聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ初出勤日
シャーレ初出勤日①


 シャーレで事前説明を受けた日の夜、ファイルを読み進めていたら普通に寝不足になったミカは反省し、空いた時間に少しずつ読むことにした。結果、シャーレの初出勤日の朝には一通りは目を通すことが出来た。

 寮の自室で着替え終わったミカは、勉強机の上に置かれたファイルの山に恨めし気な視線を送った。特に一番分厚い先生について書かれたファイルには、念入りにジト目の視線を送っておいた。

 別に内容がつまらなかったわけではないし、気に食わなかったわけでもない。だが、大好きな人の趣味とかちょっとした嗜好とかは自分で実際に相手をよく見て発見して、心のノートに書き留めておくからこそ楽しいのだということを、ミカは知った。活字でまるで生き物の観察日記のように書かれると、実に複雑な気分になる。

 先生に関する知識が増えるのは嬉しいのだが、なんかこう、違う気がする。読み終わってからこんな感想を抱くのもどうかと思わなくもないが、できれば別の方法で知りたかった。人生というのはままならないものである。

 一通り山全体を一瞥した後、ミカはシャーレでの事務作業などのやり方が記載されたファイルを取り、鞄に放り込んだ。ちょっとした八つ当たりである。

 

「……はぁあ~」

 

 大きくため息をついて、ミカはスマホを手に取った。当然と言えば当然なのだが、ミカは普通にシャーレ専用のグループチャットに入ることが出来た。当然、互助会とクラブのチャットにもである。結構緊張して挨拶をしたら何事もなく多くの返事が返ってきた。

 これはあれかな、皆、チャットでは普通でも実際に私と会ったら怒りが抑えきれない感じなのかな。そんなネガティヴなことを考えてしまうのは、この前出くわした時に剝き出しの敵意をぶつけられた合歓垣フブキも普通に挨拶を返してきたからだろうか。まるで業務連絡のような挨拶だった。

 他の挨拶も、堅苦しいものが多いが普通に友達にやる感じの挨拶を返してきた人もいた。フレンドリーなのはそれはそれで「いや怖っ、顔見たこともないんですけど」とか思ってしまう自分は本当に天邪鬼(あまのじゃく)なのかもしれない。そんなことを考えつつ、ミカはスマホを操作し続けた。

 

 互助会のグループに入った後、ユウカから初出勤日のシフトについて送られてきた。基本的にシャーレの当番シフトは互助会のチャットに各々が出勤可能な日程を送り、それをユウカなどの古参組が吟味したうえで其々の希望を取り入れてシフトを作成し、先生に提出して許可を得る、という形になっている。

 一応は1日出勤か半日(午前のみ、午後のみ)を選べるという形式になってはいるが、実際は「どうせなら1日がっつり出たい」ということで半日出勤を選ぶ生徒はごく僅からしい。そんな半日出勤を選ぶ生徒も、「今忙しいからどうしても1日出勤は無理……でも、でもせめてちょっとでも先生のために……やむを得ない、ここは断腸の思いで半日……」という思考の結果として半日出勤を選ぶ生徒が大多数だという。

 希望通りの日に当番に選ばれなくても、普通にシャーレに行く生徒も多いため、シフトで揉めることはあまりない、とミカはユウカから聞いていた。

 

 事前に説明を受けた日から、ミカはちょくちょくユウカにモモトークを送って色々なことを聞いてみた。ユウカには事前に許可をもらっていた。ユウカ曰く、ファイルを見てもわからないことについて新人が説明役をした部員に色々と尋ねてくることはよくあることだという。そのためかユウカはミカが思っていたよりもあっさりと、特に面倒くさがることもなく教えてくれた。

 やっぱり彼女は、私なんかよりもずっと優しくて面倒見が良い人なのだろう。ユウカに感謝しながら、ミカはしっかりと事前準備を進めていた。

 ここまで世話になった以上、気楽に先生の所へ遊びに行くかのような気概ではユウカに申し訳ないと感じたし、そう感じた程度に自分の心の底に真面目さが残っていたことに驚いた。

 

「私って、もっとちゃらんぽらんな性格じゃなかったっけ?」

 

 思わずそんな独り言が口から飛び出す。周囲をキョロキョロして、おかしくなってクスクスと笑った。

 

「……よし、行こう」

 

 誰に向けているのかわからないガッツポーズをし、ミカは鞄を肩にかけ、愛銃も肩にかけた。窓を閉める時にチラリと天気を見る。天気予報によるとトリニティの空は少し雲がかかっていたが、降雨はなく雲量は4。つまり、晴れである。

 

 

 季節は冬とはいえ、凍えるほど寒くもない。ミカは制服の上にPコートを着ていたが、やや暑いほどだった。その為暖房が利いた電車に揺られている間、ミカはコートを畳んで膝の上に乗せることとなった。念のために革手袋も持ってきていたが、このままでは無駄な荷物になりそうである。

 トリニティ最大の鉄道会社である「TGR(トリニティ・グレート・レールウェイ)」の持つ最新鋭の、荘厳なトリニティの街並みから姿を隠すような地味な濃緑色塗装の電車は、街中を歩くお嬢様方の機嫌を損ねるのを恐れているかのように、静かに走っていく。

 歴史ある街並みに似合わない近代的な高速鉄道の車両は、しかし内装はトリニティらしく色々と凝っている。見慣れた豪華さではあるものの、見慣れたうえで過剰に感じるのは自分が我儘気質だからではないと思う。まるで高級車の後部座席のようなシートに寄りかかり、ミカはトリニティの街並みを眺めていた。

 

 終点に到着し、電車から降りたミカはそのままエレベーターに乗り込み、地中深くへと降りていった。

 D.U.の鉄道はその大半が地下鉄である。D.U.唯一の鉄道会社「URPC(ウトナピシュティム・レールロード・パッセンジャー・コーポレーション)」の派手な紫色のラインが入った電車に乗り、ミカはスマホを見ながら地下鉄駅の自販機で買ったホットココアを堪能した。この電車も暖房が利いていたが、それでも冷たい飲み物を飲む気分にはならなかった。

 地下鉄であるので当然のように車窓からの眺めは期待できない。その代わり、複数設置されているモニターからは字幕の付いたニュース映像が流れ続けている。電車に揺られながら眺めたところで頭に入ってくるとも思えないが、暇つぶしにはなるので十分だろう。

 

「……あ」

 

 ココアを飲み終わると同時に、ミカは気付いた。鞄の中に筆記用具や電卓、仕事のやり方などが書いてあるファイルを入れてきていたが、ノートを入れ忘れていた。もしかしたら先生に言えばオフィスにあるものを貰えるかもしれないが、それはちょっとカッコ悪い。どうしようか……少し考えていたが、そういえば、シャーレオフィスのある建物にコンビニが併設されていたことを思い出した。

 学園都市であるキヴォトスでは、コンビニでも文房具一式を取り扱っているのが普通だ。そこで買おう、と思い当たったミカは、駅に到着した電車から降りて早足でシャーレオフィスへと向かった。

 

 シャーレ併設のエンジェル24はシャーレの正面玄関の隣にデンと出入り口を構えている。オフィスとコンビニは中で繋がっているのでオフィスロビーからもコンビニに入ることができるのだが、ミカは特に何も考えずにオフィスロビーを通らずにそのままエンジェル24の自動ドアをくぐった。

 

「いらっしゃいませー!……わぁっ」

 

 幼い少女の声が店内に響く。レジの方に目を向けると、レジカウンターに小柄な少女が立っていた。少女は目を見開き、口も少し開けてミカの全身を上から下まで見つめた。そして、小さく呟いた。

 

「あ、新しい人だ……。すっごく綺麗、お姫様みたい……」

 

「えっ」

 

「あ、あ、ごめんなさい!」

 

 特徴的な店内BGMのお陰で少女の呟きを聞き取れなかったミカが小首を傾げながら少女を見つめると、少女は少し頬を染めて頭を下げた。

 

「ごめんなさい、その、ここのお店はいろんな学校の人たちが来て……それもすっごい綺麗な人たちばかりで。私、新しい人を見るたびに綺麗って言っちゃって。直さなきゃなぁっていつも思っているんですけど、ついやっちゃって……」

 

「あはは☆。いいよいいよ、気にしないでね」

 

 ミカはパタパタと片手を振って、少女へ近付いていった。

 

「これからよくこのお店を利用すると思うから、よろしくね☆。聖園ミカだよ」

 

「あ、私ソラっていいます……わぁ、近付くと本当にすごく綺麗……」

 

 ますます両頬を染める少女に、ミカは思わず苦笑した。パテル分派のトップとして君臨していた昔では、綺麗だと煽てられることなど珍しくもなかった。そうだったはずなのに、今になってこんな反応をされると何故か照れてしまう。

 

「その、やっぱり先生のお陰なんでしょうか? このお店、先生以外は綺麗な生徒さんしか来ないんですよ……。お陰で、生徒さん向けのものか先生向けのものしか売れないんです」

 

「先生向けのものって?」

 

 ミカが尋ねると、ソラはミカを見つめて顎に指先を当てた。

 

「1番はサンドイッチとかおにぎり、2番はスポーツ飲料とかですかね……。先生、事務用具とかは拘りがあるようで、ここのものって殆ど使ってくれないんですよ」

 

「へぇ、スポーツ飲料……」

 

 そういえば、先生は運動不足と体力の低下を地味に気にしているらしく、私室に運動用のマットとかがあるという情報が先生ファイルに書かれていたことを思い出す。早速ファイルの情報が正しいことが証明され、またしても複雑な気分になってきた。

 その後少しソラと会話し、ミカはノートを買ってオフィスロビーへ続く自動ドアの方へ歩いていった。

 

 

 自動ドアが開き、中に入った直後、ミカの鼓膜をそこそこ大きな声が震わせた。

 

「ようこそ、シャーレへ!」

 

「……えっ」

 

 思わず口を開き、シャーレのオフィスロビーに一歩を踏み出したまま固まった。そんなミカの前には、2人の少女がいた。片方が両手を広げて全身でミカを歓待するようなポーズを取り、もう片方の少女は唖然とした表情を、隣で両手を広げている少女に向けている。

 

「やぁやぁ、会えて嬉しいよ、聖園ミカさん」

 

 両手を広げた少女はぱん、ぱん、ぱんとゆっくりと拍手をし、口元を緩めた。

 

「貴女は私のことなど知ってはいないだろうね? でも、私は貴女を知っているよ。私もトリニティの生徒だからねー。貴女のことは、つい最近知ったよ」

 

 そう言うと、少女は感慨深そうに腕を組んだ。

 

「……貴女はシャーレに入った。そして私もシャーレにいる。同じ学校なのに、友達でも知り合いでもない。もしかしたら街中ですれ違ったことすらないかもしれない、そんな関係。

 でも、シャーレに入ったことで、先生という共通の大切な友ができたことで、私と貴女は知り合ったんだ。

 もしかしたら、シャーレが切っ掛けにならずとも、私と貴女は明日には知り合っていたのかもしれない。いつかは、一緒に肩を並べて、2人でチョコレートパフェでも食べているような日が来たのかもしれない。

 しかし、実際はそうなる日よりも早く……シャーレが、私と貴女を繋げた」

 

 そう言うと、少女は眠そうな目をほのかに光らせた。その瞳に幾つもの星が瞬くのをミカは幻視した。

 

「まるで、フロランタンのようだと思わない? クッキーの上にスライスしたアーモンドとたっぷりのキャラメルをかけたような。人の手が加わらなければ、果肉に護られていたアーモンドはキャラメルをかけられることはなかったし、鍋で煮られたキャラメルもアーモンドの上にかけられることはなかっただろーね。

 しかし、クッキー生地の上でアーモンドとキャラメルは出会った。出会って、切っても切り離せない友となったんだよ。それはきっと、飛切素敵なことじゃないかなー。ね、ミカさん」

 

 少女はぽかんと口を開けているミカに向けてキラキラと輝く目を向け、再び両手を広げた。

 

「そう、シャーレという小さな生地の上で、私と貴女は出会ったんだよ。広い広いトリニティでは貴女の視界に入ることもなかったかもしれない私が、こうして貴女を迎えている。まるで運命(デスティネ)のように。

 ありがとう、ミカさん。私はシャーレの生徒として、この出会いに感謝しよう。そして、先生にも心の底から感謝しよう。まるで、カントゥチーニのような硬くて、しかし簡単にふやける不定で不確かなこの胸の奥底から、つまみ上げるような小さく輝く感謝を」

 

 一歩ずつ、ゆっくりと少女はミカに近付いていく。そしてミカの目の前まで歩いてくると、役者のように頭を下げた。

 

「初めまして。私の名前は河和シズコだよ、よろしくね」

 

「それ私の名前でしょうがぁああ!」

 

 厳かに名乗った柚鳥ナツの右足に、走り寄ってきた河和シズコのローキックが炸裂した。

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