「...ねぇ、レイ、ちょっといい?」
「ん、どした?」
闇派閥についての緊急会議が終わった後、輝夜は「少し用事がある」と言って何処かに行ってしまい、アリーゼと二人でホームへの道を歩いていた。
その途中、ふと足を止めた彼女が、いつになく真剣味を帯びた声で問いかけてきた。
「貴方、この前の襲撃の時、何かあった?」
「おっと。どうしてそう思ったんだ?」
「だって貴方が朝ここに来るまでの間、いや今もね。何処か
「!!」
これは驚いたな。割と完璧に隠したつもりなんだけど。アルゴノゥトみたく『上手く』笑えてたとは思うんだが…いや、他の誰も何も言わなかったし、アリーゼが特別鋭いのか。
「それにこの前、私達があなたの戦っているところに来た時、自分のこと『弱いまんま』って言ってたじゃない?あれってどういう意味?」
「っ…いやはや、あの独り言まで聞かれてたとは…でも、『どういう意味』ってなんだ?『俺は弱い』。そのままの意味だだが…」
事実、俺はあの女を捕らえることも仕留めることもできなかった。
「だって、あの【
「あぁ、あれか。あれは俺の【魔法】の力であって、俺自身の力じゃないからな」
「魔法だって、レイの力でしょ?それなのに…」
…確かに【魔法】というのは、読むことで強制的に魔法を目覚めさせる
だから、自分の魔法を「自分の力ではない」と断じる俺にアリーゼが心底不思議そうな顔をするのは当然と言える。だが、俺に限っては例外だ。
「あの魔法は、
「!!それってどういう…?」
「えっと...話すと長くなるぞ?」
「構わないわ」
そう言うアリーゼは真剣で何処か覚悟を決めたような表情で俺を見つめる。
隠し事は許さないって顔だな…それに勘の鋭いこいつのことだ。今濁したとしてもいずれ追及されるのは明白だし、ここで話しておくか。
「…少し昔話をしよう。俺には昔、二人の相棒が居てな。そいつらと一緒に俺はいろんなところに旅をしていたんだ」
「あら、レイに仲の良い友達とかいたのね?意外だわ」
「おい、喧嘩売ってる?買うぞ?」
表情を見るに本心から言ってるアリーゼを見て、思わず女の子なのに拳が出そうになるのを抑えて、俺は話を続ける。
「それで、旅をしている最中に襲ってきたモンスターもそいつらと一緒に返り討ちにしていた。その時の俺は「こいつらといれば、なんだってできる」って思ってた。でもある日、事件は起きた」
「え...?」
「滞在していた村が、モンスターの群れに襲われた。粗方片付けたと思った矢先、明らかに他とは格が違う『飛竜』が現れた」
「飛竜...!ダンジョンの外で、そんな強力な個体が…?」
本来はダンジョン深くにしか存在しないモンスターが登場したことにアリーゼは目に見えて驚いている。
「当然、俺はそいつに立ち向かった...でも、勝てなかった。どれだけその怪物の体に刃を立てようと、ソイツには傷一つつかなかった。全く刃が立たず、動けなくなった俺にとどめが刺されようとしたその時──あの二人が俺を庇って、飛竜の攻撃を受けたんだ」
「!!」
「瞬間、俺はなんとか隙を突いて、彼奴等の元に駆け寄った。でもその時には、もう二人共もうボロボロで……
「...」
「その後、怒りに飲まれた俺は、湧き出す力のままに刀を振るい、ボロボロになりながらも飛竜を討伐した。村は守れた……だが、俺はそれ以上にかけがえのないものを失った」
「レイ...」
脳裏に、あの日の光景が鮮烈に蘇る。震える俺の肩を見て、アリーゼが心配そうに顔を覗き込んできた。
「俺はその時、痛感したよ。もっと俺自身が強ければ……あいつらが死ぬことはなかったってな…!」
今でも思い出せる自分の不甲斐なさを悔しく思い、思わず拳を強く握りしめる。
「その時だよ。俺の魔法が発現したのは…ただ、その魔法の名を見た時、俺は察したよ────これは俺の魔法じゃない」
【鬼霊召還】────そこに宿る力が一体誰のもので、どうして
「また、俺は誰かに…何か頼るのかって…助けがないと何もできない…そんなんじゃ、あいつ等に顔向けできねぇ…!」
握りしめた拳が白くなる。
「だから決めたんだ。魔法にも、あいつらが遺した力にも頼らないって。……でも、ここに来たら魔法を使わないと敵わない相手が出てきて、結局、俺はまだあの日の不甲斐ない弱いままだと思い知らされた」
俺は自嘲気味に笑い、夕闇の空を仰いだ。
「自分だけで勝てる力を身に着けないと、『
「...」
「さ、帰ろうぜ。俺らの主神様が待ってるぞ────」
歩き出そうとした、その時だった。
背中に、柔らかい衝撃が走った。驚いて振り返ると、アリーゼが俯いたまま俺の背中に抱き着いていた。
「っ!ち、ちょっと、アリーゼさん?いきなりどうしたのでございますでしょうか」
「...レイは強いわ。私より、ずっと...」
「...いや、だから俺は────」
「でも、なんでも一人で解決しようとするのは悪いことよ」
「!!」
「その時の貴方には仲間は他にいなかったのかもしれないけど、今は、私たちがいる……貴方の憧れる『その人』は、仲間に頼ることは『弱さ』だと、そう言ってたの?」
見上げる彼女の問いに、俺は嘗ての親友が言葉を思い出す。
『────『
そんなどこか他力本願にも聞こえる言葉だがその言葉には彼の強い思いが込められていた。
かの英雄は決して強くはなかった。
大地を砕く怪力があったわけでも、他の誰よりも優れた剣の冴えがあったわけでも、敵を打ち払う魔法があったわけでもなく、ただ他より逃げ足が速いことが取り柄だった。
けれど、彼は誰よりも強い心を持っていた。救うと決めた相手を、死んでも諦めなかった…
自分は『百』を救える英雄にはなれない…だから彼らが切り捨てた『一』を救える男でいようとした…
俺は、その気高さこそが真の『英雄』であるための素質だと、そう感じた…だから憧れた。
「貴方にとって、私達は…そんなに頼りない存在なのかしら?」
「……そんなことはねぇよ。でも、俺があいつに…『英雄』になるために
俺には
「お前らを頼る、それはいいかもな。ありがとう、アリーゼ」
「そう…わかればいいのよ!」
その返事に満足したのか、アリーゼは俺からパッと離れ、手を後ろに組んで立つ。その顔にはいつものような笑顔が浮かんでいた。
「ところでアリーゼ、一つ言いたいことがあるんだが」
「ん?なあに?」
「お前って…
意外と胸あるんだな」
「…へ?」
「いやさ、いつも胸当てつけてて気づかなかったけど、さっき抱きつかれた時に背中に確かな二つの感触が…」
「〜〜〜〜〜ッ!?」
俺がアリーゼの胸の感触を感慨深く述べていると、アリーゼの顔が真っ赤に染まり、腕で自分の胸を隠し、こちらを睨みつけてくる。
「私が真面目に話しているときになに考えているのよ!?レイの変態!」
「なっ、いきなり背中に抱きついてくる痴女に言われたかないわ!」
「誰が痴女よ!私は、その…つい感情が高まっちゃって思わず…」
今になって自分がしたことが少し恥ずかしく思えてきたのか、アリーゼは視線を下に向けてモジモジしている。本当に今日の彼女は彼女らしくない。
「気持ちが昂って男に抱きつくって、やっぱり痴女じゃないですか。やだぁ!」
「〜〜〜ッ!そっちだって私に胸の感触話してる時にだらしなく鼻の下伸ばしてたじゃない!」
「は、はぁ!?別に伸ばしてねぇし!急に来てビックリしてただけだし!大体、アーディならともかく、アリーゼみたいな残念美少女に興奮するわけねぇだろうが!」
「今、言ってはいけないことを口にしたわね!あー、もう完全に頭に来ちゃったわ!あなたみたいな変態は、『正義』の団長たるこの私が成敗してあげる!」
「上等だよ。かかってこいや、スーパー天災痴女団長!」
「痴女って言うな!」
やいのやいのと言い合い、取っ組み合いになりかけたその時。街の広場が不自然に騒がしくなっていることに気づいた。
何事かと思い、二人で駆け寄ってみると──
「あははは!リオン、楽しいね!」
「アーディ、やめましょう!大衆の門前でこんな辱めを...私には耐えられない!」
見覚えのある青髪天然少女と金髪堅物エルフが。片方は楽しそうに笑いながら、もう片方はすごく恥ずかしそうな顔をして、二人で踊っていた。
「...アリーゼ。あいつら何してんだ?」
「...わからないわ...でも」
「あぁ」
「何か、いいな」
「何か、いいわね」
建物は壊れ、露店も無惨な姿を晒している。それなのに、二人の踊りを見ていた周囲の民衆からは自然と笑みがこぼれ、手拍子、足拍子をして、いいぞいいぞと
「く、ははは!」
「ふふ、あははは!」
かくいう俺らもそんなアーディとリューの姿に自然と笑いがこみ上げてくる。
「っ!あ、アリーゼ、レイ!あなた達まで何を笑っているのですか!」
「あっ、二人も来たんだ!どう、一緒に踊らない?」
俺らがいるのに気づいたリューとアーディが各々声をかけてくる。
「悪いな、アーディ。踊るのは遠慮しとくぜ」
「えぇ。今はそれよりリオンの珍しい姿を目に焼き付けさせてもらうわ!」
「そ、そんな...!?」
「あはは!よし、もっと踊ろう、リオン!」
「あ、あぁぁぁ...二人共、覚えておいてください!」
「おお、怖い怖い」
こちらを恨めしそうに見つめるリューが、楽しそうなアーディに連れて行かれ、また踊っているのを俺たちは面白おかしそうに見守る。
「ねぇ、レイ!」
「ん?」
「今度の作戦、絶対成功させましょうね!」
隣のアリーゼがさっきのアーディに負けない笑顔でそう告げる。夕陽が指す彼女の笑顔はいつもより綺麗に見えて、改めてこいつも美少女なんだと感じた。
「あぁ…そうだな」
俺も。今度こそ、この笑顔を失いたくないと、心から思った。