先導の英雄   作:無銘のヲタク

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闇に潜む強者

 

たまたまアーディと出会った俺は、静まり返った夜のオラリオを並んで歩く。街灯の魔石が放つ淡い光が、石畳の上に二人の影を長く落としていた。

 

「ねぇ、レイはこんな時間に何してるの?」

「いやちょっと夜風に当たりたくなってな。アーディのこそ、こんな時間にひとりで散歩か?」

「私は今からお仕事だよー」

「こんな時間に大変だな。アーディのファミリアってことは何か犯罪の取り締まりか?」

「ええっと、これって言っていいのかなぁ…」

 

アーディは顎に手を当てて「うーん」と唸っている。

 

(あざと可愛い)

 

「……まぁ、いっか!レイだし、安心できるもん」

 

アーディから聞いた話によると、この都市には表側では取引できない違法の取引市場があるらしい。

通称『悪人共の違法市(ダーク・マーケット)』。今日彼女が向かっているのは、その品々が隠されている倉庫の摘発任務だという。しかも、意外にもその場所は交易所ではなく一般人の居住区なのだとか。

流石のガネーシャ・ファミリアでも盲点だったのか探すのに苦労してたようだが、ついこの前見つかったらしく、今日がそこを制圧する日だという。

 

「なるほどな。なぁ、それって俺もついていっていい?」

「え?手伝ってくれるのは嬉しいけど、いいの?今日巡回してて疲れてない?」

「巡回してたのはアーディも一緒だろ?それに一人でも人員が多い方が仕事が早く終わるし、それがアーディのためにもなる」

「私のため?」

 

不思議そうにこちらを見上げる彼女に、俺は軽く笑ってみせる。

 

「おう。アーディの笑顔にはいつも元気もらってるからな。ちょっとした恩返しだ」

「そっか……ねぇ、レイ」

 

アーディがふと足を止めた。

 

「ん?」

「私この前、悪いことした冒険者を取り押さえたときにね。その人に『いつもいつもヘラヘラ笑っていやがってよ!俺たちみたいなのを馬鹿にしてんのか!!』って言われちゃって。」

「っ!」

 

その声は、いつもの明るさを欠いて、どこか頼りなく夜の闇に吸い込まれていく。

 

「最近は大丈夫なんだけど、それ言われてから少しの間、うまく笑えなくてね」

「...」

「今までそんな事言われたこと無くて、そういう考えの人もいるんだって思ったら、少し怖くなっちゃって」

 

顔を伏せ、地面を見つめる彼女の肩が微かに震える。それは都市とそこに住まう民のため奔走する少女が抱える、あまりにも純粋で繊細な傷跡だった。

 

「でも、さっきのレイの言葉で私の笑顔が励みになってる人もちゃんといるんだって思って、ちょっと安心した」

「…こんな暗いご時世だからみんな余裕なんてないし、いろんなことに過敏になってる。そんな時でも、いつも元気に笑顔でいられるのはアーディと…あとはあのアリーゼくらいなもんだ。それは本当にすごいことなんだよ」

「レイ…」

「俺はそんなアーディを尊敬してるし、感謝もしてる。それに、アーディに助けられている人は俺以外にもたくさんいる。俺が保証するよ」

「そうなのかな...」

「そうだよ。だからアーディは、今まで通り笑っていてくれ」

 

俺が励ますように告げると、アーディは一度後ろを向いて自分の両頬をパチンと叩き、再びこちらを振り返った。

そこには、先程までの陰りを吹き飛ばした、太陽のような笑顔が咲いていた。

 

「ふふっ、ありがとっ1ていうか、そういう人を尊敬してるってことは、アリーゼも尊敬してるってことだよね?」

 

「うっ……ま、まぁ、否定はしないが、本人には絶対言うなよ。あいつ、調子に乗るからな」

 

「確かに。『私だからね!当然よ!』って胸を張る姿が目に浮かぶね」

 

────────────────────―

 

軽口を叩きながら歩くこと数分、目的地付近に到着すると、そこではシャクティが団員たちに最終指示を出していた。

俺たちの姿を見つけるなり、彼女はわずかに眉を顰めて歩み寄ってくる。

 

(今、俺を見て顔を顰めてたような……気のせいか!)

 

「アーディ来たか。それに…なんでお前がいるんだ、レイ」

「そんな『面倒な奴が来た』みたいな顔しないでくれよ。たまたまそこでアーディと会ってな。事情を聞いて俺も手伝おうと」

「お姉ちゃん、駄目かな?」

「……はあ、わかった。どうせ言っても聞かんのだろう?」

「ありがとうお姉ちゃん!」

 

上目遣いで懇願してくるアーディに根負けして、シャクティはため息を吐きながらも俺の同行を許した。

 

(やはりシスコンか)

 

「────貴様、また何か失礼なことを考えたな?」

 

そんな考えがよぎった瞬間、まるでこちらの思考を読んだかのように、一瞬にして槍の切っ先が俺の喉元に突きつけられた。

 

「いえ!シャクティは相変わらず綺麗だなと!」

「ッ!……か、からかうな」

 

予想外にも俺の言葉に面食らったのか、彼女は頬を赤く染めて槍を引いた。赤くなった顔を隠すように、足早に背を向ける。

 

「……え、何その反応、可愛いかよ」

「そうだよ〜。お姉ちゃんは可愛いんだよ!」

「し、喋ってないで、早く行くぞお前たち!あとアーディ、仕事のときは『団長』と呼べと言っているだろう!」

「はいよ」

「わかった!お姉ちゃん」

「……なにもわかっていないな」

 

呆れ果てるシャクティの後に続き、俺たちは寂れた教会のような建物へと辿り着いた。

 

「アーディ。ここで間違いないな?」

「うん。獣人たちにもバレないように消臭の道具まで使って怪しい集団が出入りしているのは確認済み」

「あらゆる手段を使って隠し通してきたみたいだが、それも今日で終わりだ」

「シャクティ団長。全団員、配置に付きました。いつでも行けます」

 

ガネーシャ・ファミリアの団員がシャクティの下に駆け寄って伝える。

 

「しかし、よろしいのですか?他のファミリアの冒険者を巻き込んで」

「問題ない。いつもふざけた態度の男だが、実力はある。レイ、お前は私達の後ろに付き、教会内から逃げようとする者の確保を任せた」

「了解」

「よし、一気に片付けるぞ...全員突入──―ッッ!」

 

シャクティの号令と共に、教会の扉を破り内部に突入する。団員たちは敵の襲撃を警戒し、各々武器に手をかける。

だが、戦闘態勢を整えた彼らを待っていたのは、予想だにしない静寂だった。

 

「え?これは……」

「どうなっている……」

 

教会の内部には、()()()()()()()()()()()()()が微かに呻き声を上げながら倒れ伏している。

 

「闇派閥も、商人も...みんなやられてる?」

()()…?私達が突入する前に一体誰が……!」

 

ガネーシャ・ファミリア一同に動揺が広がる中、俺はその後ろから教会内に足を踏み入れる。

 

「これはまた、凄惨な光景だな。流石のガネーシャ・ファミリアの団長でも面食らってるみたいだし……さて、これだけの惨状を作り出したのは、そこにいる()()かな?」

 

俺の言葉に、全員の視線が一箇所に集まる。そこには、薄緑色のローブで目元を隠し、黒いドレスに黒い手袋を身に着けた()()()()()が静かに立っていた。

 

「──―あぁ。この塵芥共は()の愛したこの場所をくだらない取引に利用し、汚した。だから、それ相応の報いを与えた」

 

ローブの隙間から覗く、凍てつくような美貌。その存在感は圧倒的で、その場にいる者が金縛りにあったかのように動けなくなる。

 

「(だ、誰...?冒険者?)」

「(どこから現れた──―いや!()()()()そこにいた!?)」

 

「それにしても小僧、よく私の存在に気がついたな」

「小僧って、そんなに歳は離れてないと思うんだが...まぁ気づくに決まってるだろ」

「ほう?」

 

ローブで隠れて見えないが、確かに試すような視線がこちらに向けられる。

 

「だって……俺が目の前にいる女性の存在を認識できないはずがないからな!」

「......お前は馬鹿なのか?」

「おっと、会ってわずかの人に馬鹿呼ばわりされるとは。でも、それで貴女の綺麗な声が聞けるなら、その謗りを甘んじて受け入れるね!」

「...貴様とは会って数秒だが、既に私の中で三本の指に入るほどの厄介な存在となったぞ」

「それはそれは、貴女の特別な存在になれたようで何よりだ」

 

銀髪の女性は心底呆れたように深い溜息を吐いた。

 

「はぁ……オラリオというのは今も昔も騒々しく、静寂に微睡むこともできん。特に貴様は騒々しくてかなわん」

 

(最近、女性にため息をつかれてばかりだ……)

 

その時、倒れていた闇派閥の一人が、震える声で命乞いを始めた。

 

「た、たすけっ......ぉ、お赦しをっ......!」

 

「二度と雑音を生まない骸に変えてやろうと思ったが……薄汚い血でここが汚れては困る」

「貴女にとって、妹さんはよほど大切な存在なんだな」

「あぁ……私と違って可愛げがあって心優しい。私とは似ても似つかない大切な妹だよ」

 

そう言う彼女の言葉には、哀しみを含んだ確かな慈愛の心が宿っていた。

 

「そういうわけだ。後はお前たちが片付けろ」

「逃がすと思っているのか、女?」

 

いつもの冷静さを取り戻したシャクティが謎の女性に槍を向け、アーディも同様に剣を執る。

 

「捕らえられると思っているのか、小娘?」

「お、お姉ちゃんを小娘扱い……!?」

 

動揺するところがズレてるぞ、アーディ…

 

「ふざけているな、アーディ!全隊、かかれ!!」

 

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」

 

シャクティの激昂と共に、団員たちが一斉に女性を取り囲む。

 

「はぁ、邪魔だ」

 

その瞬間、女性の周囲の魔力が爆発的に膨れ上がった。目の前から放たれる肌を刺すような感触に、俺の直感が警鐘を鳴らす。

 

「ッ!!全員離れろっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月蠅い(ゴスペル)──―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぃ......!!!」

 

しかし、俺の叫びよりも早く、言霊が放たれた。空間そのものが絶叫を上げるような、凄まじい衝撃波が教会内を吹き荒れる。

俺は咄嗟に一番近くにいたシャクティとアーディを抱き寄せ、二人を庇うように背中を向けた。

 

「ぐぁっ!!!」

 

背中に加えられる凄まじい衝撃に思わず呻き声を上げてしまうが、俺は二人が傷つかないようになんとか耐える。

周囲に目を向ければ、直撃を食らった団員たちが木の葉の如く後方に吹き飛ばされていく。

 

少しすると衝撃が収まった。

 

「...ふぅ。危ない危ない。もう少しで意識が飛ぶとこだったぜ」

「おい、レイ!大丈夫か!?」

「ッ!背中が傷だらけだよ!私達を庇ったせいで...」

「大丈夫大丈夫。二人に怪我がなさそうで良かった」

「お前...!自分の心配をっ」

「それより、さっきの女の人は?」

 

俺は痛みを堪えて二人を離す。シャクティは慌てて女性がいた場所を見るが、そこには既に夜風が吹き抜けるだけで、女性の姿は消え失せていた。

 

「どうやら、逃げられたようだ。くっ...!」

「お姉ちゃん、どうする?」

「...追うな。今はこの場所を押さえるのが先だ。もっとも、既に制圧された後だがな。それより、アーディ、レイの怪我の治療を────」

 

「その必要はねぇよ。もう()()()から」

 

「そんなわけな……嘘。本当に、傷が塞がってる……」

「なに…?」

 

信じられないと言った顔で言うアーディを見て、シャクティも俺の背中を確認する。

そんなまじまじと見つめられると、流石に照れるぜ。

 

「!!そんな馬鹿な…」

「俺って結構特殊な体質でな。表面的な傷ならすぐ治る」

 

おかげで少しなら無茶できるんだよなぁ…()()()()には感謝しないと。

 

「よし、仕事だ仕事。この転がってる闇派閥共捕まえなきゃ、だろ?」

「あ、あぁ…そうだな」

 

少し納得いかないような様子ではあるが、シャクティは他の団員を起こして、俺が言った通り、奴らの拘束を始める。

 

────────────────────―

 

「闇派閥及び商人、全員の拘束、完了しました!」

「ご苦労。この教会のどこかに『悪人どもの違法市』の品が隠されている筈だ。部隊を分け、捜索してくれ」

「わかりました!」

 

指揮官たるシャクティの鋭い号令が飛び、銀色の鎧に身を包んだ団員たちが、蜘蛛の子を散らすように教会内の各所へと散っていく。

戦闘の余韻が残る静寂の中、アーディがふと、祭壇のあった場所を見つめながら呟いた。

 

「さっきの人、誰だったんだろう?闇派閥の人を倒しちゃってたけど...味方なのかな?」

「あのような野放図な味方、想像しにくいな。確かなのは非協力的であること…そして、何より圧倒的強者だということだ」

 

シャクティは険しい表情で槍を握り直す。レベル4の彼女をして、今の言葉は決して大袈裟なものではなかった。

 

「いや、分かるのはそれだけじゃないぜ」

「なにか他に分かったのか?」

 

俺の言葉に、シャクティとアーディの視線が同時にこちらを向く。

 

「一瞬のことで気づかなかったが、間違いない。あの女の人は……」

「人は…?」

 

俺は一呼吸置き、溜めに溜めてから、真剣な顔で言い放った。

 

 

 

「────無茶苦茶、美人だってことだ」

 

 

 

「………はぁ、お前に期待したのが間違いだった」

「あ、あはは……レイは本当にブレないなぁ」

 

シャクティは深いため息と共に額を押さえ、アーディは乾いた笑いを漏らす。緊迫していた場の空気が、一瞬で脱力感に支配された。

そこに、奥から一人の団員が息を切らせて駆け戻ってきた。

 

「シャクティ団長!交易所の贓品を多数発見しました!都市外から集められた品々もあります!」

「……そうか、見つかったか。よし、直ちに押収しろ。現場の保全も忘れるな」

 

シャクティに伝えられた成果の報告を聞いて、俺は軽く手を挙げて別れを告げる。

 

「お目当ての品も見つかったみたいだし、俺はここら辺で失礼するわ」

「あ、うん。今日は本当にありがとうね、レイ!」

「私からも礼を言おう。協力感謝する」

「いいのいいの。困ったときはお互い様だし。じゃあな」

「バイバ~イ!帰ったらゆっくり休んでね〜!」

 

遠ざかるアーディの明るい声を背中で受けながら、俺は教会を後にした。

 

夜の静寂が降りるオラリオの裏通りを一人歩きながら、俺は先程から脳裏に引っかかっている『違和感』について思考を巡らせる。

 

 

(……さっきの闇派閥の態度…少し妙だったな)

 

 

自分を叩き伏せた相手に対して、奴等は震えながら「お赦しを」と口にしていた。

あれは初対面の強敵に命乞いをする言葉じゃない。自分たちが戴く『絶対的な上位者』の不興を買った時に漏れる──失態を詫びるための祈りに近かった。

 

地に伏せるアイツらの目から感じ取れたのは、彼女という存在に対する、絶望的なまでの────────『畏怖』。

 

単純な恐怖ではなく、彼女という存在、その強さへの忠信が根本とされるような(おそ)れ。

そしてそれは、彼女の振るう「死」の重さを、彼女という「天災」を以前から知っていなければ抱かない感情…

 

(となると、少なくともあの女の人は奴らとは無関係ってわけでは無さそうだ)

 

だが、この推測を今のシャクティたちに話すつもりはなかった。

これ以上不確かな情報を流して現場を混乱させるわけにはいかないし、何よりこれ以上、多忙を極める彼女たちの心労を増やしたくはない。

 

(ったく。あんな怪物(バケモノ)を相手にしないといけないかもなんて、考えたくもないな)

 

歩みを速める。今はただ、温かいベッドが恋しかった。

 

「まぁとりあえず、帰って寝るか、明日も早いし」

 

闇に包まれたホームを目指し、俺は夜の静景の中に溶け込んでいった。

 

 

その胸に、僅かな不安と────神に告げられた大きな苦悩を据えたまま……

 

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