「…………え?」
「うそ…………」
「まさか……………」
「……………『自決』した?」
その場にいた者すべてが、今起きた凄惨な現実を拒絶していた。
「………………レ、イ?」
そして、他の誰よりもアーディは、絶望に打ちひしがれた様子で爆心地の惨状を見つめて立ち尽くしていた。
その事実は、少女たちの心を真っ白に塗り潰すには十分すぎる衝撃だった。
「────ヒャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!見てるかぁ、
静寂を切り裂いたのは、ヴァレッタの心底愉快そうな哄笑だった。
「しかも、そん中でも、とびきり厄介なやつを殺りやがった!ホントは私がこの手でこまぎれにしてやりたかったんだが…まぁ、良しとするぜ」
「うそ、うそよ……あのレイが死ぬはず……」
『心配すんな…俺は強いんだろ?』
アリーゼの脳裏に、作戦前に自分を励ましてくれたレイの不敵な笑顔が蘇る。それが今は、胸を締め付ける毒となって彼女を苛んだ。
「レイが………死んじゃった?…………私の、せいで?」
「ッ!アーディ!しっかりしろ!お前のせいではない!」
自分を庇ったせいでレイが命を落とした。そう自責の泥沼に沈むアーディを、シャクティが必死に呼び戻そうとする。だが、その声は絶望の淵にあるアーディの耳には届かない。
「『正義』の眷属共も、大事な
ヴァレッタが残酷な合図を下した、その時。
「──―主よ。愛する者にどうか、会わせてください…!」
「な、なにを──―!ぐわぁぁぁぁぁ!!」
後方で無力化し、捕らえていた闇派閥の一人が先程の少女と同じように自爆した。それを口火に、施設の至る所で次々と連鎖的な爆発が巻き起こる。
「爆発の衝撃が建物に伝わって──―!まずい!このままで倒壊する!」
シャクティは危険を察知し、虚脱状態のアーディを強引に抱え上げて走り出した。
「アリーゼ!至急この場から離脱する!…おい、アリーゼ!」
いつもなら真っ先に指示を出すはずの団長が、今は現実を受け入れられず、金縛りにあったように動けない。輝夜がその肩を強く掴み、叱咤する。
「団長、しっかりしろ!お前はあいつの...レイの死を無駄にするつもりか!」
「ッ!!...全員、今すぐ戦線を離脱して!」
その悲痛な号令と共に、ライラもまた、動けないリューを抱えて走り出そうとする。
「ま、待ってください、ライラ……あの、あのレイが、いつも前を歩き、悩む私を導いてくれたあの人が…死ぬはず、ありません…」
「……っ!」
「まだ生きているはず、です。だから……!」
「くっ……!」
微かな希望に縋ろうとするリューの叫びを振り切り、ライラは苦虫を潰したような顔をでリューを抱えて離脱する。
「レイッ!レイィィィィィィィィィィ!!!」
悲痛な絶叫を飲み込み、闇派閥の拠点は轟音と共に崩落した。
そして、命からがら脱出した彼女たちが目にしたのは──さらなる地獄だった。
「おい、なんだよこれ...どうなってやがる!」
ライラが驚愕に声を震わせる。
そこには、一面が火の海と化し、黒煙に包まれたオラリオの姿があった。
「ッ!みんな散って!周辺の民間人の救助を最優先に行動して!それと...絶対、死なないで」
アリーゼの絞り出すような指示と共に、【アストレア・ファミリア】は瓦礫と炎の街へと救助に飛び込んでいった。
────────────────────―
アリーゼ達が動き始めた時、都市の南部では、痛みに呻きながら冒険者たちが地に伏していた。
そしてその中心には、静寂を纏ったローブの女が佇んでいた。
「何をしている?」
リヴェリアが鋭い視線で問いかける。女は顔を隠したまま、わずかに首を傾けた。
「忌むべき雑音、だが二度と聞くことのない旋律。それに耳を傾けている。私なりの拝聴にして黙祷だ。いくら煩わしくとも、いざ失われるとなれば惜しむ。それが人だろう?」
「──―貴様の所業は人のそれではない。貴様の足元に広がっているもの、それは何だ?」
「ただの
「──―もういい、消えろ。己の命をもって、その非道を償え、
「!!」
「【吹雪け、三度の厳冬──―我が名はアールヴ】!【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
リヴェリアは詠唱と共に、極大の氷結魔法を放った。並のモンスターなら一瞬で氷像と化すその威力……だが。
「【
女の放った一言で、世界を凍てつかせるはずの魔力は霧散し、一瞬にして『無効化』された。
「くっ、やはり駄目か」
予測はついていたものの、改めて目の前の相手の正体が確実なものとなり、リヴェリアは目の前の絶望的な実力差に歯噛みする。
一方、ローブの女────アルフィアは僅かに驚きを見せた。
「驚いた…まさか私の正体を見抜いていようとは」
「あぁ。最近知り合ったすこし
「もしや...それは...」
アルフィアが何かに思い当たったかのような反応を見せた、その瞬間。
「ウオォォォォォォォ!」
背後からガレスが跳躍し、巨斧を全力で叩きつけようと振り下ろす。
「【
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!?」
だが、その一撃すらも不可視の衝撃波がガレスを吹き飛ばす。それでも、ガレスは何とか受け身を取り、口角の血を拭いながら立ち上がった。
「相変わらずの馬鹿げた魔法の威力...!
そう言うガレスの耳には、質実剛健な彼には不釣り合いな、洗練された「耳飾り」が光っていた。
「魔法の通りが悪い...何か
「急ごしらえでこの効き目。【
ガレスがそう言って豪快に笑う。
「アルフィア、ヘラの眷属たる貴様がこの都市を襲う理由は何だ!」
嘗ては隆盛を極め、都市を守る側であった存在が、今では闇派閥につきこの都市を脅かす存在となっている。その矛盾は一体何か、リヴェリアは問いかける。
「『失望』したからだ」
「なに?」
「私は失望したんだ、この都市に、この世界に。神々の恩恵を授かり、甘い幻想に現を抜かす者が蔓延り、雑音を撒き散らす。そんな神時代は私達が終わらせる」
アルフィアは掌をリヴェリアたちに向け、魔力を凝縮させる。
「「ッ!!」」
「故に果てろ、冒険者」
────────────────────―
レイの死を受け入れられず、彷徨っていたリューだったが、輝夜の一喝によって辛うじて立ち上がっていた。だが、街を駆ける彼女が目にした光景はさらに残酷なものだった。
「............がぁっ」
都市最強である【猛者】がオッタルが、黒い鎧を身に纏った男に屈し、膝をつく。そんな目も当てられない光景が広がっていた。
「...オッタル?おい。ふざけるな。何のつもりだ。寝てるんじゃねぇっ──―オッタル!!何してやがる!さっさと立ちやがれぇぇぇぇぇ!!」
誰よりもその男の強さを知るアレンは、怒号に近い叫びを上げる。だが、【猛者】の瞳には深い敗北の陰が差していた。
「ふふふっ、はははははは...!やったぞ!【猛者】が倒れたぞぉぉぉぉぉぉ!」
「「「うおおおおおおおおお!」」」
「かつての
闇派閥の白髪の男、オリヴァスがそう高らかに宣言すると周りの闇派閥がザルドを讃えるように名前を叫び始めた。
「この程度か...期待しすぎたな」
ザルドが静かに呟いた瞬間、アレンが流星の如き速度で割って入り、オッタルを抱えて戦域を脱した。
「...逃げたか。まぁ、いい」
すると、ザルドのいる場所とは反対の方面から凄まじい
「アルフィアの方も終わったか...ならば俺はあの
自身の背丈にも及ぶ大剣をザルドは担ぎ、そして、悠然と目的の場所へと歩みを進めた。
────────────────────―
その
今にも心が折れ、崩れ去らんとするオラリオの者たちに最後の一撃を見舞うべく、死屍累々たる街中を、彼は我が物顔で闊歩する。
「
その不吉な宣告と同時に、都市の何処かから
ひとーつ。
誰もがその光景に、心臓を掴まれたかのように足を止める。だが、絶望は止まらない。立て続けに、次々と送還の光が弾けていく。
ふたーつ。 みーつ。
「なんだと!?連続で...!」
「馬鹿な...!」
輝夜とシャクティは、信じがたい光景に愕然として声を上げた。
よーつ。 いつーつ。 むーつ。
主神が消えたことで『恩恵』を失い、力なく崩れ落ちる眷属たち。そこへ闇派閥が容赦なく蹂躙し、街の至る所から悲鳴が上がる。それでも、非情なる天への階段は増え続ける。
七つ...八つ...九つ。
『生贄』は揃った。
「神々の『一斉送還』...」
「今日までの闇派閥の襲撃は、神々の居場所を把握するため。無差別と見せかけ、都市全域で事件を起こし、神送還の地点をすべて洗い出していた...!
「こんなことが、できるのは──―!」
「──―聞け、オラリオ」
その声に、ヘルメスやアストレアのみならず、都市に留まるすべての者の魂が震えた。
「──―聞け、
「あれは──―!」
空を仰ぐ者たちが、その姿を認めて戦慄する。
「『約定』は待たず。『誓い』は果たされず。この大地が結びし神時代の契約は、我が一存で握りつぶす。全ては神さえ見通せぬ最高の『未知』──―純然たる混沌を導くがため」
下界を『絶望』させんとするその姿──―
「傲慢?──―結構。暴悪?──―結構。諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそが邪悪にとっての至福。大いに怒り、大いに泣き、大いに我が賛歌を受け入れろ」
子供たちの範疇を遥かに超越した、あまりにも純粋な悪意の体現──―
「──―我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり!」
その名が宣言された瞬間、オラリオは真なる『邪神』の降臨を悟った。
「冒険者は蹂躙された!より強大な力によって!」
気づけば彼の横には最強を下した
「神々は、多くが還った!耳障りな雑音となって!」
その一言一言が、多くの人々を『絶望』へと引きずり込んでいく。
「そして────俺が期待した『英雄』の種は、仲間の盾となり、泥の中で散った!」
その言葉が指すのが、つい先ほどまで【アストレア・ファミリア】と共にいた「彼」であることは、一部の者にはすぐに理解できた。
「貴様等が『巨正』をもって混沌を退けようというのなら!我らもまた『巨悪』をもって秩序を壊す!」
かつてのリューの答えを、嘲笑うかのように神が突きつける。
「告げてやろう。今の貴様らに相応しき言葉を──―
脆き者よ、汝の名は『正義』なり」
そして、その『正義』と相対する彼らの名は──―
「滅べ、オラリオ...我等こそが『絶対悪』!!!」
都市の最強の二大派閥はどちらもたった二人の冒険者に破れ、神無き冒険者は絶望を抱いて地に伏し、オラリオの街は火の海に沈んだ。
「こんな...こんな地獄があっていいはずがっ...!」
眼前を埋め尽くす凄惨な光景に、リューは今度こそ心が折れそうになる。それは彼女だけではない。アリーゼも、輝夜も、そして歴戦の勇士たちでさえも、武器を握る力を失っていた。
燃える街のあちこちから風に乗って聞こえてくる、|闇派閥の嘲笑。
守るべき民は瓦礫の下で声を枯らし、英雄を志した若者たちは泥を舐めて動かない。
破壊、慟哭、恐怖、絶望。オラリオ全域を負の感情が埋め尽くし、誰もがこの冒険都市の終焉を、世界の終わりを確信した。
「(レイ……貴方が命を賭して守ろうとしたものは……これなのですか?)」
リューは膝をつき、絶望に打ちひしがれながら、脳裏に彼の最後を思い浮かべる。
自己犠牲という気高い『正義』すらも、この圧倒的な『邪悪』の前には無意味だったのか。
積み上げてきた努力、交わした約束、守りたかった絆。そのすべてが、たった二人の「かつての怪物」と一柱の「邪神」によって、ゴミのように踏みにじられていく。
リューは、目の前の悲劇を前にして、もうただ俯くことしかできない。
その姿が、都市の破滅を狙う邪神の目に入る。
「……終わったよ。正義を愛する子供たち。君たちの物語に、ハッピーエンドは用意されていない」
エレボスの冷徹な声が、凍てつく風となってオラリオを吹き抜けた。
もはや、叫ぶ声すら上がらない。
ただ、燃え盛る業火の爆ぜる音と、都市がゆっくりと崩落していく断末魔だけが、重苦しい沈黙の中に響いていた。
希望を信じていた者たちの瞳から、最期の光が消え、深い闇がすべてを塗りつぶそうとした。
……その時。
カチッ、と。
何かが、噛み合った音がした。
「……? なんだ、この
邪神の傍に佇むザルドが、いぶかしげに眉を寄せた。
炎上する街を、熱波とは異なる「異質な風」が吹き抜ける。
それは破壊の熱ではなく、魂の芯を直接叩くような、清冽で苛烈な生命の胎動。
そして────
崩れゆくオラリオの街の一角より、神の光の如き光が突き上がった。
「ッ!?今度は何...?」
「また、神の送還!?」
「いや、あれは...」
「
天を衝くそれは、冷徹な神の光などではない。猛々しく、それでいて静謐に燃え上がる
すべてが終わり、灰に帰そうとしていた戦場に打ち上がったその炎に、民も、冒険者も、『正義』も……そして『悪』でさえも、一瞬、呼吸を忘れて目を奪われた。
後の人々は、この炎をこう語り継ぐ。
都市を蘇らせた────『生命の聖火』と