シズコが叫んだ瞬間、何人かの人物がそれぞれ動きを見せた。
まず、当のシズコ自身が動いていた。目の前のロボットは焦点のあっていない目で前だけを見ており、手に持った火炎瓶は
しかし、その時点でシズコは銃を構え警告する、という手段を即座に放棄していた。これから店に入ろうとしていたため、シズコは愛銃のショットガン「桜ポンポン」のスリングを片方の肩にかけており、愛銃は背中側に銃口が上を向いた状態でかけられていた。この状態から愛銃を正面のロボットに向けて構えるまでに、目の前のロボットは火焔瓶に火を点けることが出来るだろう。
シズコの愛銃はショットガンなので、近距離戦に有利な銃である。しかもポンプ・アクション式の連射性能に優れた銃である。ポンプ・アクション式は銃身の下にチューブを付けてチューブラー・マガジン(筒型弾倉)とし、そこに可動式ハンドガードを取り付け、それを押したり引いたりすることで発射するショットガンのことである。押したり引いたりすれば使用済み弾薬が排出され、新しい弾薬がチェンバー(薬室。弾丸を発射する爆薬が装填されている部分)に装填される仕組みである。つまりひたすらハンドガードを押したり引いたりすれば、連射も可能なのだ。
チューブラー・マガジンの中には銃弾が横一列に並んで入っている。ショットガンの弾丸は「ショットシェル(装弾)」と呼ばれ、他の銃の銃弾と違って先が尖っておらず、まるで口紅の容器みたいな形をしている。このお陰で横に並べても、弾丸の先端が前の弾丸のプライマー(雷管。銃弾の底にある点火装置のこと)を突いて暴発、という危険な事態にはならない。
ポンプ・アクション式の欠点はローディングに手間がかかることであるが、当然のように「桜ポンポン」には、すでに弾倉いっぱいまで装填済みである。連射すれば、目の前のロボットはひとたまりもない。銃を撃つことさえできれば、シズコの勝利は揺るがない。
しかしそうだとしても、例え目の前のロボットを倒すことが出来たとしても、その前に火炎瓶を着火されてしまえば意味がない。着火した瓶が落ちて割れれば、火は燃え広がる。その火が万が一、燃え広がって先生に被害を与える可能性は? 何らかの原因でビルの消火装置が動かなければ? 火事で発生した煙を先生が吸い込んでしまったら? 全ては仮定の話である。万が一どころか刹那以下の可能性なのかもしれない。しかし決して容認できない。可能性があるだけでも、決して容認できないのだ。先生が負傷する可能性は、1パーセントたりとも存在させてはならないのだ。
故にシズコは銃を構えず、着火される可能性を排除するため、逡巡する素振りもなくロボットに飛び掛かり、ロボットの持つライターを奪おうとした。例え自分がロボットに飛び掛かる直前にロボットが火炎瓶に着火し、自分が火達磨になる可能性が僅かにあったとしても、シズコの頭には最初から躊躇いなどなかった。
◆
同時に動いたナツは、先生の腕を掴みシズコを気にすることもなくその場を離れることだけを優先した。予想だにしていなかった奇襲攻撃を受けて且つ先生がその場にいた場合、先生に一番近い生徒がまずは先生を安全地帯まで退避させる。例え誰が攻撃を受け、誰が危険にされされていようとも、先生が戦場にいることだけは避けなければならない。1秒でも早く先生を逃がす。それが、シャーレ部員全員に徹底されている鉄則であった。
ロケットのように飛び出したナツは、先生が何かにぶつからないように細心の注意を払いながら跳躍した。まるで水面を跳ねて飛んでいく石のように、先生に気を遣いつつ走り、跳ぶ。
何事かと足を止める他の客を全て無視し、ナツは喫茶店ムエットと真逆のフロアの端まで滑り込み、宙に浮いていた先生の身体を優しく受け止めた。そして先生の前に移動し、盾と銃を構えた。
そんなナツをあっけにとられて見ていた客たちは、ナツがムエットの方に向けた愛銃の銃身を見て漸く危険を察知したようで、我先に逃げ出した。
「先生、使うかい?」
「そ、そうだね」
息を吐いて気を落ち着かせた先生は、ナツに向けて頷くと背負っていた巨大なバックパックを下ろした。先生も、最早突然の戦闘など慣れていた。
「戦術指揮をするから、ナツも準備を。多分、相手は1体じゃなさそうだ」
「だろうね」
ナツは後ろを振り返り、先生に向けて微笑みかけた。その笑みに、先生は力強く頷いた。
「多分、全員そのつもりだよ」
「よし、やろうか」
バックパックの中身を取り出していく先生を眺めながら、ナツは先生にも聞き取れないような小声で呟いた。
「さぁ、仕事の時間だ。先生の盾役を皆で果たそう、
◆
ナツが先生の腕を取って飛び出した直後、すでに喫茶店ムエットの店内に入っていたシロコが、衝動に突き動かされたかのように店の外に出る。この時点で店の扉は閉められ、ムエットの店内にはジャズが流れていたためにシズコの声はシロコの耳には届かなかった。しかし、野生の獣のようなシロコの危機察知能力が、シロコの身体を店の外へと向かわせた。愛銃を構えながら飛び出していくシロコを見て顔色を変えたミカもまた、出迎えの姿勢のまま目を丸くしていたムエット店主を置き去りにしてシロコの後に続いた。
シロコが店の外へ飛び出した直後、シズコがロボットを押し倒した。シズコは力づくでまずライターを奪い、適当な場所へ放り投げた。そして火炎瓶も奪い、また別の場所へ割れないように転がした。ロボットは対して抵抗もせず、うわごとのように言葉として意味を成していない声を放ちながら体を時折震わせている。どう見ても健常とは呼べない姿だ。
「よしっ、これで――」
一先ず拘束しようとポケットから適当な紐を取り出そうとした直後、目の前の非常階段の上の階から何かが落ちてきた。
球状の物体。カン、カンと音を立て、シズコの目の前まで転がった。
手榴弾だった。シズコの顔が瞬時に青ざめた。
「……っあ!」
マズい、先生はどこまで逃げた? あり得ないとは思うが、実はまだすぐ近くにいる可能性は? この手榴弾が見た目は普通なだけで、実はこのフロア全体に被害を与えるようなものだったら? そんな思考がシズコの脳を電光石火で支配した。
シズコは咄嗟に身体を動かした。前方に向かってダイブし、手榴弾の上にその身を被せた。手榴弾を抱きしめるように背中を丸め、目を瞑る。
直後、手榴弾が爆発した。
◆
「シズコ!」
愛銃を構えながら、シロコが爆発が起こった場所へ駆け付けた。仰向けで倒れているシズコ。その近くには、ロボットが時折身体を跳ねさせ、しかし起き上がりはせずに倒れていた。
シロコは一先ずロボットは無視することとし、シズコの腕を取ると、片手で銃を構えたままシズコを引きずって後退した。
「シロコちゃん」
「ミカ、私は一度店内へ」
「うん」
その言葉だけでミカは状況を察した。銃を構え、非常階段に向け走っていく。
「な、何が……」
「店主、申し訳ないけど、逃げて」
店内に入り、シロコは店主にそう告げると、店主を見ることなくシズコの容態を手早くチェックした。服が若干すす焦げているが、凡そ問題はない。キヴォトスで一般流通している服はそう簡単には燃えないし、破けもしない。
シズコに出血は見られない。吐息も普通で、見た目は不自然ではない。少し苦しそうに呻いているだけだ。
「う、うう……
「シズコ、大丈夫? 吐く?」
「せ、先生に自分の吐瀉物まみれの姿を見せるくらいなら、死んだほうがマシです……」
シズコは呻くと、しっかりとシロコを見た。
「私も吐瀉物がかけられた姿で先生の前に立ちたくない。だから、聞いた」
「酷いぃ……」
若干涙目になりながら、シズコは自身の腹と胸板を両手でさする。
「あとで、ナツにやっぱり私よりも貴女の方が胸が固いと伝えないと……」
「?――良し、大丈夫そうだね」
華麗に無視した挙句にシロコはシズコから視線をずらし、店の外を見つめた。同時に、シロコの耳がドアが開く音を捉えた。どうやら店主が裏口から逃げたらしい。
そして、ビルの天井に設置されていたスピーカーから警報と自動音声の避難指示が流れ出した。全くもって遅すぎる。シロコは小さく舌を打った。
「シズコ、
シロコはそう言いながら、シズコの手を軽く握った。そして、立ち上がる。
「う、うう……ほんとにカッコいいですよね、シロコさん……。先生に惚れる前に貴女に会ってたら、貴女に惚れていたかもぉ……」
口元を引き攣らせて笑うシズコを一瞬だけ見て、シロコは店の外へ歩き出した。
「ごめん、私は今世も来世もその次も、ずっと先生のパートナーだから」
◆
非常階段に向けて走り出したミカの目の前に、もう一つ手榴弾が転がってきた。ミカはすぐにそれを引っ掴み、投げ返す。
非常階段の上の階で、手榴弾が起爆した。
しかし、素人だな。ミカはそう思って小首を傾げた。奇襲なら兎も角、戦闘態勢の相手の目の前に何も囮を用意することもなく手榴弾を投げ込むとは。
愛銃の「
「まぁ、気にしてもしょうがないかな」
独り言を呟きながら銃を構え、発砲。断続的に響く発砲音と煌めく閃光。ドサリ、と何かが階段から転がり落ちるような音。まずは1体。遮蔽物に身を隠す程度の頭はあるようだが、殺気が隠しきれていない。いや、殺気というよりは熱意に近い。相手を倒すことじゃなく、
しかし、ここには先生もいる。恐らくこの場にはいないナツが先生を退避させたのだろう。ならば、自分がやることは一つだけだ。
先生に迫る危険は取り除く。例え何があったとしても、だ。
ミカは肩から掛けている鞄に詰め込んであるマガジン数を思い出していた。ミカの愛銃は銃の左側にマガジン挿入口があり、横向きに長方形型のボックス・マガジン(箱型弾倉)を差し込む。片側に、しかも横向きに何十発もの銃弾が入ったマガジンを差し込んでいるわけである。このため一見物凄くバランスが悪そうに見え、そして実際にバランスが悪いのであるが、ミカの腕力の前ではそんなものは何の障害にもならない。
ミカの愛銃はオープン・ボルト式のサブマシンガンである。オープン・ボルトの「ボルト(
そしてこのボルトがチェンバーに蓋をしないで開いている(オープンしている)銃のことをオープン・ボルト式と呼ぶ。ではどうやって発射するのかというと、マガジンをセットした状態で引き金を引くとボルトが「前進」して(バネで飛び出るようなイメージ)弾丸をチェンバーに押し込み、それと同時に撃針がプライマーを打つことで弾丸が発射される。
つまり一般的な銃と異なり、オープン・ボルト式の場合はボルトそのものが動く。文字通り針のような撃針と違い金属の塊であるボルトが動きまくるため、オープン・ボルト式の銃は振動が伝わりやすい。簡単に言うと、発射時に物凄く銃がブレる。これは大半のサブマシンガンに言える話だが、精密射撃にはとても向かない。サブマシンガンとは、基本的に広範囲に銃弾をバラ撒くものだ。ミカの愛銃も例外ではない。つまり、基本的に消費弾数が多いのである。制圧力の高い武器であるサブマシンガンは、まずは消費弾薬数と戦わなくてはならない武器なのだ。
なお、もう一つの敵は過熱による銃身の変形であるが、これについては銃身に被せられた穴の開いた金属筒による放熱(空気の対流による強制冷却)でも気休めにしかならないので、「頻繁に銃身を交換する」という最早諦めとすら言える解決策に頼らざるを得なくなった銃が多い。ミカの愛銃もその一つである。
なお、ミカは高すぎる身体能力によって力づくで愛銃の振動を抑えることが出来るので、やろうと思えばサブマシンガンで精密射撃も可能であるが、そんなことをするくらいなら相手に銃弾を浴びせつつ近付いて殴り倒した方が早いので、この戦術はあまり使わない。
その代わり、この振動が凄まじいサブマシンガンを片手で撃つ戦術はよくやっている。実際に、先程も片手で撃っていた。
今日はそんなにマガジンを持ってきていなかったかも。ミカはふとそんなことに思い至り、思わず顔を顰めた。相手はあと何人なのか。
考えていたミカの頭上から銃声。ミカは咄嗟に身体を横に向け、片手で愛銃を上に掲げて撃った。ミカの足元に銃弾が当たる。そして悲鳴、何かが倒れる音が続く。
「あっと、やったかな?」
そこで漸く、ミカは上を見上げた。階段の上の方では何かが動き回っているのが見えるが、手すりが邪魔でよくわからない。人数も、そもそも敵かどうかも不明だ。ミカは上の気配を探りつつ、足元に埋まりこんだ銃弾を一瞥した。弾痕からして、おそらくは9ミリ拳銃弾。
「ライフル持ちはいないのかな?」
「ミカ」
後ろから話しかけられ、ミカは後ろを振り向いた。すぐ後ろに銃を構え、片膝立ちの状態のシロコがいた。
シロコは僅かに眉を顰め、無言で自分の目を指差している。数秒それを見つめ、ミカは気付いた。
「あっ、そうだ」
シャーレの先生が指揮する戦闘に欠かせないものを忘れていた。ミカはすぐにシロコの側まで戻ると、鞄をあさり、中から黒い小さな箱を取り出した。外回りに行く前に、先生からもらった箱だ。まるで指輪のケースのようだ、とそんな間の抜けた考えが一瞬だけ頭を
「OK、つけるよ?」
「ん、問題ないよ」
ゴクリと息を飲むと、ミカはそのコンタクトレンズのようなものを目に付けた。