「....ハァッ!」
あの騒がしくも温かな宴の夜が明け、次の日の朝。
俺は輝夜と一緒に選んだ新しい服に身を包み、シャクティに借りていた服を返却し終えると、今はホームの庭で一人、木刀を手に素振りに耽っていた。
「....ッ!....!!....シッ!」
両腕に力を込め、垂直に振り下ろす。そこから間髪入れずに後ろへ一歩踏み出し、反転しながらの斬り上げ。流れるような動作で斜め上下への鋭い三連撃を叩き込む。最後に刀の峰に左手を添えて正眼に構え、爆ぜるような踏み込みと共に放たれた突きの風圧に、周囲の落ち葉が舞い散る。
「フゥ....で、二人共何か用?」
「────気づいてたのかよ」
俺が声をかけると、建物の影からライラと輝夜が姿を現した。
「そんな『わぁ、かっこいい!!』みたいな視線向けられてたらね....!」
「妄言も大概にしろ。斬り殺すぞ?」
「毎回斬ろうとするじゃん、怖えよ。というか二人っていっつも一緒にいない?仲良し?」
「「仲良しなんかじゃない。ただの
「その割には息ピッタリだけど」
「誰がこんな珍竹林と…」「誰がこんな性悪女と…」
「「あ゛?」」
ぷっ、あはははは! この二人、やっぱり最高に仲良しじゃないか。
「おいレイ、何笑ってんだ……ったく、少し出るからとっとと支度しろ」
「何かあったのか?」
「フィンの奴が全ファミリア至急、
「────おそらく『最後の戦い』がやって来たのだろう」
『最後の戦い』か....
「了解。ちょっと刀取ってくるから外で待ってて」
二人に断りを入れ、自室へと戻る。ベッドの横に立て掛けてある愛刀を腰に帯び、そして──。
「ちょうどいい。…
先日、ゴブニュ様の工房で作り上げた「ある物」を背負い、俺は玄関へと向かった。
「待たせてごめんな、二人共。行こうか」
二人と共に中央広場に向けて歩き出す。アリーゼたちは今ここにはいないが、都市中に伝令が回っているなら、現地で合流できるはずだ。
「────お前には感謝するぞ、レイ」
ふと、横を歩いていた輝夜が静かに口を開いた。
「どうした、藪から棒に」
「……あの時、お前が来なければ、私とライラはどうなっていたか分からん。それに対して、改めて礼を言おうと思ってな」
「全くだ。正直あの女と対面したとき、マジで終わったって思ったぜ。ありがとな」
「そりゃどういたしまして」
冗談めかして肩を竦めるライラに、俺も軽く笑って返す。
まあ、二人ならなんだかんだで生き延びる気もするが……特にライラは意地でも逃げ延びそうだ。それに…。
「次こそは必ず、涼しい顔したあの女の喉笛を掻き切ってやる……!」
こっちもこっちで執念が凄いし、いや本当に、とてもうら若き乙女がしていい顔じゃないが……。
「にしても、流石は『英雄様』。あの化物と戦り合って五体満足で返ってくるとはねぇ」
「だが、お前はあの後ザルドともやって気絶していたそうではないか。そうやって自分の身を傷つけるのを厭わず誰彼構わず救っていては貴様の身が持たんぞ?」
「安心しろって。俺が身を粉にするのは、輝夜やライラみたいな、俺の大好きで大切な人たちの前だけだよ」
俺の目指す英雄は、不特定多数の『百』を救う英雄じゃない。
手の届く範囲にいる、特別な『十』を護り切るための力だ。
俺がそう告げると、突然二人が黙り込み、ぷいっと顔を背けた。
「どしたの」
「……貴様よくそんな恥ずかしいこと平然と言えるな…」
「え、大切な人を大切って言うことの何が恥ずかしいんだよ」
「〜〜〜〜〜ッ!さ、さっさと行くぞ!」
「そ、そうだな」
「??」
足早に歩き出す二人に首を傾げながら、俺はその背中を追った。
────────────────────
「いや、本当に全ファミリアいるのか、すげえな」
中央広場に到着すると、そこにはオラリオ中の冒険者が集結していた。誰もがこの招集の意味を理解し、表情には隠しきれない緊張が滲んでいる。
合流したアリーゼたち【アストレア・ファミリア】のメンバーと言葉を交わしていると、壇上に一人上がった。
「────聞いてくれ」
壇上に上がった者────フィンさんの一言で、ざわついていた一同は瞬時に静まり返り、彼を注視する。
「敵の『真の狙い』が明らかになった。大抗争────最初の夜の戦いから今に至るまで......全ては『前準備』に過ぎなかった」
「「は?」」
衝撃の告白に、広場に動揺が走る。
「真の目的は、ダンジョン内における
まじか……。昨日から地下深くから感じていた、あの不気味な気配の正体はそれか。
「待てっ、
「召喚の方法については省略させてもらう。だが、既に偵察部隊がダンジョン内で『目標』を発見した。本日の正午時点で『目標』の位置は24階層。
「「「────っ!?」」」
「偵察隊の報告に寄れば、『目標』は超大型。その進撃速度と破壊規模を鑑みて────────
ギルドは『目標』の
その言葉に、冒険者たちが騒ぎ始める。
神を餌に、階層の隔たりさえぶち破って怪物を登らせる。地上に引きずり出された『大最悪』によって、都市の象徴である『バベル』を崩壊させる……それが奴らの狙いか。
「にしても『迷宮の孤王』って、前やったゴライアスみたいな特定の階層にだけいる主みたいなやつか」
「ああ……。ん?おい、レイ。お前いつゴライアスなんか討伐しやがった?」
あっ、やべ。内緒にしてたの忘れてた。
「い、いやぁ、ちょっといろいろありましてぇ……」
「……まぁ、今はいい。ただ、今回のは同じ階層主でも『深層』で生まれたやつだ。脅威はゴライアスなんかとは比にならねぇだろうよ」
「それはまた…。おっかないな」
「ああ────
どうすんだよ、敵にはザルドとアルフィアもいる!連中だけでもヤベェっていうのに、
いつも冷静なライラが、珍しく全員の不安を煽るように野次を飛ばす。そんなライラをリューは諌めようとするが────
「いーんだよ、これで」
「え?」
「今、冒険者の前に立っているのは誰だと思ってんだ?アタシ達一族の希望だぞ?」
不敵に笑うライラの視線の先には悠然と目を閉じ、泰然自若と佇むフィンさんの姿。
「────迎え撃つ」
迷いのない、鋼のような宣言。
「「「!!」」」
「これより、戦力を二分。闇派閥の総攻撃に対する迎撃部隊、そして『大最悪』を打ち倒す討伐部隊とで分かれる。前者はほぼ全ての【ファミリア】による派閥連合。後者は選りすぐり少数精鋭。闇派閥と『大最悪』、どちらも『バベル』陥落が目標と予想される中、敵の『挟撃』を受け止め、これを殲滅する」
簡単に言ってくれるが、これは単純な挟み撃ちとは次元が違う。地上で行われる「前後」の攻撃ではなく、深淵と地上からの「上下」の猛攻。大地という境界を隔てている以上、相互の救援は不可能に近い。どちらか一方が崩れればオラリオは終わる。
そんなことが出来るのか、と一同に疑念が広がる中、フィンさんは力強く言い放った。
「あえて断言しよう。
「「「!!」」」
「より正確に言うのなら、
【勇者】である彼は、決して臆さない。
「オラリオを置いて、どこの誰に任せる?オラリオが制さずして、誰が成し遂げる?僕たちならば、僅かに過ぎずとも勝機はある。いや、僅かだろうと必ずや、その勝機を手繰り寄せる」
凛とした彼の姿に、周囲の人間は釘付けになる。
「そして、もう一つ、あえて問わせてもらおう。
────────君たちは負けたままで終われるのか?」
その言葉に、ある『
ある『
「自覚しろ!ここにいる者達、全てが『敗者』だ!
あの夜にむざむざと敗れた負け犬共!隣を見ろ!そこに友はいるか!
いないというのなら、誰が死した者達の無念を晴らす!?一体誰が、怒りと悲しみに燃える君たちの雪辱を晴らす!?」
そこにいる全ての者に嘗て刻まれた『敗北』の記憶が今呼び起こされる....!
「────僕達だ!!絶望の連鎖を断ち切り、喪失の悲鳴を食い止め、この手をもって決着をつける!あの地獄の再来を二度と許すな!」
「「「ッッッ!!」」」
「僕達は敗北の味を知った!ならば屈辱の泥こそ糧とし、今度こそ奴等に勝ちに行く!
意地を見せろよ、冒険者!誰よりもしぶとく、何よりも生き汚い無法者達!真の勝者は
あの日、友を、愛する者を、主神を、プライドを、力を、そして、『勇気』を失った者達、その思いの全てを蘇らせる。
「ここは、『英雄』が生まれる約束の地!そして、冒険者の都だ!!」
瞬間、中央広場を埋め尽くす全冒険者が、天を衝くような雄叫びを上げた。
「士気が......爆発した」
「だから、言っただろ。これでいいんだって」
ライラは何処か自慢気に笑ってみせる。
「フィンは最低の
あいつの言葉は私達を奮わせて、『勇気』を分けてくれるんだ。だからフィンは一族の『希望』なんだ」
いやぁ…やり口まで『ディム』にそっくりだなぁ。口車が上手くてずる賢くて…そして、誰よりも勇気というものを知っている。
「それに、お前達には『英雄』がついている」
………ん? なんか嫌な予感が。
「覚えているだろう、超常の加護を以て『絶対悪』に対して真っ先に立ち上がった彼を。彼のあの姿に、あの言葉に、お前たちの『勇気』を示してみせろ! そうすれば、彼も僕たちにその力を示してくれるはずだ!」
すると、フィンさんの視線が一瞬俺に向けられ、これ以上ないほど爽やかな笑みを向けられた。
こ、この人……!俺を士気を上げるためのダシに使いやがった!というか、この人知ってんのかよ。
ふとガレスさんの方を見ると、俺の視線に気づいた彼は「すまん」と言わんばかりに手を合わせていた。思わずため息が出る。
「────これは『英雄達の前哨戦』に過ぎない!世界の最果てで待つ『真の終末』での肩慣らしだ!
黒竜に破れた
「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」」」
ふぅ……。そういうとこまで似てるってわけね?まぁ、その方が
俺はアリーゼたちに少し席を外すと断り、喧騒の渦巻く広場を背に一人、ある人物のもとへと足を向けた。
────────────────────
「フィンさん、アンタねぇ…」
「ごめんごめん。ああやった方が全員の士気が上がるだろう?僕は元来なりふり構わずやるタチでね」
「うん、何となく分かります」
騒ぎの後、俺はギルド内の会議室を借りて、フィンさんたち【ロキ・ファミリア】の幹部と対面していた。
「すまんな、小僧。ここにいる奴等にはもう話してしまってのう」
「いいですよ、別に。貴方達三人ならあんまり口外しないでしょうし、さっきもわざわざ俺の名前は伏せてたし。俺の用はそこじゃないんで」
俺は麻布に包んで背負ってきたものを、テーブルの上に置いた。
「これは?」
「一応、黙っといてくれたお礼ですよ」
フィンが布を剥ぎ、中身を露わにする。
「!!これは……」
「使うタイミングは貴方に任せますよ」
そこに置かれていたのは、紅い刀身に長い柄、そして蒼い模様が螺旋状に疾走る────一本の
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