春休み色々やっていたせいで、登校が遅れました。申し訳ないです…
「……やっぱり…届かねぇか…」
血の混じった唾を吐き捨て、俺は自嘲気味に呟いた。
分かっていた。実力差なんて、刃を交える前から嫌というほど理解していたはずだ。
だが、いざ実際に──今の俺に出せる全力の一撃を叩き込んでなお、微塵も揺るがぬその背中を目の当たりにすると、どうにもやるせないというかなんというか…。
ひび割れた岩壁にボロボロの背を預けたまま、俺は天を仰いだ。
視線の先に映るのは、階層の天井を覆い尽くす巨大な水晶。それは階層の惨状を映し出す鏡のように、周囲で燃え盛る業火に合わせて不気味に赤く揺らめいている。
「はぁぁぁぁ……。ほんとに嫌になるねぇ、あんたら化け物過ぎだろ」
重い呼吸を吐き出し、今一度、正面へと目をやる。
そこには未だにまともな手傷も負っていない、オラリオ史上最強の二人が並び立っていた。それどころか、片方はともかく、もう片方に至っては、俺の渾身の一撃をまともに受けてなお、五体満足で悠然と立っている。
「ザルド…あんた頑丈過ぎない?俺、文字通り全力でぶっ放したんだけど…」
ほぼ騙し討ちのような形で、防御も間に合わぬまま、クリーンヒットしたはずなんだがなぁ……。
「あぁ、確かにいい一撃だった。単発の威力だけならば、あの糞餓鬼の黄金の一撃をも上回っていた。おそらく、この都市に来た時の毒に蝕まれたままの俺であれば、今ので終わっていてもおかしくなかった…だが────」
「俺のせいで、何故か絶好調なアンタには届かなかった、か。いやぁ、有能すぎる自分の力が今回ばかりは憎いねぇ」
……ただ、それだけじゃねえ。
元からある単純なステイタスの差に加えて、最後の決着を急いだ故の焦燥…。一度見たはずの
「結局の所、俺もまだまだ未熟ってことね…」
こうして会話している間にも、超常的な回復力が俺の身体を無理やり繋ぎ止め、また動けるように傷を塞いでいく。
「ならば、未熟な貴様はどうする…少ししたら傷も治るだろう。まだ抗うか?」
「……そうだねぇ…」
「都市を守る『英雄』としてまだ立ち向かうというのなら…俺たちは何度でもお前への試練として、立ちはだかってやる」
えぇ…まだやんのぉ?もう俺結構ボロボロなんだけどなぁ。
愛用してた刀は折れるし、これ結構気に入ってたんだぞ?
今回戦ってみて分かったが、今の俺には魔法による強化の恩恵が少ないみたいだし。
原因は分かってる。俺の肉体が【零牙】の頃のものと遜色がなくなってきたからだ。
そもそも、俺の魔法自体が、あくまでかつての
そして、今の俺は、素の肉体ステイタスだけで言えば、かつての自分とほとんど差がない。
魂の強さに追いつくように、肉体の
ここまでの戦いで肉体という「器」が成長し、魂が今の身体に馴染んでしまい、器が追い付いた分、魔法を使った際の上昇幅は以前と比べれば微々たるものになっている。
要するに、俺の今の実力は英雄【零牙】と、遜色ない。
ていうか、こうやって戦闘の勘を取り戻してきたからこそ、魔法の使用回数に制限がかかり始めたんだろうな。
つまるところ、魔法を使わずとも、さっきまでの動きを再現するのは今の俺なら可能だ。……ただ、それじゃ意味がない。
俺はさっき、骨身に刻まれるほど理解させられた。
今の俺ができる最大限の力を、文字通り命を削ってぶつけた。────それでも、奴らは倒れなかった。
仮にあの動きを常に維持できたとしても…この二人には、今の俺では……英雄【零牙】という枠の中にいる限り、絶対に届かない。
それを俺は、さっきの攻防の中で嫌というほど理解してしまった。
本当に…ままならないな。
「だが…もし、お前がここで終わるのならば、俺たちも諦めよう」
「そして、私達が手ずから、この都市を終焉へと導いてやる」
うわぁ…容赦ねぇな、この人たち。俺、結構頑張ったんだぞ?
あの【猛者】さんやフィンさんたちも恐れ慄く存在の二人を、一人でここまで相手取ったんだ。その頑張りに免じて、オラリオ崩壊を止めてくれたりしないのかよ。
「…まずは手始めに、あの五月蠅い娘どもから葬るとしよう」
「お前はそこで見ておけ。お前が自身が大切にする者達が、目の前で息絶える瞬間を…」
………それは嫌だなぁ…。
けど、今の俺が何を言ったところで、この人たちは止まらない。
この人たちに勝たないと、この悪夢は終わらない。
けど、今の俺じゃ、どう転んでもこの人たちには到底勝てない。
俺の全力の一撃すら余裕で耐える豪傑に…
俺の必死の猛攻も涼しい顔して受け流してくる女傑…
大事な刀も砕けて、魔法も失っちまって…残っているのは回復力だけが売りのボロボロの身体だけ。
今の俺にできることはなんだ。
仲間が殺されるのを、特等席で眺めることか?
それとも、最後に自分が無惨に散るのを待つだけか?
「お前という存在を最期に、神時代は終わり…英雄の時代を始めてやろう」
こんな俺にできることなんて……もうない。
『────じゃあ、ここで諦めるかい?』
「────なぁ、あんたらの目的は時代を逆行させることだったんだよな」
「…?そうだが…」
あ゛ぁ…まだ魔法の衝撃が抜けきってねぇ…平衡感覚がおかしくなって立ち上がるのもしんどいなぁ。
「アンタらが勝てなかった『黒竜』…こいつはいつか倒さなきゃならない。でも、今の腑抜けたオラリオじゃあ逆立ちしたって敵わない。だから、一度都市を崩壊させ、かつての古代のような絶望に満ちた世の中へ戻そうとしている」
「ああ」
「そして、そんな暗く、深い闇を照らす光と成る、嘗ての『英雄』のような存在の回帰を望んでいるわけだ」
だから、俺が「それ」になれるのかを確かめるために、今、目の前に立ちふさがっている。
「確かにびっくりするほどかっこいいもんな、
化け物共に蹂躙されてしまった
魔物に追われ生き残った部族のためにその牙を振るった、一騎当千の
妹と愛する
己が命を賭して最果てのまでの道を勇槍の如く駆け抜けた、誇り高き
そして、弱者でありながら、あまりに不相応な大願を掲げ、幾多の思惑に翻弄されながらも、それでも愚者を貫き、最後まで笑顔を絶やさなかった────愚かな
その誰もが、崇高であり…偉大であり…尊くあり…あまりにも眩い『光』を放つ『英雄』だ。
「その栄光に目を奪われ、彼等の再誕を望むのは無理もない。俺だってつい最近までそうだったんだから…」
どんな絶望的状況でも、笑っているアイツの
だから、縋った。
アイツの代わりに未来を託されたのだから、そいつと同じように笑顔を与える存在になりたくて、自分が憧れたその人自身に成り代わろうした。
それが一番、親友の希望を叶える最適な方法だと信じていた…ただ、本当はそれだけが理由じゃない。
俺自身が────
俺が憧れた彼ならば、俺なんかよりも余程、強い『光』になれると。
確かに、今の世界に彼らが戻ってきたならば、かつてと
「──────でも、それじゃだめなんだよ」
「……なに?」
「それでは、前と変わらない。かつてのような、地上に怪物達が蠢く地獄を再現しても、現れるのは世界に希望を…
「「……!」」
「完全に崩壊した都市を、再び蘇らせる『再帰』の英雄……それは世界に蔓延る根本的な闇を晴らす存在にはなり得ない」
「……それでも、今の平和ボケした連中よりは随分とマシな存在だろう」
「ははっ、そうかもな」
あいつらのような英雄が生まれれば、それはさぞかし輝かしい光になるだろうよ。
「でもな……
彼らが望むのは────。
「自分達の築いた道に続き…遺志を受け継いで…そして──────自分達を超えてくれる『英雄』だ」
「「────────」」
彼らの願いはいつだってそうだ。
仮に自分自身がこの世界を救う存在になれなくても、少しでも誰かを救う存在になろうとする。
そして、その姿に救われた誰かが、『
「最初は吹いて飛んでしまうような種火でも、それを見た誰かがその火に風を送ってくれたり、薪をくべてくれたり、そうしてまた一人、また一人と…果てしない年月を費やした先に、最初とは比べるまでもない程、力強く燃え盛る大火とならんことを。それを胸に彼らは必死に戦ってきた」
いつだって自分の意志を誰かが継いでくれることを切に願い、そして自分なんか超えてしまえるような存在になってくれと彼らは魂で叫び続けてきたんだ。
「だが…あんたらのやろうとしているのは、その火を一度消してしまうことに他ならない。必死になって紡いできた希望を溝に捨てる行為だ」
「……だが、その絶望の果てに、神時代も、そして古代の英雄すらも…その何者をも超えた『英雄』が現れるかもしれない。今のように平穏に塗れた世界よりは余程その方が、希望が見える」
「可能性云々を言われると、正直あんま言い返せないんだが…」
実際、英雄達は絶望を越えた先に誕生してきたわけのは確かだからな。
「……ただ悪いけど、俺としては今まであいつらが命を賭して紡いできた希望も、やっと生まれた平穏も。その全てが他ならぬ人の手によって無に帰っちまうことが……我慢ならないんだよ」
あいつらが必死に紡いだ大切なモンを、他人が壊す。それがどうにも、許すことができないだけなんだ。
「長々と高説を垂れた挙句に、最後の最後でそれか……。お前のそれは、大事な玩具を壊されることに腹を立てる餓鬼と大差ないな」
「悪いな、子どもっぽくて。……でも、そんな子供のちっぽけな願いが、今の俺を動かしている」
ふぅ、と溜め息を一つ。俺は歪んだ視界を無理やり固定して、二人を見据える。
「まぁ、散々言わせてもらったが……あんたらはそんなこと分かってるよな?」
「どういう意味だ?」
「だって、あんたら自身が、俺たちが自分達を超えることを望んでるんだから」
「…どうしてそう思う?」
「本当にこの都市を壊すつもりなら俺を試す必要なんてないし。なりふり構わず殺してしまえばいい。でも、そうしない」
「………」
「それに、俺がいたから方針変えたみたいなこと言ってたけど…どうせ最初から自分達を踏み台に、オラリオが更に躍進するよう計画は立ててたんだろ?だから、あの夜の戦いで【猛者】さんもガレスさん達も殺さなかった」
あの時はまだ、俺がこの人たちの前に姿を見せる以前だからな。そこまでは計画を変えるつもりなんてないはずだ。
故に、彼らは最初から絶望に打ちひしがれた冒険者達が、再び立ち上がり自分達を打ち滅ぼしてくれることを望んでいた。
「あんたらは無作為に秩序を壊す『絶対悪』を自称してはいるが、本当に言い表すのなら……都市の進化のために犠牲となることを望む────『必要悪』ってとこだな」
この人たちがやろうとしているのは、希望の火を消すことなんかじゃない。
自分たちという「絶望」を贄に、あるいは薪として、その火をより強く燃え上がらせることだ。
下界の未来のために、自分たちを犠牲にして、それを成し遂げようとしている。
「……言っている意味がよくわからんな。俺たちの目的は最初からオラリオを滅ぼすことに他ならない」
「…………まぁ、あんたらがそう言うならそういうことにしとくよ」
変なところで強情だなぁ…
「仮に俺たちの目的がそうだとしても…何が変わる?」
「……」
「どんなに思惑があったとしても、現状は何も変わらないぞ。お前が私たちを超えられなければ、どのみち、この都市に未来などない」
「あぁ……その通りだな」
そうだ。ここまで色々言ったが、結局はこの二人に勝たない限り、結果は変わらない。
「であれば…お前は今何を成す」
……今の俺の全力を尽くしても届かなかった。
嘗ての俺と同等の力を以てしても、この『英雄』達には勝てなかった。
これが今の俺の現状────『零牙』という存在の限界だ。
────なら、その限界を超えるしかないだろ。
今の俺ではこれが限界?この実力が『零牙』の頭打ち?
ふざけるな。自分で言ったんだろ。
英雄達は常に…自身を超える存在を求めていると。
なのに自分の限界はもうここだと決めつけて諦めるのか?
そんな奴が、英雄になりたいなどと、どの面下げてほざいてやがる…!
英雄を夢見るのならば……今ここで自分の限界なんて超えてみせろ。
「……そうだよな。自分で散々超えなきゃいけないって言っといて、いざ自分で実践しないのは嘘だわ」
目の前に高く、険しい壁があるというのなら超えてみせよう。
かつての英雄がそうしてきたように、俺も絶望に挑んでやる。
「……力の差を感じても、まだなお抗うか」
これが今の俺の全力だと……
『零牙』という男の限界点だと言うならば────。
「世界が『英雄』を欲してるって言うんなら……今ここで────」
「────英雄になってやる」
──────『
「──────【此の身は奇跡。
「「!!」」
表情を驚愕に染める、アルフィア達の前で俺は────歌を綴る。
「【想い紡ぐ一矢となりて、今一度、遥かな頂に手を伸ばす】」
一度は諦めた夢に…もう一度俺は挑んでやる。
届かないと決めつけて、傷つくのを恐れて閉ざしていた心の扉を、今度こそ自分の意志で叩き壊した。
「【昔日の
嘗て抱いた、その憧憬は今も俺の内にある。
ただ…嘗てのような歪みはなく、今の俺にはとって、それは新たな道を進む原動力となった。
「【
アルフィア、ザルド…あんたらには悪いんだが、俺は別に都市や世界を救う『英雄』になりたいわけじゃない。俺がなりたいのは…俺が
……でも、あんた達がそれを願うなら、大切なものを守る片手間で世界も救ってやる。
そんな生意気で、傲慢な決意を今ここに立ててやるよ…!
「【未だ見ぬ
ここから、俺が新たなに思い描く英雄の道を進もう。
俺という男が刻む唯一無二の物語をここから始めよう。
「【いざ征かん、愛しき
手を掲げ、歌を綴る俺の許にはかつての生涯を共に過ごした、二人の
燃え盛る業火。荒れ狂う轟雷。俺の胸の中で確かにそれらが意志を示す。
「【どうか見ていてくれ。我が身は必ず────】」
今一度、前を見据えれば、瞳に映るのはこれから超えなければならぬ壁。
その姿に…どうしても少し脚が竦む。
だが、震える俺の背中を誰かが押した。
振り返れば、そこにいたのは俺が憧れて止まない、最高の英雄達。彼らは口元に笑顔を浮かべ、俺の背に手を置いた後、皆一様に前を指さしている。
言葉はなかったが、確かに伝わった──────『前を向け』、と。
再び、前を向いた俺の目に映ったのは、眼前に佇む二人ではない。
その目の前で、剣を地面に突き刺し、悠然と構える一人の青年の背中。
俺の背にいた英雄達は皆、彼の
「【────
歌が終わるその時────先頭に立つ彼が、不意にこっちを振り返って……確かに、笑ったように見えた。
────進め。我が『
「──────【英霊融誕】」
感想・評価してくださると嬉しいです!