今回は途中から三人称視点になります。
「おっともう夕方か」
傾きかけた陽光がオラリオの街並みを長く引き伸ばしている。
俺が何をしていたかと言えば、朝から様々なファミリアの雑用を手伝い、奔走していた。
見返りを求めないボランティアのつもりだったが、医療系ならポーションの譲渡、鍛冶系なら武器の修理費割引といった俺の奉仕に見合う「報酬」を提示されることも多い。
結局のところ、こうした地道な貸し借りがこの街での生存圏を広げていくのだ。
「今日はアリーゼとリューが朝から巡回に行ってたな。そろそろ帰る頃だろうし、合流がてら、様子を見に行くか」
(にしてもさっきの悲痛な叫び声が聞こえてきたけどなんだったんだ…)
そんなわけで俺は閑散としたオラリオの大通りを一人歩き出す。
かつての活気はどこへやら、
今のオラリオが抱える「毒」が、街の景観をじわじわと侵食している。
「あいつら、どこに────、あれか?」
視線の先、見覚えのある赤髪と金髪の二人が立っていた。
「一緒にいるのはアーディと…誰だあの男?」
俺は三人の側にいる見知らぬ男を注視しつつ、アリーゼたちの元に歩みを進める。すると、アーディが俺に気づいたのか手を振ってくる。
「おっと、お仲間が来たようだね。俺はこれで失礼するよ、用事もあることだし」
「一人で帰るのは危険ですよ。近くまでお送りしましょうか?」
「大丈夫、大丈夫。じゃあ、またね」
柔和な、だがどこか捉えどころのない笑みを浮かべ、男は背を向けて去っていった。
「よぉ、アーディ。今の人は?」
「エレンっていう名前の神様だよ。一人で歩いているところを冒険者に襲われて、お金盗まれそうなところを私が取り返したの」
「さっきの情けない悲鳴の主は、あの男神だったのかよ……」
神という存在の尊厳を疑いたくなるような、先程の悲痛な叫びを思い出して呆れる。
「しかもあの神様ったらリオンを見る目がなんか嫌らしかったのよ!」
「へぇ、まぁリューは可愛いからな仕方ない」
「なっ!?」
唐突な言葉にリューが顔を赤らめる。それを見るたび、ほんとにこういうの慣れてないんだなと常々思わされる。
「だよね~、ねぇリオンやっぱり抱きついてもいい?」
「や、やめてください……!」
(こんなこと前にもあったような……それにしてもさっきの男神…)
アーディはリューの抗議を笑って受け流し、親愛の情を込めてその体に抱きついた。
その微笑ましい光景を眺めつつも、俺の意識はさっき去っていった神の背中に向けられていた。
俺にはあの神の表情が本心を隠す仮面を被っているような、そんな違和感があった。
(おまけにこっちを値踏みするかのようなあの目、何か胡散臭い神様だったなぁ…)
「そういえばリオン、君の里の『大聖樹の枝』、やっぱりオラリオに出回ってるみたい。品は押収できなかったけど逮捕した商人たちが吐いた」
アーディの声に、場の空気が一変した。
「ッ!そうですか...」
「世界の中心であるオラリオだからこそ、物流も活発で曰く付きの品も集まりやすいんだろうね。ごめんねリオン君の里の枝取り戻せなくて」
「いえ...私は里とは縁を切った身ですので」
「そんなこと言ってしっかり感傷的になってるじゃない」
「そうだな。とても『気にしてません!』っていう顔には見えないな」
俺とアリーゼの指摘に、リューは言葉を詰まらせて視線を伏せる。
「待っててリオン!必ず取り返して見せるから!私もう行くね。じゃあね、みんな!」
そうアーディは別れを告げると足早にこの場を去っていった。
「アーディ!本当に私は気にしてなど!」
「まぁまぁアーディもお前に喜んでもらいたくてやってるんだ、やらせてやれ」
「そうよ。さて私たちもそろそろ戻り────」
「────アリーゼ」
不意に背後からかけられた声。振り向くと、そこにはライラが立っていた。
「あら、ライラそっちの用は済んだの?」
「あぁ、んで別件だ。『きな臭ぇ動きがあるから』網を張れだとよ」
「...!指示は誰から?」
「そりゃあ、アタシたち一族の【勇者】様からだ」
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【勇者】、ロキファミリア団長フィン・ディムナの要請を受け、俺たちが向かったのは18階層──『
そこにはダンジョン探索中の冒険者を襲う闇派閥の集団がいた。
「うわ!まじで当たってるじゃねぇか!フィンの頭は一体どういう作りしてんだぁ!」
「うるさいぞ、お前はいちいち言わないと気が済まないのか」
興奮気味のライラと、それを冷ややかに窘める輝夜。二人のやり取りを余所に、俺は群がる敵をなぎ倒しながら、ある一点を見据えていた。
(……あそこか!)
「ちょっと、レイ!?」
背後でアリーゼが驚愕の声を上げるが、止まっていられない。
奴らの中で明らかに異質な、強者の気配。俺は雑兵たちを強引に弾き飛ばし、小高い山の山道へと全速力で駆け上がった。
「おや?貴方は...?」
そこにいたのは、赤銅色の髪をして細目の男。
黒い軍服を思わせる装束を纏い、口元には薄ら笑いを浮かべている。独特の静謐さと、隠しきれない狂気が混ざり合った異様な雰囲気。
そして…体から滲み出る、猛烈な『血』の気配。奴を構成する全ての要素が俺に「こいつは危険だ」と知らせている。
「お前、何者だ?」
「あなたこそ、一体どちら様で?」
「俺はただの、通りすがりの正義の使者だ」
「『正義』?もしやアストレアファミリアの…ですが、あそこのファミリアの団員は女性のみのはずでは?」
「つい最近入団したもんで、知らなくても無理ないな」
「なるほど。まぁ、そんなことは些細な問題です。わかりますよ、貴方は相当な使い手だ。歯応えのない方々ばかりで退屈していたところです」
どこか興奮したように話す男の足元には、無残に斬殺されたと思われる冒険者の死体が転がっていた。
「...」
「それでは、この私と
男は死体を足蹴に、妙に整った所作で問いかける。
それに対し、俺は無言で腰の刀を抜き、正対する。
「普段ならお前みたいなイカれた野郎の誘いなんざ死んでも御免だが……いいぜ。今回だけは乗ってやる」
俺が構えたのを見て、やつも自分の得物についた血を払い、その切っ先を俺に向ける。
「行くぞ!」
「行きますよ!」
激突。
金属同士がぶつかり合う爆鳴が、静かな18階層に響き渡った────
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「まったくもうレイはどこに行ったのかしら」
「なにを見つけたのか知らねぇが、一目散に走っていったからな」
戦場の制圧を終えたアリーゼたちが、山道を見上げる。
「あいつのことだ、例え離れて行動したとしても特に問題はないだろう」
「それはそうなんだけど────」
レイの身を案じるアリーゼの言葉を遮るように、視界の奥の山道で激しい衝撃波と共に砂煙が舞い上がったのを確認する。
「「「!?」」」
「なんだぁ!?」
「まさか…皆!あの山道に向かうわよ!」
了解の言葉と共に、アリーゼを先頭に、三人が崖を駆け上がる。
「アリーゼ、もしや…」
「ええ、おそらく────」
そして、辿り着いた先で目にしたのは、周囲の岩壁を削り取りながら火花を散らす、二人の剣士の姿だった。
「これはすげぇな」
ライラが思わず息を呑む。
男が間合いを取れば、レイが直ぐ様距離を詰め、両手で持った刀を剛速で振り下ろす。
男は顔に薄気味悪い笑みを張り付かせたまま、最小限の動きでそれを躱し、レイに向けて自分の剣を横薙ぎに振るう。
レイはそれを空中で身を翻して躱し、着地と同時に次の一手を繰り出す。
そんな高め挙げられた技量による、剣戟の応酬の中、男の剣がレイの顔面を刺し貫かこうと急速に迫る。
「ッ!レイ!」
アリーゼが悲鳴に近い声を上げる。
しかし、レイは男の突きが頬を掠めながらも紙一重で躱す。そして、そのまま相手の間合いに踏み込み、刀を横一文字に薙いだ。
「────っ!」
男は何とか剣の腹を使い防御するが、レイはそんなものお構いなしに刀を強く振り切る。
金属同士の絶叫とともに、男の体を背後の岩壁まで吹き飛ばす。
「ぐっ…!やはり貴方は素晴らしい!貴方を殺せば、私の渇きも癒えるというもの!」
「お前の欲求なんざ、知ったこっちゃねぇよ」
興奮したように話す男とは対照的に、レイはどこまでも冷徹に返し、再度刀を正眼に構え直す。
「しかし、どうやらお仲間も来てしまったようですし……今回はここでお開きとしましょうか」
「……逃がすと思っているのか?」
輝夜が自分達から逃げようとする男に自身の刀を向ける。
「貴方達が下の方々を無視できるなら、いくらでも追ってきてもらって構いませんが」
笑みを浮かべる男の視線の先には、残党の闇派閥が生き残った冒険者たちに止めを刺そうと、にじり寄っていた。
「くっ……!」
輝夜が苦渋の表情で剣を引く。
「賢明な判断です…それより先程のご仁。貴方の名前をお聞かせ願えませんか?」
「嫌だね。なんでお前みたいな頭のおかしくて奴、しかも男にわざわざ名乗らなきゃいけないんだよ。寝言は寝て言え、イカれサイコ」
「最後までつれませんねぇ…それでは、叶いもしない願いを掲げる愚かな『正義』の眷属の皆様!またいつか…」
男は煙幕を撒き、黒煙の中に溶けるように姿を消した。
「くそっ!なんなんだあいつは!」
「レイと渡り合ったあの身のこなし……並みの冒険者ではないな」
「……とりあえず今は襲われている冒険者達を助けるのが先よ!」
アリーゼの言葉に全員が頷くと、山道を駆け下り始める。
レイは頬の傷から流れる血をさっと拭ってアリーゼ達の後を急ぎ足で追った。