先導の英雄   作:無銘のヲタク

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大学、忙しくて随分遅くなりました!!すいません!!


決着

 

 あれほど鳴り響いた怪物達の叫喚も今はもうわずか。

 飛竜の息吹も、猛牛の猛りも、獣爪と刃の衝突も、階層中に広がっていた質量を持った熱は静寂へと徐々に溶けていく。

 

 静かに赤炎が燃え続けるだけの階層に……二人は佇んでいた。

 両者共に自身の得物を手に持って、眼前の相手にただ目を向ける。

 

「……アルフィアは?」

 

 ザルドの問いかけにレイは、自身の後方へ親指を指し示す。

 

「殺してないのか」

「まぁ、あっちが見たいって言ったんだから、俺が英雄になるとこを最後まで見てもらわないと」

「…甘いな」

「今更か? 俺は最初っから女の子にはとことん甘くしてきたでしょ」

「あれを女の子扱いするのは、お前ぐらいだろうな…」

 

 少し呆れたように笑うザルド、それにつられるようにレイも唇を曲げる。

 

「……しかしまぁ…」

 

 レイは少し顔を上げてから、周囲を見回す。

 目に映るのは、【大最悪】の砲撃や、怪物(モンスター)達の侵攻、ひいてはアルフィアとザルド達の戦いによって、かつての綺麗な景色が見る影もなく荒れ果て、業火に包まれた灼熱の階層。

 

「あんなに綺麗だった森が、随分ひどい景色になっちまったなぁ…」

「なに、そう気にするな。『迷宮(ダンジョン)』の修復力で自然など、少しすれば元に戻る」

「不思議なもんだねぇ…一体『迷宮』ってなんなの、ザルド」

「……さあな。俺も詳しくは知らん。ただ、神々曰く…『最下層(さいご)まで行けば、全てが分かる』らしいがな」

「ふーん…ま、いいや」

 

 レイは訝しむように眉を顰めていたのを元に戻すと、これ以上は考えても無駄だと肩をすくめる。

 

 すると、今度はザルドの方が口を開く。

 

「……最初に戦ったのは、街中で髭爺(ドワーフ)人間(ヒューマン)の女を相手にしていた時か」

「あ~…。あの時はアルフィアと戦った後だってのに、あの邪神様がアンタと戦えとかいったんだったな」

「品定めするだけのつもりだったが……お前が俺の想定以上に垂涎ものの馳走でな。思わず血が沸き立った」

「おい、勘弁してくれ。俺はソッチの趣味はない。女の子一筋なんだから!」

「そういう意味じゃない。ったく……そうだ、お前にこれだけは言っておく」

「……なんだよ」

 

 やけに真剣な表情になったザルドに、一体何を口に出そうとしているのかと、レイは僅かに身構える。

 

「────やることやっても構わんが、避妊だけはしておけ」

 

「いきなり何の話だよ!?」

「お前、冗談だと思ってるだろ? マジだぞ、マジ。そこだけは向こうのためにも、ほんとしっかりしておけよ!! 今でも脳裏にはっきり浮かぶ…アイツがヘラの子供を孕ませたと聞いたときの、ヘラの連中の顔…! 確実にこっちを殺ろうというあの顔は……今でも夢に見るんだぞ!?」

「お、おう。なんか……アンタも結構苦労してんだな」

 

 これまで見たこともないようなザルドの様子に、レイは僅かに狼狽しながらも同時に苦労してきたことが滲み出ているその表情に、その言葉を金言として肝に銘じておくことにした。

 

「はぁ……ただ、一度目は結局アルフィアに邪魔されて終わったんだったな」

「あ、そのままの感じで続けていく感じね?」

「二度目の戦いは、この階層に来てアルフィアと二人同時に戦い、お前に勝った」

「一人でもキツイってのに二人はそりゃ無理よ。もう少し、加減してほしいわー」

「だが、三度目の戦い。お前は全力の俺たち二人を相手に、圧勝した」

 

 そう言い切り、ザルドが肩に担いだ大剣を持ち上げると、水平方向へ薙ぎ払う。

 

「一度目は無効試合。二度目はこっちの勝利。三度目はお前の勝利。戦績は互いに一勝一敗」

 

 空中を薙いだ一振りは、空気を裂くように周囲に伝播し今も燃える炎を揺らし、目の前のレイの頬を微かな風が吹き通る。

 ザルドは横に振り払った大剣を、今度はレイに突きつけるように前に構えた。

 

「この四戦目で……全てが決まる」

「……そうだな」

 

 自身を強く射貫くザルドの視線を前に、その意志へ応えるように腰を低く落とし、柄を両手で握り、刀を上段に構える。

 その姿を目にして、ザルドは溢れ出した闘争本能を抑えることもせず、獰猛な笑みをその面に浮かべ、黒き大剣を担ぎ直す。

 

「もう誰の邪魔も入ることはない。この一戦で、決着をつけるぞ…!!」

「なんでそんな楽しそうなんだか……まあでも、これでいよいよ終わりってことなら、こっちもそれなりにやる気出していくか」

 

 

 闘いの始まりに心躍らせる者。

 戦いの終わりに期待する者。

 

 正反対とも言っていい、両者の心情。

 だが、『決着を望む』。この一点において、両者の心意は確かに合致していた。

 

 先程までの僅かな語らいも無くなり、沈黙がその空間を支配する。

 両者の目に映るのは、自身へと戦意を向ける相手の姿……そして、両者の間で微かに燃える小さき炎。

 

 その他全てが静止する両者を孕んだ空間の中で、弱々しいその炎だけが僅かに揺れ動いている。

 

 ふと……どこからか風が戦場を吹き抜ける。

 そよ風とも言えるその微かな風が、二人の間を大地を撫でるように通ると、か細く燃え続けていた炎を強く揺らし────────搔き消した。

 

 

 

 

 

「────うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「────はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 その刹那、空間が爆ぜた。

 

 両者の踏み込まれた足が、硬質の地面を飴細工のように粉砕する。

 驚異的な踏み込みは、両者の間に合った距離を一瞬にして(ゼロ)にした。

 

 衝突した二つの剣が階層の空気を物理的に押し出し、鼓膜を揺らす衝突音を、直後に発生した凄まじい衝撃波が塗り潰す。

 

 衝撃を生み出す中心で、両者は武器を押し合い、激しく火花を散らす。

 

 拮抗しているように見える両者だが、やはり『力』が物を言う勝負ではザルドに軍配が上がる。

 故に、その『力』に対抗するべく、レイは己の『魔力』を一気に稼働させる────。

 

「────フンッ!!」

「っ!!」

 

 その寸前。魔力による加力が始まるより前に、ザルドは大剣に力を籠めて振り抜き、一気に押し切る。

 そのまま畳みかけるようにザルドは前へと踏み込む。

 

「……遅え…!」

 

 だが、ザルドの一撃は振るわれるよりも早く刀が振り抜かれ、次の瞬間にはザルドの体に痛みが走ると同時にレイの姿がザルドの背後に現れる。

 これほどのザルドの目を以てしても、捉えることの出来ないほどの神速はまだ健在である。

 

 そして、そんなことはザルド側も百も承知、肉体に走る痛みに耐えて、振り向きながら大剣を振り下ろす。

 

 すぐに行われた反撃に対し、レイは刀を大剣に沿わせるように受け流す。さらに地面に斜めに刺さった大剣の刃の上を走らせるように加速し、ザルドの首元へと一気に肉薄。

 

 その一撃を咄嗟に大剣の柄から放した右拳で、ザルドは刀の側面から殴って弾く。

 

「ふっ!」

「ぬんッ!」

 

 そして、レイは宙で回転しながら放った一撃とザルドの大剣の振り上げ衝突し、相互の力の反動で二人の距離が再び開く。

 

 僅か数瞬の間に幾度も行われた、攻守の応酬。

 常人では捉えきれない、達人同士の時間の流れが遅い世界での鬩ぎ合い。

 激しく刃が交錯する音が、業火の階層に響き渡る。

 

「(完全じゃないけど、俺の速度にギリギリのところで反応してくる。だったら……)

 

 ────【雷剣(つるぎ)よ】」

 

 ザルドの耳に届いた、そのたった一言が彼の警戒を引き上げる。

 直後、ザルドの上空に数本の赤雷の剣が出現し、そのままその矛先がザルドへと向かう。

 

 そして、同時にレイが地を這うようにザルドへと踏み込んだ。

 

「!!」

 

 上空から降り注ぐ魔法と下から差し迫る剣閃。

 まったく同じタイミングで、突きつけられた不可避の二択。

 

「(どちらの攻撃も対処するのは無理! ならば──────!!)」

 

 ザルドは魔法に対する意識を捨て去り、照準を眼下のレイへと固定。

 そのまま目の前へ迫るレイに対し、大剣を振り下ろす。

 

 だが、その一撃は殴りつけるような轟音と共に空を切る。

 まるで、その反撃を待っていたように右に体を翻したレイの横を剣風が疾走り抜ける。

 

「誘われた…ッ!!」

「はぁぁ!!」

 

 大剣を振り下ろしたことで隙を晒したザルドの背中に、まず雷剣の灼けるような痛みが貫く。

 続けざまに振るわれた斬撃がザルドの肉体に刻まれた。

 

「(一撃で止まらないなら、二つで反撃を潰すまでよ! ここからさらに────)」

 

 

 

「──────ここだ」

 

 

 

 さらなる追撃を図るレイの腕を、黒鎧に覆われた剛腕が掴み取る。

 

「は?」

「策が嵌まった瞬間が、最も隙が生まれやすい」

「あんた、最初からここを────!?」

 

 ザルドが先程の攻防で選んだのは、魔法を捨てて相手に反撃するという選択肢ではなく、()()()()()()()()僅かに気が緩む瞬間を狙う選択。

 

 自身の筋書き通りに事が進んでしまった故の油断。

 反撃するという点において最も確実。だが、それは両方の攻撃に耐えきる、ザルドの尋常ではない【耐久】を以てこそ成り立つ第三の選択肢。

 

「ぬんッ!!」

 

 レイの腕を掴んでいるのとは反対の手で大剣を振るう。

 

「っ、【放て】!!」

 

 その一撃が到達するより早くレイは掌を翳し、ザルドへと砲撃を放つ。

 蒼炎の奔流がザルドの上半身を包みこんだ──────。

 

「温い!!」

 

 だが、咄嗟に放った魔法は想像(イメージ)が完全ではなかった。それでも、凡百の怪物(モンスター)であればあっという前に焼き払ってしまう威力を持っていたが、その程度では目の前の男の進撃は止められない。

 

 蒼炎を引き裂くように迫り来る大剣が、咄嗟に防御するように構えたレイの刀。それを握る右腕へと到達し──────そのまま、()()()()()()()を裂断する。

 

 ザルドの剛力を前に、いくら昇華した肉体とはいえ、今のレイでは耐え切れなかった。

 両者の目の前で、右腕は断面から鮮血をまき散らし、宙へと投げ出される。

 

 時の流れが遅くなったような感覚の中で、舞い上がるその光景は鮮烈に映し出される。

 

 その一瞬…ザルドの目が、ほんのわずかに奪われる────。

 

 

 

「──────【貫け】えええッ!!」

「ぐおぉ……ッ!?」

 

 

 

 ────故に。()()()()をザルドは避けることが出来なかった。

 

 すぐに、自身の痛みが発する場所に目を向ければ、まだ残っている左腕に高出力の魔力が迸り、その拳が自身の鎧を砕き、体に突き刺さっている。

 

「(こいつっ…! 右腕を囮に一撃を…!)」

 

 左拳が一気に振りぬかれ、ザルドの肉体が弾き飛ばされる。

 口から赤黒い血を吐き飛ばしながらも、ザルドはその脚で勢いを殺して立ち止まる。

 すぐさま、レイの姿を補足しよう顔を上げる。

 

 その姿は、既に目の前まで迫っていた。

 さらに驚くべきは、先程の失ったはずの()()に握られた刀が今まさにザルドの身体に振り下ろされようとしていた。

 

「っ、ぉおおォォォォッ!!!」

 

 痛みを噛み殺し、雄叫びと共に大剣を振り上げれば、再び二つの剣の衝突の轟音が響き、衝撃が周囲に突風を巻き起こす。

 

 ぎりぎりと音を立てる鍔迫り合いの最中、両者は互いを睨みつけるよう目を向け────。

 

「「少しは怯めよッ!!」」

 

 両者同時に、同じ叫びを上げる。

 

 ただ、片方は興奮の昂ぶりをぶつけるようで、もう片方は不満を抑えられないといった様子で。

 両者の様相は丸きり異なっていた。

 

「こっちの攻撃全部耐え切って、最後に無理矢理に反撃とか……馬鹿か!?」

「お前の方こそ、切られた腕を隠れ蓑に反撃とは、イカれてるな」

「馬鹿げた回復力があるのは認めるよ? ただ、そんなの関係なく肉体と気合で耐えてくる方がおかしいだろ!」

「再生するとわかっていようが、それを前提に反撃に出る、その精神が異常だと言っているんだ」

「誰が異常者だ! この、頑丈脳筋巨人(ゴライアス)擬き!!」

 

 憤慨するレイの言葉を区切りに、再び両者の剣がぶつかり合い剣戟が加速する。

 

 振るわれる一撃一撃が大気を揺らし、空間を軋ませる。

 常人であれば視認することすら叶わぬ死の奔流の中で、二人はただ、己の全てを乗せた刃を交わし続ける。

 

 誰の介入も許さない、激しい闘争の中。

 振り注ぐ剣閃と魔法の渦中でなお…(ザルド)は確かに、この上なく豪快に嗤っていた。

 

「はははははっ! 心躍る闘いだな、レイ!!」

「あ? こっちはそんな楽しかないが?」

「あの猪坊主(オッタル)()り合った時ですら感じ得なかった。確かに自身の命が脅かされているという感覚! 間近にある『死』の気配が、俺の闘争本能を掻き立てる!!」

「おーい、聞いてる?」

 

 困惑するレイを置き去りにしたまま、ザルドは大剣を振るう手を止めることなく、饒舌に語る。

 

「鎧は砕け。皮膚は灼け。身体(にく)は裂け。骨が軋む! だが、そうまでしても相手を喰らわんとする、強者共の死合! これ程の食宴(うたげ)に心躍らせぬ戦士などいるはずもない、お前もそう思うだろ、レイ!!」

「だーかーらっ! 俺はそういう趣味嗜好は持ちわせてないっての! 話し合いで解決できるなら、その方が良いと思うような平和主義なんだよ!」

 

 それは、今なお己の身を賭して、戦いの場に身を置いている者にしては、あまりに場違いとも言えるような言葉だ。

 

「それこそ────()()()()()()()()()ほど平穏な世の中ならどれほどいいかって思う程にな!」

「ならば、何故英雄を志す? 不要であることを望みながらも、何故自ら何よりも険しい道を歩もうとする!?」

「そんなん……決まってんだろ!」

 

 打ち下ろされる剛撃を、レイは正面から刀で受け止める。

 

 

「────『憧れた』から! 英雄達(あいつら)が人を救う姿を見て、かっこいいと思ってしまったから!!」

 

 

 そう叫ぶと共に、ザルドの大剣を押し弾き、そのまま攻勢に出るように刀を振るう速度を加速させる。

 

「ああ成りたいという『熱』が、今はもう抑えられない。なら、もうどうしようもない! 矛盾してると言われようが、突き進むしかないだろっ!!」

「……ふっ。いや、何も矛盾してはいないぞ。憧憬を抱いたから、それ以外に理屈は必要ない。ならば、理想を遂げる(えいゆうになる)以外の道はない!!」

 

 ザルドの大剣が、レイの連撃を無理矢理振り払い、刀の上から殴りつけるようにして、レイの体を後方へと弾き飛ばす。

 

「であれば……目の前の敵を越えて行け!! 『悪』(おれ)を越えれぬ者に、英雄になる資格などない!!」

 

「言われなくても…そうさせてもらうぜ!!」

 

 

 

 

 

 

「────リオンッ!」

「はい!!」

 

 ミノタウロスが振るう大斧をアリーゼが受け止め、その隙を突いて背後からリューが素早く怪物の魔石を貫く。

 怪物は僅かに呻き声を上げると、すぐさま灰と化し沈黙する。

 

「次は…!」

 

 周囲を見渡せば、大穴から溢れ出ていた怪物達は粗方討伐し終わり、その姿はもう残っていなかった。

 その光景を見たことで感じた、安堵と疲労で脱力するようにアリーゼとリューは息を吐く。

 

 だが、次の瞬間。聞こえてきた激しい衝突音に、はっとしたように顔を上げ、音のした方へと向ける。

 

「!! レイ…!」

 

 怪物達が消えた今、聞こえてくるこの戦闘音は紛れもなく彼のもの。

 二人の少女は、今も戦うレイの元へと駆け出そうとする。

 

「やめておけ、娘っ子共」

 

「っ、ガレスのおじ様…」

「【重傑(エルガルム)】、なぜ止めるのです!」

 

 その二人を制するように、ガレスは手を伸ばす。

 

「お主らが、あの戦いに割って入って何ができる」

「っ、それは……ですが!」

「私も止めるぞ。青二才」

「!! 輝夜、貴女まで…!」

 

 ガレスの制止を無視しても、レイの元へ向かおうとするリューを今度は、輝夜が引き留める。

 

「何故です、輝夜! 貴女なら私の気持ちも理解でき────」

「ああ、当然だ。だが同時に、それが今の私達では不可能だということもな…」

 

 そう嘆く、輝夜が目を向けた先には遠目ではあるが戦っているレイの姿が映る。

 そこで繰り広げられていたのは、最早異次元とも呼べる戦いであった。

 

 レベル4の自分の目でもまるで捉えることのできない速さで動くレイと、それに対して身の丈程ある大剣を軽々と振るって対応するザルド。

 度合いは違えど、両者共に今の自身達より遥か高みに到達している強者であることは、否応なしに理解させられる。

 

「私達が加勢したところで、数秒と保たん」

「そんな……」

「その極東の娘の言う通りじゃ。もはやこの場の誰もが行こうとも、あの小僧にとっては足手纏いにしかならん。無論……この儂ですらな…!」

「おじ様……」

 

 自分達より格上の実力を持つガレスですらついていけないのならば、自分達では尚のこと。

 信じられないという感じる反面、目の前の光景と何よりガレスの言葉の端に滲む『悔しさ』が故にその言葉が嘘ではないと実感する。

 

「おまけに…あの二人、ひいては小僧自身が他の者の介入を望んでないように見える。儂らに今できるのは、あの小僧の勝利を信じて待つことだけじゃ」

「……そう、ですね……」

 

 昏く気を落とした様子を見せながら、少しすると顔を上げ、戦いの場所に真っすぐと目を向ける。

 

 直接力になることのできない己の無力を、弱さを、悔しさを強く胸に抱きながらも、少女達は今自分出来ることを。

 

 彼の勝利……いや、帰還をその胸中に強く願う。

 

「────頑張って、レイ」

 

 

 

 

 

「ふっ!!」

「ぬぅ!!」

 

 傷も増え、疲労が全身に蓄積していく。それでも、まだ互いの得物を只管に振るい、両者は目の前の敵との決着を望む。

 

 ザルドの大剣を蹴り飛ばすようにして、レイは距離を取る。

 そこから、魔法を放たんと掌を翳す。

 

「【炎砲────ッ!?」

 

 だが、放とうとした瞬間。体の内側から全身に走った痛みに思わず顔を歪め、手を地面につける。

 

「(くそ…そろそろ体の限界か!? さっきのアルフィアへの一撃で、大分負荷がかかちまったからな…!)」

「────おおおおおッ!!」

「っ!!」

 

 そうして動きを止めているところに、再びザルドの大剣が振り下ろされるが、ギリギリのところで身を躱す。

 

「どうした! もう限界か!?」

「うっせ! 今更限界なんてもん、いくらでも超えてやらぁ!! 

 

雷鎖(くさり)よ】!」

 

 周囲から現れた無数の赤雷の鎖がザルドの体を拘束する。

 瞬間的に身動きがとれぬザルドへと、レイは両の手を握り構えると。

 

「【戦鎚】!!」

「ぐっ!?」

 

 ザルドの巨体と同程度の魔力の鎚が振るわれ、縛る鎖を叩き千切ってそのままザルドを弾き飛ばす。

 

 地面に足を擦り付けながら吹き飛ばされるザルド。彼は自分に迫る気配を察知すると、すぐに顔を上げる。

 そして、彼の眼前にはこちら目掛けて飛んでくる青き槍。

 咄嗟にザルドは足を強く踏みしめ、吹き飛ぶ勢いを一気に殺して立ち止まる。

 

 そこから迫る槍を大剣で弾き飛ばすと、続けざまに迫ってくる二本の槍も、大剣の一振りで薙ぎ払う。

 攻撃を凌いだザルドだが、同時に、レイの姿が視界から消えたことに気づく。

 

「どこ見てんだぁ!!」

「っ!!」

 

 ザルドは直感的に大剣を上に構える。

 直後、空中から、レイの握る大槌がザルドへと振り下ろされる。大剣の防御上から伝わる凄まじい衝撃。

 

「この程度…!」

「だろうな。なら、さらにダメ押し!!」

 

 ザルドが弾き飛ばすよりも早く、大槌の反対側から急激に蒼炎が噴き出し、その推進力が一撃を威力をさらに上乗せする。

 先程より遥かに重い一撃によって、ザルドの立つ地面が徐々に拉げ、その肉体を大地へと縛り付ける。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉッ!!」

「はあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 ──────パキッ。

 

 その音はこの力のぶつかり合いの最中でも、不思議と耳に入った。

 まるで、何かが()()()()ようなそんな小さな音。

 

「っ、おおぉ!!」

「!!」

 

 その瞬間、ザルドは大剣を一気に斜めにするようにして、大槌を力づくで地面に受け流す。

 勢いの増したレイは武器をそのまま地面を叩き、粉砕する。

 

 僅かな一瞬、無防備な体勢を取ったレイの胴体目掛けて、ザルドの拳が突き刺さる。

 

「ぐっ!? 【爆ぜろ】!!」

「ぬっ!?」

 

 殴られるのと同時に、レイもザルドの腹部に手を合わせ、そのまま掌から爆炎を撃ち放つ。

 

 両者共に、互いの攻撃の衝撃によって、吹き飛ばされ、地面に体を打ち付けながらも何とか勢いを止める。

 一気に距離が離れた二人は、武器を支えにするようにして立ち上がる。

 

 

「……まさか、こっちが先に限界が来るとはな」

「あ?」

 

 

 ザルドはそう呟くと、大剣を前に掲げて、その漆黒の刀身に目をやる。

 

 そこにはあったのは、色も相まって近くで見なければ分からないほどの罅。

 それは、今まで幾度となく敵の攻撃を受け止め、ザルドの尋常ならざる【力】で振るわれてきた強靭な武器が、いよいよ限界を迎えたというサイン。

 その罅は、目を凝らさねば見えぬ程の小さなもの、だが、極限での闘争を行う上では、あまりにも致命的な傷だった。

 

「肉体と意志はまだ闘えると吠えているというのに、どうやら武器の方は先に音を上げたらしい」

「なるほど。いや、俺としてはもう少しで終わると思うと感涙ものだけどな」

「戦いの熱も増してきて、前菜もようやく終わったというのに…」

「……は? 前菜? ……え、まだ前菜!?」

「武器が無くとも…四肢と牙がまだ…!」

「…おい」

 

 本当にやりかねないような、ザルドの気迫に思わず身震いし、後ずさるレイ。

 

「……いや、ダラダラとやっていてもしかたないか。それにお前の方もどうやらそう長くは踊れないようだからな」

「そ、そうそう! いや~実は結構限界近くて。だから、ここいらでお開きということで────」

「次で、メインからデザートまで一気に平らげるとしよう!」

 

 レイの期待とは裏腹に、大剣を後ろ手に構え、ザルドはその多くの傷の中で動く、灰色の瞳を一段とギラつかせる。

 その瞳から、レイはザルドが何をしようとしているのかを理解する。

 

 心底、面倒臭いという感情をまるで隠すこともせず、それはそれは大きく、長いため息を吐く。

 だが、それが終わった瞬間。レイの物憂げな雰囲気は一気に霧散し、その青き瞳でまっすぐザルドを見据える。

 

 

 

「────────来い」

 

「ああ────【父神(ちち)よ、許せ、神々の晩餐をも平らげることを】」

 

 

 

 紡がれるのは、一度目の闘いで最後に放たれたザルドにとって最強の一撃。

 かつて陸の王者(ベヒーモス)を討伐した、ザルドが使うことのできる唯一の魔法。

 限界を迎えた武器では、一度しか放つことが許されぬそれを放つためにザルドは詠唱(うた)を紡ぐ。

 

 解き放たれようとしている敵の必殺を前にして、レイは刀を納め、両手を前へと向ける。

 

「【蒼炎よ燃えろ。赤雷よ迸れ】」

 

 レイの口から聞こえてきたのは、魔法を放つ言葉の積み重ね。

 

 ザルドの最強の一撃に対し、レイが選んだのはそれに対抗できるだけの矛を自ら作り出すこと。

 

「【高まれ。高まれ。高まれ】」

 

 幾重にも重ねられていく言霊に応えるように、レイの魔力が際限なく膨れ上がり、肉体を奔る二色の紋様は強く光を帯びていく。

 

 獰猛な笑みを浮かべる者と静然と感覚を研ぎ澄ます者。

 両者はただひたすらに、己の前に立つ相手を打ち倒すための『刃』を研ぐ。

 両者の纏う気配が膨張すればするほど、周囲の空間はまるで圧迫されるように嵐を吹かせ、捲れ上がった土塊は罅割れ、砕け散る。

 

 

「【貪れ、炎獄の舌。喰らえ、灼熱の牙】!!」

 

「【一つに集え。この手に満ちよ】」

 

 両者の魔力が荒れ狂う嵐となり、周囲の空間を飴細工のように歪ませていく。

 死力を尽くした先にある、終わりを告げるための一撃。

 

 その膨れ上がった質量は、ついに臨界点へと到達し────。

 

 

 

「────【レーア・アムブロシア】ッ!!」

 

「【今……全てを解き放て】!!」

 

 咆哮と共に放たれた赤黒い炎獄と、全てを貫かんと奔る蒼雷の焔。

 二つの『極大』が正面から衝突した瞬間、階層中の大気が悲鳴を上げて消失し、白熱した光が視界の全てを塗り潰した。

 衝撃波が大地を幾重にも剥ぎ取り、炎と雷が混じり合った爆嵐が吹き荒れる。

 

 光と熱が爆ぜ、視界を覆う噴煙をも焼き尽くす一撃の衝突。

 互いの全力を注ぎ込んだ魔法は相殺され、凄まじい余波と、立ち込める白煙のみがその場に残る。

 

 

 

 二人が踏み込んだのは、まったくの同時だった。

 

 

 

 互いに分かっていた。この一撃では、決着たり得ないと。目の前の男はこれでは終わってくれないと。

 だから二人は駆け出したのだ。まだ、立ち上がるその男と、決着をつけるために。

 

 視界を埋める火の粉を振り払い、残された僅かな体力と気力を振り絞って刃を振るう。

 

 加速、衝突、火花。

 

 一合ごとに肉体は悲鳴を上げ、意識は遠のきかけるが、それでも止まらない。

「英雄」を喰らわんとする飢えた獣と、「英雄」に憧れ、すべてを超えようとする少年。

 交錯する剣閃は、もはや技術を超えた剥き出しの命の削り合いへと昇華されていた。

 

 

 

 ──────そして、その瞬間はついに来た。

 

 

 

 何度もぶつかり合った末に、遂にザルドの大剣が──限界を告げる悲鳴を上げ、漆黒の破片となって四散した。

 それは、旧き最強を支え続けた牙が、ついにその役目を終えた瞬間。

 

 

 だが──────それと同時に、レイの掌からも「重み」が消えた。

 握りしめていた魔力の刃が蒼い火花となって爆ぜ、粒子となって階層の空に溶けていく。

 

「!!」

 

 それは想定されていなかった事象。

 度重なる魔力の付与に放出、そして、アルフィアへの一撃。これまでの激戦で消耗し続けたレイの強大な魔力がこの瞬間に底をついた。

 

 想定されていた破壊(おわり)と、予想外の限界(おわり)

 両者共に得物を失い、剥き出しの身体が晒される。

 

 その静止した一瞬の中で、先に次の行動を起こせるのがどちらかなんて、当然決まっていた。

 

「──おおぉぉ!!!」

 

 ザルドは、目の前に舞い上がる剣の破片を前に、次の瞬間には目の前の敵へと、新たな(ぶき)(つが)えていた。

 

 怪物をも殴り殺すことのできるほどの【力】をもってすれば、死に体の男を仕留めることなど、造作もない。

 

 迫り来る一撃を前にレイは、まるで終わりを受け入れるかのように、ただ呆然と立ち尽くす。

 

 

 

「俺の勝ちだ、レイ────ッ!!」

 

 

 

 俯くレイの肉体へと、敗北を告げる黒き鉄槌が振り下ろされた──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ああ。俺の勝ちだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那。

 

 一瞬の静寂の中で、その声は、ザルドの耳にはっきりと届いた。

 そして同時に……その声が()()()()()()()()()()()()()()()()ことにも、すぐに気づいた。

 

 驚いたように目を開くザルドだが、振り下ろした拳はもう止まらない。

 その一撃は確かにレイの胴体を正確に捉え──────すり抜けた。

 確かな手応えを期待したザルドの剛拳は、しかし、熱を帯びた「陽炎」を掻き消すのみに終わった。

 

「(炎の……分身…!)」

 

 それはかつてザルドとレイの最初の邂逅において、ザルドの意表を突くために、レイが弄した一度だけの奇襲の策。

 

 だが、たった一度の行動であっても、ザルドにとっては既出のものであり、あまつさえそれは一度は自分を翻弄してみせた技。

 当然、脳裏で常に警戒し、2度目が通じるものではないはずだった。

 

 

「だから、()()()()()。アンタが油断する、その瞬間を」

 

 

 答えを示すように、その声は上から響いた。

 

 自身の攻撃あるいは策が通用した瞬間、自分の一撃が相手のトドメを与える一撃だと確信した瞬間。

 

 その瞬間こそ、最も油断を生む勝機となる。

 それは、奇しくも少し前の攻防で、他ならぬザルド自身がレイに対して説いた術理だった。

 

「感謝しとくよ。アンタのおかげで、この瞬間(ここ)に手が届いた」

 

 砕け散った大剣の破片で、ザルドの視界を遮ったその刹那の間に、炎の分身を残して跳躍する。

 さらには、ザルドの鋭敏な気配察知を掻い潜るために、わざと地面に残した炎の分身に、自分の中に残った魔力の()()()を置いていき、自分自身の魔力は外に漏れないよう最低限まで抑える。

 これにより、本体よりも分身の気配を強くし、無意識下でのザルドの情報処理の対象から自分を消し去ってみせた。

 

 全てはこの瞬間、この一瞬のためだけに要した布石。

 防御を失い、無防備に隙を晒すザルドに、自身が今出せる最大出力を叩きこむため。

 

 剣を手放したレイは、引き絞ったその右拳に残った全ての力を注ぎこむ。

 

 

「ッ!! ぉおおおおおおおおおッ!!」

 

 これからの自身の結末が脳裏に過りながらも、ザルドは最後まで抵抗せんとレイへと咆哮を上げる。

 

「あんたは、すげえよ……でも────」

 

 もう遅い。 

 

 空中で捻り出した渾身の力が、蒼き火炎と赤き雷光を纏い、凝縮された一点へと収束する。

 回避不能の距離、無防備なザルドの胸中へ──。

 

 

「────これで、終わりだ…!」

 

 

 レイの拳が、砕けた黒鎧の隙間からその肉体へと深く突き刺さった。

 

「英雄」の夢を、憧憬の熱を、これまでの全てを乗せた拳が、暴食の化身の芯を真っ向から打ち抜く。

 ザルドの巨躯が、物理的な衝撃と内側から爆ぜる魔力によって、大地へと否応なく叩きつけられる。

 

 凄まじい衝撃波が辺りを襲い、木々も炎も、これまでの闘争の熱を全て打ち払うように吹き荒ぶ。

 

 

 ──────やがて。

 荒れ狂う風が止み、土煙の晴れた先に二人はいた。

 

 

 静寂。

 あれほど激しかった叫喚も火花も、嘘のように消え去っている。

 聞こえるのは、パチパチと爆ぜる火の粉の音と、呼吸音だけ。

 

 

 

「はぁ…………。これで……満足か?」

 

「……ああ……。お前の勝ちだ、レイ」

 

 

 

 

 ゆっくりと、その巨体が大地に沈んでいく。

 仰向けに倒れたザルドの顔には、これまでの獰猛さは消え、憑き物が落ちたような……どこか誇らしげで、満ち足りた笑みが浮かんでいた。

 一方、勝利したレイは、肩で荒い息を吐きながらも、その場に力強く立ち続けている。

 

 

 長きにわたる闘いの勝者が、ついに決まった。

 

 

 吹き抜ける風が、階層に残った熱を静かに運び去っていく。

 階層を包む静寂を背に、倒れ伏す「旧き最強」を見下ろす少年の姿は──。

 

 

 かつて彼が憧れた、誰よりも眩い『英雄』そのものであった。

 

 





これにて、戦いはいよいよ簡潔です……いや、長くね?ていうか遅くない?って思う人も多いと思います。

自分もそう思います!!(断言)

ようやくここからは、かわいい女の子の話を書けます。というかベルくんを登場させられます。

まだ見てるよって人がいたら、ぜひ楽しみにしていただけると幸いです。

ここから原作開始までに起こる事件について(2番目ので行くつもりでした)

  • こういうこともあったって感じで飛ばす
  • 一旦飛ばすけど、後でその時の詳細を描く
  • 最初から書いてから原作を始める
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