無数のモンスターの残骸と魔石が転がる戦場。その中心で二つの影が激しく交錯し、接触するたびに火花を散らす。
片や、青と赤の光を纏う人型の化身を両脇に従え、両手に持った刀剣で怒涛の連撃を繰り出す。
その猛攻を全身に浴びながらもお構いなしに、目の前の
男が怪物の巨躯を十字に切り裂き、一気に間合いを取ると、背後の化身たちが連動して魔法を放つ。
対する怪物は、目の前から飛んでくる魔法を食らいながらも、そのままなりふり構わず突っ込んでいき、男の体を蹴り飛ばす。
ぶつかり、交錯し、武器を振るって打ち合うたびに、互いの体には新たな裂傷が増えていく。それでも両者は止まらない。目の前の好敵手を屠るため、己のすべてを削り、出し尽くす。
「ハァァァァァァァァァァァ!!!!」
「ガアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
互いの全身全霊が正面から衝突した。衝撃波によって周囲の木々は根こそぎ吹き飛び、天を覆っていた分厚い黒雲すらも霧散させる。
自身の最強を以てしてもなお倒れぬ相手に対し、男も、そしてモンスターですらも……その口元には笑みが浮かんでいた。
無数に刻まれた傷口から激しく血飛沫を撒き散らしながら、両者はただ無心に剣を振り続ける。
そして──ついに男の刃が怪物の首を跳ね飛ばした。
膝を突き、首から噴き出す鮮血を浴びながら、男は勝利の雄叫びを上げる。
雲の切れ間から差し込む一筋の陽光は、まるで血塗られた勝者を祝福しているかのようだった。
────────────────────
「.....知らない天井だ」
目を覚ました俺は、いつもの自室とは違う見知らぬ天井を仰ぎ、そう呟いた。
「あの後、誰かが運んでくれたのか...?」
ベッドの上で身体を強張らせながらも大きく伸びをすると、周囲の様子を窺う。
ここどこだ?見たところどっかの施設っぽいな。それに何か包帯巻いてくれてるし、ありがたやありがたや。
そういえば、俺の甚兵衛がないな…ボロボロだったし、捨てられちゃったか?割とお気に入りだったんだが仕方ねえか。そういえば輝夜に選んでもらった奴あったし、これからはそれを着ることにしよう。
自分がこれから半裸で過ごさなくて済むことに一安心していると、控えめなノックの音と共に扉が開いた。
「失礼しまーす……あ!レイ、起きてる!」
「あれ、アーディじゃん。なんでいるん」
「何でって、だってここ、【ガネーシャ・ファミリア】のホームだもん」
ああ、なるほど。もしかして、アーディが運んでくれた感じか....え、違う?運んだのはお姉ちゃん?あぁ…そういえば、あそこで俺が戦ってたのってシャクティとガレスさんだけか。そこで直ぐに運ぶってなったらより足の早いシャクティの方がいいもんな。
「あとで感謝しないとな」
「そうだよっ、お姉ちゃん運んできた時もすごい必死だったんだから。私だって傷だらけのレイ見た時、心臓止まりそうになったもんっ!」
「悪い悪い、もう傷は癒えたから心配ご無用!」
俺は包帯の巻かれた胸を軽く叩き、身体の無事をアピールする。
「はぁ……。私はレイにもっと自分の体を大切にしてほしいけど、そう言ってもレイはきっとまた無茶するんだよね」
「……」
「そして、多分それは自分だけのためじゃなくて、私たちのために。……なら、私も決めた。レイが大切に想う人たちがいるこの都市を、全力で守るために精一杯頑張る」
アーディは俺のそばに歩み寄ると、俺の手を両手で優しく包み込んだ。
「だから、レイもどんな事があっても、必ずここに帰ってきて、それだけは約束してほしい」
「......分かった。たとえ傷だらけになって、血だらけになって、フラフラになっても必ず帰ってくる。絶対約束するよ」
「そっか....なら安心したっ!でも血塗れは嫌かな、汚いし臭そうだもん」
「えぇ?必死に帰ってきたであろう男にそんな殺生な...!」
「えー、だってさー」
さっきまで暗い表情をしていたアーディに笑顔が戻り、俺も胸を撫で下ろす。そんな風に言葉を交わしていると、再び扉が開いてシャクティが入ってきた。彼女は妹のアーディに一度席を外すよう促し、アーディは俺の手を離してドアへと向かう。彼女は最後に俺に手を振ってから、静かに部屋を出て行った。
「──―よし。レイ、さっきはお前のお陰で助かった。感謝する」
「あ、ちょっと頭下げないでくれって、大体
「しかし...」
「じゃあ、俺をここまで運んでくれたので、お互いお相子ってことで、だから、ほら、頭上げてくれ」
「....お前がそう言うのなら」
シャクティはどこか渋々といった様子で頭を上げた。
「んで、わざわざアーディを追い出したってことは何か二人きりで話したいことがあんだろ?はっ!もしかして愛の告は────」
「違う。お前に聞いておきたいことがあってな」
食い気味に否定された。……悲しくなんてないからな!
さて…
「────シャクティが聞きたいのは、俺の『魔法』についてだろ?」
「!!....あぁ。あの蒼炎にお前が纏っていた紅い雷。お前は
「まぁね....俺も聞いておきたいんだけどさ。この魔法のこと、他の誰かに言っちゃった?」
「いや、私以外は誰も知らん」
「なら、『魔法』については黙っといてくんない?」
アーディくらいになら言ってもいいけどさ、と付け足すと、シャクティは短く了承した。そもそも他派閥の『魔法』を詮索せず、公言もしないのは冒険者の暗黙の了解らしい。それなら安心だ。
「....レイ、もう一つ聞いておきたいのだが」
「ん?」
「お前は、なぜそこまで体を張っている?」
シャクティはベッドに腰かける俺を真っ直ぐに見据えた。
「アリーゼたちから聞いた。お前は都市外のファミリアに所属しており、【アストレア・ファミリア】には仮に身を置いているだけだと。そんなお前が、この都市のために命を懸ける理由は何なんだ?」
わざわざ命を懸ける理由…か。
「────自分の手の届く限り、大切なものは全部助ける。そう親友に誓った」
「!!」
「ここに来てから割と沢山の大切な人ができた。だから、その人達が暮らすこの都市を護るってだけ。単純だろ?」
「....そうか」
シャクティは、どこか優しげな微笑を浮かべた。
「──―あ、そうだ。治療してもらって言うのも何だけどさ、ガレスさんの方にも『魔法』についての情報とか広めないでほしいこととか伝えといてくれない?」
「それは構わんが……自分で行かないのか?」
「ちょっと、その
「?……まぁ、分かった。ガレスには私から伝えておく」
「なにからなにまで悪いな」
「気にするな。後でその分、たっぷり労働してもらうぞ」
「ははっ、お手柔らかに頼むぜ。……じゃあ、行くか」
俺がベッドから起き上がり、出かける準備をしようとすると、シャクティが怪訝な顔でこちらを見ている。
「....その格好で行く気か?」
あ、そういえば服ないんだった。……なんか貸してくんない?
苦笑いでそう頼む俺に、シャクティは頭を抱えて大きなため息を吐いた。
────────────────────―
その後、シャクティからファミリアの予備の制服を借り、俺は【ガネーシャ・ファミリア】のホームを後にして街へ出た。気絶してから一晩中寝ていたようで、オラリオの空は既に夕闇に染まり始めている。
「さて、確かここだったよな。すいませーん」
俺が呼びかけると、奥から上半身を晒した貫禄のある老人が現れた。
「....お前か、小僧。入れ」
「おお、いいっすねぇ」
「
「もちろん、分かってるって!」
ゴブニュ様が作業場を後にするのを見届け、俺は椅子に腰を下ろす。
「よしっ。始めるか」
────────────────────―
「かぁ〜〜!旨ぇ!!久しぶりの酒は格別だぜ...!」
目の前の中年の冒険者はジョッキに入った酒を一気に飲み干すと、満面の笑みでそう叫ぶ。この人は前に財布を盗んだところをアーディのおかげで見逃してもらって、そこから色々あって反省したのか、昨日の闇派閥との戦闘の際には駆けつけて、制圧に協力してくれていた。
「しかし、一度魔法をまともに食らっていたにも関わらず、軽症で済んでよかったですね」
「ふっ、何のためにいつも鎧を身に着けてると思ってんだ!冒険者の防具様々だぜ!」
「....スリで日々を凌いでいた者が、上級冒険者の鎧など購入出来る筈がない。まさか、それも盗品ですか?」
「うっ...!?か、返す、返すって。ちゃんと修理してから謝りに行くからよ....!」
「....分かりました。償いをすると言うなら、私は貴方を裁かない」
そう言って、少しため息をつくリオンに彼は何度か頭を下げ、「これからは、真っ当に生きてみる」と言い残して別のところに行ってしまった。
「.....何ですか、アリーゼ。そのニヤついた顔は....」
「リオンも成長してるみたいで、嬉しいだけよ。前は悪いことをしたなら然るべき報いを、って言ってたから」
「『赦すこと』も必要だと
そう言うリオンは今まで張り詰めていた様子が解けて、余裕ができたように見えて安心した。
「──―リ〜オ〜ン!!」
「なっ!アーディ、急に抱きつくのは止めてください」
「えへへ〜。気にしない気にしないー。それより二人共今何の話してたの?」
背中から抱きついてきたアーディに驚き、恥ずかしそうにするリオンを半ば無視してアーディが尋ねる。
「今はね、リオンがアーディのことが大好きだって、話してたのよっ!」
「なっ。私はそんな事──―」
「そうなの!?私も大好きだよ、リオン!!」
さらに強く抱きしめるアーディに便乗し、私もリオンに近づいてその白い肌に頬ずりをする。
「ひゃっ!あ、アリーゼ、貴女まで...!だ、誰か....!はっ、レイ!」
リオンが助けを求めるように周囲を見回すと、入口付近に見覚えのある青年が立っていた。気づいたレイが、こちらへ近づいてくる。
「おう、リュー達もいたのか──―って、どういう状況?」
「とりあえず助けてくださいっ!」
「えぇ...寧ろ俺も混ざりたいんだが」
「蹴り飛ばしますよ?!!」
「すいません」
手をワキワキさせながら近寄ろうとしていたレイはリオンの一喝で即座に下がり、綺麗に頭を下げる。その様子に私とアーディも苦笑してリオンから離れる。
改めてレイに怪我の具合を尋ね、心配いらないという答えを聞いて胸を撫で下ろす。それから飲食を交えつつ、なぜ【ガネーシャ・ファミリア】の服を着ているのかといった他愛ない話をしていたが、ふとリューが改まった様子でレイを呼んだ。
「どした?」
「──―私は貴方のお陰で前に進むことが出来た。ありがとうございます」
「いやいや、俺なんてもう少し頭柔らかくして考えてみろって言っただけだよ。立ち直れたのはリュー自身の力だろ」
「....そうかもしれません。ですがあの時の私では恐らくすぐに変わることは難しかったでしょう。あなたの言葉があったからこそ、もう一度前を向く勇気と、
「それなら、私からも....ありがとね、レイ!」
「そっか....なら有り難く受け取っておこうかな....おめでとう、二人共」
「はい....!」 「ええ....!」
私達はそう言って笑い合う。アーディが何のことか聞いてくるけど、これはアストレア様とこの三人だけの秘密。『弱い』私をさらけ出せる私達だけの....アーディでも、これだけは内緒。アーディの拗ねた姿が可愛いからって、くれぐれも教えちゃ駄目よ、レイ?
「ふふっ。あっ、ところでさっきから気になってたんだけど、それ何かしら?」
私はレイの背負っている麻布に包まれたものを指差して聞いてみる。
「これ?ある人へのお礼のための贈り物だよ。何なのかはちょっと内緒だ」
「......その人って男の人?女の人?」
「え?男だけど」
「ふーん....」
それを聞いて私は密かにホッとする。
いや、レイが誰に何をあげようと別に構わないのよ?ただちょっと、ほんの少し気になっただけだからっ。
「あっ、そういえば....」
レイは何かを思い出したように、おもむろにポケットを探り始めた。
「お、あったあった。アリーゼ、手ぇ出してくれ」
「え?」
唐突な言葉に首を傾げつつ、両掌をレイに向ける。すると、そこには綺麗な白い布に包まれたものが置かれた。丁寧に包みを解いてみると……。
「これは....」
それは細く黒い糸に小さな
「こっち作ってる時に、ちょっと閃いたから作ったやつなんだよ。アリーゼって炎の魔法使うだろ?こいつはその威力を少し底上げてくれる」
さらっと言っているけれど…それって……。
「まさか、これは『
「いや違う違う、そんなのもってないわ。これはちょっとした
いや、【神秘】のアビリティなしで、何らかの効果のあるものを作れること自体おかしいのだけれど……やっぱりレイって普通じゃないわね。
「で、どう?気に入ってもらえた?」
「ええ。すごい綺麗……レイ、その…つけてもらってもいい?」
「おう、いいぜ」
一度ペンダントをレイに返すと、彼は留め具を外し、私の首元に手を回す。レイの顔がかなり近くまで迫り、思わず目を閉じて顔をそらす。緊張しながら、終わるのをじっと待った。
「──―よしっ。つけれたぞ」
「あ、ありがとね....どうかしら?ま、まぁ、完璧美少女の私に似合わないものなんてないけどねっ!」
「──―そうだな、アリーゼの髪の色と合って本当によく似合ってる。作ってよかったわ」
平静を装って振る舞う私に、レイは優しく微笑んでそう言った。その途端、顔が熱くなるのを感じて、見られないように瞬時に顔を背ける。
……あ〜もうっ!何でいつもはヘラヘラしてる癖に、こういう時に限ってそんな優しい言葉を掛けてくるのよっ!本当に心臓に悪いわ……。
「む〜〜〜!」
「ちょ、痛い痛いっ、何アーディ。え、アリーゼにしかないのって?いやぁ....ちょっと閃いたから作っただけで……。ずるいって言われましても…。あ、そうだ!今度デートいこうぜ!その時にアーディの好きなもん買ってやっ────痛って?!!今度はアリーゼかよ!?」
この男は本当に....!ちょっとかっこいい思ったら、すぐっ....!
「どうした、あれか?ひょっとして照れ隠しかな?もしそうなら、力が照れ隠しの域を超えてるから、もう少し加減したほうが良いよ!?ちょ、待って、まじで痛いっ。お、おーい!リューさんっ!ちょっとこの二人止めてくれ!?」
「すみませんがお断りします。先程は私が見捨てられましたし、貴方は一度痛い目を見ておいた方がよろしいかと....」
「え゛!?」
助けを求めたリューも不機嫌そうに目を逸らしたため、その後、輝夜が来てレイが泣きつくまでその騒ぎは続いた。ちなみに輝夜も話を聞くやいなや、「自業自得だ」と呆れた目で見ていた。
そこからは今後の計画や準備について少し話し合ってから、全員ホームに戻った。
────────────────────
「はぁ....」
私は自分の部屋のベッドに装備を脱いで仰向けに倒れ込む。そして、自分の胸元にあるペンダントを掲げて、その赤い宝石を覗き込み、さっき帰る時にレイが言っていたことを思い出す。
『よく考えたら....俺、自分で何か作って女性に渡したの初めてだな』
「.................えへへ」
その宝石の中には、だらしなくニヤけている自分の顔が映り込んでいた。
キャラ崩壊かも?一応付けておこうかな....