先導の英雄   作:無銘のヲタク

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うおぉぉ!昨日と今日で書き切れたぜ!

しかも、過去最長です!ご覧ください!


戦いの終幕

 

「あぁ…ようやく、終わったか……。ああっ! 疲れた!」

 

 闘いの緊張が解け、一気に疲労が込み上げてきた俺は力を抜いて地面に倒れこむ。

 空を見上げれば、天井に敷き詰められた水晶が視界に満遍なく広がっていた。

 

「はぁぁぁ……ったく、どんだけ手間かけさせるんだよ」

「ふっ、そう言うな。俺は随分楽しませてもらったぞ」

「こちとら、疲れただけだったつの! ただまぁ……やり切った感はある」

 

 この上ない疲労感とそれ以上に不思議と満ち足りたような感情が、俺の胸中にはあった。

 今も胸に残る高揚感に従って、右手を開いて天に掲げる。

 

 …アルゴノゥト。これで俺も少しはマシになれたか? 

 

 掲げた手を強く握りしめたら、自然と口元に笑みがこぼれる。

 

 

「────男共が揃いも揃って、みっともなく横たわりおって」

 

 

 ふと、頭上から響いた声に目を向ける。

 

「……白」

「永遠の眠りに就きたいか?」

「さーせん!!」

「お前な…」

 

 汚物を見るような冷たい瞳……! なんか新たな趣味に目覚めそう!! 

 

「ふん……しかし、よくもまぁ、乗り越えたものだ」

「だろ? 俺ってば結構すごいのよ?」

「……ああ。本当に…お前はよくやったよ」

 

 その声は、それまでのアルフィアからは考えられないほど、穏やかで優しい声音だった。

 

 え……めっちゃ優しい。いつも冷たいのに、急に優しくされると……そ、そそそんなんで、絆されるなんて思うなよ!! 

 

「己より遥かに強い強大な敵を前に、何処までも抗い、打ち勝って見せた。それは────」

過去の英傑(俺たち)には出来なかったことだ」

 

 そう話す、二人の表情はどこか悔しそうな、過去を憂うような哀愁が映っていた。

 

「ザルド、アルフィア……」

 

 俺が体を起こせば、二人はそんな俺をまっすぐ見つめて告げた。

 

 

「「────よくぞ、『悪』(われら)の試練を乗り越えた。他ならぬ我らが認めよう。お前は…真の『英雄』だ」」

 

 

 ………は、ははっ…今まではなりたいだけで、ただ憧れて。とても遠い存在のように感じてたんだけどなぁ…。

 

 なのに、こうして…誰かに認めてもらえるってのは…………ああ、なんだろ──────めっちゃ、嬉しいもんだな……。

 

 

「もっとも、まだ半人前も甚だしいがな」

「そうだな」

「おいおい。手厳しいなぁ、まったく……」

 

 褒めるなら最後まで褒めてほしいなぁ……しかしまぁ…。

 

 俺は今一度、周囲を見回せば、周囲の炎も収まり始め、あれほど溢れかえっていた怪物たちの叫喚も聞こえない。

 

 聞こえてくるのは、火の粉が舞う音と吹き抜ける風が木々を撫でる音だけ。

 

 ……本当に、終わったんだな。

 あれだけさっきまでドンパチやってたってのに、いざ終わってみると現実感がないもんだ。

 

「さぁ、語らいは済んだ。お前の言った通り『英雄』となる瞬間は見届けた。なら…」

「今度は、俺達の罪を清算するときだろう。他の誰かなら兎も角、お前の下す決断ならば潔く従おう」

「そっか……じゃあ────」

 

 ったく……満足そうな…諦めたような顔しやがって……。

 

 俺は大きく深呼吸をして、二人に指を差して、裁きを待つ二人に判決を下す。

 

 

 

「────生きてくれ」

 

 

 

「「っ!!」」

 

「生きて、俺がこれから進む道を見てもらわないとな」

「お前、それは……」

「言っとくが死ぬことが償いだなんて思うなよ? それよりも生きて償う方がよっぽど大変なんだから」

「だが、私は……!!」

 

 アルフィアは、まるで堰を切ったように感情を吐露する。

 静寂を纏う彼女らしくない、その姿を俺は静かに見つめる。

 

「あの心優しい妹から…何もかもを奪ってしまった私がこれ以上、のうのうと生きていくことなど……!」

「……人に厳しいあんたが言うほどだ。本当に優しかったんだろうなその妹さんってのは」

「……私はあの子の才能さえ奪い、彼女に唯一残されていたのは、私にない『優しさ』だけだった。だというのに、あの子から多くのものを奪った私は最後まで、あの子を幸せにしてもやれなかった! そんな私が許されていいはずが────」

 

 

「だからこそ、アンタは生きなきゃいけないんだよ、アルフィア」

 

 

「っ!! なにを…」

「優しいその人が、アンタを恨んでいたのか? アンタに死んで欲しいとそう思っていたか?」

「それは……」

 

 それは有り得ない。

 俺の問いかけに口籠る彼女から分かるように、心優しい妹さんが、そんなこと思うはずもない。

 

「だったら、アンタがやらなきゃいけないのは妹さんを追って死ぬことじゃない。妹さんの分も、誰かを、自分を幸せにしてやることだろ」

 

 俯くアルフィアの手を取って、両手で優しく包み、開かれた左右で色の異なる瞳を真っすぐ見つめる。

 

 俺にできるのはただ、ひたすら気持ちを伝えることだけだ。

 

 

「ここからは俺の願望だ────生きてくれ。その目で、ちゃんと俺が『英雄』になるところを見ていてほしい」

 

 

「っ……お前は、ほとほと我儘な男だな」

「それも、英雄らしくていいだろ?」

「……ふっ、お前には『英雄』より『愚者』の方が相応しい」

 

 悲壮に暮れる彼女の表情がふわりと解け、そこにはとても柔らかな微笑みが宿っていた。

 

 おっ、笑った。やっぱり女の子は笑顔が一番。

 

「それで? 俺にも生きろと言うのか、レイ」

「当たり前だろ。今の世界には人手が足らないんだ。アンタらみたいな化け物のさばらせておく余裕はないの!」

「おいおい、人使いが荒いやつだな」

「そもそも、アンタらは俺に負けたんだから。もうアンタらの人生は実質俺のもの! どうするかは俺次第っ!」

「はっ……もはや、我儘を通り越して傲慢だな」

「ああ。まったくだ…」

 

 張り詰めていた空気がふわりと緩み、そこにはただ穏やかな時間が訪れる。

 そんな中で…ふと、アルフィアが口を開く。

 

「……子供がいる」

「…………えっ。アルフィア、人妻だったの!!?」

「私のではない、妹の子だ。どこぞの山奥で変態爺(ゼウス)と暮らしている……今度、そこを尋ねてみるのもいいかもしれん。なぁ、ザルドよ」

「ああ……あのバカの息子だと言うのなら、俺たちの家族に違いあるまい」

 

 どこか嬉しそうに、まるでこの上ない楽しみが出来たように、二人は微笑んだ。

 それにつられて、俺も思わず顔を綻ばせる。

 

「……さて、俺達は少し退いておくか」

「そうだな。お前は、あの者達をもてなしてやるといい」

 

「…? それってどういう────」

 

 

「────レイっ!!」

 

 

「ん? お、アイズか────うぐぇっ!?」

 

 視界に金色の髪が映ったかと思えば、直後、自身の腹に伝わる凄まじい衝撃。

 目線を下に向ければ、そこには俺の体にしがみついているアイズの姿があった。

 

「レイ! レイ! レイっ!!」

「おうおう。どうした? 落ち着け、アイズ」

「よかった…! ちゃんと、戻ってきてくれた…!」

「!! …言っただろ。一緒にじゃが丸君食べに行こうって。『英雄』は約束は破らねえよ」

「うんっ……うんっ!!」

 

 寄りかかりながらこちらを見上げるアイズの頭を撫でながら、俺は子供をあやすように語り掛ける。

 

「よしよーし……じゃあ、アイズ。一回後ろ向こうか」

「…? わかった」

 

 不思議そうな顔をして、アイズが後ろに振り返ってみると、そこにいたのは、美しく気品のある佇まいでありながら、静かな威圧感を放つリヴェリアさん。

 

「っ!? り、リヴェリア…どうし────ひぐぅ!?」

「…………」

「ひぎゅ!? ぐみぃ!? ふぎゅ!?」

 

 わあ…無言で何度も拳骨振り下ろしてる……怖ぁ。

 叩かれ過ぎて、アイズ涙目じゃん。

 

「ふぅぅ~~~~……!!」

「そんな目で睨んでも無駄だ。色々あって有耶無耶になっていたが、今説教させてもらう。なぜあの『大最悪(モンスター)』に対して勝手に飛び出した」

「だ、だって…!」

「だってもなにもない。レイが助けたからいいものの、それがなければ今頃どうなっていたか」

「……ごめん、なさい…」

「まったく……」

 

 少し呆れたような様子を見せた後、リヴェリアさんはアイズに歩み寄る。

 また、拳骨が飛んでくるのかと少し身構えた様子のアイズだが、その予想を裏切るようにリヴェリアさんはアイズを優しく抱きしめた。

 

「…! リヴェリア……?」

「……馬鹿者。大馬鹿者。また同じことをしたら……今度は絶対に許さんぞ」

「……うん。……ごめん、リヴェリア……」

 

 二人は互いに抱きしめ合う。その光景はまさしく相手の身を案じる親子そのもの。

 

 うんうん。仲良きことは美しきことかな。

 

 美しき親子愛を感慨深く見守っていると、背中を誰かにバシバシと叩かれる。

 

「小僧! お前さん、本当にあの二人を倒してしまうとはのう! とんでもないことをしでかしたな!!」

「痛い痛いっ。こちとら戦い終わったばっかで怪我してるんだから労わってくださいよ」

「お前さんには本当に感謝しとる。地上に戻ったら浴びるように酒を飲ませてやるわい!」

「あーこれ、逃れられない感じか……少しは加減してくださいよ?」

 

 ガハハと豪快に笑うガレスさんに対し、俺は諦めたように乾いた笑いを浮かべる。

 

「あれだけ儂を煽ったんだ。容赦なぞ期待するなよ?」

「あはは……」

「だがまぁ……この場は、あの娘っ子共に譲ってやるかの」

 

 ほれ、とガレスさんが俺を立ち上がらせると背中を強く押す。

 少しつんのめりながらも、ちゃんと前を向けば、そこには白い肌を血で汚したリューの姿。

 

「────お疲れ様です、レイ」

「リュー…そうだな、大分疲れたよ」

 

 わざとらしく疲れたように返事をすると、リューはふわりと優しく微笑む。

 その姿を見ると、俺も自然と笑みがこぼれる。

 

「…おい、青二才。なに一人でイチャイチャしてる」

「っ!!? な、なにを! わ、私はそんなこと…!」

「抜け駆けしやがって、一人だけ(ずり)いぞ」

「ラ、ライラ! 私は抜け駆けなんて……!」

「うん。やっぱり、リューはそんな風に慌ててるのが可愛いな」

「!!? れ、レイっ!!? あ、あにゃたまで、いったいにゃにを……!」

 

 あ、顔真っ赤にして処理落ちしてる。

 

 すぐには回復しなさそうだと判断し、横にいる二人に目を向ける。

 二人を見れば、リューと同じように怪物や自身の血で汚れ、体に少なくない手傷を負っていた。

 

「随分と苦労したみてえだな、ボロボロじゃねえか」

「そっちもな……。ったく、せっかくのご尊顔に傷が残ったらどうしてくれようか」

「いいじゃないか。顔に大層な傷でもあった方が、普段の間の抜けた顔よりはマシになるだろう」

「ちょっと輝夜さん? 普段の人顔を間抜け呼ばわりするのはやめていただけます? そっちは相変わらずの綺麗な顔だことで!」

「当然だ。私はどんな時でも美しいからな」

「すごい自信だこと」

 

 ……まぁ、髪でよく見えないけど、ちょっと耳赤くなってるし多少照れてるのは分かるけどな。やっぱり、初心だねぇ。

 

「────レイ」

 

 呼ばれた方に目をやれば、二人の奥にいるアリーゼの姿。

 輝夜とライラはそれぞれ左右に避ければ、アリーゼはそこを通るようにこっちに歩み寄り、俺の目の前までやってくる。

 

「……終わったのね。お疲れ様」

「ああ、ようやくな。しかし、どうしたアリーゼ。やけに塩らしいな。ほれっ、元気よく俺に抱き着いてきても構わないぞ?」

「なら、そうさせてもらおうかしら」

「え?」

 

 俺がアリーゼを煽るために冗談っぽく腕を広げてみせれば、彼女は何の抵抗もなしに飛び込んでくる。

 

「えっ。あ、アリーゼ、どうしたお前……!」

「ふふっ。貴方っていつも余裕こいてる癖して、実際に乗ってこられると割と慌てるわよね」

「いや? 全然余裕ですけど? アリーゼみたいな残念美少女、百でも二百でも受け止めたるわ!」

「そうやってすぐ誤魔化すとこにも出てるのよ、まったく……。また、助けられちゃったわね」

 

 俺の胸の上で、アリーゼがどこか憂うように声を零した。

 

「……仲間なんだ。助けて当たり前だろ」

「貴方はそう言うけど、じゃあ、私達は貴方を助けることができていたのかしら」

「できてたさ。俺の戦いの邪魔にならないようにモンスター達を掃討してくれてただろ。他にも俺がアイズと戦ってる間に、アルフィアを抑え込んでくれてたし。それこそなんなら、お前らがいるだけで俺にとっちゃ力になるんだよ」

「…本当に?」

「勿論。お前らがいないと俺は一体何処に帰ればいいんだよ。帰る場所がないと、何のために戦ってるのか分からなくなる。だから、お前らが信じて待ってくれてる限り、俺はそこに帰るために頑張れるんだよ」

「……『私』じゃなくて、『お前ら』なのよね……」

「何か言ったか?」

「ううん。何でもない。今はそれでいいわ」

「…?」

 

 アリーゼが何かを誤魔化すように、(かぶり)を振るう。

 合わせて靡く綺麗な赤髪が、俺の肌を撫でると少し擽ったい。

 

「結局あなたにとって私達は、守るべき存在なのよね」

「……それは────」

「でも! レイ、覚えておいて」

 

 そう言うと、アリーゼは俺の目の前でぴしっと指を差す。

 

「必ず、正真正銘。守られるだけの存在じゃなく、貴方のことを助けることのできる存在になってみせる」

 

 声高らかに宣言するアリーゼのこちらを見つめる瞳は、翡翠色に爛々と輝いていて、そこには確かな覚悟が感じ取れた。

 

「もう今でも力になってるんだがなぁ…。まぁ、期待しとくぜ」

「ええ! 期待しておきなさい!!」

 

 そして、アリーゼは満足そうに俺から離れる。

 そこにいたのは、先程までの陰りのある彼女ではなく、ファミリアの団長として、活力があり笑顔を浮かべる、いつものアリーゼ・ローヴェルがそこには立っていた。

 

「あ、アリーゼっ! そんな殿方に抱き着くなんて…そんな淫らな…!」

「仲間同士よ。は、ハグくらい誰だってするでしょう? ほら、リオンとも! ぎゅー!」

「ひゃあ!? 急に、何をするのですか!!」

「受け止めてやれよ、リオン。その団長様、大方さっきまで自分がやってたことを思い返して悶えるのは誤魔化して────」

「あらっ、ライラ! 貴女もハグしてほしいの? もうしょうがないわね~!」

「あっ、おいやめろ! くっつくな、暑苦しい!」

「うちの団長様は…どうしてこう最後までちゃんとできないのでしょうかね…」

「そりゃ、アリーゼだもの」

「そうよ。アリーゼちゃんだもん」

「ふふ、いつも通り。でしょ?」

 

 底抜けに明るく振る舞うアリーゼに巻き込まれるリュー達。

 それを傍から見て呆れる輝夜に加えて、目の前の光景を「アリーゼだから」で片づけるファミリアの面々。

 

【アストレア・ファミリア】にとっての、いつも通りの風景に、俺は思わず笑みを浮かべる。

 

 

 

「────よくここまで戦った。オラリオの冒険者たち」

 

 

 

 それを打ち破るように、軽快な拍手と共にソイツの声はその場に響き渡る。

 戦いの終わったボロボロの大地を、小気味よい靴音を鳴らし、男────邪神エレボスは悠々とそこに歩いてきた。

 

「よく、『悪』(おれたち)を打ち破った。『正義』の諸君」

 

 そして、と言葉を区切るとエレボスは足を止め、その瞳は俺を眼差す。

 

「よくぞ…試練を乗り越えてみせた。新たな『英雄』よ」

 

 その瞳とその言葉には、一点の偽りもない。ただ只管に、敬意と称賛が込められていた。

 

「アンタに褒められてもやっぱりうれしくないわ。男からの称賛は聞く価値無し!」

「じゃあ、美しい女神様からの言葉なら聞くに値するか?」

 

 そう言った、エレボスの後ろからアストレア様が姿を見せる。

 

「「「アストレア様!?」」」

 

「な、なぜ迷宮(ダンジョン)に…」

眷属(あなた)達が必死に戦うとなって、居ても立っても居られなくなってしまったの」

「そ、そんな理由で…」

「やっぱり、アストレア様ってちょっと、いやかなりお転婆ですよね」

「あら、ふふ。でも、そういうところが…?」

「好きなんだよなぁ…!!」

 

 こういうギャップは、俺的には非常に高得点で────「寝てろ」──ぐえ!? か、輝夜さん。最近俺へのツッコミのキレが増してるねぇ…というか、今のはアストレア様が言わせたでしょうに! 

 

「ははっ、最強を倒した英雄様も、可愛い女性の前じゃ形無しか。集団の中での力関係とは、いつの時代も変わらないものだな」

 

「……随分と余裕、ブッこいてんじゃねえか、神様よぉ」

「私たちが貴様を許すとでも思っているのか?」

 

「思うわけないだろう。俺は『絶対悪』。媚びず、泣かず、喚かず、赦しを求めない。憎まれることこそが『悪』の本懐。俺は最後まで嗤い、邪悪を貫き続ける」

「「っ……!」」

 

 この状況でも、エレボスは『絶対悪』としての姿勢を崩さない。何処までも『悪』たる、振る舞いを続けている……ほんと、面の皮が厚いことこの上ないな。

 

「……我々、下界の住人では神を裁けない。故にこの後、速やかに神々の手によってお前は送還される」

「お前の邪悪はここで終いだ、下界の脱落者。……最後に、何か言い残すことはあるか?」

「じゃあ、そうだな……。まず、俺を天界に送るのは、君だ。アストレア。『悪』を葬るならば、それは『正義』の女神でなければならない」

「…………」

 

 その提案を了承したのかしないのか、アストレア様は静かにエレボスを見据える。

 

「そして俺を送還する場所は、高いところがいい。澄んだ空に囲まれていて、不躾な観衆がいない場所。静かで、孤独で、美しい景色の真ん中だ」

「あんた、どんだけ要望すんだ。自分の立場分かってんのか」

 

 その場の全員が、目の前の神の発言に呆れたり、青筋を浮かべたり、その厚かましさに度肝を抜かれたり、三者三様に神という存在の理解不能さを理解(わから)された。

 

「あと一つ。そこらへんに転がってる俺の眷属を見逃してやってくれ。見逃すだけでいい。この後ダンジョンから脱出できなくても、怪物に食い殺されても俺は文句を言わない。だから、見逃してくれ。もっとも、俺に意趣返ししたいのであれば、(おれ)は止めはしないが」

「……わかりました。その申し出、聞き入れます」

「さすが正義の女神、慈悲深い。じゃあ、その慈悲深さに免じてもう一つだけお願いを聞いてくれ」

「…まだあるのか」

「悪いな、我儘で。ただこれだけはどうしても外したくない」

「……何を望むの?」

 

 アストレア様の問いかけに対し、エレボスは答えを示すようにその指先を俺へと向けた。

 

 

「レイ…そしてザルドとアルフィアも。彼らに俺の最後を見届けてもらいたい」

 

 

 ────────────────────

 

「『バベル』の天辺……初めて来たな。なるほど、いい景観だ。ここなら俺も文句はない」

 

 地上は既に真夜中になり、無限に広がる広大な夜空を遍く星々が無数に光を放っていた。

 

「────で、ヘルメス、我が友よ。お前は立会人……俺の処断を見届けに来たというところか?」

 

「ああ。エレボス。別にいいだろう、オレ一人ぐらい……と言いたいところだが、どうやら他にも観客がいるらしい」

 

 羽根つき帽を被った金髪の優男神…ヘルメス様の視線の先にいたのは、さっきエレボスに指名された、俺とザルドとアルフィアの三人。

 二柱の神に連れられ、俺たちもバベルの天辺まで足を運んでいた。

 

「そっちの二人はともかく、彼は確か、アストレア、君の……。何故、彼がこの場所にいる?」

「それは────」

「アストレア様、いいですよ。自分で伝えます」

 

 俺はアストレア様が俺の素性を、ぼかして説明しようとしたのを察して手で制止する。

 そして、俺は自分の両手を開いて、その手に精霊の力を灯す。

 

「!! それは……!」

「これで、証明になりますかね」

「君があの……いや、失礼した。君ほど、この場に相応しい者は他にいないだろうさ」

「そう言ってもらえるとありがたいですね」

 

 夜風が吹き抜けるバベルの頂上。天に最も近い舞台で、神を送り出すための時間が静かに刻まれる。

 

「さぁ、アストレア。一思いに貫いてくれ────ってわけにもいかないか」

「ええ、そうね。私は貴方に聞きたいことが沢山ある。わざわざこんなところまで連れてきたんだから、その分の代価はもらわないとね」

「……やれやれ。格好をつけて、君に後始末を願ったのは、失敗だったか。『絶対悪』らしく、潔く退場したいところなんだが…」

「自分勝手に振る舞う貴方の鼻を明かせて、私はちょっとだけ嬉しいわね。まぁ……今回は、彼にその権利は譲ってあげようかしら」

 

 ……ん? なんでこっち向いて…。

 

「あっ、俺ですか」

「貴方以上に、彼を問い詰めるのに適任な人は他にいないでしょう?」

「アストレア様もそれなりに聞きたいことがあるんじゃないですか?」

「私が聞きたいことは、恐らく貴方が代わりに聞いてくれるわ。勿論、そうじゃなかったらレイが終わった後に私が問い詰めるもの」

「あはは……ヘルメス様もそれで構いませんか?」

 

 俺の問いかけに対し、肯定を示すように帽子を目深に被り、ヘルメス様は道を開ける。

 

 そういうことなら、遠慮なく…。

 

 俺は何処か諦めたように佇んでいるエレボスの前へと、歩み寄る。

 

「俺の意見は聞く耳もたないか……」

「アンタ負けたんだから、意見する権利なんてねえよ」

「おいおい。相変わらず俺に対しては手厳しいな、お前は。……それで、お前は俺に何を問う」

「そうだな……」

 

 聞きたいことは色々とあるが……やっぱりこれだな。

 

「────アンタにとって『正義』とは?」

「────────」

「!! レイ君、それは────」

 

 その問いかけに、ヘルメスは僅かに目を見開き、エレボスは息を吞んだ。

 

「あんたは散々、俺たちに問いかけてきた。『正義』とは何か? その答えを示すよう、訴え続けていた」

「……」

「自らが『悪』の在り方を説くように、アンタは『正義』(おれたち)を何処かに導こうとしていた……自身の考えと『答え合わせ』をするために」

「……何を言ってるか分からないな」

「今更それが通るわけないだろ。全部洗いざらい話すまで、帰さねえぞ」

「まぁそうなるよな」

 

 あんたらはこの件に関しちゃすぐそうやって、誤魔化すからな。この状況だ、今度は逃がさないぜ。

 

 エレボスは観念したように一息吐くと、アストレア様にその視線を向ける。

 

「……君は『正義』に絶対はないといったな、アストレア。俺からすれば、それは間違いだ。俺には『絶対の正義』が分かる。『絶対悪』を標榜していた俺には、分かるんだ」

「それは、なに?」

 

 『正義』の女神(アストレア様)は息を呑み、自らが司る『それ』の答えを、『悪』へと問いかける。

 

「正義とは──────『理想』だ。誰かから示された選択肢を、選ぶことではなく、掴み取ること」

「掴み取る、ねぇ…」

「ああ。選択は二つだけ、じゃない。三つに変えればいい。数多の答えを生み出し、手を伸ばせばいい。

 

 定められた規則(ルール)を、課せられている前提を、知ったことかと笑い飛ばす。ありえないを、ありえるに変える。天秤を打ち壊す。……なんだっていい。

 

 人々はそれこそを『正義』と信じ────神々は、それを『英雄』と讃える」

 

 その言葉は、人も、神々さえも手玉に取った『悪』が告げた、確かな真実だった。

 

「それが、アンタの答え……。それこそが、アンタの目的だったわけだ」

「ああ……。といっても『答え合わせ』に関しては、お前との問答の時点で概ね終わっていたが。お前が俺の問いかけに『トロッコを壊す』なんて選択を示したときは、正直かなり心が躍った」

 

 トロッコ……アスフィさんか民衆かを選ばせた、あの時のことか。

 

「そこからは、もうすでに二人から聞いているだろう。俺たちはお前に『試練』を与え、そしてお前はそれを見事に乗り越えてみせた」

「まんまと利用されたわけだ……。目的も結局は自分の知的欲求を満たすためだったし、本当に神ってやつはいけ好かないな」

 

 全部この神の目論見通り……けっ、いやになるね。

 

「そう怒るなよ、レイ。それに何もかもが予想通りだったわけじゃない。正直、あの二人に勝つとまでは思ってなかった。全力の二人を相手に、最後まで立ち向かうだけでも十分だった……それをお前はあろうことか打ち勝ってみせた。流石に、これは予想外。俺も面食らったよ」

「……そいつは良かった」

 

 少しはあんたの思惑を、上回ったってんなら、多少は俺の溜飲も下がるってもんだ。

 それで……

 

「こんだけのことをしでかして、アンタは……満足したのかよ」

「──────嗚呼、満足だ。俺の『理想』が間違いじゃなかったと、他ならぬお前が証明してくれた。

 

 ありがとう、レイ」

 

「そっか…」

 

 俺はそう呟いて、天を…星が煌めく夜空を見上げる。

 そこには数多ある星それぞれが光り輝き、まるで、掴み取る無数の選択を…道標を…示しているように見えた。

 

「……なぁ、レイ」

「なんだよ」

「アルフィアとザルドはどうなるんだ? お前のことだ、二人を生かす物語(シナリオ)はできてるんだろ」

「……一人の邪神様に騙された、憐れな被害者になってもらう」

 

家族や大切なものを人質に取られ、やりたくないこともやらされた可哀想な二人。

 

「そして、アンタは悪逆非道、最低最悪の邪神役だ。まさしくピッタリの配役だろ」

「ふっ、そうだな。演じる必要もない。まさしく俺に相応しい天職だ。嗚呼! 純真な子ども達を言葉巧みに騙くらかし利用した、俺はなんて最悪な神様なんだ…!」

 

 ……ほとんど事実とは言え、自分一人に罪を背負わされてるってのに。なんで…嬉しそうなんだよ、この人。

 

「良かったじゃないか、ザルド、アルフィア。ここが死に場所にならなくて済んで」

「……」

「エレボス……」

 

 そう……この『悲劇』は、一人の悪い神様を倒せば、終幕する物語。

 

 ────逆を言えば、そいつだけはどう頑張っても、裁きを逃れられないってことだ。

 

 史上稀にみる悪神を一人、天界に送還すれば、すべてが丸く収まってくれる。

 本神(ほんにん)もそれを受け入れている。これほど楽な話もない……それは分かってる。

 

「…………なぁ、エレボス。やっぱり────」

 

「ダメだよ、レイ。それはダメだ。俺が赦されるのは、筋が通らない」

 

「っ……!」

「それをしてしまえば、脚本が破綻してしまう。諸悪の根源である俺を葬り、大団円(ハッピーエンド)。それが最も綺麗な幕引きだ。…そうだろ?」

「……そう、だな」

 

 けど、あんたがこんなことしたのは、俺たちを……この下界のためを想って……。

 

「お前は……優しい子だな。こんな俺さえ救おうとするか。だが、いいんだよ、俺は。ここで邪神として討伐されるのが、俺の結末だ」

「……なら、せめて俺がお前を────」

「それもダメだ」

「っ……なんで……!」

「お前は優しいから、俺を自身の手で送還したことを一生この底に澱ませる。俺はお前の瑕疵になりたくない……『英雄』の足枷にはなりたくない。俺はお前の記憶に、最後まで『悪』として残っていたいのさ」

 

 微笑むエレボスの瞳は、どこまでも暖かくて、親を子どもを案じるような優しいもの。

 

「……他に方法はなかったのかよ……」

「ないさ。お前も分かっているだろう? 今の下界に猶予はない。早急に時計の針を進める必要があったんだよ。俺の意思で、この惨劇を始めたんだ」

 

 だから、お前が悲しむ必要はない。その目は、存外にそう物語っていた。

 

「……今更、良い神ぶってんじゃねえよ。大体、俺が思ったのは、アストレア様みたいな超絶美人なお姉さんがわざわざ手を下すのは、アンタには勿体無いってだけだよ」

「はははっ、俺もどうせなら、最後は綺麗な女性に見送られたいな」

 

 はぁ……。結局全部、この神様の目論見通りかよ。

 

 なんか────無性に腹が立ってきたな。

 何もかんも、掌の上だと思うと、めっちゃムカついてきた。

 

 あぁもうこの際、何でもいいか。

 どうせこれが最後なんだ。正直に全部打ち明けてしまおう。

 

 それが例え──────『英雄』には相応しくない言葉だとしても……。

 

「……なぁ」

「ん? どうし──────」

 

 俺はこれを──────

 

 

 

 

 

 

 

「────ありがとう。神様」

 

 ────『感謝』を。……アンタに伝えたかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「────────」

「アンタは確かに取り返しのつかないことをした。アンタに感謝するなんてどうかしてるんだろう。

 

 でも、俺は確かにアンタに助けられた。アンタが俺の迷いに踏み込んで来なければ、俺は過去に縛られたままだったかもしれない。だから、改めて礼を言う。ありがとよ、邪神様」

 

 これは、願望だ。叶いもしない夢物語。

 

「……エレボス。俺は叶うなら──────『貴方』の眷属(ファミリア)になってみたかったよ」

「──────お、まえ…」

「アンタの身勝手に振り回されて、アンタと一緒に飯を食い、酒を飲み…他愛もない話や好きな女性の趣味について語り合って……そんな最高の日々が送れたと、俺は思う」

 

 それは、都市を破滅に追い込んだ『悪』に言うこととしては、あまりにも的外れ。

 都市を救った『英雄』が、言うのはあまりにも似つかわしくないのだろう。

 ふざけるな、と人々から批判を受けるかもしれない。

 

 ただ、もう一生語ることの出来ないというならば、俺は伝えずに後悔はしたくなかった。

 

「…………は、ははっ…。なんだ、それ。都市を無茶苦茶にした邪神に向けるべき、言葉じゃないな……!」

「そうだな。けど……アンタに意趣返しできたってなら、俺にとっては一番の褒賞だよ」

 

「「神エレボス」」

 

 気づけば、俺の後ろに立っていたザルドとアルフィアが、エレボスへと声を届ける。

 

「お前に、終わりを待つだけだった私達に、最悪(さいこう)の舞台を用意してくれたことへ、感謝を…」

「そして、下界のために起こした、その愚行(こうどう)に敬意を払う」

 

「おいおい……俺は『絶対悪』だぞ……。そんな俺に、こんな結末を用意するとは……少しばかり贅沢が過ぎるな……」

 

 その顔に浮かぶのは、こちらを憂う優しき微笑みではなく、ただ歓喜に綻んで生まれる笑顔だった。

 

「泣いたっていいんだぜ?」

「……泣かないさ。最後まで『悪』として、格好つけさせてもらおう」

「へっ、それは残念だな……よし。じゃあ、最後に俺のとっておきの秘密を教えてやる」

「何だ。前に言ってた、お前の女の好みでも教えてくれるのか?」

「そんな話よく覚えてんな」

「見定めたい男との大事な問答だ。他のお前との会話も鮮明に記憶されているぞ」

「えぇ…きもぉ。っていうか、それは俺の親友達にしか教えないって言っただろ」

 

 それにこの秘密は……まだ、()()()()()()()()俺の極秘情報(とっておき)だからな。

 

 俺は、エレボスにしか聞こえないよう、耳元に口を近づけて呟いた。

 

 それは、物語では語られず、作者が知己にだけ話す裏話みたいなもの……。

 

「俺は────────」

 

「──────────はっ…はははははははっ!!」

 

 俺が話した瞬間、エレボスは堰を切ったように、豪快に笑い声を上げる。

 

「────はぁ……それ、俺以外に言ったやつは?」

「知っているやつはいる。だけど、俺が直接伝えたのは、アンタだけだよ、エレボス」

「なら、他の奴…いや、他の神には絶対に話すなよ。ヘルメスにも、アストレアにもだ! 俺だけが『英雄』から直接伝えられた、最初で最後の傾聴者でありたい!」

「…ああ。分かったよ」

 

 この上なく面白いことを聞いたように、興奮した様子でエレボスは饒舌に語る。

 

「……レイ。何を話したの?」

「ごめんなさい、アストレア様。もう誰にも話さないって約束しちゃったんで…」

「……ダメ?」

 

 頭を低くし、人さし指は口元に、そして上目遣いでアストレア様はそれはそれは、あざとかわいい仕草で懇願してくる。

 

「!!? う、うおぉ…! じ、実は…!」

「あ、あれぇ? レイ君さっきまで、あんなにかっこよかったのに、もうすぐ話そうとしてないかい…?」

「…レイは美人に滅法弱いからな。甘い罠(ハニートラップ)なんて、簡単に引っかかるだろうさ」

 

 ……はっ! 危ない危ない。危うく全部(ゲロ)しちまうとこだったぜ。

 

「だ、駄目ですよ。男と男の約束なんですから」

「もう、意地悪」

 

 ふぅ…俺じゃなきゃヤバかったかもな…! まったく、アストレア様は油断も隙もない! 

 

 俺は苦難を乗り越え、一仕事終えたような気持ちで、汗を拭う。

 

「しかし……ようやく合点がいった。違和感はあったが、まさか見ていた作品が、物語の続き(2クール目)だったとは……通りで見てて違和感のある描写があるわけだ」

「……いや、始まりだよ。俺という物語の1(ページ)目はここなんだ。ここまでの話は、長い長い前置き(プロローグ)だったってわけ」

「そうか……。なら、そんな奇跡の誕生に立ち会えたことに、感謝しないとな」

 

 どこか子供のようにエレボスは笑った。

 

「……見といてくれよ。俺のこれから進む道を」

「……嗚呼。見ておくぞ、英雄。精々、この俺を退屈させてくれるなよ」

「当然だ」

 

 噛み締めるように話す、エレボスに対して俺は拳を突きだし、エレボスもそれに合わせて拳を突き合わせる。

 

 そして、互いにふっと笑ってから、俺は拳を戻して、エレボスに背を向ける。

 

「それじゃあ、アストレア様。後はお願いします」

「……もういいの?」

「ええ。言いたいことは言えた。俺もあの(ひと)も満足です」

「──────分かった」

 

 俺と入れ替わるように、アストレア様がエレボスの前へと出る。

 

「……最後に。一つだけ教えて、エレボス」

「………なんだ」

 

 正義の女神は、息を呑んで、その問いかけを口にする。

 

 

 

「貴方は──────この下界を愛していた?」

 

 

 

 裁きを下す銀剣を手に、アストレア様は最後の問いを投げかけた。

 

 多くの悲鳴と、悲痛を生み出した残虐非道の邪神様は…この世界を一体どう思っていたのか。

 

 答えは当然決まっている──────。

 

 

 

 

 

 

「──────当たり前じゃないか、アストレア。

 

 俺は子供達が、大好きさ」

 

 

 

 

 

 

 ────その日、一柱の神が天へと還った。

 

 

 二柱の神と、()()の子供達に、その最期を見守られながら。

 

 都市を揺るがす『大抗争』は、その時、終わったのだ。

 





まぁ、勘の良い方なら気づいている人もいると思いますが、最後にレイが言った内容は、

「そっくりさんではない」

とだけ、言っておきます。

ここから原作開始までに起こる事件について(2番目ので行くつもりでした)

  • こういうこともあったって感じで飛ばす
  • 一旦飛ばすけど、後でその時の詳細を描く
  • 最初から書いてから原作を始める
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