先導の英雄   作:無銘のヲタク

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誤字報告してくれた方々、誠にありがとうございます!


彼が持つ本当の『正義』

 

「うああぁぁぁあ!!!」

 

「ッ!」

 

爆鳴と共に倒壊する建物。巻き込まれそうになり、恐怖で足がすくんだ男の元へ、俺は弾丸のような速さで踏み込んだ。男を横抱きに抱え上げると、瓦礫が降り注ぐ直前にその場を離脱する。

 

「た、助けていただきありがとうございますっ!」

「いえいえ。さぁ、ここは危ないんで、さっさと安全な場所まで避難してください」

 

俺はこちらに頭を下げつつも誘導を行っている冒険者に従って避難していく男の人を見送ると、近くの建物の屋根に登って周囲の状況を確認する。

 

深々と頭を下げる男を送り出し、俺は近くの建物の屋根へと跳躍した。

眼下に広がるのは、先ほどまで活気に溢れていた炊き出し会場の変わり果てた姿だ。ヴァレッタを退けた後も、闇派閥の残党による無差別な襲撃は続いている。あちこちから上がる悲鳴と、立ち上る黒煙。

 

唇を噛み、視線を巡らせると、路地の先に見覚えのある小柄な影を見つけた。俺はその場を付近の冒険者に任せ、屋根から屋根へと飛び移りながらその地点へと急行する。

 

「おい、ライラ!」

「ッ!レイか!そっちは大丈夫なのか?」

「俺がいた側の避難はそこにいた冒険者に任せてきた。こっちの方が人手が足りなそうに見えたからな」

「そいつは助かる。悪いが、お前はバベル前の広場まで走ってポーションを補充してきてくれ!こっちもリオンが回復魔法を使えはするが、怪我人の数に対して供給が追い付てねぇ!」

「了解。すぐ行く!」

 

俺はライラの指示に従ってバベルへと向かい、再び駆け出した。行く手を阻む闇派閥の兇徒を、抜かぬ刀の峰打ちで沈めながら最短距離を突き進む。

 

「死ね、冒険者ァァァァ!」

「ちっ!邪魔だ!」

 

狂信的な叫びを一蹴し、路地を曲がった、その時だった。

 

「ッ!あれは…!」

 

狭い路地の袋小路に数人の子供たちが、武器を構えた闇派閥に追い詰められているのが見えた。

容赦なく振り下ろされる凶刃が届くより速く、俺は背後から奇襲を仕掛け、その首を刈るように殴り飛ばした。

 

「がっ!!」

「大丈夫か、お前ら!?」

「「「に、兄ちゃん!」」」

 

やはり襲われていたのは、俺が定期的に寄付を行っている孤児院の子どもたちだった。

 

「お前らこんなとこで何やってんだ!早く避難しろ!」

「で、でも、院長が足怪我しちゃって…!」

「ッ!院長さんは今何処だ?」

「こっちだよ!」

 

子供たちの案内で奥へ走ると、崩れた壁の下敷きになり、足を血に染めた院長の姿があった。周囲を囲む子供たちが、必死に彼女に声をかけ続けている。

 

「院長さんっ!」

「レイさん…!すいません。倒れてきた建物に足が巻き込まれてしまって。子どもたちには先に逃げるように言ったのですが...」

「院長を置いていけないよ!」

 

涙ながらに叫ぶ子供に、周囲の子らも大きく頷く。院長さんは、その優しさに痛みを堪えながら、困ったように微笑んだ。

 

「…貴女はこいつらの親代わりなんです。見捨てて自分たちだけ逃げるなんてできるわけ無いですよ」

「そう、ですね...」

 

足に乗っかっている瓦礫を退かして、俺は院長を背負いあげる。

 

「よし…おい、ガキども!こっからバベルまでなるべく通りに出ずに向かうぞ!いつもここら辺で走り回ってるお前らなら道は把握してるだろ?」

 

「うん!」

「ここはオレたちの庭みたいなもんだから!秘密の抜け道も知ってるぜ!」

「私達に任せてよ!」

 

「よし...!お前ら!ここまで助けてくれた院長さんへ恩返しだ...行くぞ!」

「「「お──!!!」」」

 

力強い号令。俺たちは入り組んだ迷路のような路地を、縫うように駆け抜けた。背中に感じる院長の重みと、申し訳なさそうな声。

 

「すいません。こんな時でも助けていただいて……なんとお礼を言えばいいのか」

「何度も言ってるでしょ。俺が好きでやっていることです。それに……」

 

大粒の涙をその瞳に貯めながら、必死に走る子供たちの姿に俺は目を遣る。

 

「親を失って悲しむ子供の姿はもう二度と見たくないですから」

 

目を細める俺の脳裏には、激しく降りしきる雨の中、右手に刀を握りしめて膝をついて泣き叫ぶ、ずぶ濡れの子供という何とも哀れな光景が映っていた。

 

────────────────────―

 

あの日、子どもたちを無事に送り届けた俺は、休む間もなくライラたちの元へポーションを運び、負傷者の応急処置に奔走した。

やがてガレスさん率いる【ロキ・ファミリア】が闇派閥(ナイトメア)の制圧を完了したようで、激しかった襲撃の音もようやく鎮静化していった。

 

気づけば、空は燃えるような夕景に染まっている。俺はボロボロになった露店や家屋の後片付けを手伝い、瓦礫を横へとどけていた。その時だ。

 

 

 

「やぁ、『正義』の騎士(ナイト)くん、精が出るねぇ」

 

 

背後からかけられた場違いなほど軽薄な声。

 

「……あんたは確か、神エレン。俺に何の用です?」

 

振り返ると、前と同じように相変わらず取ってつけたような笑みを携えた男神が立っていた。

 

「いやただ、頑張ってる君に激励を、と思ってね」

「はぁ……そういうことはその顔につけてる『()()』を取っ払ってから言ってもらえます?」

「ははは、手厳しいな……実はさっき、リオンに会ってね。彼女に謝罪をしていたんだよ」

「謝罪って、一体何の...?」

 

俺の手が止まる。神エレンは芝居がかった仕草で自分の胸を叩いた。

 

「君達の行いを『見返りのない奉仕』だなんて言ったことにさ。傷付いたもの、弱き者を助けると、あんなにも心が満たされるなんて、病みつきになってしまいそうだよ!」

「......」

「ちゃんと『代価』はある!他者を助けてあげるという優越!感謝されるという快感!施しを授けるという満足!それはあれほど気持ちよかったのか!いやぁ、早く教えてくれれば良かったのに〜。君達の献身は全然不健全じゃない。やはり全知だからといって、『知ったか』はダメだと実感したんだ!」

 

興奮気味に語るエレンの顔は、仮面の奥で恍惚に歪んでいるようだった。その姿から溢れ出すのは激励とは程遠い、純然たる狂気。下界で悪を為そうとする『悪神』そのもの。

 

「…そうすか」

「おや、君はリオンみたいに激昂して詰め寄ってこないんだね?」

「まぁ…あんたみたいに思う人も、中にはいるだろうなと思ってますから」

「へぇ…」

 

他人に称賛されて自分が優れた存在だと感じたい、自分の存在の証明するために善を成す。そんな動機で人を助ける奴は五万といる。逆に、リューたちのように「人を助けること」そのものを純粋に願う奴の方が珍しいものだ。

 

「それに、俺は前も言いました。俺の中の『英雄(理想)』が、俺にそうしろと言うから行動するだけだ。だから、あんたがなんて言おうと、俺の信じる『英雄』は揺らぎはしない」

 

()()()の言葉じゃ、あいつの…アルゴノゥトの全てをこの目で見てきた俺の芯には届かない。

 

 

 

 

 

 

そう思っているはずなのに、目の前の神の不気味な笑みは収まるどころか何処か嬉しそうに一層深まったその気味悪い笑みにに得も言えぬ不安感が俺の心の内で渦巻く。

 

「あぁ、やはり君はいい...!目の前の悪の讒言に拐かされず、確かな覚悟がそこにある。だからこそ惜しい...」

 

エレンは残念そうに呟くと、その眼を薄く開いて、俺の魂を見透かすように射抜いた。

 

「君のそれは、君自身の『正義』じゃない。君の言う『理想』の存在が持っていた正義を、なぞっているだけだ」

「…………」

 

その言葉が、胸の奥深くに太い杭となって打ち込まれる。

 

「今、僅かだが『揺らいだろ』?おかしいな。『理想』は揺らがないじゃなかったのか?……いや、揺らいでるのは『理想』ではなく君の『意志』か。今の『正義』が本当に正しいのか、疑念を持っている証拠さ」

 

疑念?そんなものはない。だって、あいつは俺に託してくれたんだ。ここから自分の()()()()英雄たちを導けと…前は叶わなかったが今回は必ず成し遂げる、そう決めたんだ。そこに間違いなんてなるはずない……!

 

「透けてるよ。君が必死に自分に言い聞かせてる心の内が。さっきの君の言葉を返そう……

 

君こそ『仮面』を外せよ。君の中にある本物の『正義』はもっと単純なもののはずだ」

 

「……いらねぇよ、そんなもん。あいつの代わりを任された俺に自分の『正義』なんて必要じゃない」

「うーん…強情だなぁ。じゃあ、逆に聞くけど...君の信じるその『彼』は、君に自分の『正義』を押し殺してまで自分を目指してほしいなんて、本当に思うのかな?」

「……!」

 

その問いが投げかけられた瞬間、俺の脳裏に、自らを顧みずに目の前のすべてを救おうと泥塗れで笑っていた、親友の姿が浮かんだ。

 

「もし、その子がそんなことを望んでいたのなら、君の『理想』が託したのは『願い』ではない────

 

 

 

──────『呪い』だよ」

 

 

 

 

瞬間、俺は薄ら笑いを浮かべるエレンの喉元に、抜刀した刀を突きつけていた。

殺気で視界が赤く染まる。

 

「俺の英雄を……侮辱するな」

 

いくらお前が神であっても、その行為だけは許さない……!

 

「あぁ…!それだよ…それ!大切な存在を貶められたら、たとえ神であろうと立ち向かう!それが君の、剝き出しの願いだ…!」

 

目の前の神は、地上では冒険者に抵抗する力すら持たない。今この瞬間に数センチ刃を動かせば、一瞬で天界に送還されるだろう。だというのに、エレンはその事実を愉しむように、歓喜の笑みを絶やすことはなかった。

 

「...ちっ。もういい」

 

俺はそんな薄気味悪い神の姿に舌打ちして刀を鞘に戻す。そして、何故か残念そうにため息をつく神を無視して、そのまま背を向けて歩く──────

 

 

 

足が、重い。

疑念とそれへの抵抗が絡み合って、俺の体を縛り付ける。

これは、正しいと思っていた何かが崩れ去った絶望なのか…いや、そうじゃない。間違いと分かっていながら、あえて目を背けてきた現実の圧迫感が俺の息を詰まらせる。

 

「……なぁ、アルゴノゥト、教えてくれよ...俺はどうすればいいんだ……?」

 

夕陽に染まり、燃えるような橙色に沈む空を見上げる。

 

俺は()()。今は亡き英雄に答えの帰らぬ問いを投げかけた。

 

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