聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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 ちょっとした閑話ですのですぐに投稿しちゃいます。
 これから先も機会があれば、こういったお話を入れていきたいです。


ある日のシャーレ①

「……ミカさん、帰ったようね」

 

 シャーレオフィスの多目的ルーム。そこは主にシャーレメンバーが集まって、ちょっとした会議や交流会を行うための部屋となっている。流石に部員数70人以上を超えた今となっては部員全員が集まることが出来るスペースは、オフィス内では会議室と教室、あとは併設のカフェくらいであるが、それでも多目的ルームは十数人は一度に集まることが出来るシャーレオフィスの中でも広めの部屋だ。

 

 そんな多目的ルームの一角に置いてあるソファに座り、ユウカは壁に掛けられたモニターに視線を向けた。

 オフィス内の何か所かに設置されているこれらのモニターはオフィスの入退室管理システムと連動しており、現在誰がオフィスにいて誰が帰ったかの情報がリアルタイムで表示されている。

 

「そうみたいだね。……良かったよ、事前説明が無事に終わって」

 

「ええ、全くです」

 

 一息ついたユウカにそう言ったのは、反対側のソファに腰かけているハレとキリノだ。現在、イズナとミヤコは第2、第3事務室で業務に勤しんでおり、この多目的ルームにいるのは3人だけである。

 ミカが帰宅し、ユウカたちが市民ホールに出かけている間にオフィスで業務を行っていたフブキたちもすでに全員が帰宅した。カフェももう閉店しており、コンビニはいつもの如くシャーレ部員以外の客は来ない。

 現在、オフィスにいるのは先生と当番の生徒たちだけだ。

 

 ちなみにシャーレのカフェに店員はおらず、ドリンクサーバーと軽食調理用のロボットが置かれているだけなので、やろうと思えば24時間営業も可能ではある。但し仮にも「先生」が営業しているカフェが生徒が24時間使用できる、と言うのも体面的にあまりよくないので、夜間営業はしていない。先生が営業しているので営業時間はかなり融通が利くが、基本的には19時には閉店している。

 また、シャーレ併設のコンビニもキヴォトス有数のコンビニチェーンである「エンジェル24」の店舗ではあるためにコンビニを名乗りつつも実際は売店に近く、20時には閉店するし、定休日もある。元々シャーレ併設のエンジェル24は連邦生徒会が先生へのちょっとしたサポート的な意味で強引に用意したものなので、採算なんて全く考慮されていないからこその謎営業である。

 なお、シャーレオフィスから程近い場所にある別店舗のエンジェル24は普通に24時間営業のコンビニである。

 

「しっかりと根回ししておいて良かったわ。あそこまで準備しておいて私があんな態度をとってしまったのは本当に申し訳が立たないけれど……」

 

「私が言うのも変だけど……気にしないで。ユウカはよくやったよ。事件直後のユウカを見てたら、誰も何も言えないよ。よくミカさんの首を絞めなかったって褒めたいくらい」

 

 ユウカを慰めるように言いつつ、ハレは苦々しい表情をしてポケットからエナジードリンクを取り出し、缶を開けた。

 

「シミュレーション通りに動けないのが人間というものだよ。プログラムじゃないんだからさ」

 

「本当ですよ。いくら先生が事前に本官たち全員一人一人にミカさんや、あとアリウスのことを説明したとしても……抑えられない思いというものは出てきます。

 むしろ先生がミカさんを庇ったことで、悪化した思いもあるでしょうね。その辺りはもう、本官たち生徒がフォローしていくか、時間が解決するか、本人の中で決着をつけるしかないですので……」

 

 キリノは小さく息を吐き、ユウカとハレを労わる様に優し気な口調で話し出した。

 

「実際、フブキさんは想定外のタイミングで会ってしまったせいで、思わず銃に手が伸びてしまったって言ってたね。あの人もああ見えて真面目だよ。自分がユウカの苦労を台無しにしかけたこと、ユウカは知らないのにちゃんと丁寧に頭を下げててさ」

 

「フブキ……」

 

 場の雰囲気を明るくするようにハレが補足すると、キリノは両手で顔を覆った。出会っただけで銃のグリップを握る。あの「聖園ミカ」に遭遇した者としてある意味仕方がないと言えるのかもしれないが、ヴァルキューレの生徒としては落第と評するしかない対応だ。警察学校の生徒が先に銃に手を伸ばしてどうする。

 キリノもヴァルキューレ生活安全局の生徒として失敗が多い方ではあるが、それでも同僚の失敗に普通に呆れて嘆くこともあるのだ。

 

 

「あの人、ああ見えて先生のこと、かなり心配しているものね。カフェにサボりに来るのにハマっているなんて建前作らずに、素直に先生の側にいないと心配だって言えば良いのに」

 

 ユウカにも生暖かい目を向けられ、キリノはますます背中を丸めた。同僚の隠せていないデレデレ話なんて聞きたくない。気を取り直すようにキリノは背筋を伸ばした。

 

「フ、フブキも最近は落ち着いてきましたから……。その、先生被弾の情報が回ってきた時は、本官がフブキに情報を伝えたのですが……ドーナッツを放り投げて、伝えに来た本官の首を絞めてきましたからね……1週間くらい痣が残りましたよ」

 

「ユウカよりはマシだよ」

 

「ちょっと! ハレ!」

 

 ユウカが慌ててハレに抗議する。そんなユウカを見て、キリノは思い出すかのように目を細めた。

 

あの時(・・・)と比べれば、皆さん大分落ち着いてきましたね。アリウスの時(・・・・・・)なんて、もう最悪でした」

 

 そこまで言うと、キリノは嫌なことを思い出した、とばかりに眉間の皺をほぐすようなポーズをとり、もう片方の手で乱暴に頭を搔いた。

 

 

「先生が銃撃を受けたという情報が漸くシャーレの部員全員に共有された頃だったよね。あの時点でもう事件も解決していたから、私たちももう何もできなくて……。だから、逃亡したアリウスの連中に怒りの矛先が向いて……もう思い出したくもない」

 

 ハレがげんなりするように言った。

 事件が解決した後、一部の生徒が主張し始めたのだ。このままでよいのか、こちらは先生を喪うところだったんだ、と。アリウス分校の生徒はその多くがトリニティに降伏したが、それでも少なくない人数の生徒が逃走を続けている。主犯格であるアリウススクワッドも含めて、である。

 ミカと違い、逃亡中の彼女たちは社会的な処罰さえ受けていない。惨めに逃げて隠れながら生活していることなど、逮捕から逃れるために逃亡したテロリストとして当然としか言えない。そんなものは報いでもなんでもない。

 

「シャーレが率先して動くべきじゃないか。皆で力を合わせて奴らをどこまでも探し、追い込み、追い詰め、そして――」

 

 誰が最初に言いだしたのか、今では思い出すこともできない。しかし、それでもその考えは伝染病のようにシャーレの部員に広まった。或いは、誰もが思っていたことなのかもしれない。

 先生は生徒たちに芽生え始めてきていた恐ろしい空想(・・)にすぐに気付いた。

 検討する価値もない案だ。シャーレが大々的にそうすることは不可能ではないが、やるべきではない。もし本当に逃走中のアリウススクワッドを捕らえる作戦を行うとして、実際に捕らえるのは、ヴァルキューレや各自治区の治安維持機関に任せるべきだ。シャーレが動くにしても、それら治安維持からの協力要請があった場合に限るべきだ。シャーレ単体で動き回り、しかも捕縛後にシャーレだけでアリウススクワッドへ報復するなど論外である。唯の私的制裁であり、私刑であり、犯罪だ。

 そう考えた先生はシャーレ部員全員に話を聞き、時間をかけて説得した。

 ユウカもハレもキリノも、その考えには同意できる。納得もできる。理解もする。したくはないが、そうしようと思う。だから、先生の説得に反発も否定もしなかった。質問は幾つかしたが。

 

「……本当に、ね」

 

 ユウカは静かに息を吐き、鈍い光を放つ瞳で床を見つめた。

 それは甘美な誘惑だった。もし、この一向に消える気配のない胸の黒い炎を消す機会が得られたら。先生を傷付けた連中に、思いつく限りの報復をする機会が得られたら。想像したこともないと言えば嘘になる。

 愛銃が壊れるまで銃弾を浴びせることが出来たなら。両腕が動かせなくなるまで殴り続けることが出来たなら。声が枯れるまで罵倒し続けることが出来たなら。そうすれば、この感情は消えてなくなるのだろうか。できることなら生涯無縁でいたかった、この醜悪な感情は。

 

 しかし、そんなことはできない。できないから、この身を焼き尽くさんばかりの炎は燃え盛るだけだ。

 先生の説得だけでは駄目なのだ。本来ならば先生による生徒への真摯な説得など、生徒たちには効果抜群極まりないはずだが、愛しい被害者自身に加害者への報復を止められるからこそ、余計に拗れて捻くれて絡まることもある。多分、先生はそれを知っていたからこそ苦し気な表情を浮かべていたのだろう。

 この心臓と頭に詰まった憎悪を消すという先生の願いを叶えてあげることは難しい。ユウカにも無理だった。先生とは立場も考え方も違うのだから。ユウカにアリウス分校の事情を(おもんぱか)る義務などない。必要もないとすら言いたいくらいだった。

 だから、せめてシャーレの部員たちが独断専行してアリウススクワッドへ報復をするという最悪の事態だけは避けねばならない。そんなことになれば、先生をより苦しませるだけだ。

 

 そう考えたユウカや一部の部員たちは、先生を抜いて生徒たちだけでの話し合いの場を設けたのだ。連邦生徒会の施設を借りて、敢えてしっかりとした会議室で実施された。廃墟の中心でこんなことを話し合えば、必ず理性を投げ捨てる者が出てくる。

 場所の選定、準備は念入りに行われた。電子ロック付きのガンラックに予め参加者全員の愛銃を預けさせ、8桁のパスワードはユウカを始め企画者たちがそれぞれ管理し、企画者たちも自分の管理する番号しか知らないという徹底ぶりだった。

 

 愛銃も持たず、言葉だけの応酬。先生不在により、遠慮や乙女の体裁をシャーレオフィスに置いてきた者たちによる話し合い、というよりは隠していた本音の発露大会。話し合いという名目のそれは、結局4時間以上続いた。

 最終的に、誰もがアリウスを許すことはできないまでも、狩り(・・)に行くことはしないという結論に辿り着いた。否、その結論は最初から出ていたと言える。結局、誰もが先生の説得に応じていたのだ。ただ、胸の内をぶちまける機会を求めていただけで。

 その過程でどんな言葉を誰が放ち、誰がそれに同意したのか。できれば覚えていたくない。

 そう思いながら、ハレは背もたれに体を預けながら、天井に向けて息を吐いた。先生が疲れた時によくやる仕草だ。シャーレに長く所属している生徒は、先生の仕草を記憶して自分も無意識によくやる傾向があった。

 

「……まぁ、あのお陰でシャーレの空気は……うん、マシになったよ。少なくとも、こそこそと一部の部員がアリウスを追跡するのはやめた。先生の行動(・・・・・)の追跡もね」

 

 ハレは再びユウカに向き直り、エナジードリンクを一口飲んだ。

 

「漸くヴェリタス(わたしたち)も、アリウスなんかを気にしないで済む。何でわざわざアリウスをシャーレ部員が襲わないように気を配らないといけないのやら」

 

「ごめんね、ハレ……いや、そのことについては、本当に……」

 

「や、やめてよユウカ。ユウカにしおらしく頭を下げられると……落ち着かない」

 

 大きく頭を下げたユウカを見て、愚痴を吐くように低い声で呟いていたハレは、缶をテーブルに置いて慌てたように両手を振った。

 

「先生も、アリウスのことは気にかけているようだけど。それでも、今はこちらに集中してくれているから……大丈夫。先生にも、労わってもらっているよ」

 

 ハレはそう言うと、にっこりとユウカに微笑みかけた。

 

「ミカさんと今日会えてよかった。やっぱり、私はミカさんを恨んでいない。出会った瞬間に頭に血が上らないかと、正直冷や冷やしていたんだ。……んくっ」

 

 エナジードリンク缶の中身を呷るように飲みながら、ハレはもう一度ソファの背もたれにもたれかかった。

 

「……っぷぁあ。……ふぅ、うん……再確認ができた。私の敵はアリウスと、先生が被弾する可能性、そのものだ。何とかしないとね……エンジニア部が作っている先生用のボディアーマーは、まだ時間がかかるみたいだし」

 

「やはり、そうですか。そもそもヴァルキューレ(うち)のもそうですが、キヴォトスのボディアーマーは、銃弾の痛みを無くすものですからね……」

 

 キリノが腕を組んで唸った。キヴォトスにおいてボディアーマーとは、命を守るためではなく、被弾時の痛みで身体の動きが停止することを防ぐために着用するものだ。基本的に「これで痛みが減れば儲けもの」くらいの感覚で装備しているため、大量調達が可能で安価でもあることも重視される。しかも一般的なキヴォトス生徒基準で作られていることが多いため、先生が身に着けると普通に動きに支障が出るくらいに重い。

 

「そうね、そっちも何とかしなくちゃね。ほんとに、先は長いわね……」

 

 小声で呟き、ユウカもハレと同じように天井に向けて息を吐いた。   

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