聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ初出勤日④

「皆、午前中はお疲れ様。シロコからも第4事務室の3人からも、書類は受け取ったよ」

 

 12時ちょうどに再び執務室に集まった4人を見て、先生は笑顔を浮かべた。

 この人って基本笑顔だな、私は物凄い怖い顔で睨まれたことあるけど。そんなことをふと考えたミカは、その思考が自分の表情に影響を与えるのを何とか堪えた。全く全然これっぽっちも自慢できることではないのに、何故か優越感みたいなものが胸に宿ってしまった。もう私はダメかもしれない。

 

 ミカがそんな自爆ですらない間抜けな衝撃に動揺を隠そうとしていることなど思いもしていない先生は、4人それぞれに労わりの声をかけ、そしてタブレットを見ながら話し始めた。

 

「さて、これからの予定だけど。午後は昼食後、皆で外回りをします。折角だから昼食は全員で外食しようと思う。さっきシロコに頼んで、午後から全員出かけることをシャーレの皆に伝えて貰ったよ」

 

「ん、もうグループチャットに流してある。留守番は近くにいた山海経(せんがいきょう)のシュンさんたちがやってくれるって」

 

「ありがとう、シロコ。無人にしようかと思っていたけれど、シュンとココナにはお礼を言っておかないといけないね。

 そして外回りの内容は……今話してしまおうかな。今日遂行する依頼は喫茶店の警備だよ」

 

「警備? それも高級店などではなく、喫茶店?……きな臭いね」

 

 ナツが目を光らせた。

 

「そう、その喫茶店は『マニオライ』に先月オープンしたばかりでね。どうやら頻繁に嫌がらせの類を受けているようで。落ち着くまで警備してほしいって依頼なんだ」

 

「マニオライ……?」

 

 聞き覚えのある単語に、思考がお花畑から帰ってきたミカが小さく呟いた。どこかで聞いた名前だが、しかし思い出せない。そんなミカに隣に立つシズコが一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。

 

「そっか、ミカさんはあまりD.U.に来たことないですよね。『マニオライ』はD.U.東部商業区駅の駅ビルの名前ですよ。正式名は『マニオライ・イースト』ですが、皆『マニオライ』って呼んでいます」

 

「あぁ!」

 

 シズコの説明を聞いて、ミカは軽く両手を叩いた。そうだ、思い出した。「D.U.東部商業区駅」はミカがシャーレに行くために利用した駅の一つで、最後に降りた駅だ。つまりはシャーレの最寄り駅である。そしてD.U.有数の大規模なターミナル駅でもあるこの駅には駅ビルもあった。その駅ビルの名がマニオライだ。

 

 ミカはシャーレに行くことしか頭になかったので、3日前も今日もマニオライには寄っていない。しかし駅構内を歩いていたので、嫌でも看板は目に入る。それでうっすらと覚えていたらしい。

 

 D.U.には「駅ビル」というビルが複数存在する。駅の機能に加えて各種店舗やホテル、病院、行政サービス機構、企業のオフィスなどを盛り合わせた巨大な駅だ。駅に直結し、駅からそのまま歩いていけるのが特徴である。D.U.には10を超える数の駅ビルがあるが、トリニティにはほとんど存在しない珍しい施設である。

 

「ごめんね、ミカ。説明しなくちゃいけないね。D.U.東部商業区駅は長期間改装工事を行っていて、今年リニューアルしたばかりの最新の駅舎なんだ。合わせて駅ビルであるマニオライも新規改装オープンしたばかり。これまでの『URPC』のノウハウをつぎ込んだ最新のビルとして注目を集めているよ。もっとも解体工事をしてゼロからビルを造ったわけではないから、最新、と言ってもソフト方面……つまり管理システムとか防災機能とか、インテリア、或いはテナントの方だけどね」

 

 先生が眉を下げてミカに軽く頭を下げ、補足の説明をする。

 「URPC(ウトナピシュティム・レールロード・パッセンジャー・コーポレーション)」はD.U.唯一の鉄道会社であり、旅客輸送事業の他駅ビルの営業も行っている系列企業を有する巨大企業連合である。鉄道会社としては旅客輸送がメインなのだが、貨物輸送や鉄道管理を行う企業もURPCと実質的な同盟を構成しており、D.U.の鉄道はほぼURPCの影響下にあると言っても良い。

 カイザーコーポレーションのように様々な自治区に展開をしていないが、D.U.に限ってはカイザーを超えるとも言える企業である。

 

「そのマニオライだけど、まだまだ空きテナントが結構あってね。最近そこにオープンしたのが喫茶店『ムエット』。ところがオープンしたのはいいものの、謎のロボット集団に目を付けられているようでね」

 

ロボット集団(・・・・・・)? ヘルメット団や強盗団(スケバン)じゃなく?」

 

 シロコが僅かに瞠目した。

 ロボットということは、つまりは生徒ではないということだ。生徒による悪質なおふざけというわけではなさそうである。キヴォトスの住民には自律型の思考ロボットもいる。彼らは生徒や獣人の住民と変わらない感情と知能を持ち、キヴォトスで暮らしている。

 

「その通り。よって、状況は深刻だと判断した。これが悪ふざけや度を超えた悪戯でないのなら、そのロボット集団には狙いがある。狙いがあるとするならば、それを達成するまで連中は犯行を続けるだろう。

 何せ駅ビルのテナントの喫茶店だ。周辺には別の店もあるし、利用客も通行人も多い。シャーレにまで相談が来るということは、とっくにヴァルキューレにも通報はされているだろう。ヴァルキューレの巡回も功を奏していないということだ。

 ロボット集団がその喫茶店に拘っている何か(・・)も気になる。杞憂だといいんだけど……」

 

 そう言うと、先生は真剣な表情で顎に手を当てながら、タブレットを睨みつけて口を閉じた。

 その姿に胸が高鳴ったミカは、再び自分の思考がお花畑に向かって歩くのを止めるために労力を費やすこととなったが、それもすぐに吹き飛んだ。先生が真剣な表情のまま、ミカの前まで歩いてきたからだ。

 

「ど、どうしたの? 先生」

 

 動揺するミカに対し、先生は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「そうそう、外回りをするからには、ミカにもアレ(・・)を渡さないとね。あとで、備品管理室に来てくれるかな?」

 

 笑みを浮かべた先生を前に、ミカはコクリと頷いた。

 

 

 駅ビル「マニオライ・イースト」は地下1階、地上7階建てのビルで、1階に駅舎と繋がるコンコース(駅内の大通路のこと)が通っている。地下鉄なので当然プラットホームは地下にあるのだが、駅自体が地域のランドマークとして整備されている故に、駅舎の大部分が地上に造られているため、商業設備の大半は地上にある。D.U.東部商業区駅の南口と繋がっている駅ビルで、URPCの子会社である「ウトナピシュティム・ターミナル開発社」が管理・運営をしている。

 マニオライは最大140店が入ることが可能な大型ショッピングセンターであり、この手の駅ビルに良くある話だが、各フロアごとに同じジャンルの専門店が集まっている。例えばダイニングキッチンフロアだとかファッション・コスメフロアだとかである。

 シャーレに依頼してきた喫茶店「ムエット」は、5階の生活雑貨フロアの隅、非常階段近くにあった。比較的小さい店で、カウンター席4つと4人掛けのテーブル席が3つある。

 

「依頼を受けてくださって、ありがとうございます……」

 

 店主は物静かそうな頭身の低いロボットで、弱り切ったように悲しげな表情を浮かべた。

 駅ビルの別フロアのレストランで手早く昼食を済ませた5人は、そのままムエットへと直行していた。シャーレの外回りで先生と共に外食をするのは久々だったとのことで、浮かれていたシロコとシズコとナツも、今は真剣な表情で先生を囲むように座っている。勿論、ミカもとっくにお花畑から思考が戻っていた。

 

 店主の説明によると、嫌がらせは先月より週に2回ほど行われているらしい。店の前にゴミを捨てられたり、小さな爆竹を置かれたりしたとのことだった。駅ビルのセキュリティ部門やヴァルキューレにも相談をしたのだが、あまり効果が出ていないという。駅ビルに導入されているセキュリティは防犯カメラと重武装の警備ドローンを併用した最新のものなのだが、防犯カメラで犯行を確認後に警備ドローンを向かわせても、現場に到着するより先に犯人たちには逃げられてしまう。ヴァルキューレの巡回も同様だ。かといって、警備ドローンやヴァルキューレ生徒が闊歩している前で犯行に及ぶわけもなく、常時警備ドローンやヴァルキューレ生徒を店の前で立たせておくこともできず、困り切っているのだという。

 

「そんなに役に立たないの? カメラに犯人が映っているのなら、怪しい人をリストアップして駅ビルに出入り禁止にするとか、犯人の動線を追うとか、色々と方法があるはず」

 

 片眉を上げて店主に疑問を述べるシロコに向かい、店主はさらに顔を俯かせた。

 

「それが……私も直接カメラをチェックしたわけではないのですが……セキュリティ部門の方からの説明によると、犯人は……同一集団ではないのだそうです」

 

「ほぅ? ロボット集団とは聞いていたけど?」

 

 身を乗り出したナツに向かい、店主は苦々しい表情を浮かべた。

 

「確かに、そうなのですが。犯人たちは皆ロボットという意味でして……つまり、連続で嫌がらせをしてきているロボットはいないんです。全て、別のロボットで行われているようでして」

 

 ロボットの形をした住民は外見こそ似通っていても、搭載されている思考機械や細かなパーツが微妙に異なっている。また、ロボットも人間同様にこれまでの生活において身についてきた癖が、歩幅の違いや走り方の違い、細かな動作の違いに影響を与える。防犯カメラの映像を分析すれば、それを調べることは容易だ。

 

「先月からの犯行で週に2回の嫌がらせ、その全てが違うロボットの犯行だとすれば……最低でも、10体は関わっているとみていいでしょうね」

 

 先生が腕を組んで唸った。なお、先生は外回り時には戦闘に備えての指揮管制ドローンなどを詰め込んだ特別製の鞄を背負っているのだが、それは今、先生の足元に置かれている。

 

「ええ、私もそう思います。それにほとほと困り果ててまして……ただでさえ、売り上げが下がっているのに」

 

「……と、言いますと?」

 

 眉間に皺を寄せたまま、先生が店主を見つめた。店主はそんな先生を見返し、より肩を落とした。

 

「実は、この駅ビルに1週間ほど前に、新しい大型喫茶店がオープンしましてね……。『アゲラタム』というお店です。それもあって、ますます客足が遠のいている有様でして……」

 

「それはまぁ……」

 

 シズコが思わずため息をついた。まさに踏んだり蹴ったりである。

 

「……なんかさ、タイミングが怪しくない? その新しくオープンした喫茶店がロボット集団を雇っていて、このお店を潰そうとしているとか! 同業者への攻撃だよ!」

 

 唸るように言ったミカに、ナツが呆れたように言った。

 

「それは流石に無いんじゃないかなー、ミカさん。大体、テナントのお店はこの駅ビルと契約しているんだから似たようなお店が近くにいくつもあることは最初から分かり切っているし、このままでは契約している駅ビルそのものにも被害が及ぶよ。それにこのムエット以外にもマニオライにはカフェとかがたくさんあるからね。

 そもそもD.U.東部商業区駅はD.U.郊外のターミナル駅で、マニオライも住宅街の真ん中にある巨大なショッピングセンターだから、放っておいても客は来るわけだし……犯罪を犯してまで他店を潰すメリットがあるとも思えないよ」

 

「むぅ……うん、その通りだね。ナツちゃんが正しいよ」

 

 しかめっ面をして顎に指を当てているミカに、先生が微笑んだ。

 

「まぁ、ミカの考えも全くあり得ないとは言い切れないよね。どの道、同じビル内にあるわけだし……せっかくだから、そのアゲラタムってお店も見に行ってみるかい?」

 

 その言葉に、生徒4人は頷いた。

 

 

「先生……これは、喫茶店とは言わないと思う」

 

 喫茶店ムエットを一旦離れて噂の喫茶店アゲラタムの様子を見に行った先生と4人の生徒であるが、実際に店舗を見たシロコの第一声がこれであった。

 

「……だね。これは予想していなかったなぁ……」

 

 先生も呆然としたように呟いた。

 5人の目の前には、喫茶店の看板を掲げた、どう見てもレストランにしか見えない店があった。

 

「いやぁ、今日シャーレに来る時には気付かなかったねー。私たちが駅に着いたのはこのお店がオープンする前の時間だから、仕方のないことだけど……しかし、う~ん、いい匂いだ。流石だねぇ」

 

「あはは……そりゃ、お客さんがたくさん来るわけよね。こんな良い場所に、良いスタッフに、良さそうな食材に設備」

 

 何かを諦めたかのように言い合うナツとシズコの声をBGMに、ミカはこの場から逃げ出したい衝動にかられた。

 

「……ナギちゃん、あとで殴る」

 

 両頬を染めて俯くミカに4つの視線が向けられた。同情と憐憫に満ちた優しい視線だった。

 

 喫茶店アゲラタムは1階にあった。それは良いとして、問題は場所であった。あろうことかアゲラタムは1階のコンコースに面していた。つまり、最も多くの人が通る場所の真横に造られていた。正確に言えばコンコースの両脇に自動ドアが設置されており、東側の自動ドアを抜けてすぐ右手に店舗を構えていたのだが、店舗とコンコースを隔てているものは透明なガラスなので、コンコースからは店の様子が丸見えである。

 しかも店舗自体がかなり広い。どう見ても、他のテナント店より広い。複数のテーブルが置かれている喫茶店なのだから、他のテナントよりもスペースが必要なのは当然なのだが、それにしても広い。しかし、広い割にはテーブル数が少ないように見えた。そして、テーブル数に対し異常なほどに、歩き回っているウェイトレスが多かった。

 そのウェイトレスが、さらに問題だった。

 

「……どう見てもあれ、トリニティの生徒」

 

 シロコの呟きに、ミカはがっくりと肩を下げた。

 ウェイトレスは濃いブラウンのベレー帽に同色のスカーフタイ、ソムリエエプロン、そして黒いシャツにズボンと比較的地味なカラーの制服のようなものを着込んでいるのだが、明らかに生徒であった。しかも所作が洗練されすぎているというか、客というより上位の者を持て成す雰囲気が溢れ出ている。トリニティの政治的中枢では珍しくもない光景なのだが、D.U.のど真ん中、それも駅ビルにある大して高級店でもない店でスタッフとしてやるには浮きすぎている。仕草一つ一つが、トリニティらしさを隠しきれていない。というより、正しく典型的な「トリニティのお嬢様」だった。トリニティの制服から着替えただけである。

 とはいえステレオタイプなトリニティのお嬢様とはいうものの、そもそもトリニティでありふれた光景というわけでもない。お嬢様学校と揶揄されるトリニティではあるが、何も全生徒が上流階級の所作を身に付けてなどいないし、それを毎日毎秒実施しているわけでもない。

 そんな無駄にスマートなスタイルを、しかもチェーン店の制服と言っても違和感がない普通の制服でやっているので、逆に浮いている。

 なお、彼女たちは当たり前のように愛銃を背中や腰から吊り下げているが、これについてはキヴォトスでは珍しくないので誰も気にしていない。

 

「あれがトリニティ流の接客術なのね……凄いわね。本物のお嬢様がやっているからか不自然さがなく、嫌味っぽさもないわ。……外から見れば、場違い感が凄いけど」

 

「いや、あれを一般的なトリニティ生徒と思われるのは流石に心外なのだけど……」

 

 顎に指を当てて真剣な表情で唸るシズコに向かい、ナツが真顔で呟いた。柚鳥ナツ渾身の真顔である。

 それはそうだろう。服装は違うが、遠目に見てもわかる。ミカは他人の顔と名前を覚えるのが苦手だが、それでも週に1度は顔を合わせていた相手達だった。顔くらいは知っている。

 彼女たちは、到底「一般的なトリニティ生徒」とは言えない存在だ。もっとも、ミカのような立場からすれば、普通のトリニティ生徒よりも遥かに見慣れた相手だとも言えたのだが。

 

「……ん、ただのトリニティ生徒じゃない……ティーパーティーの生徒に間違いない」

 

 隣に立つシロコの無情な追撃に胸を貫かれたミカは、先生の前で両手と両膝を床につくことだけは何とか堪えた。

 取り敢えず、後でナギちゃんを殴ろう。極限まで手加減すれば、1時間気絶する程度で済むと思うから、取り敢えずお腹を殴ろう。

 そう決意し、ミカはせっかくということでふらつきながら、先生の胸板に後頭部を預けた。

 シロコの愛銃のバットストック(銃床とも言う。発砲時に肩に当てる部分)がミカの脇腹に突き刺さった。ミカは普通に足に力を入れて耐えた。

 

 シロコの攻撃をガン無視し、ミカは先生の胸板とほのかに感じた先生の匂いを楽しみながら呟いた。

 

「何でこんなところに、フィリウス分派(ナギちゃんとこ)の生徒たちがいるのぉ……ナギちゃぁああん……」

 

 詰まるところ、現実逃避であった。

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