、そっと口を開く。

 

「……そうね、安心するわ」

「……あー……」

 

 なんだか予想してない答えが返ってきて、困惑を隠せなかった。

 安心するってなんだ、そんなに俺が信用出来なかったのか。でも確か信頼しているみたいなことを言っていたような覚えがあるんだが。

 いや……していなかったか?あまり、覚えていない。何しろその信頼を向けられた時は、俺へ副委員長になって欲しいと雪ノ下から告げられた時だ。最近は物覚えが良くないのもあって、より朧気な記憶となっていた。

 雪ノ下は若干恥ずかしそうにしながら、そんなふうに呆けている俺の顔を怪訝そうに覗き込むように見た。

 

「何よ、その顔」

「ああ……いや」

「言っておくけれど、私はあなたなら出来ると思っているのは変わらないわ」

「なら、なぜ」

「見てられないから」

 

 雪ノ下は俺の問いに迷う素振りもなく即答して見せた。

 

「見てられない、か」

「ええ。見るに堪えないと言ってもいいわね」

「そこまでか」

「そこまでよ」

 

 真っ直ぐ貫かれる視線は、なんだか俺が抱えている後暗いものを見抜いているのではないかと、どこか不安になる。

 いっその事、お前は相応しくないと突き放してくれた方が楽だったが、雪ノ下は俺を副委員長に推薦した張本人だ。

 最初の長ったらしい前置きからするに、その立場がその言葉を言わせないのだろう。

 

「……なるほどな」

 

 夜となれば、秋の終わりとは言えどさすがにもう空気は冷たく、吸い込んだ空気は少しだけツンと鼻腔の奥を刺すような感覚がした。

 ただ、その寒さが思考を少しだけ冷静にさせた。ネガティブに落ちきっていたソレを、平時には程遠くても確かに落ち着かせていた。

 だから、これから語る言葉は本心だ。

 

「俺はこのまま副委員長をやりたいと思ってはいない。今でも文化祭のことを思うと相模に対する溜飲は下がる気配がない」

「続けて」

「だが、ここで投げ出すのは俺が許さない。一度頷いた以上は絶対にだ」

 

 俺はいつだって、かつて愛した彼女の為に。

 俺が彼女の隣を歩くにふさわしい人間であると証明し続けなければならない。

 

「完璧じゃなくてもいい。だが、誰もが納得する結果を打ち立てなければならない。だが、それは不可能だ。少なくとも今の俺では。お前もそう思うのだろう、雪ノ下。故にこの提案をした」

「……細部は違うけど概ねそうね。間違ってはいないわ」

 

 雪ノ下は変わらない視線を俺に向けながら、首肯する。

 本当に、文化祭の時とは真反対だな。

 内心苦笑しながら、俺はズレていた眼鏡の位置を指で直した。

 

「そうか。なら、数日程度時間をくれ」

「何をする気なの?」

 

 雪ノ下から向けられた視線を、俺は見据えて真っ直ぐに向き直った。

 

「寝る」

「……は?」

「寝る」

「ふざけているの?」

「馬鹿め、ふざけているものか。今の俺に不足しているのは良質な睡眠だというのは火を見るより明らかだろう。もはや、夢見が悪いと言い訳をしている暇はない。俺は寝るぞ雪ノ下」

「私にそれを宣言する意味、ある?」

「ある。しばらく欠席するだろうからな」

 

 雪ノ下は絶句したように口をぽかんと開けて俺を見つめた。

 コイツのこういう表情を見れるのは、さすがに気分がいいな。

 

「……本気なの?」

「本気も、本気だよ。……まぁ、アレだ。俺の今の体調を冷静になって鑑みれば、恐らく数日のうちに体調不良になるだろうよ。遅かれ早かれ、というやつだ」

 

 これはどうでもいい話だが、俺の数少ない特技のようなもののうちに、体調不良の見極めがある。

 文化祭実行委員の時に、雪ノ下にしたやつだ。

 その俺の審美眼によれば、田島実はあと数日のうちに死ぬだろう、と出ている。……さすがに冗談だが、このままでは死ぬよりも辛い目にあうことは間違いない。具体的には、取り返しのつかない問題行動をしそうだ。

 それこそ相模と奉仕部を巻き込んでしまうような大きな、な。

 それだけは避けなければならない。

 ならばこのどうしようもないほどの体調不良を、せめて松山にグダグダ言われないほどにしなければならない。あいつはどんな時でも言ってきそうだが、とにかく見ていられる程度にはしなければ。

 

「まぁ、そういうことだ……しばらくはよろしく頼んだぞ」

「……」

 

 頭が痛そうに手をやった雪ノ下は、しばらくなんとも言えない顔をしながら目を閉じていたが、しばらくして盛大にため息を吐いた。

 

 

 耐熱カップに入れたミルクを電子レンジで温めながら、俺はソファーに体を沈めた。

 古い革張りのソファーだが、結構良いものだったらしく、俺が小さな頃からこの家にあるものだった。

 手入れの仕方なんぞ知らないので、いつかダメになるとは思っているが、それはまだ先のようだ。

 昨日の夜、寝る、と宣言した俺に対し雪ノ下は最早疲れたような顔をしながら「好きにしてちょうだい」と言い捨てた。ついでに「心配して損したわ」と付け足して。

 本当に心配していたのか、だとか。寝るのがそんなに悪いか、だとか。こちらとしても色々と文句はあるが、どうも俺が悪いような気がするので、言いたいことは一旦飲み込んでおいた。

 

「まぁ、俺が悪いとして、だ。なにが悪かったのかがわからん」

「───は?マジで言ってるんです?それ」

「ああ」

 

 隣で同じようにソファーに身を沈めていた一色は、盛大にため息を吐いてから「ホント、なんでこういうとこは鈍いのか……」と呟いていた。

 

「失礼なやつだな」

「失礼なのは先輩ですよ!ぜったい、雪ノ下先輩に謝った方がいいですからね!」

「そうかね……」

「そうです!」

 

 ぐわっと捲し立てながら、大声で肯定する一色を避蹴るように横にズレた。

 

「……それで、なんで私の事呼んだんですか?しかも、学校休ませてまで」

「……そういえば言ってなかったな。だからすっ飛んできたのか」

「急に体調不良で学校休むから来いって言われたら心配ですっ飛んでもきますよ!」

「ああ、うん。確かに。それは俺が悪かったな。謝ろう」

 

 またキャイキャイと騒ぎ始めたので、とりあえず謝っておくことにした。面倒だし自体は今穏便に済ませるべきだろう。

 あと、雪ノ下の時しかりだいたいこういう時は俺が悪い。

 

「誠意が足りない気がします」

「……確か、新作のスイーツのモンブランが近くのケーキ屋で発売されたらしい」

「ふーん、じゃあそれで許したげます」

「奢るとは一言も発してないがな。……まぁ、構わんよ」

 

 俺が悪いのだろうし。

 一色は満足そうに頷けば、ソファー前に置いたココアを口に着けてほうと息を吐いたあと、こちらへと顔を向けた。

 

「で、なんで呼んだんですか?」

「ん、あぁ……そうだな。方弁ではあったとはいえ、体調不良なのは事実だ。実際、すこぶるに体調は悪い」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫ではないだろうな。故に、俺はこれをまずどうにかしないと、副委員長を務める資格はないと思ったわけだ」

 

 松山どころか、雪ノ下にすら突っ込まれるのであれば俺はもう見るからにダメそうなのだろう。実際、ダメになっているのだ。恐らく、奉仕部メンバーから向けられるあの心配の目もこれのせいだ。

 家にいる時はいいが、学校にいる時はどうにも感情的になる。寝不足が故に頭が回らず、それが故に失言や焦燥感が強くなる。

 クレバーで、クールであれ、とは言わないが、もう少し平常心を保てる方が良い。

 それゆえ、寝る。俺には、良質で快適で、そして適度な睡眠が必要だ。

 

「……それ、私必要ですか?」

「ああ、必要だね。お前、夏休みの……真ん中位だったか、一回うちに泊まっただろう。その日の夜、やたらと寝付きが良くてな」

 

 一色はココアのマグカップから、バッと顔を離してこちらを見た。なんだか。頬が紅潮しているような気もするが、多分ホットココアを飲んだ上部屋が暖かいからだろう。

 

「それで一色。お前あの時何をした?」

「……や、その。えっと……」

 

 途端、言葉を濁し始めた一色。

 

「なんだ、モジモジして」

 

 頬を紅潮させて、モジモジと恥ずかしそうに膝を擦る一色の姿は、訝しさを感じさせるのは十分なものだった。

 

「……です」

「あ?」

「そ、添い寝です」

「……あ?」

 

 …………あ?

 突然のカミングアウトにはポカンと空いた口が塞がらなかった。

 こ、こいつ、今なんと?

 

「お、おま……」

「だ、だだだだだって!田島さん凄い魘されてたんですよ!?」

「だからって、添い寝って……。いや、お前……」

 

 絶句、とはこのことだ。

 俺はただ口をまるで鯉のようにパクパクとするだけで、次に紡ぐべき言葉が見つからなかった。

 

「…………」

「……………」

 

 俺たちの間に流れる気まずい沈黙。

 古ぼけた木製の掛け時計の秒針が、カチカチカチと時を刻む音がうるさかった。

 

「………………わざとではないといえ、もしや。俺は非常に問題しかないことを頼んでいたのか」

 

 そんな気まずさをなくすために呟いた言葉は一色にとってはかなり逆効果だったらしく、耳で真っ赤に染めながらグワッ!と今度こそ身を乗り出た。

 俺の顔のすぐ近くまで顔を寄せればギャイギャイと喚き立てる。

 

「そうです!マジないです!」

「黙れー。そもそもお前が勝手にそんなことしてるのが悪い。少しはうら若き乙女であることを自覚したらどうだ?この前の二人乗り時と言い、今回といい自覚が足りない言ったらありゃしない。まだ野生のメスの方が、自分が価値のある存在であると認識しているぞ。だいたい俺なんぞにそう易々と身体を密着させていいわけないだろバカかお前は、ああいやバカだったな昔からそうだお前は本当に───」

「あーもー!うーるーさーいーでーすー!そもそもっ!田島さんが、う、うなされてたから……それで、心配にナッテ……」

 

 最初の勢いはどこへ行ったのか、言葉は段々と尻すぼみしていき、隣にいるというのに何を言っているのか分からないくらいの声量になった後、最終的に彼女はこう聞こえるように呟いた。

 

「───初めてだったのに!」

「誤解されるようなことを言うんじゃない!」

 

 誰に聞かれている訳でもないのに、腹の底から出た声は家中に響いた。

 




お久しぶりです。
最近寒くなってきましたね。
これからも、頑張ります。

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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