この作品のシャーレに入部している生徒は、作者のシャーレに入部している(つまり作者がゲームで所持している)キャラとなります。
プロローグ①
トリニティ総合学園3年生の聖園ミカは、初めて肉眼で見るシャーレオフィスの建物をゆっくりと見上げた。
思いのほか感動はなかった。トリニティの自治区の外へ出るのが久しぶりだというのに、すでに自治区では滅多に見かけない近代的なビルを見飽きてしまったのか。
それとも、あの建物の中にシャーレの先生が居ないのが分かり切っているからか。
「……あ~、漸く着いたぁ」
口に出してみるも、やはり感動は胸を満たさない。寧ろ虚しさと気怠さを覚えた。
溜息をつき、ミカは肩から下げていた鞄から取り出したIDカードを、出入り口の入退室管理用の端末に押し当てる。モニターにはミカの顔写真と名前、そして連邦捜査部「シャーレ」のロゴマークが表示される。数日前にミカの手元に届いたばかりの新品のカードだ。
自分の名前の横にトリニティの校章マークが掲げられていないのも、余り違和感を感じない。ティーパーティーに就任していたころは殆ど顔パスで、学生証など使う機会が殆ど無かったからだろう。
電子音と共に自動ドアがスライドする。中に入ると、暖房の風がミカの髪を揺らした。
「おじゃましまーす」
一応言うだけ言ってみるも、周囲に誰も居ないのは入室した直後から分かっていたことだ。エデン条約に関する諸々の事件以降、様々な悪感情に塗れた視線と罵声を浴び続けてきたと言うのに、周りに誰も居ないのはそれはそれで寂しさを感じるのだから不思議なものだ。
IDカードと共にミカの手に届けられたシャーレオフィスの地図を頭の中で思い出しながら、ミカはスタスタと歩き始める。
オフィスロビーの壁に掛けられているデジタルカレンダーの日付をチラリと見る。聖園ミカがシャーレに入部して初めての仕事を行う、3日前の日付だった。
◆
総合学園の生徒にして元ティーパーティー、現一般生徒である聖園ミカが連邦生徒会の超法規的機関シャーレに入部するまでには、トリニティ上層部のほぼ全員を巻き込んだ騒動があった。ドラマであれば1シーズンは稼げそうなくらいの非常に濃い騒動である。
エデン条約に関する諸事件の後始末を一先ず終えたトリニティ上層部は、生徒会長権限を持つ桐藤ナギサとシスターフッドのリーダー歌住サクラコ、救護騎士団団長を務める蒼森ミネ、そして諸々の事情で生徒会長権限(ホスト)を手に入れてはいないものの、ナギサを補助しつつティーパーティーの一員として働く百合園セイアの4名を中心にまとまり(ティーパーティーが機能不全に陥っていたころと比べて)つつも、新たな問題に直面していた。
いや、正確に言えば、目を逸らしつつ後回しにしてきた難題に漸く向き合ったというべきか。トリニティ上層部、いや、トリニティである程度の役職を持つ生徒や、それなりに正確な情報を入手し俯瞰的に考えられるだけの時間的余裕がある生徒であれば、誰もがうすうすと感じていた問題。
つまりは、
「――トリニティ、シャーレの先生に借りを作りすぎじゃない?」
という問題である。
ほんの数カ月前はこうではなかった。寧ろアビドス対策委員会の件で、先生の方がティーパーティー(というよりはナギサ)に借りがあった。それが今やこの有様。いったいどうしてこうなった。
だからどうした、という話ではある。シャーレの先生は「生徒のために先生が動くのは当然」「先生が生徒の味方でいるのは当然」「そもそもシャーレは生徒のための組織だし、私は生徒を助けるためにここにいる」という考えを持っており、実際に常々口に出している。そんなことはトリニティ上層部も一般のトリニティ生徒も知っている。
しかし、シャーレが連邦生徒会の組織であり、トリニティ総合学園が自治組織であるというのもまた事実。何より先生がエデン条約に関わってきた根本的原因はティーパーティーにある。
翻ってみれば先生はトリニティのために奔走し、トリニティは外部組織であるはずのシャーレの先生を長期間拘束してしまった。事件が解決した後も、先生は関係者のフォローやアフターケアに尽力してくれた。これだけでもトリニティ上層部は先生に頭を下げるしかないというのに、挙句の果てにはエデン条約締結日に先生を護りきれなかったという大失態である。しかも仕方がないとはいえ、治療を終えたばかりの先生をさらに働かせてしまうという始末。その間、肝心のナギサはベッドの中だ。
勿論、事件の解決にはトリニティの生徒も大きく貢献した。しかしアリウス分校の攻撃から先生を護ったのはトリニティの生徒だけではないし、アリウスの自治区から先生の脱出を助けたのは全てが解決した後だ。それで「先生、あの時の借りは返しましたよ」などと言うのは恥知らずが過ぎる。無論、実際にそんなことを口に出したトリニティ生はいない。言ってしまえば周囲から「頭ゲヘナか」とゴミを見るような目を向けられること請け合いだ。
だからこそ、少しでも借りは返さなくては。ではどうやって返せばよいのか。
これから先、シャーレの先生が危機に陥ったら総力を挙げて助ける? 当然過ぎる話だ。大体、この先いつ訪れるかわからない、そもそも訪れるかもわからない先生の危機を待ってどうする。
そこで考えられたのが、シャーレに人員を送り込むことだ。シャーレは多忙である。常に大量の依頼や相談が舞い込んでおり、常時キャパオーバー寸前である。先生は何度も過労で死にかけているのだ。それでも色々な雑務を行い、トラブルや事件が起これば積極的に戦闘を指揮している。
このため、シャーレは常に部員を募集している。現在シャーレには70名を超える生徒が所属しているが、基本的にシャーレ専属の生徒はおらずほぼ全ての生徒が母校での部活や委員会と兼任していることと、先生が生徒を自分の手伝いのために長時間拘束することを良しとしていないことなどを理由に、大半の生徒が数日に一度、精々数時間ほどシャーレの手伝いに行くにとどまっている。設立時とは比較にならない程部員が増えたシャーレだが、それでも人手は足りていない。
あまりの先生の惨状に涙を流した多数の生徒が隙を見ては先生の手伝いに行き、メディカルチェックをしたり家事のサポートをしたりしているが、はっきり言って焼け石に水である。
なお、シャーレはやろうと思えばあらゆる学校からあらゆる生徒を引っ張ってくることも法的には可能であるが、先生は生徒を無理矢理シャーレに入れることを嫌っている。このためシャーレの部員は、基本的には自らの意思で応募している。単純にシャーレの仕事に興味を持った者もいれば、先に先生と知り合いになって先生個人の力になりたいと考えた者もいる。中には先生すら気付かずにいつの間にかシャーレの名簿に名前が書かれ、IDカードを持った生徒もいる。所属する学校の上層部からの命令でシャーレに入部した者もいないわけではないのだが、彼女たちも完全にシャーレライフを満喫している。無理矢理シャーレで働かされている者は、現状では1人もいない。
なお、先生が就任した直後に入部した所謂古参勢が、全員母校はおろか他校にまで名前が知られている実力者や、母校を代表する役職についている者だったお陰で、シャーレに応募するハードルが爆上がりしたことは、各学園の上層部だけが知る公然の秘密である。
兎に角、シャーレは常に人手不足。だから少しでも恩返しをするために、ちょっとした臨時のヘルプとかではなく新たにトリニティ生徒をシャーレに入部させよう。その意見は早々出た。そして、多くのトリニティ上層部が賛成した。しかし、ここからが大変だった。
では、誰が入部するのか? そもそも候補が限られていたのである。まず、少しは落ち着いたとはいえ、それは従来のティーパーティー体制が爆発四散した直後と比べればという話。ナギサは多忙を極めているためとてもシャーレの部員として活動できる時間が取れない。仕事もあるうえに未だに体調が万全ではなく、元々身体が弱かったセイアも除外。
長年閉鎖的な、言い換えれば自己完結型の組織であり続けてきたシスターフッドのサクラコも当然忙しい。シスターフッドのリーダーの職務は、規模の小さい学校の生徒会長と同等クラスの多忙さである。こちらも除外。
政治に関わるようになってきたとはいえ、元々政治的要素が薄すぎた救護騎士団長ミネはシャーレで働く時間は取れるが、そもそもトリニティの一般生徒からすら狂人呼ばわりされているような人物である。ミネがシャーレで働けば、下手すれば先生の仕事が増えかねない。安易にシャーレに送りこめないので、論外。
となると誰を送ればよいのか。どうせ恩返しのためにシャーレに入部させるのならば、有事の際にシャーレの戦力になる生徒が良い。書類仕事とか雑事とかもこなせるのであればさらに良い。
正義実現委員会? すでに委員長の剣先ツルギ、副委員長の羽川ハスミ、さらには一般隊員の有望株である静山マシロと、ほぼシャーレに取り込まれつつある補習授業部の部員も兼ねる下江コハルの4名がシャーレに所属している。そもそも委員長と副委員長のタッグがシャーレ部員として戦闘することすらあるというのに、今更一般隊員を送り込んで借りを返すも何もない。
シスターフッドからも伊落マリーと若葉ヒナタの2名がシャーレに入部している。そもそもシスターフッド部員は戦闘のプロでも事務のプロでもない、慈善事業が本業だ。ヘルプとしてシャーレを手伝わせるなら兎も角、入部させるとなるとなかなか候補がいない。
救護騎士団も似たようなものだ。鷲見セリナと朝顔ハナエがすでにシャーレに入部しており、あの手この手で先生をサポートしている。1人の治療や健康管理に救護騎士団2名とか、ナギサも羨むレベルの体制である。ナギサだってトラウマ治療に専念したいのだ。
考え始めてみると、トリニティが誇る実力者や主要な部活・委員会の大半に、すでにシャーレに所属している生徒が複数人いることに多くの者が今更ながらに驚愕する。一部の生徒からは都市伝説扱いされることすらあるほど出不精として知られる図書委員長の古関ウイすら、いつの間にかシャーレに入部していた。
シャーレに入部するためには希望者個人の申請と先生の許可さえあればよく、所属する学校及び生徒会の認可は不要である。一応入部後にシャーレから入部者の所属する学校へ連絡がいくが、別に学校が変わるわけでもないので問題視されることは全くない。ナギサもその1人であったが故に、いつの間にやらこのようなことになっていたことに気付かなかった。
そして誰もが呆然としている間に、気が付けばミネ団長がシャーレに入部申請を出していて議論はさらに荒れた。荒れたというよりも、トリニティ上層部の少なからずが慌てた。
「浦和ハナコさんに続いて蒼森ミネ団長もシャーレに入れるとか、はたから見ればシャーレに対する宣戦布告では?」
などと言った者もいた。実にひどい話である。なお、発言者を諫める者はいたが、内容を否定する者はいなかった。
ミネは救護騎士団の団長である以上当然救護の知識はあるし、戦闘能力も高い。行動や思考回路がアレとはいえ曲がりなりにも一組織の団長なので事務能力もあるため、シャーレを手伝う者としての条件は揃っている。そしてシャーレの手伝いをする時間的余裕はあるし、何よりトリニティ上層部の一員である自分がシャーレに入部すれば、対外的にもトリニティは先生へ借りを返そうとしているというアピールになるだろう。
ミネ本人はいつもの平然とした表情で、理路整然と自分の行動の正しさをナギサに語った。
正論である。ミネの性格と気質を除けば。とはいえ流石のナギサも、断言したミネに向かって「貴女は性格とかがアウトです」とは言えない。力説するミネの足元の大理石が無残なことになっていくのを眺めながら、ナギサは遠い目をするしかなかった。せめて申請を出す前に言ってくれ。
そんな中、ミネに続いてとある人物がシャーレに入部したいと言い出した。
そう、聖園ミカである。
プロローグの後にミカがシャーレに入るためにあれこれ準備して(覚悟を決めて)、そしてシャーレに入って、あとはもうミカの楽しいシャーレ満喫ライフを書いていきます。
最終編のアレが始まるまでに、ちょっとくらいミカが幸せな毎日を過ごしてもいいじゃないですかってことで。