「……やっぱりSRTは廃止して正解だったようね。連邦生徒会も偶には良い判断をするじゃない」
先生に密着するミヤコを見つけたユウカの第一声がこれである。恐ろしい程に冷徹な声で、ユウカは静かにミヤコの後頭部を見つめていた。
「スナイパーを連れてくるべきだったね。今からでもミユさんを呼ぶ? 潜入任務をして挙句にあの光景をスコープ越しに見せつけられたら、ミユさんだってノータイムでミヤコさんの頭を撃つと思うよ」
平坦な声でそう言ったのはハレだ。目を細め、タブレットを苛立たし気に指先で弾いた。光を排除した冷たい瞳でシャーレの仲間を見つめている。
ここにいる5人の装備では、この場で銃を構えたところでミヤコだけを狙うのは困難である。
「同じ学校同士の者の絆など、恋の前では儚いですからねぇ……まぁ、それを止めるためにあれこれしてたら、スモークグレネード投げるのに失敗する確率がちょっと減りましたけど……」
諦めたように呟くキリノも、苦笑はしているが目から光は失われている。シャーレでも古参の彼女は、これまで多くの光景をシャーレで目撃してきたが故の、しみじみとした言葉であった。
なお、キリノはスモークグレネードの信管を外している最中に落としてしまい、慌ててスモークグレネードを蹴り飛ばすということをよくやらかしている。
「え、何あれ見ててすごいムカつくんだけど。ねぇ、この座席剥がしてあの子にぶつけていい?」
「聖園さん、やめてください!」
ミカは完全な真顔でミヤコが先生へ伸ばしている腕を睨みつけている。ミカが何気なく上げた右腕から、ゴキゴキゴキと乙女の細腕からとは思えない物騒な音が鳴るのを聞いたキリノが悲鳴を上げつつ止める。
そしてもう一人、イズナは歯をむき出しにしてただひたすらにミヤコの後頭部を見下ろしながら、愛銃を力強く握っている。彼女の奥歯からはガリゴリと、これまたすごい音が鳴っていた。
「ちょっと前から思っていたけど、RABBIT小隊ももう完全に先生堕ちしているわよね……。おかしいわよね、あの公園占拠事件が始まってからそんなに月日も経っていないのに……。所詮、SRTも先生の前では無力、か」
「自称精強のRABBIT小隊がこんな調子じゃあ、ワカモさんを捕まえたとかいうあの連邦生徒会長の
「そうね、私の計算ではかなりの確率で堕ち得るわね。先生って少数精鋭のチームとか部活の子1人に好かれ始めると、気が付いたら仲間の全員から好かれているんだもの。誰かが堕ちればあとは時間の問題よね」
「そ、そんなことはないのでは……?」
何故かSRT特殊学園で最も有名な最優秀チームであるFOX小隊にまで話が飛んだ。星の無い夜空のような瞳でミヤコをじっと見つめているユウカと、その横で光の無い瞳をチラリとユウカに向けつつぼそぼそ言うハレの言葉を聞き、キリノが何故か会ったこともないFOX小隊を庇う。そもそも3人ともFOX小隊に会ったことはないし、顔すらも知らないのだが。勿論肯定する根拠も否定する根拠もないため両陣営共に持ち札は同じはずであるが、ユウカとハレのタッグにキリノが対抗できるはずもなかった。
なお、現時点では先生もFOX小隊の面々と
「いいえ、間違いないわ。FOXって言うくらいだから、どうせ狐でしょ?『私、狐なんだからお稲荷さんが好きなんです~』とか言いながら、先生に手作り稲荷寿司でも食べさせようとしてくるに違いないわ」
「容易に想像できるね」
「いやいやいや、そんな馬鹿な……狐は油揚げが好物だなんて、大昔に狐の巣穴に鼠の油揚げを供えていた百鬼夜行自治区から広がったただの俗説ですよ……」
ユウカとハレとキリノが小声で話し合っていると、唇を尖らせてミヤコを睨んでいたミカが会話に割り込んだ。
「……あれ、でも、別に先生が会った生徒全員が、先生を好きになるとは限らないんじゃないの?」
私が言うのもなんだけど。その言葉を飲み込んで、ミカは頭に浮かんだ疑問を口にした。流石にそれを堂々と言うのは恥ずかしかった。
そんなミカの声にピクリと肩を動かしたユウカが、グルンという擬音が似合う具合に高速で首を曲げてミカを見つめた。限界まで見開かれたほろ暗い瞳がミカを捉え、固定される。ユウカの赤い虹彩が、ほんのりと光を帯びたようにミカには見えた。
「……ミカさん、私がこれまで、何度『流石にこの人は先生を好きにならないだろう』と思って、何度その計算を外したか、知りたい? ノアの助けを借りるまでもなく、全部思い出せるわよ」
「あ、ごめんなさい」
ミカは即座に謝罪した。真の強者は、プライドを捨てるべき時を見誤らないのである。
「……って、こんなことしている場合じゃないわね。ミヤコさんの行動は後で吊るし上げるとして……どうしたものかしらね……。思ったより先生の周りに人が多いわ」
ユウカは舞台の方へ視線を戻し、小さく舌を打った。
大ホールには幾つか防犯カメラが設置されていたが、殆どが出入り口近辺に向いて設置されていたため、どの出入り口にバリケードが築かれていたかは一目でわかったものの、肝心の中の様子はいま一つわからなかった。その穴を埋める為のミヤコからの状況報告メールなのだが、その内実は可能な限り短文に纏められた文章に加えて、隠し撮りしたであろう写真を添付したものだ。メールは短文にしては必要な情報が詰め込まれており、実際に現在進行形で役に立っているのであるが、それでもそのメールだけで全てを把握できるわけではない。
先生の周りには多数の来賓がいた。どうやら抗議団体は討論会の主催をしている新交通システムによる経済的効果の研究を行っている学術団体からの出席者と、システム建設を推進している民間団体からの出席者を主なターゲットにしているらしく、其方への攻撃に熱中していた。
そして先生や建設予定地近辺の公共施設のリーダー、企業関係者などの来賓たちは、一か所に纏められて抗議団体の「勇姿」を無理矢理特等席で見せつけられているようだった。
ちなみに地元住民や新交通システムに興味を持つ生徒たちなどで構成された一般参加者たちは、抗議団体を刺激しないように舞台から離れたところで空気と同化しようと試みているようである。
生徒たちは普通に武装しているが、自分たちを閉じ込めているだけで脅してくるわけでも暴行をしてくるわけでもない抗議団体へ向けて、一方的に発砲する度胸はないようだった。おまけにここには、流れ弾が一発でも当たれば死んでしまうかもしれない先生がいるのだ。気楽に撃てるわけもない。
「あ!」
キリノが声を上げた。
抗議団体の中心部にいた拡声器を持った者が大声を上げて身を乗り出したのに合わせ、ミヤコが体を震わせながら先生の膝の上に覆いかぶさり、背中を丸めた。流石は潜入任務もこなすSRTの生徒らしい、堂々とした演技である。あれでは怒鳴り声に恐怖した臆病な生徒にしか見えないだろう。
そのままミヤコは先生の膝の上で小さく震え、両手を先生の膝の下へ動かした。そして両手をもぞもぞと動かしている。
「あ、メールだ」
ハレのもとにミヤコからの定期報告メールが届いた。どうやら事あるごとに先生に抱き着いて、その隙にばれないようにメールを送っていたらしい。
「キチンとやれる仕事はやっていると、余計に腹立たしいですね」
イズナが低い声で実に率直な感想を漏らした。周りの4人もそれぞれ首肯する。メールが送信された後も普通に膝の上で丸くなっているのがさらに5人の怒りを増長させていた。
もはや5人とも舞台から発見されることを恐れることなく身を乗り出して、ミヤコのガタガタ震えている背中を睨みつけている。
「……抗議団体のメンバーのうち、一部が合流、事務室からカメラ映像が見えないと報告……?
今更かぁ、随分と遅いね。やっぱりみんな危機感がないというか、もう騒げれば良いやという感じなのかもね」
ハレがメールの内容を読み上げつつ、怒気を含ませた瞳を抗議団体のリーダーらしき男へと向けた。まるで、「お前らのせいでミヤコがこんなことする口実を見つけてしまったじゃあないか」とでも言いたげな視線である。
「しかし、本当にどうしようかしら……」
ユウカが小さく唸った。
本来ならば、堂々と1階席の出入り口から入り、シャーレと名乗ったうえで先生を助けに来たことを告げ、妨害しようとして来る者だけを近接戦闘で叩きのめして、先生を連れてさっさとここから出るつもりだった。こちらは普通に銃を装備しているのだし、シャーレだと名乗れば邪魔をしてくる者などごく僅かだろう。シャーレを敵に回した集団や組織がどんな末路を迎えたかなど、キヴォトスでは常識レベルになりつつあるほどに有名な話だ。精々馬鹿な抗議団体の中でもとりわけ馬鹿な者数人程度が突っかかってくる程度であろう。
ミヤコを合わせてシャーレの部員が6人もいれば、邪魔しようと立ち塞がってくるだけの数人程度の素人を瞬時に行動不能にさせることなど、銃を使わずとも造作もない。
他の来賓や一般参加者を完全に無視した一方的な脱出は相応に先生の評判を下げることになる可能性もあるが、そんなことはユウカたちは気にしていなかった。
先生さえここから脱出できればヴァルキューレの突入も容易になるし、先生の耐久値が一般のキヴォトス市民以下だというのは良く知られた話だ。誰だって先生が巻き込まれて大怪我するところは見たくないだろう。
それにシャーレの先生は地元住民からも評価が高い。雑用から地域の治安維持まで、幅広く協力してくれるシャーレの先生は、近隣住民からしてみても心強い味方である。そんな先生が喪われるリスクは低い方が良いし、ましてや目の前で大怪我されるのはゴメンだ、と多くの人たちが納得してくれる可能性の方が高い、とユウカたちは考えていた。
しかし、流石にこうも民間人が近くにいると、近接戦闘も困難だ。抗議団体の者たちがシャーレのメンバーや先生に襲い掛かれば、民間人たちも好き勝手に動き始めるだろう。シャーレの6人全員が先生の盾となれば先生だけは護れるだろうが、先生を脱出させるまでにどれだけの民間人が「事故」で抗議団体から怪我をさせられるかわかったものではない。
ユウカたちにとってはもしそうなったとしても、先生さえ護れていればベストな結果だ。しかし、かといって露骨に他の一般市民を巻き込むのは宜しくないし、シャーレがそんな戦術を平然と実行するのだと思われるのも後々大きな問題となりかねない。
「う~ん……」
ユウカの思案顔に視線を向け、ミカも取り敢えず考えてみた。視線をあちらこちらに動かし、ふと、顎に指を当てて考えているキリノが視界に入った。
「あっ、そうだ」
ミカはポンと両手を叩いた。
これならいけるかもしれない。周囲の民間人も、抗議団体も、
ミカは今度は強めに両手を叩いて他4人の視線を自分に向けさせると、ニッコリと笑顔を浮かべてこう言った。
「ねぇ、ちょっと思い付いた作戦があるんだけど……」
◆
ミカの案を聞いた後、ユウカも、イズナも、ハレも、キリノも、全員口を開けてミカを凝視した。誰もが沈黙した後、真っ先に声を上げたのはイズナだった。任務モードであることも放り捨てるくらいに声を荒げ、目は限界まで見開かれている。
「そ、それは……ミカ殿、それは、あまりにも……あまりにも! 貴女が!」
イズナが素早くミカに詰め寄ると、ミカの顔を凝視しながら悲痛そうに身体を震わせた。
「そうよ、ミカさん」
ユウカがミカに近付き、頭を下げた。
「ごめんなさい! その、やっぱりさっきの事務室でのあの態度は……本当に、その、ごめんなさい。さっきのことを気にして、こんな案を……? そんな、こんなのはあんまりよ……!」
「まったく同意だよ」
今度はハレが眉をしかめ、怒気をぶつけるかのようにミカを睨んだ。
「ねぇ、少し落ち着こうか……ミカさん。もっといい作戦がいくらでもあるはずだよ。そんなのは、作戦ですらないよ」
最後に、完全に血の気の引いた顔をミカに向けたキリノが言った。
「ほ、本官も、これは……流石に……し、してはいけないことだと思います! か、考え直してください、聖園さん……」
ミカに近付き、次々とミカを諫めようとする4人。そんな4人に向かって、ミカは笑顔を浮かべた。
「大丈夫。全然平気っ☆。だってほら、私……」
こてんと小首を傾げ、ミカはピースサインを作った。
「態度は気を付けてても、やっぱりね……先生とか大切なお友達とか、先生が大切なシャーレのメンバーの人たちとか……それ以外の人たちからの評価なんて、あんまり気にしていないんだよっ☆」
そんなミカの言葉を聞いた4人はもう一度、口を大きく開けてミカを見つめた。
◆
それから数分後。
大きな音を立てて、1階席の扉で唯一バリケードが設置されていない東側の扉が開かれた。そして数秒後、大ホールにざわめきが起こった。
「ん、な、誰だ?」
先程までメガホンでがなり立てていた抗議団体の一人が呆然と呟いた。そこには、彼が全く想定していなかった人物が立っていた。
その質問への回答は、天井に向けられたサブマシンガンの銃声だった。
鋭い音が数回。同時に悲鳴が上がる。
この場にいる全員の動きが止まり、視線が同じ場所へと注がれた。
「……ここに、シャーレの先生が居ることはわかっているんだよ」
全員の視線を一身に受けた人物はサブマシンガンの銃口を舞台に向けると、氷のような冷たさを帯びた声で言った。
「先生を、出して。出さなければ……ここにいる全員、無事では済まさないから」
「……あ」
一般参加者の中に混じっていた一人の生徒が呟いた。道理でどこかで見た顔だな、と思ったわけだ。少し前まで、ニュースで散々見た顔。そうだ、同じ顔だ。トリニティでクーデター未遂をやらかしたという少女。
「み、聖園……ミカ……」
震えた情けない声は、沈黙が支配した大ホール全体に波のように広がっていった。
いつも本作品をお楽しみくださり、本当にありがとうございます。
申し訳ありませんが、今週は諸々の事情により更新が遅れるかと思います。
遅れてしまっても完結まで投稿し続けていきますので、これからもお楽しみいただければ幸いです。