聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ初出勤日②

 ユウカから事前にシフト表を受け取っていたため、ミカは今日の当番表の名前を把握していた。しかし顔どころか名前も聞いたことがない生徒しかおらず、シフト表には名前と勤務時間しか書かれていないために所属する学校さえも知らなかった。

 このため、到着早々大層な挨拶をしてきたトリニティ総合学園1年生の柚鳥ナツが、トリニティの生徒だということを知ったのは、ナツの挨拶の内容を理解したその瞬間であった。

 ナツは放課後スイーツ部に所属しているという。聞き覚えがない部活だな、とミカは思った。

 

 トリニティ総合学園では「パテル」、「フィリウス」、「サンクトゥス」の3つの分派が最大の派閥となっている。これら3大派閥の他にもシスターフッド、救護騎士団を含む「ヨハネ分派」などの大小様々な派閥が存在し、派閥ごとに規模やその在り方に至るまで大きく異なっているのがトリニティの特徴である。

 但し全生徒が何らかの派閥に属しているというわけではなく、影響力を考慮しない純粋な人数という点で考えた場合、明確に派閥に属している者はむしろ少数派である。

 ミカが所属していた(厳密にいえば書類上は未だに在籍しているのだが)パテル分派は「ティーパーティー」の構成派閥として主に首長であったミカを中心に集まっていた。しかし、何も全構成員が常にミカの周囲に侍っていたというわけではない。これはフィリウス分派やサンクトゥス分派にも言えることだが、巨大な派閥であるパテル分派は自前の諜報部隊や防衛部隊などを揃えている。それらは名を変え看板を変え、一応表向きはティーパーティーとは何ら関わりのない組織として活動を行っていた。現時点で数十年、数百年単位の長い歴史を持つ「仮の姿」の始まりは、他の分派を出し抜くための偽装だったと思われる。

 当然、これらの詳細は他の分派にはとうの昔から把握されているので、現在では偽装としては意味を成していない。しかし偽装のために掲げた偽の看板であろうとも、トリニティの長年の歴史、そして見栄或いは意地として、現在もそれらの配下組織は、表向きは独立した部活や委員会として残り続けている。例え虚勢の産物であっても、今では誇るべき伝統となっているのだ。歴代の生徒たちが汗を流し、歯を食いしばりながら現代まで護り抜いてきた偽物の看板は、今では歴史と伝統に保障された正真正銘の本物となっている。

 

 ミカはパテル分派の首長であったため、当然のことながらパテル分派の配下組織を把握していた。合わせて「敵」であるフィリウス分派やサンクトゥス分派、その他の派閥の配下組織も概ね把握している。しかし彼女の知識の中に、放課後スイーツ部なる部活はなかった。つまり、これら派閥の配下組織ではない政治色から切り離された部活である。

 別に珍しいわけではない。そもそも派閥の構成員である生徒よりも、派閥に属さない生徒の方が多数派なのだから。ある意味、放課後スイーツ部はごくありふれたトリニティの部活の一つであると言えるだろう。

 

 しかし、それはトリニティ総合学園という世界全体を俯瞰して見た場合の話である。ティーパーティーの構成員としてトリニティの政治の世界にいたミカにとって、世間的には多数派と言える存在であっても、政治色の薄い部活は異質であり、異端であった。

 知識としては存在を知っている。それがトリニティ全体から見れば、そして他の自治区から見ても至極普通で当たり前の存在であることも知っている。しかし実際にこれまでのミカの生活として全くといって良いほど関わってこなかった存在が唐突に目の中に飛び込んでくると、困惑してしまう自分の思考を制御することができなかった。

 政治に関わっていない普通のトリニティ生徒は、今の自分の思考を指して傲慢と呼ぶのだろうか。そんなガラにもないことを考えながら、ミカはナツの全身をまじまじと見つめた。まるで動物園で珍獣を見た時のような反応をする自分に、心底嫌気を感じる余裕さえも、今のミカからは失われていた。

 

「………成程。私という存在が珍しいのかい? ミカさん」

 

 そんなミカを暫く見つめ返していたナツは、両手を広げて踊る様に片足で爪先立ちをし、くるりと回った。

 そんなナツのひどく落ち着いた声が耳に入ると同時に我に返ったミカは、慌ててナツに頭を下げた。

 

「ご、ごめんね。えっと……ナツちゃん」

 

「気にする必要はないよ、ミカさん。人という生き物は存外に視野が狭いんだ。それは怠惰ではないし、ましてや傲慢ではないよ。敢えて言葉で表現するならば、それは選択なんだよねー」

 

 惚けるように数回頷き、ナツはミカに近付いて、無駄にスマートに彼女の両手を取った。

 

「例えば、貴女はトライフルをご存じだろうか? ガラスの器の底にはフルーツとスポンジケーキ、上にはゼリーやカスタード、クリームにジャム、そしてまたフルーツ。上から見るとただフルーツがたくさん並べられているだけ。でも、下には色んなものが詰まっている。この世で最も美しい地層だ。横から見ても勿論美味しそうだけど、上から見るだけで食欲が溢れて止まらない。

 だから、私は上からしか見ない。横から見れば、スポンジケーキやクリームの厚さ、底にあるフルーツの種類もわかるだろう。だけど、私はそれをしないんだ。横から見るという選択肢を頭の中で丸めて捨てるんだよ。

 それは一つの選択じゃないかなー、ミカさん。中身なんて知らずに、上から少しずつ味わっていくんだよ。次は何が出てくるだろう? そんなワクワクとドキドキがあま~いスイーツと一緒に胸を浸して満たしていく。あぁ、なんて幸福な時間だろう! 他に何もいらないね。あ、間違えた。さらに先生と一緒なら至福だよね。これ以上ない、無敵の時間。つまり……ロマンだよ」

 

「長い、もっと短く」

 

 ずずい、とミカに顔を近付けるナツの後ろ姿にジト目を向けていた百鬼夜行連合学院2年生河和シズコが低い声で言うと、ナツは数秒黙った後にミカの両手を離し、両手でサムズアップのポーズをとった。

 

「貴女の態度に気分を害してなんかいないから、これから同じトリニティ生徒同士で仲良くしよーぜ、べいべ」

 

「そんな簡潔にまとめられるんなら最初っからそうしなさいよ!」

 

 口から火が噴き出そうなほどの怒り顔をしたシズコが瞬時にナツの前に出て、ナツの胸に水平チョップを叩きこんだ。が、すぐにシズコは両膝をついてチョップした方の手を掴み、顔を俯かせた。

 

「……かっっっっった! いや、貴女の胸硬ったぁ! ちょっと、ナツ! 貴女、胸板がチタン合金か何かでできてるの!?」

 

「失礼な。唯鍛えているだけだよ、友よ。私よりもミネ団長の鋼の腹筋の方が凄いよ。この前初めて一緒に任務に参加したけれど、あの人、至近距離で受けた携行無反動砲の砲弾、腹筋で弾き返してたよ。シールド使えばいいのにって思ったものだよ」

 

「トリニティはお嬢様学校の看板を返上した方がいいんじゃない!?」

 

 声を上げて嘆くシズコから、ミカはスイッと視線を逸らした。それくらい楽勝だし、何なら手で砲弾掴んだ方が早くない? と一瞬思ってしまった現実からも目を逸らした。当然、口には出さない。

 

「大体、胸の硬さなら君もどっこいどっこいじゃないかな」

 

「ううう……何、喧嘩なら買うわよ?……じゃなかった。ええと……はじめまして! よろしくお願いします、ミカさん」

 

 そう言って、シズコはミカに丁寧に頭を下げた。

 

「彼女はシズコ。私の友で百夜堂という百鬼夜行連合学園では知らぬ者が居ない有名な喫茶店のオーナーを務める看板娘だよ。普段はキャラ作って『にゃんにゃん』とか言っているけど、最近はシャーレでは投げ捨てて真面目に仕事をしているよ」

 

「投げ捨ててまーせーん! もうシャーレのメンバーには知られちゃっているし、ここ百夜堂じゃないし、あくまで仕事に来ているわけだし……そこはTPOをわきまえているだけです!」

 

 挨拶の最中に茶々を入れたナツを横目で睨みつけ、シズコは両手を腰に当てて唇を尖らせた。

 

「あ、うん。はじめまして☆。聖園ミカだよ☆」

 

 何故か圧されている気がしたミカは、何故かこのままだと敗北しそうな予感がしたので割と本気で挨拶をした。動画投稿していた頃(今も偶にしているが)に培った渾身のポーズも決める。ウィンクして小首を傾げることも忘れない。

 

「な、何という完成された姿(ポーズ)……きょ、強敵……!」

 

「そうなんだ?」

 

 恐れ(おのの)いて後ずさるシズコの横で、ナツはこてんと首を傾げた。

 そんな中、シャーレ部員3人による誰も止めない漫才を止めるかのように、ロビー出入り口の自動ドアが開いた。

 

「いけない……遅刻するところだった」

 

 慌てて入ってきた少女は、ポーズを決めているミカと歯を噛みしめながらそれに相対しているシズコ、そして眠たげな表情で両者を観察しているナツを見つめ、小首を傾げた。

 

「……あぁ、わが友。今日もクールビューティだね、シロコさん」

 

 ナツに声をかけられ、アビドス高等学校2年生砂狼シロコは軽く会釈し、僅かに眉を顰めた。

 

「ん……やはりロードバイクで来るべきだった。まさかD.U.の電車でシステムトラブルが起こるなんて……お陰で折角2日間連続の1日当番なのに、初日から遅刻するところだった」

 

 シロコは小さく息を吐くと、ぐるりと首を動かしてミカを見つめた。

 

「……貴女が、聖園ミカ?」

 

「え、あ、うん」

 

 静かにミカを見つめる瞳。右と左で瞳孔の色が異なる水色の瞳にミカが映る。感情が感じられない宝石のような、冷たい瞳だった。

 

「……アビドス高校2年、砂狼シロコ。シャーレのベテラン組で、先生のパートナー。宜しく」

 

「……あ、はい。宜しくお願い致します。聖園ミカです」

 

 先程の挨拶よりもはるかに低い声が、ミカの口から飛び出した。見つめ合ったシロコとミカはゆっくりと互いに歩き出し、固い握手を交わした。固すぎて何か嫌な音がした気がした。

 

「友よ、美しい光景じゃないかね。あれが1人の男を想い合う生徒(おんな)の牽制合戦だよ」

 

「いやぁあんなの、シャーレに来たら3時間で見飽きるわよ」

 

 腕を組んで何度も頷くナツに、シズコが呆れたような半目を向けた。

 

 

 その後、オフィスロビーに集まっていた4人は、お喋りしながら執務室へと向かっていった。

 今日のシャーレ当番はこの4名で全員である。

 

「そういえばシロコさん、何故今日は電車で来たんですか?」

 

「今日は泊りで明日も当番だけど、明日の当番が終わったら先生と一緒にアビドスへ行く予定だから。電車で先生と一緒に行こうかと思った。でも考えてみれば電車で自転車も運送してもらえるし、自転車で来ても良かったかもしれない」

 

「えええっ! じゃあ3日以上連続で先生と一緒じゃないですか! 羨ましいなぁ~……」

 

 こともなげにそう言うシロコに向かい、シズコが頬を膨らませて上目遣いを向けた。実にあざとい仕草である。何だこの子あざといな、とミカは内心で顔を顰めた。桐藤ナギサが見れば「鏡を見てください、ミカさん」と道端に捨てられたペロロ様人形を見るような目を向けるであろう光景である。

 

「ん、私も嬉しい……と言いたいところだけど。実際は明日は殆ど外回りだし、アビドスに帰った後は対策委員会の皆と市街地の巡回や治安維持。あんまり先生と楽しめない」

 

「あぁ……」

 

 ナツが同情するかのようにため息をついた。「外回り」とはシャーレの当番のメンバーがシャーレに届けられた依頼を遂行するため、オフィスから出て活動することを指す。偶に先生が同行する場合もあるが、基本的には指揮管制用のドローンでオフィスにいる先生からの指示を受け、あれこれ動き回ることが多い。先生の指示のもと任務を遂行できるとはいえ先生の側にいられるわけでもない仕事だ。勿論、だからと言って嫌がったり断ったりする部員はいないが。

 

「というか相変わらずですねぇシロコさん。電車と自転車の2択って。バスはないんですか?」

 

「キヴォトスで時間を守りたい人は、バスには乗らない」

 

「まぁたそんなキッパリと。それは、そうかもしれませんが……」

 

 シロコの即答、それも歯に衣着せぬ言葉を聞き、シズコは眉を下げて大きくため息をついた。

 キヴォトスの主要な交通機関と言えば電車である。バスもないわけではないのだが、如何せん人気がない。正確に言えば、信用度が低い。

 決してバス自体の性能や運行会社が悪いわけではない。キヴォトスのバスは一般住民(ロボットとか獣人とか)が運転するものは少なく、大半が思考機械が操縦する無人車となっている。

 しかしこれらの無人車両は銃撃戦と爆発が毎日そこかしこで発生するキヴォトスで客の安全を護るために、兎に角安全性が徹底されているおかげで、付近で銃撃戦や爆発が発生すると、すぐさま停止したり安全性の高い別ルートへ変更をする。そのため、到着予定時間を大幅に遅れるなど当たり前となっている。

 

 なお、安全性が徹底されているとはいえ、別にバスの防弾性能が特段優れているなどと言うことはない。そもそもキヴォトスでは現金輸送車両やヴァルキューレなどの治安維持機関の装甲車、PMCの戦闘車両等を除き、大半の車両はロクな防弾性能を有していない。バスやタクシーも同様である。

 理由は極めて単純で、防弾性能を強化したところであまり意味がないからだ。コストをかけて防弾性能を強化したところで、襲われる時は襲われる。苦労して防弾性が高い車両を用意したとしても、撃ち込まれるものが小口径ライフル弾から大口径ライフル弾や擲弾(グレネード)、そして砲弾に変わるだけである。

 

 これに対し電車の場合は、勿論流れ弾が線路に命中するなどして運航停止することもあるが、直接襲撃を受けることは稀だ。

 最高速度で突っ走っている電車や目の前の線路に砲弾等が撃ち込まれて脱線事故を起こしたら、如何に頑丈なキヴォトスの住民でも多数の乗客が重傷を負う。当然と言えば当然であるが、余程の田舎でもない限り、バスの乗客より電車の乗客の方が数倍多い。勿論、脱線事故現場の周辺にも被害は生じる。電車を攻撃して大量の怪我人を出せば、待っているのは連邦矯正局送りという暗い未来だけだ。

 このためキヴォトスでは、バスや輸送車両が襲われることは多々あれど、輸送電車が襲われることはまずない。そう言った理由で、キヴォトスではバスよりも電車が好まれる傾向にある。

 

「ん、ついた」

 

 そんな風に喋っていると、すぐに執務室の前までたどり着いた。

 代表してシロコが残りの3人の顔を確認すると、静かにノックした。

 

「先生、来たよ」

 

「あぁ、待っていたよ」

 

 先生の声が廊下まで届いた。

 今日も、シャーレの一日が始まろうとしていた。 

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