「ふっ!」
「はぁ!」
漏れ出る呼気は鋭く。
どちらの剣も相手を打破するべく振るわれ、二つの刃がぶつかる度に「ガキンッ!」という金属の衝突と共に爆ぜるように火花が舞う。
「ここ!」
「っ!?」
俺を怒涛の連撃を紙一重で受け流す中、振り下ろされた長剣の腹を刀の反りで滑らせる。そのまま密着。最短距離で叩き込んだ柄頭が、女の腹部を正確に捉えた。
「────ッ、痛ってぇなぁ!!」
そう言うと女は顔を歪め、苛立ちをぶつけるように俺の顔面へ蹴りを放つ。
それを後方への宙返りで回避。さらには手が着地する間際、バネのようにしなった右足で彼女の顎を狙うが、相手も即座にバックステップで距離を取った。
再び対峙。火花が散っていたはずの空間に、冷たい沈黙が降りる。
「…てめぇ、なにもんだぁ?私と打ち合えるクラスの極東の冒険者なんて聞いたことねぇ」
「最近活躍中のアストレア・ファミリアの期待の新人さ、お見知りおきを」
「あぁ、てめぇがあいつが言ってた……あの乳臭え餓鬼共のところに入った男冒険者か。確かにあいつが言ってた通り、結構な実力があるみたいだなぁ」
「どうも」
ヴァレッタの口角が吊り上がる。それは称賛ではなく、獲物をいたぶる前の嗜虐的な笑みだ。
「じゃあ……こっからギア上げるぞ」
刹那。女の姿が掻き消えた。
「っ!」
反応が遅れる。一瞬の内に、間合いを詰められると、力任せに俺の刀を上から押さえつけられる。
同時に、無防備になった腹に容赦のない蹴り。
「ぐっ!?」
身体が浮き、背後の露店に叩きつけられる。崩落する瓦礫と土煙。
「ゴホッゴホッ...!痛って」
「咄嗟に手でガードしやがったか。だが、分かったぜ。てめぇには技術があるのは認めてやるが……私とは随分
倒れる俺の目の前でその女は変わらず不気味な笑みを浮かべたまま悠然と歩み寄る。俺の肩を壁に踏みつけ、勝ち誇ったように言い放った。
「私のレベルは
「(いや俺のレベルは1なんだが...まぁ信用されねぇか)」
「まぁ、ここまで私を相手できただけでも頑張ったほうだな」
「それは…光栄だなっ!」
目の前で饒舌に語る彼女に向けて、座ったまま刀を振り上げる。
残念ながら、その一撃は彼女が後方に飛び退いたことで届くことはなかったが、それでも生まれた僅かな隙に俺は立ち上がる。
「まだ、抵抗させてもらうぜ」
「ははっ、いいぜぇ?まだ遊んでやるよ!!」
狂気を孕んだ笑いと共に、女が地を蹴った。
先ほどまでを凌駕する踏み込み。その勢いのまま振り下ろされた長剣を、俺は刀を斜めに構えて受け止める。
────ッ、重い…!
文字通り、岩でも叩きつけられたような衝撃。力押しを嫌い、刀身を滑らせて受け流し、そこから直ぐに懐に入って反撃する。
「遅えなぁ…!」
俺の反撃よりも速く、女は独楽のように鋭く回転した。
脇腹へ放たれた、死角からの蹴り。
咄嗟に腕を割り込ませて直撃こそ免れたが、骨が軋む音が脳裏に響く。
だが、追撃は止まらない。視界の端で、相手が剣の切っ先をこちらへ向け、刺突の構えで引き絞るのが見えた。
「っぶね!」
これも寸前で上体を反らせば、眼前スレスレを剣が通過した。これ以上は追撃されまいと、握る刀を咄嗟に手放し、両手で女の剣を持つ腕を掴んで横に放り投げる。
「まだまだぁ!」
だが、距離が開こうとお構いなしに、再度直ぐ様間合いを詰めてくる。
そこからは高いステイタスから繰り出される猛襲が俺を襲う。上手く致命傷を避けながら女の攻撃を捌き続けるが、いまいち反撃に出ることが出来ずに、じわじわと追い詰められていく。
ちっ、このままやっててもジリ貧か。こいつをこの場に留めておけるのはいいが、その間にどれだけの被害が出るか……仕方ない。
俺は剣戟の猛襲を一度受け止めると、渾身の力を込めて力任せに女を吹き飛ばす。
「何度も何度も、芸がねぇな!!」
悪態を吐きつつ、女は空中で態勢を整えて、軽やかに着地する。
「なにボーっとしてやがる!」
やっぱり、
再度切り掛かってくる女を前に、俺は静かに意識の底に沈むと共に────
言霊を紡ぐ。。
「【此ノ身に鬼ノ万力を】────【鬼霊召還】」
魔力が爆ぜる。
全身を駆け巡る熱量が、俺の肉体に劇的な変化を齎す。
迫りくるヴァレッタの刃。その軌跡が、驚くほどスローに見えた。
俺は迷うことなく左手を伸ばし、その鋼の刃を──素手で掴んで止めた。
「は?」
女の口から、唖然とした声が漏れる。
俺がその指から力を抜くと、戦慄した彼女は弾かれたように後方へと跳躍し、大きく距離を取った。
「てめぇ、なんだその姿は...?
「……ちょっとしたズルだよ」
「よくわかんねぇが…こっからは第二ラウンドってわけか!」
────────────────────―
再び衝突する両者は先程とは段違いの速度で切り結ぶ。本来ならレベル5の女──―ヴァレッタがレベル1のレイを圧倒しているはずだが、彼女の顔には先程までの笑みは無く、余裕がないようにすら見えた。
「(こいつ、どうなってやがるッ!?さっきまでと動きが全く違ぇ!)」
ヴァレッタの焦燥は瞬く間に絶望へと変わりつつあった。レベル5であるはずの自分が、格下であったはずの少年に追い詰められている。
先程まで捉えられていた動きが、今は残像すら掴ませない。
「(さっきの魔法…身体強化か!?だが、こんなデタラメな強化があるかよ!)」
逃がさない。レイは距離を取ろうとするヴァレッタの懐へ、文字通り「瞬撃」で肉薄する。彼女は両手で剣を構え、俺の刀を必死に防ぐが、その衝撃に腕の骨が悲鳴を上げているのがわかった。
「(普通、魔法で強化されるっつっても、精々一つのステータスの上昇。だがこいつは【力】だけじゃない、【敏捷】もかなり強化されてやがる...!)」
ヴァレッタは防戦の隙を突き、俺の腹部へ蹴りを放った。それは、距離を離すための、渾身の一撃。
だが────
「(硬ぇ!?【耐久】までも強化されてやがるのかッ!?)」
レイの体は微動だにしない。逆に動揺してヴァレッタの動きが止まる。その隙に今度はレイの方から彼女の腹部に蹴りを叩きこみ、後方の壁まで吹き飛ばした。
「がァっ!?(あ、あり得ねぇ…!一つの魔法でこんな
ヴァレッタの嘆きも知らず、レイは残酷なまでに圧倒的な力で目の前の敵をねじ伏せる。
彼女の困惑は正しい。
本来、レベル1のレイが、百戦錬磨のレベル5と渡り合えるはずがない。だが、この魔法は単なる自己強化の範疇を超えている。
弱者が強者へと至り、不可能を可能にするための渇望の結晶──
だが、この魔法の本質はそれだけではない。
通常、分不相応な力を得た者は、その出力に振り回され、肉体を十全に操ることは叶わない。純粋なレベル5と、擬似的なレベル5が戦うとして、その『器への習熟度』の差で前者に軍配が上がるのが理屈だ。
では、何故こうも一方的に蹂躙できるのか?
それは、この魔法が『進化』ではなく、『回帰』だからだ。
かつての自分──『
魔法によって器が拡張されたことで、レイの中に眠る莫大な戦闘経験に肉体が追いつき、加速度的に「本来の力」が引き出されているのだ。
そしてさらに、その「本来の力」はレベル5程度には留まらない。
当然、そんな真実を知る由もないヴァレッタに対し、俺は息つく暇も与えず刀を振るう。
「(……こいつ、さっきまでとは別人じゃねぇか! 出力も、速さも……何もかもが、別次元に跳ね上がってやがる!)」
ヴァレッタの顔から余裕が消え、驚愕と焦燥が塗り潰していく。
先程までの劣勢が嘘のようだ。今、レイの振るう一撃一撃は、彼女の必死の防御を真っ向から粉砕し、その腕を強引に叩き伏せていた。
速く、重く、そしてあまりにも強大。
ただの「強化」という言葉では片付けられない、暴力的なまでの純粋な
「くそがァ!死ねぇぇぇぇえ!」
なりふり構わぬ絶叫と共に放たれた一撃。
だが、レイはその剣筋をまるで見透かしたかのように、空いた手でヴァレッタの手首を真っ向から掴み取った。
「がっ……あぁッ!?」
鋼鉄の万力に締め上げられたような衝撃に、ヴァレッタが悲鳴を上げる。彼はそのまま一切の抵抗を許さず、彼女の身体を高く吊り上げると、容赦なく石畳の地面へと叩きつけた。
激しい衝突音と共に石畳が砕け、土煙が舞う。
背中を強打し、肺の空気を強制的に吐き出されたヴァレッタが悶絶する。
「……終わりだ」
レイがとどめの一撃を放とうと、刀を高く振り上げた──その時。
「「レイ!!!」」
戦場に響き渡ったのは、この場に駆けつけた仲間たちの切迫した声だった。
暴走し、我を忘れていたわけではない。その意識はかつてないほどに冴え渡り、ただ目の前の敵に集中していた。
だが、不意に届いた「いつもの声」が敵のみに向けられていた意識に…文字通り、一刹那の隙を生み出した。
その僅かな停滞を、悪意の化身は見逃さなかった。
「あがっ……、この、化け物がぁ!!」
ヴァレッタは吐血しながらも、執念で身体を跳ねさせた。地を蹴り、爆発的な勢いで背後の建物の屋根へと逃れる。
「今は引いてやる……だがな、次は確実にてめえを殺してやるからなぁ!」
「────逃がすと思っとるのか?」
だがその背後、重厚な威圧感と共に、巨大な斧槍を構えたガレスがリュー、アリーゼと共に立ちはだかった。
「ひさしぶりだな、ドワーフの糞爺!だがお生憎様、てめえらの相手は私じゃねぇ…やれ、お前ら!」
ヴァレッタの号令が下った直後、周囲の建物に潜んでいた闇派閥が周辺の建物を爆撃し始める。
「『魔剣』で無作為に破壊を...!?」
「まだ逃げ遅れている人がいるかも!」
轟音と共に、通りに建ち並ぶ建物が崩壊を始める。爆風と土煙が吹き荒れ、逃げ惑う人々の悲鳴が再び辺りを支配した。
「ハハハハハッ!さっさと助けに行ってやれよぉ、正義の味方様ぁ!大事な民がみ~んな瓦礫の下敷きになっちまうぜぇ!はぁ…てめえら、後は任せたからなぁ。私を追ってこれないように足止めしとけ」
「かしこまりましたッ...!行け、同士達よ!破壊を振りまくのだぁ!」
狂信的な叫びと共に、大勢の闇派閥が一斉に襲いかかってくる。
「ええい、兇徒どもめ!お主等は周りの者を助けろ!奴らは儂が何とかする!」
「わかったわ、おじ様!行くわよ、リオン、レイ!.....レイ?」
駆け出そうとしたアリーゼが、弾かれたように足を止めた。
そこには、既に魔法を解き、異形の角も消えたレイが一人、瓦礫の山を背にして立ち尽くしていた。
喧騒と悲鳴が渦巻く通りの中で、彼がいる場所だけが切り離されたように静まり返っている。
その背中から立ち昇る空気はあまりに重く、どこか冷たい。
「...結局、俺は弱いまんまか...」
「え?」
ポツリと、誰に聞かせるでもなく漏れた独り言。
それは、圧倒的な力を見せつけた直後とは思えないほど、深く、悲痛な自嘲を孕んでいた。
「……あ、悪い。行くぞ、アリーゼ!」
「え、えぇ……」
我に返ったように走り出したレイ。
その後を追いながら、アリーゼは彼の背中を見つめる。
その背中は、頼もしくもあり、同時に今にも折れてしまいそうなほど脆くも見えた。
彼が何を抱え、何を「弱い」と断じたのか。その正体がわからないまま、アリーゼは胸を締め付けるような得体の知れない不安を感じていた。