聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ初出勤日⑤

 昼食の時間帯が終わりに差し掛かり、最後の客が出て行った直後、喫茶店アゲラタムに1人の客が入ってきた。

 

「いらっしゃいませ、何名――」

 

「やぁやぁ、初めて来たけど、ここはいいお店だね。素敵な匂いに溢れてる。素敵な出会いもありそうだ」

 

 挨拶をしたウェイトレスの発言に被せるように、いきなり喋り出した客。応対しようとしたウェイトレスのみならず、に近くにいたウェイトレスたちの視線が店入ってきた少女へと集まる。

 

「あ、あの……」

 

「つくづく幸いなことに、ちょうど小腹も空いてきた頃合いでねー。ほら、大好きな人の前でがっつり食べるのは恥ずかしいし……。ええと、ここのお勧めは……違う、ランチメニューじゃなくて程良い量のスイーツを……」

 

 話しかけた店員を完全に無視し、客は入り口近くにあるメニューが書かれた黒板を上から下まで見つめた。

 

「おお、カップケーキだけじゃなくてファッジの種類も豊富じゃないか。とても良さそうだ、なかなか素敵な予感がするよ。今私たちが抱えている問題も、ほろほろと溶けてなくなるファッジのように、簡単に解決すれば助かるのにね。

 私はキャラメルよりもファッジの方が好きなんだ。噛み応えのあるキャラメルも嫌いじゃないけど、一瞬で口の中で崩れてしまうファッジを食べて、それを名残惜しく思う瞬間が好きなんだ。大好きなものを喪失して感動を覚える、実に不思議な感情じゃないか。しかし、それは矛盾ではないんじゃないかな。心は水面のように空の色をそのまま映し出すものじゃないし、鏡のようにそうあれと作られているものでもない。カンノーロに包まれたクリームのように、包む生地こそ決まっていても、中身は色々な風味のある……おっと、長い話はわが友に嫌われる。私も長話は寝ながら聞きたいタイプでね。

 それはそれとして、へい、お嬢さん。今から私たちとお茶しない?」

 

「へっ?……あ」

 

 唐突に話しかけられ、ウェイトレスは漸く気付いた。いつの間にか、客の後ろにもう1人、誰かが立っている。片膝をついてウェイトレスの手を取るようなポーズを決めた客の後ろに、別の少女が無言で微笑みながら立っている。物凄く、見覚えのある顔だった。

 

「……ミ、ミカさ……」

 

「はーい、連邦捜査部『シャーレ』でーす☆」

 

 花の咲く様な笑顔を浮かべてナツの後ろに立っていたミカは、ゆっくりとシャーレのIDカードを取り出した。

 

「全員逃げないでね? まぁ、逃げ出したところで逃がさないけど☆」

 

 それは生粋のお嬢様である彼女たちが初めて聞いた、地獄の底から響く様なドスの利いた声だった。

 強盗が押し入ってきたかと誤解されかねないような悲鳴が、店内を満たした。

 

 

 阿鼻叫喚となった店内に入った先生たち5人の前に現れた、というよりは他のウェイトレスたちによって引っ張り出されてきたのはこの喫茶店の店長、もといティーパーティーの行政官の1人であった。ナギサの直属の部下の1人でもある。補習授業部の件で先生とは顔見知りであるし、当然ミカとも面識がある。

 

「あれまぁ、バレてしまいましたか。……本当は、もうちょっと準備がしたかったのですが」

 

 行政官はそう言うと、クックックと低い声で笑った。随分と特徴的な笑い声の生徒である。彼女もまた他のウェイトレスと同じ制服を着ているので、やはりティーパーティー行政官としての洗練された動作が色々と浮いていた。悪いことを考えてそうな特徴的な笑いも、さらにミスマッチ具合を加速させている。

 行政官は先生が尋ねる前に答えを言った。

 

「結論から言いますと、このお店は先生へのプレゼントなんですよ」

 

「……えっ」

 

 先生が目を丸くし、行政官の顔を見つめた。他の4人は半目で行政官を睨んでいる。その様子を見て、行政官はさらに笑った。

 

 先生たちは店の奥にあった個室へ案内された。その部屋はスタッフ用の待機室となっているらしく、不自然なほどに豪華な装飾付き丸テーブルと椅子が並べられていた。

 行政官は5人に座るよう促すと、自身も下座に座り、集まっていたウェイトレスたちを全員部屋の外に追い出し、再び話し出した。

 

「これまで、トリニティのシャーレへの支援や協力は正義実現委員会が行ってきました。しかし、正義実現委員会はティーパーティーの監督下に置かれてはいますが、ティーパーティーの戦力ではありません。ナギサ様のフィリウス分派保有の戦力は他にあります。つまり、我々です」

 

 桐藤ナギサはフィリウス分派の首長である。パテル分派がミカのやらかしのせいで機能不全に陥り、百合園セイアのサンクトゥス分派が病弱なセイアの護衛に集中していることもあって、フィリウス分派の防衛部隊は現状のティーパーティーで唯一積極的に活動できる部隊だ。 

 

「シャーレに正義実現委員会が全面的に協力しているのは良く知られている話です。何せ委員長と副委員長がシャーレに所属しておりますし」

 

 そこまで言って、行政官は優雅に紅茶を一口飲んだ。なお、先生たちの前にも紅茶が出されているが、先生以外は誰も手を付けていない。

 

「――とはいえ、だからと言ってフィリウス分派(われわれ)が全く何も動かないのは対外的にも良くありません。補習授業部の件はナギサ様の完全な独断で、先生にご迷惑をおかけいたしましたので。

 いや、あの件は本当に酷かったですよね。先生がお許しになられていなければ、パテル分派と共にフィリウス分派も崩壊していたかもしれませんね……。全く、ナギサ様は本当に……大義名分があれば何をしても良いわけではないでしょうに。しかもそれで裏切り者を見つけ出すことが出来たのならまだしも……。

 おっと、コホン! 失礼、お恥ずかしい真似を」

 

 途中から愚痴を言うような口調となっていた行政官は、シロコが苛立たし気にティーカップにスプーンを当てる音にハッとなって咳払いをした。

 

「それに、ゲヘナ万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の生徒がシャーレに所属していると聞きます。その他、風紀委員長を始め風紀委員も多数シャーレに所属しているという事実もあります。

 一方で現状、トリニティからは正義実現委員会がシャーレに所属していますが、ティーパーティーとしてはまだシャーレにあまり協力できていません。

 ミカ様が最近シャーレに入部しましたが、今のミカ様をティーパーティーの一員と表明するのは、色々と難しいところがあります。つまり、我々はゲヘナ共に一歩遅れていると言えるのかもしれません。

 ミカ様だって、トリニティのシャーレへの貢献度が、ゲヘナ風情に負けるのはお嫌でしょう?」

 

 行政官は首をわざとらしく傾け、視線の先をミカに固定し、口を三日月形に曲げた。まるでミカが怒るのを期待しているかのようである。

 ミカは心中で溜息をついた。今までの自分の言動からして仕方がないとは思うが、ゲヘナの単語が出ただけで冷静さを捨てるような女だと思われるのは、些か以上に心外だった。確かに自分は浅慮なところがあるが、先生がすぐ近くにいるのに暴れまわる女だと認識されているのは腹立たしい。例え、ミカにとっては置物に等しい他人の評価だとしても、である。

 

「……あはは☆。確かにゲヘナのことは私も聞いていたよ。万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の子が、シャーレにいるんだってね。

 でもさ、そんなことはいいんだよ。要するに、先生へ恩返ししたいって思った結果がこれってこと? そんなこと、信じられると思う?」

 

 ミカはそう言って静かに笑った。そして即座に笑みを消して、無表情のまま行政官に顔を近付ける。そのまま冷徹な瞳でティーパーティーの行政官を見つめた。先生に向けるものとは違う、無機質な昏い黄金色の瞳だった。

 同時にナツ、シロコ、シズコが立ち上がる。そして即座に愛銃を取った。止めようとする先生をシロコが無言で制し、立ち上がった3人は行政官を囲んだ。

 

「あのさぁ、私もそこまで馬鹿じゃないつもりなんだけど?」

 

 低い声で呟き、ミカは喫茶店の床に向けて人差し指を向けた。乱暴にイスに深く腰掛け、はしたなく見えない程度にもう片方の手で頬杖を付く。

 

「シャーレの目と鼻の先で、何をする気? 実は先生を利用して何かする気、なんて言わないよね?」

 

 床を指差した手を行政官の前に持っていく。

 トン、と音を立て、ミカの人差し指がテーブルを叩いた。整えられた綺麗な爪がテーブルと当たる音が響く。トン、トンと音が連続して響く。

 

「……ねぇ、質問しているんだけど?」

 

 ミカの口から放たれる、低い声。それを聞いて、ミカの一挙一動に目を奪われていた行政官は慌てたように首を振った。

 

「あっ……いや、すみませんふざけすぎました、そんな貫禄出しながら言わないでください。……ミカ様、ナギサ様と違ってエレガントじゃなくてテラー的な方のオーラがあるんですから、怖いんですよ」

 

 両手の平を目の前で合わせて、行政官は愛想笑いを浮かべた。行政官はミカ、そして愛銃を構えているシロコとシズコに視線を向け、腰から吊り下げていた拳銃をホルスターごと抜いてテーブルの上に乗せた。

 なお、先生は銃と盾を構えたナツの後ろに座り、困ったような表情を浮かべながら、シャーレの部員たちと行政官を見つめている。

 大きく息を吐いた行政官が、顔を上げて先生へ視線を向けた。

 

「これは誓っても良いですよ。本当に、他意はありません。このお店、そして我々が先生への誠意そのものなのです。……本当は、もっと準備を進めてからシャーレへ通達するつもりでしたよ」

 

「どういうこと?」

 

 苛立っている内心を隠そうともせずに、低い声でシロコが言った。

 

「すでにシャーレには正義実現委員会やゲヘナの風紀委員会、ミレニアムのセミナーの者がバイトとして多数出入りしています。ここに我々フィリウス分派の生徒が混ざるのも……まぁ難しくはないでしょうが、ちょっと芸がない(・・・・)。そこで、先生に秘密基地と戦力のプレゼント、です」

 

 そう言って、行政官は指を鳴らした。

 ウェイトレスが何人か入ってきて、先生の腰かけている椅子の側に木箱を置いた。

 顔を僅かに顰めたナツが静かに木箱の蓋を開ける。

 

「……たっぷりの銃火器だね。連邦生徒会と戦争が出来そうだよ」

 

「おお……」

 

 ナツはさらに顔を顰め、昏い色の瞳を行政官へ向けた。一方でナツを見ていた先生は、頭を片手で抑えて強めに息を吐いた。

 そんなナツや先生を一向に気にすることなく、行政官は笑みを深くした。

 

「こんな具合です。この他にも食糧とか消耗品とか。あとは戦闘員(ウェイトレス)も、まぁ先生の好きに使ってくださいな。ナギサ様からのプレゼントですから、バイト代なんていりませんよ。

 あぁ、わざわざお店を経営しているのは物資を運びこんでも不自然にならないからというのと、トリニティ生徒が多数出入りしても違和感がないようにするためです。表向き、このお店はトリニティのお嬢様による道楽ってことにしています。実際、結構皆ノリノリでやっているんですよ? 他の地域でバイトができる機会なんて、なかなかないですからね。

 ウェイトレスたちはフィリウス分派の誇る優秀な戦闘員たちです。……この際ですし、先生には正直に内実を伝えてしまいましょうか。ナギサ様とフィリウス分派がシャーレに恩を返すために行動をした、という事実を作る必要があります。正義実現委員会に指示を出す、では駄目なのです。エデン条約の件より前に、ツルギ様もハスミ様もシャーレに所属しておりましたからね。クックックッ」

 

「つまりは身内へのアピールも兼ねている、と。大した恩返しですね、先生への助けになるとかかこつけて……寧ろ其方が本当の目的なのではないですか?」

 

 ジト目のまま店内をぐるりと見渡すシズコに、行政官は微笑みかけた。

 

「刺々しい物言いですねぇ、看板娘さん。まぁ、否定はしませんが。

 しかし、我々は本当に先生のお役に立てると自負しておりますよ。出番がないことに越したことはありませんが、備えとはそういうものでしょう?」

 

 行政官は肩をすくめ、パチリとウィンクをした。

 

「そしていざとなったらシャーレのためにすぐに駆け付け、恩を売る(・・・・)こともできる、と。成程、シャーレオフィスに被害が出た時はここに先生を匿うことだってできるし、悪くはないね。流石はお嬢様方、知恵が回るね」

 

 変わらず低い声で、シロコが小首を傾げて言う。まるで見下すかのように立ったままのシロコに視線を向けられた行政官は、気分を害したかのように大袈裟にため息をついた。

 

「恩を売るとは、悪意ある言い方ですね。寧ろ恩返しがしたいというのに。これくらいで恩が返しきれるとは思っておりませんが、こういうのは早めに誠意だけでも見せるべきでしょう。

 ナギサ様も激務に追われている中、片手間ではこの程度(・・・・)しかできないって嘆いておられましたよ。実際、ここに常駐している戦力は私を含めて20人に満たないので、最低限度のものですが」

 

「これでこの程度って……流石はトリニティ」

 

 シロコは呆れたように首を数回降ると、諦めたかのように腰を下ろした。それを合図に、ナツとシズコも椅子に座りなおす。

 その様子を見て、行政官はニッコリと微笑んだ。

 

「これからも、先生をサポートする仲間として宜しくお願いしますね? シャーレの皆様」

 

 その言葉に、先生以外の4人は無言で肯定することしかしなかった。

 

 

 その後も話を聞いてみたが、喫茶店アゲラタムはやはりというべきかわかっていたというべきか、喫茶店ムエットへの嫌がらせとは何の関係もなかった。アゲラタム、というよりフィリウス分派は単純にシャーレオフィスに近くて広く使えるテナントが開いていた、という理由だけでこの場所に店舗を構えていた。コンコースに面したスペースを確保したのも、有事の際にすぐにシャーレに駆け付けられるように、階段を下りる手間が少ない場所を選んだ結果に過ぎなかったようである。

 

 アゲラタムを出た5人は、取り敢えずムエットに一度戻ることとした。エレベーターを待っている間、シズコがおずおずとミカに話しかけた。

 

「……あ、あの、ミカさん……その、聞いても良いですか?」

 

「ん? 良いよ。なぁに、シズコちゃん?」

 

 振り返ったミカを見つめ、シズコは両方の眉を下げて意を決したようにミカに聞いた。

 

「さっきの人、フィリウス分派の行政官で、桐藤ナギサさんの仲間なんですよね……? それで、ミカさんはクーデターを起こして、桐藤さんを失脚させようとしたんですよね? なのに、普通にミカさんと会話してましたけど……それ、何かおかしいんじゃないですか?」

 

「あぁ……そっか、そうだよね……。当然気になるよね」

 

 合点がいったミカは、苦笑したように言うと、他の4人に視線を向けた。ミカ以外の全員がミカを見つめる。ミカは口を結んで腕を組んでいる先生に向けて微笑みかけると、優しい口調でシズコに話しかけた。

 

「気にしないでね、シズコちゃん。ええと、多分あの子は気にしていないんだよ。だってあの子、別にナギちゃんと仲良くないから」

 

「え゛っ」

 

 低い声を上げて表情が固まったシズコを見つめて、ミカはますます苦笑した。

 

「まとまっているとはいえ、派閥の皆が仲良しこよしってわけじゃないんだよ。特に行政官は、首長補佐であると同時に次期首長候補でもあるんだよね。仮に私がナギちゃんを失脚に追い込んだところで、フィリウス分派はそのまま私の傘下になっていただろうから、あの子の立場は維持されていただろうからね。だからあの子にとって、私は寧ろ恩人なんじゃないかな? だってナギちゃんが私を庇えば庇う程、フィリウス分派じゃなくてナギちゃん(・・・・・)の立場が弱っていくんだもの。フィリウス分派は特にダメージもなし。ただ、政治よりも幼馴染との友情を取ったナギちゃんの株が下がるだけ。

 まぁ、ナギちゃんは私の件で頭をたくさん下げて、ついでに他の派閥の代表たちにもまとめて頭を下げたから、有事の際はプライドを捨てることも厭わない生徒会長ってことで、ナギちゃんは自分の評価を維持したけどね」

 

「うわぁ……」

 

 聞かなきゃよかった。流石にそれを口には出さなかったが、シズコの顔は無言でそう言っていた。

 そんなシズコに微笑みかけ、ミカは両手をパタパタと振った。

 

「あぁ、放置してもあの子はナギちゃんの首を取ろうなんてしないと思うよ。だって今の生徒会長(ホスト)なんて、ただの貧乏くじだもん。取り敢えずナギちゃんがティーパーティーの新体制を創り終わるまで待って、一息ついたら報奨を用意して、ナギちゃんに勇退でも迫るんじゃないかな?」

 

「……トリニティ、怖い……」

 

 もはや涙目になっているシズコを見て、その場にいる全員が息を吐いた。

 ちょうどそのタイミングでエレベーターが到着する。無言で乗り込んだ5人を乗せて、エレベーターは5階へ上がった。

 

「……何か疲れたね。折角だし、ムエットでおやつでも食べようか」

 

「良いね、先生。こんな時はあま~いスイーツで、嫌な雰囲気を忘却の彼方に追いやるのが一番だよ。嫌なことを忘れるコツは、思い出を記憶に変えてしまうことだ。思い出は何時でも思い出せるけど、記憶は必ず思い出せるものじゃないからね」

 

「……うん、賛成……」

 

「ん、そうしようか、先生」

 

「ごめんね、なんかごめんね……」

 

 先生の一言で淀んだ空気が若干元に戻った。ぞろぞろと5人はムエットへ向かっていく。

 まずはミカ、そしてシロコがムエットの店内に入っていった。それに続こうとしたシズコが立ち止まる。シズコの後ろを歩いていた先生とナツも、同じように立ち止まった。

 

「どうかした? シズコ」

 

「……? あ、すみません先生……ねぇナツ、何か音がしない?」

 

「音?」

 

 スピーカーから流れる店内BGMに加え、断続的に音が聞こえている気がした。何かが断続的に固いものに当たるような音だった。

 首を傾げるナツを尻目に、シズコは音が聞こえたような気がした方向、喫茶店ムエット横の非常階段の方へ歩いていった。喫茶店の角を曲がり、非常階段の前に立とうとしたシズコの足が止まる。

 そこには、喫茶店の壁に寄りかかる様に立っている長身のロボットがいた。焦点のあってないような目で、突然目の前に現れたシズコを認識していないかように、ただ前を見つめている。よく見ると若干震えており、その足元にはクーラーボックスのような箱が置かれていた。

 そのロボットは両手に何かを持っていた。それを互いに打ち合わせてカン、カンと音を鳴らしていた。

 片手で持っているものは金属製のライター。そしてもう片方の手で持っているものは、透明な瓶だった。瓶の口には白い布が巻かれている。

 

 それを見たシズコは目を見開いた。そして全身の血が凍ったような感覚を脳が認識するよりも先に、叫んでいた。

 

「――火炎瓶!」

 

 その声が響くと同時に、ナツが先生の腕をつかむとロケットのように駆け出した。

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