「さて、今日も巡回行きますか」
俺はこの前輝夜に選んで貰った服を着て、腰に刀を差し、オラリオの町へと繰り出した。最近は闇派閥商店街をを歩きながら町の人々に挨拶をする。
「皆さん、おはようございまぁす!」
「お、アストレア様のとこの坊主か、今日も元気だな」
「レイちゃん、この前は積み荷の運搬手伝ってくれて助かったよ、ありがとねぇ」
「いえいえ、冒険者として市民に奉仕するのは当たり前ですよ」
「おい、レイの坊主!てめぇこの前は黒髪の綺麗な姉ちゃんと一緒に歩いてやがったな?羨ましい野郎だ!ひとつ持ってけ!」
「おっと、サンキューおじさん!」
果物屋のおじさんが何か文句言いながらも投げてきたリンゴを片手で掴んでそのまま皮ごと囓りつく。
「うん、やはりここのは美味いわ。他のとこより新鮮な気がする」
町にはそれなりに人が通い、露店もそれなりに繁盛してる…いやほんと毎日こんくらい平和であって欲しいねぇ。
そんな願いを込めて、最後の一口を飲み込む──────
「おい!泥棒ォ!誰かそいつを捕まえてくれぇ!」
「...フラグ回収するの早過ぎだろ」
流石に早すぎる平穏の終わりにため息をついた俺は、食べかけのりんごを懐に入れると、建物の屋根の上に乗ってお目当ての人物を探す。
「お、あれっぽいな」
視界の先、群衆を突き飛ばしながら走る小汚い男を捉える。俺は屋根から屋根へと身軽に飛び移り、少し先を走る男の背中を追う。
「なんか、この前も盗難あったよな。やっぱり今の時期は治安は悪いんだな。さて追いついたっと」
屋根から飛び降り犯人の逃走経路に立つ。
「おい。追いかけっ子はおしまいだぜ、おっさん」
「な!?邪魔だ、お前っ!!」
いきなり現れた俺に驚いた犯人がこちらに殴りかかってくる。俺はそれを最小限の動きで躱すと、突き出された左腕の手首を掴みそのまま後ろに回り込んで男を石畳の上に組み伏せる。
「ぐお!?」
「はい、一丁上がり。さぁ、奪ったモンは返してもらおうか」
俺は男の持っているお金の入った袋を回収し、男を後からやってきたガネーシャファミリアの憲兵に引き渡したあとに、盗まれた人にお金を返しに行った。
「ありがとな兄ちゃん、助かったよ」
「いえいえ、次は盗まれないように気をつけてくださいね」
そして俺が巡回に戻ろうとすると、
「君すごいね!あっという間に捕まえちゃった!」
背後から聞こえた弾むような声に、思わず振り返る。
そして俺は目に映る景色に瞠目する。
そこに立っていたのは、透き通るような青い髪をした、天真爛漫な笑顔の少女────
「はじめましてかな。わたしh...」
「結婚してください」
「────ふぇ?」
感じた滲み出る天使のオーラに思わず、その人に求婚していた…って
「はっ!つい反射的にやっちまった...」
「えぇ...」
「申し訳ない、名前を聞かせてもらっても?」
その少女は俺の言葉に呆れたように笑って言った。
「改めまして!品行方正で人懐っこくてシャクティお姉ちゃんの妹でガネーシャファミリアのアーディ・ヴァルマだよ!じゃじゃーん!」
「なんかすごい説明口調な自己紹介だった。でもかわいい。」
「もう!からかわないでよ!それで君の名前は?」
「あぁ、俺は自由奔放でイケメンでアストレアファミリアの眷属(仮)でお調子者のレイ・オーガだぜ!じゃじゃーん」
「...」
「...乗ってあげたんだからなにか反応してもらえませんかね」
「ぷっあはははは。そっか、君がアリーゼが言ってた新しいお仲間さんかぁ…聞いてた通り面白い人だね」
「アリーゼの知り合いなのか。面白いって…アイツは俺のことをどんな風に言ってたんだ」
「お調子者で軟派者で女の子好きの変人って聞いてるよ」
「女の子好き以外は認めたくないものだな」
俺は決して軟派でも、変人でもない。ただ魅力的な女の子には声をかけずにはいられないだけだ。
「ねぇレイ、今巡回の途中だよね?私もついていっていいかな?」
「いいぜ。俺は女の子のお誘いは断らない主義だ」
俺はアーディと一緒に会話をしながらオラリオの巡回を始めた。
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「それでな、俺がちょっと肩に触れちゃったらさぁ、リューが『触るな!』って言って俺のこと投げ飛ばしたんよ」
「あはは、リオンはエルフだからね。エルフは自分が心を許していない人に触れられると拒否反応が出ちゃうから。災難だったね」
「あいつに似た俺の昔の知人のエルフは一緒に酒飲んだり、肩組んで歌ったりしてたんだけどなぁ」
「そういうエルフのほうが珍しいよ」
常に周りに伺いながら会話をしていると、かなりの時間が経ったようで空が赤橙色に染まっていた。
ふと、アーディの横を歩く彼女のポーチから、何かが滑り落ちる。
「ん?なんか本が落ちたぞ」
「え、ごめんごめんポーチが空いてたのかな」
それを拾い上げようとした際、表紙のタイトルが偶然目に映った。そこに記されていた名は──
「ッ!...『アルゴノゥト』...」
「あ、知ってるの?私その本大好きなんだぁ。だからいつもポーチに入れてるの!」
笑顔でそう話すアーディに俺の表面を手で払ってからアーディに返す。
「あぁ知ってるよ」
わざわざ読む必要もないほどに、あの日々の記憶は今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる…
その物語は『英雄譚』ではない。
地方の村から出た『英雄』を夢見る少年が色々騒動に巻き込まれて、なし崩し的に『英雄』になる────そんな『喜劇』に過ぎない。
英雄アルゴノゥトこそ『始まりの英雄』なんて唱える人もいるが、それは少数だ。
ほとんどの奴が彼を舞台で面白可笑しく踊る『道化』として扱う。
でも、そんな彼こそ俺が誰よりも尊敬する少年にして英雄だ。
誰よりも近くであいつの生き様を見てきた。本に載っていないあいつの情けなさも…その裏にある誰よりも気高い覚悟も…全部知っている────
「レイ?聞いてる?」
「ん?あぁ何だっけ」
「私ね。この話でこの
「!!」
そいつは……
「……なんで?」
「え?だってさ、アルゴノゥトがどんな無茶なことをしても一緒にいてくれるし、ピンチのときにはいつでも駆けつけてくれるし、おまけにすごく強いし。凄くかっこよくない?」
目をキラキラさせて零牙という男について語るアーディから、俺は耐えきれずに目をそらしてしまう。
「...アーディには悪いけど…」
『零牙』。
その名は、アルゴノゥトに出てくる登場人物の中で唯一人────
「俺はそいつは嫌いだよ」
俺が大嫌いな存在だ。
「え?どうして?」
「…そいつは自分で考えることもせずにアルゴノゥトについていってるだけだ。自分では動こうとせず、やることなすこと全てがアルゴノゥトの猿真似に過ぎない」
自分ではどうすればいいのか分からないから、アルゴノゥトという光に縋る醜い蛾。光が消えれば、どこへ飛べばいいかすら忘れて地面を這いずるしかない、羽の折れた惨めな虫だ。
「裏切らないのは彼についていく以外に生き方を知らないだけ。助けに来るのは自分を導く『正解』が失われるのを恐れているだけ……本当、吐き気がするほど独りよがりな理由に過ぎないんだよ」
彼がいなくなれば、自分は何者でもなくなってしまう。
それが怖くて、震える足で必死に背中を追いかけた。
全ては自分のため。
自分の拠り所である『英雄』が失われると、自分の形を保てなくなるから。
英雄達に囲まれ、彼らの輝きに当てられて、自分も何者かになれたんじゃないかと錯覚しただけの半端物。
それが『愚者』────零牙の正体だ。
そして、今も親友の『夢』のために届きもしない理想に手を伸ばし、光に成り代わらんと藻掻き続けている。
(ははっ…何も変わってねぇじゃねぇか……)
俯いたまま、喉の奥から乾いた笑いが漏れた。地面に落ちた自分の影が、反吐が出るほど醜く歪んで見える。
「うーん」
吐き捨てるように言い切った後、何か頭を捻るような声が耳に届き、ふと我に返る。
アーディはただ自分の好きな登場人物を話しただけだ。
それに対して、身勝手に自分の意見を押し付けて…そんな権利、俺にはないだろ。
俺は強張った頬の筋肉を無理やり動かし、心臓の奥にドロリとした感情を押し込むと、いつもの軽薄な
「まぁこれは俺の意見だ!考え方は人それぞれだからな。あんま気にしないで────」
「私はそんなことないと思うけどな」
その言葉は、濁りきった俺の胸の奥にあまりにも場違いなほど清らかな波紋を広げた。
足を止めて振り返った先にいた彼女は夕闇の影さえも跳ね返すような真っ直ぐな瞳で俺を見ていた。
「たとえそうでも、彼がアルゴノゥトの真似をすることを選んだってことはそんな彼のようになりたいって思ったわけだし、真似することが人を助けることに繋がると思ったからなんじゃないかな?」
(…違う。そんな高尚な人間じゃない。本当に何も考えずにただ…)
反論しようとして、喉の奥が引き攣った。
そんな高尚な理由じゃない。俺はただ光が消えるのが怖くて縋り付いただけの臆病な寄生虫だ。
泥を舐め、血を啜り、嘘を塗り固めて生きてきた俺にとって、アーディの言葉はあまりに純粋で、そして──残酷なほどに「眩しい」。
「それに…」
俺の卑屈な葛藤なんて露知らず、アーディはその顔に聖女のような優しい笑みを浮かべる。
「彼のお陰で笑顔になった人もいたんじゃないかな?でなきゃ『喜劇』に登場することは無かったはずだよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の奥底に凍りついていた「あの日」の情景が僅かに震えた。
かつての親友がボロボロになりながらも俺に見せた、あの馬鹿げた笑顔。
あいつが「喜劇」だと言い張ったあの日々に、俺という存在が、僅かでも──本当に僅かでも、あいつの笑みに寄与していたのだとしたら。
「…ははっ、そうかもなぁ」
(危ない危ない…危うく「自分」を肯定しかけた。)
アーディの言うことは確かに「正しい」…だが、俺の心が薄汚い欲望と依存に塗れていたことは変わらない事実だ。
それでも、まるで光そのもののようなアーディの言葉は──間違いじゃなかったのかもしれないと、ほんの少し、一瞬だけ…そう思わせる。
そして、故にその彼女の純然たる「善意」と「正しさ」が余計に醜悪な俺の心を深く抉る。
「むぅ、なんかはぐらかされた感じがする」
「本の解釈であれこれ口論するほど子供じゃないんでね」
視線を逸らし、自嘲を飲み込む。
彼女の純粋さに当てられて、これ以上自分の醜さを晒すのが耐えられなかった。
「そっちが最初に始めたじゃん!」
「…そう言ってくれてる人が少しでもいるなら、俺も居て
届かないと分かっていても…
彼女が信じる「零牙」という像が、俺という本物よりもずっと輝いているとしても…
ほんの少しの救いを認めかけた自分を誤魔化すように、俺はわざとらしく肩をすくめた。
「ん?レイなんか言った?」
「なんでもないよ。これからどっか飲みに行こうぜ、俺の奢りだ」
彼女の輝きにこれ以上自分の闇を浸食されないように…俺はいつもの「お調子者のレイ」という仮面をきつく締め直し、無理やり表情を重ねる。
「お、いいね!巡回も終わったし、行っちゃおっか!」
「それではお姫様お手をこちらに」
「ふふっエスコート任せたよ!」
差し出した手の上に、アーディの柔らかな手の温もりが乗る。
その温かさが、今の俺には酷く痛くて──けれど、手放したくないほどに、心地よかった。
夕暮れ時のオラリオ、長く伸びる二人の影を見つめながら、俺は再び、答えの出ない迷路の中へと歩き出した。
メロンカントクさん☆9評価ありがとうございます!!発狂しました!他の人も、なんでもいいから評価をもらえると励みになります!
ところでアーディって可愛くないですか?