聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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プロローグ②

「ナギちゃん、シャーレに入部する生徒を探しているって聞いたよ! 私、シャーレに入りたい!」

 

 入室後、挨拶もそこそこにそう言ったミカを一瞥し、ナギサは紅茶を一口飲んだ。正直こんなことになるのではないかと予想はしていた。突然の宣言ではあるが、シャーレへの入部が承認された後報告してきたミネ団長より遥かにマシである。

 

「ミカさん、貴女には確かにある程度の自由は与えられています。遊び歩く訳でも無く、シャーレで活動するならば認められるでしょう。

 私にはシャーレへの入部を阻止することも、入部申請を撤回させることもできません」

 

 ミカはすでに牢から出され、一生徒としての活動を許されている。他にも奉仕作業への参加が義務付けられていたり、日頃の査定が通常よりも厳しめだったり、校則違反をした場合のペナルティがより重かったりと、普通の一般生徒とするには無理があるかもしれないが、それでも一応はトリニティの生徒としての生活が認められている。

 当然、トリニティ総合学園の外は勿論、自治区から出るのも自由だ。シャーレに所属する分もなんの問題は無い。そもそも最初から、各学園の生徒会には生徒のシャーレへの入部を制限することはできないのだが。

 

「ですが……他の者がどう思うかは、予想がつきますよね?」

 

 シャーレにミカが入部する。つまり、シャーレの先生の下でミカが働くことになる。

 シャーレの先生がミカに投降するよう「説得」したことも、先生が牢から脱獄したミカにトリニティへ戻るよう「説得」したことも、ミカが少しでも早く牢から出られるよう奔走したことも、トリニティの上層部から政治に多少関心がある程度の一般生徒にまで知られた話だった。

 

 シャーレの実績、言い換えれば先生の功績はそれ以上に有名だ。エデン条約に関することを除いても、先生は様々な学校の事件やトラブルの解決に貢献してきた。設立当初から注目を浴びてきたシャーレは、今やキヴォトスの大半の生徒が共通の話題としているほどに有名だ。シャーレ自体が活動を隠すことなくSNSに動画を投稿していたり、シャーレ部員の活躍を撮影した生徒が動画を投稿したりもしているため、話題の種が尽きないのだ。

 直接先生と会って会話した生徒は然程多くないために、先生の性格を知る生徒は多くはない。しかし、その能力や実力を疑う者は今や圧倒的少数派だった。

 故に、先生に悪感情を向ける生徒は殆どいない。勿論シャーレの活躍によって痛い目を見た不良やチンピラなどは除くが。

 しかしそんな生徒たちも、先生がミカのために必死に動いている光景には複雑な感情を抱いていた。何せミカが仕出かしたことは、客観的に見て大罪だ。主だったものだけでセイアの殺人教唆、さらにナギサ襲撃未遂という事実上のクーデター未遂、そして外患誘致。加えて脱獄。極悪犯罪のオンパレードである。実際にミカが画策したのはセイアへの嫌がらせ程度だと認められたとしても、それ以外の罪で退学になることも十分あり得る。最悪連邦矯正局送りである。

 そんなミカを先生が気にかけている。そのお陰で悪い噂がいくつも生まれた。先生がミカに騙されている程度ならば可愛いもので、中には報告を受けただけでナギサが憤激するような下品で下劣な噂もあった。

 

「……まぁ、ね。でも正直言ってさ、これ以上堕ちようがなくない?

 あ、私じゃなくて先生の評判のこと?」

 

 ミカは苦笑し、視線を目の前に置かれたティーカップへ落とした。

 

「私ね、先生にいっぱい迷惑をかけちゃっててさ……もうこれ以上どうしようもないくらいに。少しでも先生の力になりたいとは思うけど……私のせいで先生の評判が下がっちゃうのは、嫌だなぁ……」

 

 嗚咽が聞こえてきそうなほどの悲壮な声色。向かい合っている方まで心に曇り空が広がりそうな姿だ。ナギサは思わずため息をつきそうになった。

 最近のミカはずっとこんな調子だ。落ち着いているように見えて、普通に過ごしているように見えて、何かが切っ掛けになればネガティヴモードへ一直線。聴聞会に出席する前よりも遥かに酷い。何で自業自得とはいえトラウマを植え付けられた挙句に、ミサイルの爆風に吹き飛ばされた方よりも元気がないのだ。

 

「……いえ、失礼しました。先生にそこまで被害が及ぶことはないでしょう」

 

 ナギサはそう言い直し、軽く頭を振った。

 ナギサの主観であるが、そもそも現在の「ミカ叩き」は当初と比べると様相がかなり異なっている。

 血みどろの弾圧や戦争など過去のものとなった現代において、突如発生した歴史に残る大事件。しかも犯人がトリニティ総合学園のティーパーティー。身内であったはずの者による凶悪犯罪に対して少なくないトリニティ生徒は激烈に反応し、ミカを糾弾した。

 多くのトリニティ生徒たちの頭を貫くのは、なぜこんな馬鹿なことをやらかしたのかという疑問。身内に裏切られたという悲しみと恐怖、それが反転した怒り。歴史に残る汚濁に塗れた唾棄すべき重罪が、自分たちのすぐそばで起こったということへの恥辱。そしてミカの全てを否定しなくてはならないという使命感とすら言える正義感。それは集団ヒステリーと言えるのかもしれない。

 

 ミカを糾弾した全生徒が感情に突き動かされた者というわけではない。敵対派閥を叩く絶好の機会を逃さないのは当然とばかりに、政治的な理由でミカを攻撃する者もいた。ある程度の地位と責任を持つ者の中には、他の者を煽ることに全力を出した者もいた。

 しかし感情ではなく政治的思惑を持ってミカへの攻撃を煽った者たちは、ミカの私物が燃やされる頃には顔を青ざめさせていた。別に良心が痛んだわけではない。トリニティ総合学園としての正式な処罰が下されるよりも前に、事実上の私刑が行われたという「実績」が、自分たちの世代に誕生したことを恐れたのだ。

 以降、扇動してきた者たちは「正義の軍団」の統制に力を入れていくことになる。軍団から距離を置いて冷静に俯瞰していた者たちからは、すでに疑問を通り越して侮蔑の視線が注がれていたが。

 結果として軍団の中でも比較的理性が働いた者たちは一人、また一人と口を閉じ、振り上げていた拳を下ろしていった。

 

 そして聴聞会が終わり、ある程度の情報開示が行われた現在では、ミカへの攻撃は正義の断罪から便乗した者による娯楽へと様変わりしていた。

 すでに裁きは下されたのだ。納得できる内容なのかどうなのかは問題ではない。トリニティによる正式な聴聞会の末、正式な責任者による処分が下された以上、これ以上何もすることはない。外野がいくら騒いだところで、結論は変わらないのは分かり切った話である。

 すでに「正義の軍団」の参加者は大きく数を減らしていたが、聴聞会の終了によってさらに一挙に離れていった。

 そんな状況で未だに行われるデモや抗議は、最早騒ぐこととミカを攻撃することが目的と化した娯楽と言えるのかもしれない。そしてこのような「遊び」は、標的が無力であり、標的をなぶった側が損をしないことが前提で成り立つものだ。

 

 トリニティにおける公共の敵へと成り果てたミカと異なり、シャーレの先生には確固たる立場がある。連邦生徒会の組織の顧問という役職に、これまで積み上げてきた実績。甚振る標的とするにはリスクが高すぎる存在だ。先生はキヴォトスの生徒のために、様々な問題を解決することを仕事としている。そんな先生を攻撃して得をするのは、シャーレというキヴォトスで暮らす善良な生徒の心強い味方を邪魔に思う者たちだけである。先生を攻撃することは、「私はシャーレがキヴォトスの平和のために戦っていることを好んでいません」と宣言するようなもの。周囲から不良やチンピラの同類と思われかねない行為だ。

 

 黄金よりも貴重な青春をこんな遊びで消費するような「余裕のある」者たちでも、この程度のことは少し頭を使えばわかるだろう。わかれば先生を無意味に攻撃したりはしないと思いたい。そんなことを考えながら、ナギサは再び紅茶を飲んだ。飲まなければ口からティーパーティーに相応しくない言葉が出てきそうだった。唯でさえ先生には申し訳なさしかない状況だというのに、この期に及んでトリニティの生徒が公然と先生を貶めるようになればもう最悪である。

 

「……すみません、ミカさん。少しだけ待っていただけますか? サクラコさんやミネさんたちに、相談してみますので」

 

 そう言って、ナギサはティーカップを静かにテーブルに置いた。ティーパーティーの権威は、今やそんなことすら独断で決められないくらいに低下していた。

 

 

「ミカさんのシャーレへの入部ですか……別に問題ないのでは?」

 

「あ、はい」

 

 果たして、サクラコからは即答が返ってきた。まぁ反対はされないだろうけど多少は議論することになるのかな、と考えていたナギサは拍子抜けしたように目を見開いた。

 

「そうですね、私も反対いたしません」

 

「貴女には反対されないだろうと思っておりました」

 

 ミネには視線すら向けず、ナギサはサクラコを見つめたままだ。他の参加者も無言、つまりは賛成である。

 

「……ミカ様は今や一生徒ですので、授業や生活は全て一般生徒の中に混じって行っております。ミカ様が問題を起こしているわけではないのですが……。ええと、率直に言って、周りのメンタルが危険です」

 

 おずおずと口に出したのは、ティーパーティーの行政官の一人である。

 

「色々と聴取をしてみましたが……例えば、ミカ様と廊下で出くわした生徒からは、『お腹をすかせたヴェロキラプトルが現れたと思って目の前が真っ暗になった』という感想が出ました」

 

「流石に酷くないですか?」

 

 一応ミカはミカなりの思想や意志を持って行動したにも拘らず、獣どころか恐竜扱いである。

 

「素手であの堅牢なトリニティの牢獄を破壊したお人ですからね……」

 

 シスターフッドの幹部の呟きが耳に入り、ナギサは思わず頭を抱えた。

 そういえばそうだった。トリニティの負の遺産ともいえる存在で、平和な現代にも残り続けている過剰なほどの要求性能に基づいて造られた牢獄を、ミカは拳の一撃で破壊している。しかも三食ロールケーキ生活と運動不足のダブルパンチで身体が鈍っていた時に。トリニティには罪人を収容するための牢獄が幾つかあるが、ミカが収容されたのはその中でももっとも頑丈で、定期点検も終えたばかりの牢であった。

 状況が状況だったので(アリウス対策に人手がとられていた上に、主にセイア関連でトリニティ上層部が大混乱となっていた)隠蔽工作などできるわけもなく、そもそも大破した牢獄があるのだから隠し通せるはずもなかった。牢獄に入っていたミカが武器を保持しているわけがないことくらい誰でも予想できたし、事実そうであった。

 ではどうやって牢獄を中から壊したのか? 素手でしかない。

 ミカの戦闘能力の高さは、トリニティでは知る人ぞ知る情報に過ぎなかった。そもそも戦う機会が殆どないし、戦いがあったとしても銃撃戦が普通(キヴォトスでは素手の殴り合いよりも銃撃戦の方が遥かに多い)なので、ミカの身体能力など有名になるはずがなかった。それが脱獄のせいで一気に広まってしまったのである。

 ちなみにアリウスとの連戦に次ぐ連戦を終えてミカ本人は体の衰えを感じたらしく、気軽にふらふらできる立場になったのを良いことに、最近は自治区内のトレーニングセンターに通っているらしい。これ以上何処に向かおうというのか。

 

「シャーレにいてくれた方が、その……他の生徒たちが安心できるかもしれません」

 

「ミカ様であれば先生のお役に立てるでしょうし」

 

「ミカ様をヒステリックに攻撃する者たちが目立っていただけで、数の上では興味すら持っていない生徒やミカ様を怖がっている生徒の方が遥かに多いですからね」

 

「……結局、先生に押し付けているだけでは?」

 

 様々な意見が飛び出すものの明確な反対意見は誰からも出ず。

 結局、ミカはシャーレに入部申請をすることが許可されたのである。




 プロローグはもうちょっと続きます。
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