聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

13 / 48
シャーレ部員になるために⑩

 ホットミルクを飲み終わった後、ミカはユウカより「今日はもう好きにしていい」と言われた。時間を確認すると、ちょっとだけまだ時間がある。

 シャーレの部員はオフィスのあるD.U.と自分たちの学校のある自治区を行き来しているため、シャーレの権限でオフィスへの宿泊や門限を過ぎての移動が認められているが、ミカの場合はトリニティより強く「自重」を求められているため、いきなり帰りが遅くなるのは避けたいところだった。

 その他、ミカはシャーレ部員としての戦闘は除く他の戦闘や自衛行動さえも、強く自重を求められている。ミカ自身、ナギサが自分のために方々へ頭を下げていたことを知っているため、そのナギサの面目をさらに潰さないためにも、自重することに否やはない。

 なので聴聞会以降、ミカは自衛戦闘を含むあらゆる戦闘を可能な限り避け、誰かに喧嘩を売ることもなかった。ある程度の嫌がらせにも、反論や反撃をせずにひたすら耐えてきた。

 

 戦闘を避けることは意外と簡単だ。街中で絡まれても逃げの一手でどうとでもなる。逃げ切れなければ、その辺に落ちている廃材とかを四散するまで握り潰した後に「次は貴女の首がこうなるよ☆」とか言えば良い。廃材がなければ、絡んできた不良のヘルメットとかナイフとかを握り潰すなりへし折るなりすれば良いだけなので、これまたお手軽である。わざわざ自分でそれ用の道具を調達する必要もないのが良い。

 今のところ、この言葉を笑顔で言い放った後に相手が逃げださなかったことはない。

 

 ミカはアリウスでの戦闘の後に自分の身体が鈍っているのを自覚し、今はトリニティのトレーニングジムに通っている。さらに戦闘に出くわす度に逃げまくっているので、最近はフィジカルばかりが順調に鍛えられている気がする。この前は不良の軍団から逃げるために、買ったばかりの日用品を持ちながら片手で教会の側面を登る羽目になったし、登り切った後に隣の講堂の屋根までジャンプする羽目になった。流石にちょっと疲れた。

 

 一応花の乙女なんだけどなぁ、とため息をついたら、目の前の百合園セイアに直球で「筋肉が異常発達したムササビだね君は」と言われて割とカチンときた。流石のミカもムササビのような滑空は無理である。そう反論したら盛大に呆れられた。壁登りどころか、マットの上で前転しただけで心肺停止を起こしそうなセイアにここまで言われるのは全くもって納得できない、とミカは唸ったものである。

 確かにセイアの難解且つ迂遠な言い回しにはいつもムカついていたが、ナイフを突き刺してくるような真っすぐすぎる罵倒をされるのはそれはそれでムカつく。むしろ最近のセイアはミカに文句を言われたのを根に持っているのか、ミカ相手にだけ直球の言い回しをするようになった気がする。それは嬉しいが、悪口に限ってはストレートでいうのは良くないのではないか。セイアの友達として由々しき事態だ。ならばこっちはどうしてくれようか。

 

 そんなことを考えながら、ミカは行き先を決めることなく、ぼけーっと床を見下ろしながらフラフラとシャーレのオフィスを彷徨っていた。

 そういえば、オフィスに帰って来てからまだ先生と話をしていなかった。そう思い、ふと視線を床から上げると同時に、ドアが閉じる音がした。

 

「……あ」

 

「あっ」

 

 ドアから出てきたのは、ヴァルキューレの制服を着た少女、ヴァルキューレ警察学校1年生の合歓垣フブキだった。フブキはドアを閉めてミカと目が合った後、露骨に表情を消した。穏やかだった表情が瞬時に変わる。

 フブキはスリング(小銃を肩にかけるために付けている紐のこと)によって銃口が下に向くように吊り下げられていた愛銃に両手を伸ばした。グリップ(握る部分)とハンドガード(銃口側についている銃を手で支える部分)を力強く握る。

 握っているだけだ。銃口はミカに向けられていない。しかしグリップとハンドガードを握っているということは、直ちに銃口を標的に向けることが出来るということだ。街を歩けば銃撃戦に遭遇するのが普通のキヴォトスでは、わざわざ敵を前にマガジン(弾倉)を装備する者などいない。当たり前のように、フブキの愛銃「第14号ヴァルキューレ制式ライフル」にもマガジンはすでに装備され、ローディング(装填)も済んでいる。

 

「聖園ミカ」

 

 フブキはぼそりと呟き、少し俯いた。細められた赤黒い濁った瞳だけがミカの顔を射抜いている。

 ミカは咄嗟に右手を自分の首の前まで上げると、手の平を床に向けたまま軽く手を振った。キヴォトスではメジャーなジェスチャーの一つで、「ここでの銃撃戦(ケンカ)はやめた方が良いよ」という意味のハンドサインだ。戦闘から逃げることが普通になった今、すっかりやり慣れているサインと化している。

 ちなみにもう片方の手で銃を持ちながらこのサインをすると、「おっと、悪いことは言わねえから私に手を出すのはやめときな」という意味になる。警告の皮を被った挑発である。以前間違えてそれをやってしまったせいで、何時もより長く追い掛け回されたこともあるミカは、このサインを密かに寮で練習していた。

 

「……ども。別に()らないよ。普通(・・)、こうするでしょ」

 

 そんなミカの堂に入ったハンドサインを見つつも、いかにも虫の居所が悪そうに低い声でそう言いながら、フブキはミカの顔を見つめたまま、自分が出てきたドアを指差した。

 

「入るの? ここに」

 

 そう言われ、ミカは戸惑った。そんなつもりは全くなかった。ただ当てもなく歩いていただけだ。

 ふと、ドアに貼られたプレートが視界に入る。「執務室」と書かれていた。

 あぁ、そういうことか。ミカは合点がいった。執務室、つまり先生が仕事をしている部屋だ。先生の所に行こうとしていると思われたのだ。

 

「……別に、いいでしょ」

 

 正直言って先生に会えるのならば会いたいのだが、先生に会おうとしてここに来たわけではない。ただの偶然である。一瞬だけ返答に困ったミカは、つっけんどんな感じで言い返した。

  

「まぁ、そうだね。貴女はもうシャーレの部員だものね。私たちの仲間(・・)だからね」

 

 フブキは即座に言葉を返した。

 

「んじゃ、どうぞお好きに。まぁ、ここ(・・)で先生に手を出すなんてやめた方が良いよ。皆見ているからね(・・・・・・・・)

 

 そう言って、フブキは両手を愛銃から離した。そして両の手の平をミカに見せつけるようにふりふりと振りながら歩き、ミカに近付いてくる。

 

「さて、じゃあ私は仕事にでも行こうかな?」

 

 すれ違いざま、ポツリと呟いたフブキは、目だけは全く笑っていない笑顔でミカを見上げていた。

 

 

 フブキの気配がなくなるまで廊下で立ち続けていたミカは、迷った後に結局執務室に入ることにした。ドアをノックし、返事が返ってきた後、ミカはゆっくりとドアを開けた。

 執務室は第1事務室と比べて数倍は広い部屋だったが、第1事務室よりも遥かに家具が多いため、コンパクトにまとまっていた第1事務室に比べてごちゃごちゃしている印象があった。本棚だけでなく、雑貨類が置かれた棚もある。来客時に使っているであろうソファやテーブルも第1事務室にあるものより大きく、重厚感があった。

 しかし奥には大きな窓があり、解放感は確保できていた。インテリアもそれなりに整っており、見苦しいという程でもない。

 そして奥側にある大きなデスクには先生が座っており、モニターを睨みつけていた。市民ホールで会った時と違って上着を脱ぎ、ネクタイも緩めに締めている。

 

「やぁ、ミカ。さっきぶりだね」

 

 先生はミカに微笑みかけると立ち上がり、壁際に設置されているコーヒーメーカーに近付いていった。第1事務室に置いてあったものと同じものだった。

 

「あ、先生ごめんなさい、コーヒーはもういいかなーって」

 

 今日だけでもう結構な量を飲んでいる。

 

「うん? そっか。じゃあ麦茶でいいかな」

 

「うん」

 

 先生はくるりと向きを変え、コーヒーメーカーから少し離れたところに置いてある小さい冷蔵庫を開けた。そこから麦茶を出した後に棚からコップを2つ取り出し、コップに注いだ後にテーブルの上に置いた。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう☆」

 

 ミカはふかふかのソファに腰を下ろし、先生に柔らかな笑みを向けた。

 

「今日は事前の説明に来ていたんだったね。こういうことはいつもユウカたちが進んでやってくれているんだ。彼女の説明はわかりやすかっただろう? 仕事のこととか、全部丁寧に説明してくれる良い子なんだよ。説明に使っているファイルも全部自分たちで作ってくれているらしくてね」

 

「うん……」

 

 まさか一番気合の入っていた説明が先生個人に関することとは言えないので、ミカは取り敢えず頷いておいた。これで自分も共犯者かぁ、なんて他愛もないことが頭に浮かぶ。

 

「先生、さっきここを出て行った生徒に遭ったよ」

 

「うん」

 

「……あんまり、歓迎されていないよね、私」

 

「……」

 

 先生は一口麦茶を飲んだ。

 

「ミカ、君がシャーレに入部申請を出してくれた時、私はとても嬉しかったんだ。聴聞会も終わって、色々と忙しいだろうに、シャーレに入りたいって言ってくれた。あんな危険な目に合わせてしまったのに、シャーレのために手を挙げてくれたんだ」

 

「そんなっ」

 

 ミカは少し大きな声を上げてしまった。確かに傍から見れば、アリウスのバシリカでの戦闘はミカが聖女バルバラとユスティナ聖徒会の足止め、言い換えれば壁代わりにされている間に先生とアリウススクワッドがベアトリーチェと対峙したという事態となった。

 しかし、元々はミカ自身が足止め役を買って出たのだし、それまでには先生に迷惑しかかけてこなかった。しかも最後には無尽蔵に出てくるかのような軍勢相手に、とうとうダウンしかけた寸前のところを逆に先生に救われたのだ。贖罪代わりにもなっていない。ましてや、先生には何の咎もない。あってたまるものか。

 

「そんなこと、ないよ……先生は、全然悪くないよ。シャーレの皆の私への態度も、当然だと思ってる。

 こんなこというとね、同情を誘っているように聞こえるかもしれないんだけど……。シャーレの人たちには、罵倒されても、殴られても、銃で撃たれても仕方がないことをしたなって思っているんだ」

 

 ミカは俯きながら小声で言った。

 あぁ、さっき廊下で会った子がこれを見たらどう思うのだろう。被害者面をしながら先生に助けを求めているように見えるんだろうなぁ。

 こんなことをしている自分が本当に馬鹿に見えてくる。もし目の前でこんな子がいたら、以前の自分ならどうしていたのだろう?

 頭の中がぐしゃぐしゃになり、何も考えられなくなってしまう。

 まるでカウンセラーに相談に来た子供みたいだ。先生の手助けをしたくてシャーレに入ったのに。あまりの無様さにいっそ笑えてくる。

 そんなミカを見つめ、先生は小声で、しかし力強い声で言った。

 

「それは違う。ミカにはすでに罰が下されているんだ。トリニティ生徒の私刑なんかじゃない、トリニティ総合学園の上層部が合同で開いた正式な聴聞会によって、正式に処罰が下されたんだ。

 もう、誰にも覆すことはできない。一般生徒が結果が気に入らないと声を上げたところで、もう1度やり直すなんて常人の発想じゃない。もう聴聞会が開かれることはない。

 反省するな、というわけじゃない。むしろミカはちゃんと反省しなきゃいけないと思う。でも、ミカは反省した。自分がやったことを理解し、その影響で何が起きたのかを理解した。ナギサにもセイアにもアズサにも、そして私にも頭を下げた。そして全員が許した。

 これ以上、誰にもミカを罵倒して傷付けていい権利はない。例え、シャーレの部員であっても」

 

「……ありがとう、先生」

 

 正しい言葉だ、とミカは思う。そして同時に、当然の言葉だとも思った。多分、そんなことはシャーレの部員たちは皆わかっている。だからこそ、少し睨まれたり警戒されたりした程度で済んでいるのだ、と何となく想像がついた。

 そしてミカは心底ほっとした。「嫌なら辞めても良いんだよ?」と言われなくてよかった、と思った。自分がここにいる理由を、親切心であったとしても先生に否定されたくなかった。客観的に見ればそれは否定ではないのだろうが、今のミカにとっては否定だった。

 やっぱり先生は、生徒(ミカ)がかけてほしい言葉がどんなものかをしっかり理解している。安心のあまり、ミカは大きく息を吐いた。

 

 先生に自分の心境を吐露したかった。でも、同情してほしかったわけでも共感してほしかったわけでもない。ましてや、シャーレを辞める口実が欲しかったわけでもないのだ。ミカは現在進行形で自分は面倒くさい女だな、と思いながら、コップの中身を一気に呷った。

 

 そんなミカを見ながら、先生は背もたれに背中を預けた。

 

「……アリウスの生徒たちがエデン条約調印式の際に攻撃を行ったのは、ベアトリーチェという悪い大人がそうするように命令したからだ。そう、命令(・・)だ。あれがやっていたのは学校の教育なんて易しいものじゃない。犯罪者が子供たちを兵士、いや、駒へ育て上げるための洗脳と調教だ。……私は、アリウスにも救いの道があるべきだと思っているよ」

 

「……うん」

 

 アリウススクワッドの錠前サオリの心の叫びを聞いたことがあるミカは、思わず頷いた。

 

「前に、それをユウカに話してみたことがあるんだ。そしたら、ユウカは首を傾げながらこう言ったよ。――『だから(・・・)、なんですか?』……と」

 

 悪い大人に洗脳されていた。命令に従わなければ殺されていた。それ以外に生きていく術も、守りたい人たちを守る手段も知らなかった。

 だから(・・・)、先生を銃で撃って……殺してよいとでも言うのですか?

 心の底から、不思議そうにユウカはそう言ったよ、と先生は天井を見つめながら呟いた。

 

 ユウカの言いたいことは、ミカにはよくわかった。バシリカではサオリたちを許すとは言ったが、セイアを殺そうとしたサオリたちの行いを「仕方がなかった」の一言でまとめられるかどうかは話が別だ。

 

「自分がされたことで、相手を許すのはそんなに難しくないのかもしれない。でも、自分が大切に思っている人にされたことで、相手を許すのは……とてつもなく、難しいのかもしれないね」

 

 先生はそう言って立ち上がると、腕時計を見つめた。

 

「……もういい時間だね。ミカ、まだ初出勤日前だけど、本当にご苦労様。明々後日(しあさって)、またよろしくね」

 

 そう言った先生を見上げながら、ミカは思った。

 自分の行いを許すのは、果たしてそれ以上なのかそれ以下なのか、どちらなのだろうか、と。

 

「うん、ありがとう、先生」

 

 そんな頭に浮かんだ疑問を奥底に仕舞いながら、ミカは笑顔を浮かべた。

 これからも先生と話す機会はたくさんある。その時に色々と考えていこう、とミカは思った。先生と話して大分気が楽になった。自分の心の中を大して整理もできずに言うだけで心が軽くなる。相手が先生だからという効果もあるのかもしれないけど、自分が面倒くさく見えて、結構単純なのかもしれない。

 ミカは先生に向かって頭を下げると、トリニティへ帰るために執務室を後にした。




 第1章はここまで。次からは第2章に入ります。
 新しいシャーレメンバーがミカと関わっていきます!
 その前にちょっとした閑話も入れたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。