聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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 何とか1日の遅れで済みました! そろそろ第1章も終わりです!


シャーレ部員になるために⑨

「私たちは連邦捜査部『シャーレ』よ! シャーレ顧問の先生の救助に来たわ! よくも、よくも先生を何十分もこんなところに閉じ込めてくれたわね……!」

 

 ユウカはそう言うと、顔を少し俯かせた。ドロドロと蠢く黒い炎が宿ったような目で、上目遣いで舞台にいる抗議団体の者たちを睨みつけている。岩をも溶かせそうなほどの憎悪の視線だ。

 実際は大分演技が入っているのだが、嘘は言っていない。先生を無意味に監禁した挙句、先生に全く関係のない罵倒を何十分と聞かせたのだ。ユウカは激怒していた。優先すべきものがなければ、抗議団体リーダーの顔面に拳でも叩き込んでやりたいほどに。

 

「ひ、ひぃい!?」

 

 抗議団体の一人が泡を吹いて失神した。他の者たちも指一本動かすことが出来ない。

 無様を晒す者たちに対して鼻を鳴らすと、ユウカはゆっくりと歩き出す。歩きながら周囲をぐるりと見渡した後、何故か愛銃を腰のサブマシンガン用ホルスターに仕舞った。そしてスタスタとミカの隣にやって来ると、ミカの右手をむんずと掴んだ。

 

「……え?」

 

 思わずミカはユウカの顔を見た。すでにユウカの顔には憎悪はなく、真っすぐな瞳でミカを見つめていた。

 

「はい、ユウカさん」

 

「ありがとう、キリノ」

 

 そんなユウカに、キリノが腰に装備していた拡声器を渡す。お礼を言ってそれを受け取るユウカ。彼女の左手はミカの手を掴んだままだ。

 

「……え? え?」

 

 まだ思考がうまく回らずに呆然としているミカを気にする素振りも見せず、ユウカはミカを引っ張り先生たちよりも数歩前に出た。そして、来賓や一般参加者たちがいる座席の方に向き直る。そして、ユウカは拡声器越しに高らかに言った。

 

「皆さん、安心してください! これはシャーレの作戦です……ミカさんはシャーレの一員です! 先生を最優先で連れ出すため、ミカさんにはちょっと演技をしてもらっていただけです!」

 

 ミカの後ろでは、ハレが首から下げていたシャーレのIDカードを掲げ、全員に見せつけるように爪先立ちで腕を精一杯伸ばしている。プルプルと震えるハレの隣では、ハレの指先と爪先を交互に見ながら、イズナが眉を下げて冷や汗を流している。

 何とも締まらない背景の中で行われた、キヴォトスで初の聖園ミカがシャーレに入部したことについての公式発表だった。

 

「私たちはこれから先生を市民ホールから避難させます! そうすればすぐにヴァルキューレ警備局が来ます! もう大丈夫です、市民ホールの封鎖は解除されます!」

 

 一瞬、沈黙が下りる。そして、すぐに歓声が沸いた。

 

「シャーレだ! シャーレが来てくれた!」

 

「もうこんなところにいるのも終わりだ! 助かったんだ!」

 

「よ、よかった……聖園さんを撃たなくて……」

 

「先生を助けに来てたんだね。すごかったなぁ、迫真の演技だったよ……」

 

「ヴァルキューレの生徒もシャーレのメンバーだったのか……そういえば、シャーレ公式放送であの顔、見たことあったな……」

 

「あの聖園ミカがシャーレに入っていたんだ!」

 

「そうか、そうだよな……七囚人以降、連邦矯正局から脱走した者なんていないはずだ。ここにいるなら連邦矯正局送りになったわけがないよな。誰だよ、そんなデマを流したのは……」

 

「いやはや、然り、然り」

 

「なんだ、シャーレに入ったってことは……やっぱり、大した罪になったわけじゃなかったんだ」

 

「知らなかったけど、そうみたいだね。まぁ、そうだろうとはちょっと思ってたんだ……。聖園ミカが重罪なら、アリウスなんて全員一生連邦矯正局暮らしだよ」

 

 あちらこちらから沸き起こる歓声と交わされる会話。

 それが耳から脳に入って来るのを感じつつ、ミカはまるで自分が世界から取り残されたような感覚を味わっていた。

 まるで自分がシャーレに入ることが、普通に受け入れられているように感じたから。

 言葉を発することが出来ない。事情を先に聞いていたシャーレの部員と違い、初めてそれを聞いた一般の人たちが、自分がシャーレに入ることに何も反対や疑問の声を声を上げない。

 別世界の赤の他人のことを話されているような感覚だった。

 

 ミカには一つ、思い至らなかったことがある。目の前の来賓や一般参加者たちにとって、聖園ミカの情報などどうでも良いというのは間違っていない。ならば必然、ミカに正式な処分が下されたのならば、それは当然のこととして受け止める。ミカがシャーレに入部したとシャーレの部員から正式に聞かされた以上は、そうなのかと頷く。それで終わりだ。疑念を抱くはずがないし、ましてや反対することなどはあり得ない。どうでも良いのだから(・・・・・・・・・・)

 

「……な……な……い、一体なんの真似だ!?」

 

 突如だみ声が割り込んでいた。抗議団体のリーダーと思われる男だ。

 

「なんの真似って……なんてことはないよ。私の生徒が、私を……そしてここにいる人たちを、助けに来てくれたんだ」

 

 歓声が響くと同時にぺちぺちぺちと間の抜けた音の拍手をしていた先生が、にこやかにそう言った。

 聞くたびに心が落ち着く優しい声に、ミカは先生の方を振り向いた。先生は笑顔で、ミカを見つめ返してくれた。

 

「さぁ、撤収よ! あ、これ、ありがとうね。一先ず返すわ。あとでちゃんと洗うから」

 

「いえいえ、そんな。一応はヴァルキューレからの支給品ですので、本官の方で管理しませんと。貸したことは内緒でお願いしますね、ユウカさん」

 

「え、もう帰るのですか? 目的があってここに留まっていたのでは?」

 

 やり切った表情でキリノにメガホンを渡すユウカに問いかけるため、ミヤコが銃を構えたまま振り返った。

 

「ええ、目的は果たしたわ。さぁ、撤収、撤収!」

 

 ユウカが言い終わると同時に、ハレが先生の手を引いて走り出す。キリノ、イズナ、ミヤコもそれに続く。

 

「さぁ、ミカさんも」

 

「え、あ、うん……」

 

 まだ頭が混乱中のミカは、未だにユウカに手を握られたままだということにも気が付かなかった。スッとユウカが手を離す。ユウカの手は、そのままミカの肩に置かれた。

 

「今日は多分ないと思うけど、初出勤日は覚悟しておいた方が良いわよ? 先生のお説教は、私も、誰にだって止められないから」

 

「う゛え゛っ」

 

 変な声が出た。乙女にあるまじき奇声である。反射的にミカは床に顔を向けた。

 少し頬を染めるミカを見て、ユウカは憐れむような苦笑するような微妙な顔を浮かべた。

 大ホールから出て廊下を走っている最中、まだ頬の色が戻らず少し俯いていたミカが顔を上げると、視界の隅でヴァルキューレ警備局と公安局の合同チームとすれ違っていく様が見えた。

 事件発生から解決まで53分。キヴォトスにおいてはごくありふれた、ニュースキャスターが1分かけて伝える程度の事件に過ぎない市民ホールの立てこもり事件は、こうして解決したのである。

 

 

 市民ホールに来た時と違い、ミカたちは歩いてシャーレオフィスに戻ってきていた。その後、ミカはユウカよりまだ受け取っていなかった合計6冊のファイルを受け取り、それを無理矢理鞄に詰め込んだ。帰りに買い物でもしようかと、財布とスマホと愛銃しか持ってきていないのに、そこそこのサイズの鞄を持ってきておいて正解だった。

 その後、ミカは鞄を肩から下げて、ユウカに連れられてシャーレのカフェへと移動した。そこで休憩をしていたハレ、イズナ、キリノ、ミヤコとも挨拶をする。シャーレで留守番をしていた合歓垣フブキたち数人の部員は、どうやら先生が入っていった執務室や他の事務室いるようだった。

 

「今日はありがとう、ミカさん。まだ初出勤日前だというのに、働かせてしまったわね」

 

「あはは、気にしなくていーよ。私が付いていくって決めたんだし」

 

 ユウカに謝られ、ミカは軽く両手を振って苦笑した。そして、そういえばまだ初出勤日前だった、などと考える。

 事実上の、シャーレでの初陣があれだったのか。そんなことに今更ながら思い至り、ミカはため息をつきそうになった。

 自分は本当に、シャーレで上手くやっていけるのだろうか。オフィスに帰って来てから考えてみると、焦った挙句に独断専行をして、最後に先生とシャーレのメンバーにフォローされただけな気がする。

 焦っていた。そう、焦っていたのだ。先生を1分1秒でもあんなところには居させたくなかったのだ。メガホンを通じて暴力的な声量となった罵声や怒声。例え自分に向けられたものでなくても、聞いただけで心に汚泥が溜まるような声というものがある。

 ミカはそれを知っていた。四方八方から罵声を受ける自分を他人事のように捉えていたとしても、両足の先を冷たい川の水の中に入れたかのように、少しずつ少しずつ、心の端から全てまで冷えていく。まるでもう一人の自分になって、徐々に凍えていく自分を見下ろしているような奇妙な感覚。

 もう慣れた自分と違い、先生にとっては辛いことだろう。底抜けに優しくて多くの生徒から慕われている先生にとっては、縁のない感覚だろうから。

 

「ごめんね、その……変に、先走っちゃった」

 

「……本当ですよ」

 

 ミカに近付いてきたイズナが、低い声で言った。その瞳に敵意はない。やりきれないような、呆れきったような感情が浮かぶ目をミカに向け、イズナは息を吐きながら、ミカに大きめのマグカップが乗ったトレイを差し出した。

 

「イズナは、その……ミカ殿のやったことには怒っています。主殿が許したとしても、イズナは許しません。主殿は受けなくてもいい痛みを受けたんです。そしてすっごく苦しみました。

 先生はイズナに、イズナたちに縋りついてくださらない……。イズナたちに盾になってくれって言ってくださらないんです。だから主殿が苦しまないようにするには……いえ、もうやめましょうか」

 

 そこで口を止め、イズナは喉の奥で言葉を転がしているようにもごもごと口を動かすと、先程と比べいくらか柔らかい声で言った。

 

「……ええと、つまりですね……ミカ殿のしたことを、イズナは許しません。ですが、それとこれとは話は別です。本当に違いますよ、ミカ殿。罪を犯した人にだって、悪役を押し付けることはできませんよ。それは、主殿が許しませんから」

 

「……うん」

 

 ミカはコクリと頷き、トレイの上のマグカップを両手で受け取った。湯気が昇っているマグカップの中には、白い液体が入っている。マグカップはほんのり温かかった。

 一口飲む。ホットミルクだった。一度に大量に口に入れられない程熱く、しかも砂糖がたっぷり入っているようで、かなり甘めだ。コーヒーも紅茶も嫌いじゃないけれど、やっぱりひたすらに甘いものを飲みたくなる時もある。今のミカには、イズナが渡してくれたホットミルクがありがたかった。

 少しずつ飲んでいると、先程ミカと挨拶したばかりのミヤコが微笑みながら得意気に語った。

 

「おや、気に入りましたか? このホットミルク。これはカフェのドリンクサーバーで飲むことが出来る先生が厳選したミルクなんですよ」

 

 そう言うと、ミヤコは実用性一点張りのキャンプ用品のようなカップに入れられたホットミルクを美味しそうに啜った。

 

「先生は仕事中はコーヒーをよく飲みますが、休憩中とお風呂に入った後は、必ず砂糖がふんだんに入ったホットミルクを飲むんですよ」

 

「……へぇ」

 

 ちびちびと飲みながらミヤコに視線を向けるミカに対し、ミヤコはふふん、と自慢するように言った。そんなミヤコに、周囲のユウカとイズナとハレとキリノが絶対零度の視線を向けている。

 

「……そんな基礎知識でドヤ顔をかまさないでくださいよ。先生知識がにわかだと思われますよ?」

 

 ミヤコの背中を湖の底にたまったヘドロのような目で睨みつけながら、キリノがボソリと言った。

 先生知識って何? と思いながら、ミカはホットミルクをちびちび飲んだ。

 

「本当にそうだよ。そのくらい、先生ファイルにも載っている情報だからね。基礎知識程度で新人さんに得意そうに語るのはちょっとカッコ悪いよ」

 

 ハレが不満げに首を傾げながら言った。ちなみに彼女はここにいる全員がホットミルクを飲む中、1人だけエナジードリンクを飲んでいた。任務中に断っていたツケが来たらしい。末期中毒である。

 ファイルに書いてあるんだ。そう思いながら、ミカはホットミルクをちびちび飲んだ。自分が肩から下げている鞄に入っているファイルから、何かパッションというか情念じみたオーラが立ち上っている気がする。

 

「……あ、そうだったわ。ミヤコさん」

 

「なんでしょうか、ユウカさん」

 

「貴女、今週はクラブ出禁ね。先生とベタベタくっついていた罰よ」

 

「へっ?」

 

「いやクラブって何!?」

 

 ミカはホットミルクを飲むのを止めた。流石に聞き流せなかった。というか、そういえばそんな謎の存在を市民ホールへ行く前に聞いていた。

 見る見るうちに顔が青ざめていくミヤコを完全に無視し、ミカはユウカを恐る恐る見つめた。

 

「あぁそうね、説明しなきゃね。ミカさん、クラブというのは、つまりシャーレ部員に与えられた特権の一つよ」

 

「と、特権……?」

 

 にこやかな笑みを浮かべてミカに向き合ったユウカは、テーブルにホットミルクの入った青いカップを置いて話し始めた。「特権」という単語にもう嫌な予感しかしなくなったミカは、口に出したことを若干後悔しつつ翼を震わせた。

 

「そう。『シャーレ互助会』が先生のための組織だとすれば、『シャーレ・クラブ』は生徒たちのための組織。つまり皆で先生のことを語り合ったり、先生を通じて互いが仲良くなったりするための場よ。ちなみに互助会と違って、クラブは完全にシャーレとは無関係の組織ね。あくまで先生という象徴(アイコン)を誤魔化すために『シャーレ』の文字を入れているだけ。もう一つ言っておくと、クラブの会長は私よ」

 

「えええええ……」

 

 ミカは思わずげんなりした。ホットミルクで甘ったるくなった口の中が一気に苦くなった。何でそんな組織の存在を嬉しそうに語っているのだろうか、目の前のセミナー生徒は。

 

「そしてクラブは基本的にグループチャットで活動をしているのですが……週に1度メンバーが集まって、交流会をするんです。ちょっとしたパーティみたいなものですね。ちなみに開催費用はメンバーの寄付金です」

 

 ユウカの横で時々相槌を打ちながら聞いていたイズナが補足説明をした。

 

「聖園さんも実際に働いてみると分かると思うのですが、同じシャーレのメンバーでも、どういうわけか異常なほどに接点ができない……と言いますか、偶にしか合わないメンバーというのが出てくるんですよ。特にメンバーが50人を超えたあたりから、初対面以降は全く顔も見かけていないシャーレのメンバーというのが誰も彼も出てきましてね……。これはそれを防ぐためのものでもあるんです」

 

 苦笑しながらそう言ったのはキリノだ。そんなキリノに向けて頷いた後、ユウカはミカに向けて言った。

 

「そうよ。シャーレはいざとなれば、先生のためにどんな相手とも戦う組織。土壇場で同じチームになった相手が、挨拶以降会ったことも話したこともありません、なんて笑うしかない状況は避けなくてはいけないわ。皆仲良く、とまでは言わないけど……せめて先生の指揮を無視して罵倒合戦やじゃれ合いをせず、最低限相手の戦い方くらいは知っている方が良いに越したことはないわ」

 

 一理ある。不覚にもミカはそう思ってしまった。実際ミカは今日だけで、よく知らない相手との共同作戦というのがいかにやりにくいかを知った。今回はここにいるメンバーたちにフォローしてもらったが、毎度毎度フォローしてもらうのは流石に恥ずかしい。

 

「……まぁ、最初は『先生のことを語り合おう』っていうのも口実に過ぎなかったんだけどね……。でも、何せ皆学校も趣味も何もかもがバラバラで初対面の人たちばかりだったから、結局先生のことしか共通の話題が出来なかったんだよね。

 流行だとかそういうのも話題としてはパンチが弱くてね……私が言うのもなんだけど、世間の流行に興味の欠片も持っていない人も多いし」

 

「ああ~……」

 

 皮肉気に小声で言うハレの言葉を聞いて、ミカは思わず納得した。そして朧気ながら理解した。

 シャーレのメンバーはシャーレに所属しつつも、「先生のため」、「先生のことだから」など、先生が関わらなければ団結し合う必要性が低いのだ。つまりは先生がいる「シャーレ」だからこそ、彼女たちはシャーレで先生と共に働いている。シャーレはそのための箱であり、言わば口実なのだ。

 

「そ、そんな……今週は、シロコさんやセリカさんが地道に調べた先生の好きな動物ランキングが発表されるのに……。ウサギが、ウサギが勝つ瞬間を見届けなくてはいけなかったのに……」

 

 隣でぶつぶつ言っているミヤコを無視しながら、ミカは軽く小首を傾けた。

 

「……結局、そういうのが今日の時に見たような連携に繋がっているんだね」

 

 無理矢理良い方向に結論を持っていくことにした。

 (とぼ)けたようにそう言いながら、ミカはちょうど良い温度になってきたホットミルクを啜った。

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