俺のような蚊帳の外の人間には関係のない話ではあるのだが。
「葉山君、書かれているのはあなたの友達、と言ったわね。あなたのグループは?」
「あ、ああ……。そういえばまだ決めてなかったな。とりあえずはその3人の誰かと行くことになると思うけど」
「あ……犯人、わかっちゃったかも……」
由比ヶ浜のゲンナリとした声と同じように、俺も些か憂鬱な気分になる。同じように、察しが着いたからだ。
職場見学のグループは、全クラス共通して三人からなるものだ。しかし葉山の友人は三人おり、そして葉山はその中の誰かと行くと言う。つまるところ誰かがグループの中から外れてしまうということになる。それはきっと、外れた人間からしたら耐え難い苦痛だろう。なにしろ選ばれなかったということになるのだから。
今回のチェーンメールの動機は間違いなくこれだ。誰か一人蹴落とす為にこのメールを拡散したのだろう。
俺の推察と同じように由比ヶ浜も説明すると、雪ノ下は顎に手を当てて、こう告げた。
「……では、その三人の中に犯人がいるとみてまず間違いないわね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はあいつらの中に犯人がいるなんて思いたくない。それに三人をそれぞれ悪く言うメールなんだぜ?あいつらは違うんじゃないのか」
「全く、随分とおめでたいやつだな?そんなもの、スケープゴート以外に有り得んだろう」
「スケープゴート?ヤギ?」
「責任を他人に押し付けることをそう言うのよ、由比ヶ浜さん」
とはいえ、本当にそうだと決まったわけではないが。全員が犯人の可能性もあるのだから。限りなく低い可能性ではあるが。
「ハッ、俺ならあえて誰か一人だけ悪く言わないでそいつに罪を被せるけどな」
「ヒッキー、すこぶる最低だ……」
比企谷の小狡い考えは、平塚先生に小悪党と評されるのも納得のものだった。
「まあ、お前がその立場になることはないから安心だな」
「おい、事実だけど言葉にするなよ」
「とりあえず、その人たちのことを教えてくれるかしら」
そうして雪ノ下が各々の人となりを把握するために、葉山による人物評を聞くことに。
戸部ならば『ノリの良いムードメーカー』
大和ならば『寡黙で慎重な性格』
大岡ならば『上下関係にも気を配って礼儀正しい気のいい性格』
そしてもれなくいい奴、と葉山は最後に付け足す。
そしてこの人物評を雪ノ下は上から
『騒ぐだけしか脳のないお調子者』
『反応が鈍い上に優柔不断』
『人の顔色を伺う風見鶏』
と評した。さすが雪ノ下。人を悪く言う事だけなら世界一だ。悪口検定で一級を取れることだろう。
ともあれ三人の人物評の好意的な見方と、悪意的な見方はできた。ただこれだけ見ても誰が犯人かは分からない。雪ノ下も同様のようだ。但し、全員犯人に思える、という前提があるが。
「……一つだけ付け足したい。戸部の人物評だ」
「え?」
「どういう事かしら、あなた別のクラスよね」
「別に、友人じゃないんだが、ちょっとした知り合いというか……まあ聞け」
椅子に深く背中を預け、天井を見上げながらそう言う。天井を見ているとアイツの間抜け面が脳裏に浮かんできてすこぶる嫌な気分になる。まあとはいえ、目の前の男共々後輩が多少なりとも世話になっているようだし、少しばかりの礼だ。
「……いいでしょう。葉山君の話じゃあまり参考にならないと思っていたことだし、言ってみなさい」
「戸部翔。アレは一言で言えば馬鹿だ。それも天性のな。ノリと勢いだけで生きてるもんで、多分脳の使用量は常人よりも少ないだろうな。それくらいには馬鹿だ」
「もっと酷いじゃん……」
戸部翔、一年の時何故か絡んできた良くわからないやつ。発言の節々から頭の悪さが分かるし、喧しいし鬱陶しいしで正直苦手なタイプの人間だった。ただ、あの妙な明るさが憂鬱だった俺にとってはいい薬だった。
「軽薄で無神経で、デリカシーの欠片もない男だったが……まぁ、悪人じゃない。無意識に人を悪く言うことはあれど、人を意図的に悪く言う男じゃないよ」
「……そう、なら外して良さそうね」
雪ノ下はすこし驚いたような顔した後、静かにそう言った。なにやら感じる視線がむず痒い。
「ありがとう」
「……礼なんぞ要らん。それに、後輩が世話になっているらしいからな」
「後輩?誰のことだい?」
「教えたら酷い目に会いそうだから教えん。それよか他の二人の方はどうする。絞れたのはいいがまだ二人いる」
「そうね……由比ヶ浜さんと比企谷くんに聞いてもあれでしょうし、二人には彼らのことを調べてもらってもいいかしら?」
「……ん、うん」
由比ヶ浜はすこし戸惑いの表情を浮かべながら、こくんと小さく頷く。クラスでも特別仲の良いグループに探りを入れるわけだ、気は進まないだろう。
雪ノ下もそれを理解しているようで目を伏せる。
「……ごめんなさい、あまり気持ちのいいものではなかったわね。忘れてもらっていいわ」
「俺がやるよ。別にクラスでどう思われても気にならんし」
ぼっちゆえの無敵感と言うべき精神で比企谷が手を挙げると、雪ノ下はクスッと微笑んだ。
「……あまり期待せずに待ってるわ」
「任せろ、人の粗探しは俺の百八の特技の一つだ」
「ちょ、ちょっと!あたしもやるよ!」
そうしてもちろん比企谷がやるならば、と由比ヶ浜も反応する。やはり恋する乙女か。
どうやら方向性は固まったようだし、俺は比企谷達の方をむく。
「ああ、そうだ。二人とも、調べるなら葉山がいない時にするといい」
「なんで?」
「俺がいないと何かあるのか?」
「実際に見れば分かるさ」
◇
思うに、今回の発端は葉山の人間関係が原因で起きたものだ。葉山は彼らのことを友達だと言う。それは真実だろう。この男だけそう思っているなんてことが有り得るわけがない。比企谷じゃないんだ、俺ですら多少好印象を覚える程度には人当たりのよさそうな男、そんな男が友人と称するならばそれは間違いなく友人と呼べる関係性なのだろう。
だがその男の取り巻き、彼が友人と称する人物と、もう一人の友人と称される人物はどうだろうか。
正直、今回のチェーンメールを丸く収めるならば葉山をハブいてしまえばいい。葉山に固執することがステータスになりうるのだろうが、わざわざこんなチェーンメールなんて回りくどいことをする必要は無い。
つまり彼らは葉山に固執する理由があるのだ。それはなんだろうか。考えなくてもわかる事だ。上記の疑問の答え、彼らは葉山の友人であって彼ら自身は恐らく友人同士じゃないのだろう。あくまで友達の友達。悪く言ってしまえば、ただのクラスメイトでしかない。
まあこれはあくまで推論であり推察であり、ただの予想だ。そんなものでも、早期解決を望むならこれを教えるべきだった。しかし、俺は平塚先生曰く監督役なのだそうだ。
以前平塚先生ととある話をしたのだ。
「勝負の件、覚えているかね」
「そうですね……"僕は"覚えていますよ」
「私が忘れていたのは忘れろ。それで私は君に監督役を命じた訳だが……どうだ?」
「どうだと聞かれましても……なんとも、比企谷も雪ノ下もアレ、ですからね」
「そうだなぁ……」
平塚先生は愉快そうにくつくつと笑う。
「彼女達をどうこうしろ、とは言わないよ。きっと難しいだろうし、私もそれは望んでいないからな。ただ、君は彼女達と違って色々と察しがいい。きっと先んじて気づくことの方が多いだろう」
「買い被りすぎですよ」
「かもしれないな。でも私はそう思うんだ。だがそれだけではきっと駄目なんだ」
平塚先生は煙草に火を付ける。毎度思うのだが、未成年の前で喫煙をするのは如何なものなのだろうか。お陰で時折制服に煙草の匂いがほんのりと香るときがある。
「何より勝負の意味がないからな。きみの一人勝ちになってしまう」
「ですから、買い被りすぎですよ」
「いいや、君は優秀だよ。君が思っているよりもずっとね。ともあれ、以前命じた事以外も含めて、しっかりと監督役の務めを果たすように。以上!」
彼女は俺の頭をポン、と叩き去っていった。相変わらず男の俺よりも格好いい人だと、そう思った。
あれから俺も色々と考えてみた。監督役としての務め。平塚先生が俺に何を望んでいるのか、未だによく分からない。
今の俺は額面通り受け取るしかない。
彼らの勝負を邪魔しないように、そして依頼が上手くいくように。彼らのサポートに徹する。今できるのはそれくらいだ。
なので今回の依頼に関しては、ああして遠回しにアドバイスというかヒントとして伝えてみることにした。恐らく俺が伝えることがなくても比企谷なら気づいた事だろう。アイツも、由比ヶ浜とは別のベクトルで人をよく見ている。ひねくれ者だからか、より穿った視点でものを見る。故に気づけるはずだ。
だから、これはあくまでちょっとしたサポート、寄り道をしない為の入れ知恵。
それがどう結果に繋がるから分からないが、結果として上手く行けばいい。そう願う。
◇
翌日の放課後、部室では比企谷と由比ヶ浜による報告が始まった。俺の予想通り、彼ら三人はあくまで葉山の友人であり、彼らの関係性は友人の友人、グループに属している知人でしかなかった。葉山も由比ヶ浜も気づいてはいなかったが、蚊帳の外である比企谷だからこそ気づけた問題だと言えよう。もちろん俺も気づいた。人間関係は俺の得意分野だからな。
そんな俺に気づいたのか比企谷は文句を言ってくる。
「というか、お前気づいてたなら先に言えよ」
「俺にも色々と事情というやつがあるんだ。それで?お前の発見はあくまで動機の補強にしかならないが、一体どうする?」
「そうね、三人、いえ二人のうちのどちらかを消さない限り事態は収束しないわ」
「いや、犯人を消す必要はない。消すのは別ものだ」
その言葉に雪ノ下はこてん、と不思議そうに首を傾げる。
どうやら比企谷は気づいているらしい。どうやって?という疑問と、どうして?という疑問。事態の収束をするだけならば前者だけでいい。しかし今回は後者の動機という部分に、依頼人である葉山が望む円満な解決方法が潜んでいる。
「葉山、お前が望むなら解決することは出来るぞ。可能な限りお前の望みに近く……そして、あいつらが仲良くなれるかもしれない方法だ」
ごくり、と誰かが唾を飲む音がする。それと同時に由比ヶ浜の「う、うわぁ」と引いた声も。しかし比企谷はその素敵な笑顔を止めることはなく、葉山に問う。
「知りたいか?」
そんな提案に葉山が頷かない理由はなかった。
◇
葉山の依頼は比企谷の提案によって解決した。それは葉山以外の三人でグループを組むというもの。おおよそ予想通りの提案だ。まあこんなもの誰でも出来る予想だが。ともあれ、結果としては比企谷の提案によって葉山は納得、三人の関係性も解消されたということで正しく完璧な依頼達成と言えよう。
さて、その後の奉仕部はと言うと。なんでも学校外で比企谷の妹と川崎という総武高の女子生徒の弟から依頼があったらしいのだが、間の悪いことに依頼を受けた翌日体調不良でそもそも学校を休んでいた。日頃の不摂生が祟ったと言うべきだろう。定期的に体調が悪化するのだが、学校に行けなくなるレベルなのは久々だったので少し反省している。
なので雪ノ下から渡された活動記録書に書かれた内容と、彼らの話でしかその依頼については知らない。依頼の方は、自身の進学費に不安があった川崎とやらに比企谷がスカラシップ制度を勧めて解決したらしい。
そうして奉仕部は再び依頼人が誰も来ない暇な期間が続き、件の職場見学の日。
比企谷のクラスは結局殆どのクラスメイトが葉山と同じとこに行くことになったらしい。相当の人気だ。
対する俺はというと、クラスの余り物枠として突っ込まれたので発言権がなかった。正直比企谷の事を馬鹿には出来ない。なので楽したいが為の図書館ではなく、知らん雑誌を出している編集社に行くことになった。
まぁ正直そこでの内容は話すことはない。俺自身本は嫌いというのもあって、さほど興味が湧く事もなく、グループ間でも余り物らしく俺は眠気に耐えなければならないのもあり基本は喋ることもなかった。なので職場見学については特筆するべきことなくその日を終えた。
これから夏休みまで特にイベント事もないだろうから、俺たち奉仕部も恐らく変わらない日常を過ごすことだろう。奉仕部の日々がもはや日常と呼べるくらいに馴染んできたのは、歓迎するべきなのだろうか、それとも嫌がるべきなのだろうか。なんにせよ、慣れるのはいいことだ。何事も肝要なのは慣れなのだから。
そうして奉仕部の扉を開け、俺たちはいつもの日常を過ごした。
由比ヶ浜結衣が何故か部活動に来なくなったことを除けば。
川なんとかさんの依頼は飛ばします。
仮にいても文句言っているだけなので。
次回一悶着描いてからデート回です。
この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?
-
雪ノ下
-
一色いろは
-
鶴見留美
-
松山千佳子
-
材木座義輝
-
戸部翔