「言ってしまえば、お前に頼むのは人心掌握だ」
「ええ?難易度高くないですか?」
一色は俺の話を聞いて非常に嫌そうな顔をした。
「いいや、できるさ。以前の実績もあるだろう」
「中学の話なら、アレですよ。みんな協力的だったから上手くいっただけで……。ぶっちゃけ、今の委員会の雰囲気的にも無理だと思いますけど」
一色はそう不安そうにボヤきながら、淹れたコーヒーに口をつけた。
今日の淹れ方はサイフォンを使ったものだ。蒸気を利用して淹れるコーヒーはドリップのものより高温で抽出されるから、オイルが多分に含まれており口当たりがまろやかになるのが特徴だ。
うん、口当たりまろやかで我ながら良い出来だ。
「……や、確かに先輩が淹れてくれたコーヒー美味しいのは分かりますけど、今楽しむんですか!?」
「ふむ、一理ある」
マグカップを置いて、俺は一色の目を見据えた。
一色の琥珀色の瞳が、動揺に揺れていた。
「な、なんですか」
「なんですかって、単に話をしようと思ってな」
「い、いや、それは分かってるんですけど……」
何故か頬を若干朱に染めて、一色はジトーっとした目を向けながらコーヒーを啜った。
何やらブツブツ呟いているが、流石に机一つ挟んだ距離では聞こえそうになかった。
とはいえ、揶揄うのはこの辺りにしようか。
いやしかし、最近こいつこういうの多くなったな。
「人心掌握と言ってもアレだ、何もあの委員会全ての人間に対してやれ、と言っている訳じゃない」
「と、言いますと?」
「……味方が必要なのさ。俺たち……いや、相模には」
「はあ……?」
一色はイマイチ理解できないと言いたげな顔をして可愛らしく首を傾げた。
◇
そして、色々と、諸々と粛々とつつがなく委員会当日を迎えた今日この頃。
俺は元気である。
最近は新しいことにチャレンジしたいと考えている所存だ。
心機一転といったところだろうか。
晴天の青空から注ぐ日差しは暖かく、そよぐ風も心地の良い。10月も半ばでいよいよ冬も近いというのに、未だ麗らかな陽気を感じさせていた。
そんな素晴らしい天気の元、廊下を歩く俺は大欠伸をかましていた。
なんだか『あなた、寝たんじゃないの?』とどこかの女王様に言われていそうな気もするが、気にすることではない。
なにせ生理現象である。眠いものは眠い、というやつだ。
「いや……眠気取れたんじゃないんですか先輩」
隣では呆れたようにこちらの顔を覗く一色いろはがいた。
「眠いのは変わらん」
「……もう暫くはしないですからね」
「おお、暫くしたらしてくれるのか」
「二度としません!」
ぎゃーすかぷんと怒る一色と共に俺は、委員会が始まる前にある所へ向かっていた。
向かった先にいる人物に、少し、頼み事をする必要があったからだ。
「それでどこに向かうんです?」
「サッカー部」
「え」
固まる一色を他所に俺は歩をグラウンドへと進めていく。
この時間なら、まだアップの最中とかだろう。それなら本格的な練習も始まっていないだろうし声をかけられる。
一色はフリーズした後、とっとっと走ってきて困惑の声をあげた。
「な、なんでサッカー部に……。ていうか私を連れてきたのってそれが理由ですか」
「さすが、察しがいいな」
褒めてやれば、なんだか複雑そうな表情で睨まれた後、ため息を吐かれた。
「戸部先輩に何か用とか?」
「戸部に?あるわけないだろ。そもそもアレに用があるならラインでいい」
「じゃあ誰なんですか。だって私ここにいるじゃないですか」
戸部以外に知り合いがいないと思われているのだろうか。
あとナチュラルに自分自身を入れるのはなんでなんだ。確かに俺がサッカー部に用があるってなると、その二人しかいないのはわかるが。今回は違う。
「葉山だよ、葉山隼人」
「え"」
汚い発音で驚きの声を漏らすと一色はグイッと俺の前に立ち塞がった。
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。な、なんで葉山先輩に用が……」
「なんでって……やって欲しいことがあるからだが」
「えぇ……。それ私いります?」
「いる」
「や、いらないですよね?」
「何か役に立つかもしれないだろう」
「本音は?」
「大いに役立つことを期待している」
「ほんとにそれしか考えてない……」
俺は頷いて一色に着いてくるように促した。彼女は嫌そうな表情を微塵も隠さなかったが、しばらくして諦めたように重たい足取りで隣に並んだ。
そして、程なくしてグラウンドに着いた俺たちはサッカー部を探すために辺りを伺った。
「あ、いましたよ葉山先輩です」
彼女が指さした方向を見ると、ゴール脇。所謂ゴールポストの傍で、複数の人間と、もう一人の大人。恐らく顧問の先生と共に何やら話をしている葉山が立っていた。
遠くからでも、やたらでかい身長と派手めな金髪がよく目立っているせいで、すぐにわかった。
「……ちょっと人が多いな」
「期待のエースですからね。色々と話しかけられてるんじゃないですか?」
「面倒だな……」
あそこに割って入るのは些か面倒だ。声を掛けるとなると更に億劫になる。
それに生徒だけならまだしも、顧問の先生もいるとなると、それなりに大事な話の最中だろう。
「少し、待つか」
「ですね」
サッカー部の様子が伺えるが、邪魔にはならない場所まで移動し、葉山の会話が終わるのを待つことに決めた。
「葉山は、いつもああなのか?」
「そうですねー……。まあ、人気者ですよ」
「そうか……。やはり顔が良いからか?」
「あ〜……まぁ、そうですね。はい」
「そりゃあ面食いのお前が狙うワケだ」
くあっと小さなあくびが出た。
まだ夕方前だから、日差しがよく当たるせいだろう。
「ああ、コーヒーが飲みたい」
ぼやく俺の隣で一色は何やら複雑そうな顔をした後、突然脈絡もなく脇腹を突いてきた。
「何をする……」
「ええ〜?なんでもないですよ〜」
顎の下に両手を置いておとぼけた一色は、更にウィンクをしてきた。
人の神経を逆撫でる天才だな。
「暴力に訴えなければ言葉すら話せんか」
「煽っても言いませ〜ん」
こういう時の一色は頑なに口を開かないので、直ぐに諦めることにした。
薮を続いたところで出るのはヘビ。いや、この場合は小悪魔か?まぁ、なんにせよ碌なものが出てこないだろうよ。
諦めてため息吐くと、何故か一色は更に頬を膨らませた。そのままグチグチと再び文句を言い始める。
「馬鹿、鈍感、陰キャメガネ、童貞、コーヒー馬鹿、頭お花畑」
「人の悪口を列挙しているところ悪いが、お前も処女だろう」
「女子にそういうの言うなってあいかせんぱいから教わらなかったんですか?」
「お前は例外だろう」
「私も女子なんですけど!?」
やいのやいのきゃいきゃいきゃいと、喧しいことこの上ない。
俺はそんな突如としてしちめんどうくさくなった一色いろはを適当にあしらいつつ空を眺めることにした。
いい天気だな。
コーヒーが飲みたい。
ふと、グラウンドの土を踏む音が聞こえた。それはスパイク特有の音だった。
「話には聞いていたけど、ほんとにいろはと仲がいいんだな」
「あん?ああ、お前か」
「は、葉山先輩……」
互いに会話に夢中になっていた、という訳ではないが、こちらが葉山から意識が逸れていた間に、彼は先生らとの会話を終えてどうやらこちらに来ていたようだ。
「気づいてたのか」
相変わらずの爽やかな笑みを浮かべながら「よっ」と軽く手をあげた。
そして何故か、一色は俺の後ろへと隠れた。
想い人……と言うよりかは狙ってる相手が目の前に現れて恥ずかしいのだろうか。
獲物を前に隠れるのはどうかと思うが……狩人としては正しいのか?
「まぁね。なんか、ちょと遠くでこっちを伺ってるのが見えたから、二人とも俺に用があるのかなって思ってさ」
「目敏いな。そして当たりだ。アイスでも買ってやろうか」
「本当か?それは素直に嬉しいな。あ、でもまだ部活中だし……」
「本当に欲しいなら後で買ってやろう。それより、少し時間を貰いたいんだが……いいか?」
「ああ、構わないよ。ちょうどアップも一段落ついたところだったんだ」
葉山は戸部を呼んで一言二言何か言いつけた。戸部は「了解っしょ!」とか言ったあとウィンクして消えていった。あいつのウィンクほど嬉しくないものはないな。
そんな後ろ姿を若干苦笑気味な表情を浮かべた後、葉山はこちらへと向き直った。
「それで、用って何かな。……もしかして体育祭の事だったりするのか?」
「察しが良くて助かるよ。まさしくその通りだ。手伝って欲しいことがある」
「そっか……。もちろん、俺でよければなんでも言ってくれ」
葉山は何故か嬉しそうに笑った後「あ」と声を漏らした。
「なんだ?何か都合が悪かったか」
「いや、そうじゃないんだけど……。その、ごめん。何でもは無理だった。一応大会が近いのもあって、直接赴く感じのお願いは難しいんだ」
「大丈夫だ。その手の要請じゃない」
「じゃあ、なんだ?」
葉山は不思議そうな顔をした。
しかし、一色さっきから一言も喋らんな。俺が目線を向けると何故か睨まれるし。そんなに恥ずかしいのだろうか。乙女心はげに複雑、というわけなのだろうか。
後で色々と聞いてみるか……。
その手の話は俺でも役に立てる分野だろうからな。
色々と終わったあとのことを考えながら、俺は腕を組みなおした。
「お前にやって欲しいのは一つ。噂の収集とその報告だ」
「噂?一体誰の?」
「相模の」
「……相模さんの」
間を空けてから、彼はつぶやくように繰り返した。
それは確認のもの、と言うよりかは驚いて咀嚼するためのものだったに違いない。
「理由を聞いてもいいかな」
「相模の人間関係の理解が肝要だからだ」
「なんのために?」
「あいつの味方を増やすために」
手短に、だが確実に伝える。
もしかしたら言葉が足りないかもしれないが、葉山なら上手く汲み取れるかもしれん。
「味方を増やす、か」
「肩身が狭いのは辛いからな」
俺の言葉にまた葉山は考え込むように顎に手をやった。
そして、しばらくしてからゆっくりと頷いた。
「どんな噂がいい?」
「あいつにとってプラスとマイナスのもの。要は、全部だ」
「少し時間がかかるかもな」
「構わんよ」
俺の言葉に葉山は再び頷いた。
「集めたら誰に言えばいい?」
「LINEを教えるからここに送ってくれ」
「わかった」
葉山とLINEを交換する。
しかしまぁ、便利なものだ。QRコードをかざすだけでこうして簡単に連絡先が交換出来る。わざわざメアドやら電話番号やら教える必要がないのがいい。
ああいうの、覚えるのが苦手なんだ、俺は。仮にメモを貰ってもそもそもどこにしまったことすら覚えられんが。
「それじゃあ、俺はそろそろ戻るよ」
「手間をかけるが、頼んだぞ」
「ああ。任せてくれ」
彼は頷いたあと、サッカー部の方へと小走りで戻って行った。
「……おい一色」
「…………」
「おい」
「…………」
「おい一色いろは……!」
「え、あ、私ですか!?」
「お前以外のどこに一色いろはがいるんだぁ!?」
今の今までずっと黙っていた一色が驚いたようにワタワタし始めた。
「……何をモジモジしてるんだ気持ち悪い」
「キモいはいくらなんでも酷くないです!?」
「キモイとは言ってないだろう」
「意味は同じですからね!?あいたっ」
吠える一色のデコにデコピンをしつつ、俺は踵を返そうとして、足を止めた。
「……」
「いた〜……どうしたんですか?行かないんです?」
「お前、見られてたぞ」
「え?急になんです?暗殺者?」
「ちがーう。サッカー部のマネージャーにだよ……特にあれは二年の奴らか」
「あ〜。いつもの事ですよ。私、あんま好かれてないんで」
一色はなんてことないようにサラッと行って見せた。
「ま、モテるんだもんな」
「そりゃあもう。可愛い可愛いいろはちゃんてすので」
「ああそう……」
「うわ、興味薄っ」
あの視線には嫉妬と、侮蔑の念があったような気がする。こればっかりは距離が遠いせいで、なんというか身体に纏わりつくような嫌な視線だったがための、推察でしかないが。
こいつも、友人はいるらしいが、サッカー部での肩身は狭い方なのかもしれないな。実際、一年のマネージャーはこいつ以外いないらしいし。
とはいえ、一色が気にしてない以上俺からどうこういうのも迷惑だろう。
「そら行くぞ」
「はい……。あ」
「なんだ?」
一色は歩を早めて、俺の隣に並んだ後一言ポツリと、疑問を吐き出した。
「……私、要りました?」
「……結果としては、要らなかったかもな」
「だから言ったじゃないですか!」
「喧しい。お前が思ったより役に立たなかっただけだろう。それこそ、葉山を顧問たちから引き剥がしてくれば少しは役に立ったと認めたんだがなぁ!」
「はぁ?無理に決まってるじゃないですか!顧問の先生超怖いんですよ!?」
「知らん」
一蹴すると、まだグチグチと言うので俺は無視して委員会へと向かうことにした。
「だから、私はマネージャーとしては優秀ですけど、人間関係的なところで悩みを抱えている人間なので、顧問の先生からは若干疎まれている面があるんですよ、だからあんまり目を付けられることはしたくないっていうか、そもそも葉山先輩と喋るのは若干気まずいというか……って聞いてますか!?」
「うん。聞いてるよ」
「聞いてない人のセリフですよねそれー!」
俺は無視して委員会へと向かうことにした。
本題に入れないなぁ、と思いつつも書くのが楽しくなってしまった。
次回こそ、委員会。
※ 少し気になったのでアンケートを実施してます。
本編に反映されるものでは無いのでお気軽にどうぞ。
この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?
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雪ノ下
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一色いろは
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鶴見留美
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松山千佳子
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材木座義輝
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戸部翔