それを装着したミカの目に、瞬時に様々な情報が映し出された。例えるならばFPSゲームのプレイヤー視点のように、自身の携帯マガジン数や愛銃の残弾数、視界の隅には簡略化された立体式の駅ビルのマップ。マップには1つの青い光点と白い光点、そして幾つかの赤い光点と緑の光点が浮かんでいる。
「おお~☆、昔やったVRゲームみたいだねぇ」
呑気にそんなことを呟くミカに、シロコは軽く首を傾げた。
「そうなんだ。ゲームは開発部の子たちとレトロゲームとかいうのしかやったことがないから、私はよくわからない」
「うん、そうそう、こんな感じなの。私も中等部以降はさっぱり触れていないんだけど……」
そう言いながら、ミカは目の前の光景を見つめた。視界の下部には、見やすい字体で字幕が流れている。先生からの指示だ。
「敵は6階にあと4体、ね。倒れているのが3体……」
「そう。シズコが押し倒したロボットと、貴女が倒したロボット2体」
「つまり判明している限りだと、敵は合計7体。思ったより少ないね」
小さく呟き、ミカは上階を睨みつけた。
「便利だね、これ。『ウェアラブル・デバイス』って言うんだっけ?」
「そんな感じだったと思う」
「ウェアラブル・デバイス」。スマホのように持ち歩くタイプではなく、体に装着したり着用したりするタイプのデバイスのことを指す。キヴォトスでは主に腕時計型と衣類型、そしてコンタクトレンズ型の3つが主流となっており、これはコンタクトレンズ型の一つである。但し、その性能は一般的なものとは段違いであるが。
正式名称は特になく、先生が名付けた「レンズ」という何の捻りも遊び心もない呼称でシャーレ部員が呼んでいるこのデバイスは角膜に張り付けるタイプで、つまりコンタクトレンズと同じではあるが、通常のコンタクトレンズよりもズレにくく、衝撃に強い。そもそもキヴォトスではコンタクトレンズやメガネなどの大抵の着用品が衝撃や爆発に強く造られているのだが、このレンズはそんな一般消耗品の中でもさらにズレにくい。
ミレニアムのエンジニア部とヴェリタスの合作で、先生が持つオーパーツ的なタブレット「シッテムの箱」と接続されている他、先生が運用するエンジニア部謹製の指揮管制用ドローンとも繋がったシステムとなっており、先生が操作するドローンが入手した情報をリアルタイムで更新し続ける。
つまりドローン、シッテムの箱、レンズの3つがシャーレの戦術指揮システムの根幹となっている。
ミカはシッテムの箱というものが先生だけが使えるタブレットのようなデバイスだという話を、駅ビルに来る途中で先生からも詳しく聞いていた。
「先生のドローンはきっと、もう上の階に移動している。光学迷彩機能付きの静音で飛ぶドローンだから、屋内であっても戦場で気付かれることはほぼ無い。それに頑丈な機体だから流れ弾がかすったくらいでは傷付かない。エンジニア部渾身の逸品。……一品じゃない。予備も含めて3台ある」
正確に言えば、先生に頭を下げられたエンジニア部が必要以上にハッスルした結果であり、高性能且つ必要な性能だけを獲得し、徹底した無駄を排除することでコストも(比較的)安価に抑えられたドローンである。その性能と経緯を知った早瀬ユウカが「やればできるじゃないのよ!」と割と本気でキレたほど、しっかりとオーダー通りに出来上がっている代物である。エンジニア部に依頼するたびにオーダー(と事前の予想)を斜め上に突き抜けた製品ばかり納品されているセミナーを代表し、ユウカはちょっと泣いた。
「成程ね……」
「事前に一通り把握しているとは思うけど、一応伝えるね。……マップに表示されている光点は、青が貴女。白が先生。赤が敵。緑がシャーレ部員。あとは他者の中で
「突然味方……あぁ、私か」
何それどんな状況かと思ったら、アリウスでの自分だった。笑えない笑い話である。
「ん、先生と任務をしていると、割とよくある」
あるんだぁ、と思いながら、ミカは視線を動かした。赤い光点は上階に纏まっており、ほとんど動いていない。先制攻撃を仕掛けてきた割には動きに積極性が欠けていた。やはり素人っぽいというか、行き当たりばったりな印象を受ける。
「あと、先生が凄く離れている場合や先生がオフィスで指揮をとる時はレンズを付けて話すと、先生に私たちの声が届く。アロナというシッテムの箱のメインシステムが、私たちの声をこのレンズを通じて神秘の力で先生の所へ送っているみたい。同じように先生の声も私たちに聞こえる」
「あぁ、神秘の力ね。とうとうOSまで神秘の力が使えるようなったか~。まぁ、珍しくもないかもね」
「うん。先生の声が頭の中に響く感じ。これが慣れると結構心地良くて癖になる」
「あ、そうですか」
何故か聞いてもいなことまで説明するシロコに向かい、ミカは真顔を向けた。
生徒の中にはシールドを張ったり、祈りを捧げたりすると他者の傷を治癒できたり、物体を召喚したり、通常の弾丸に毒などの付与効果を与える力を持つ者がいる。特に正式な名称もないため「神秘の力」という実に適当な名前で呼ばれている。
キヴォトスではありふれ過ぎている上に個人個人で力の内容が大きく異なり、本人のやる気や状況によって効果のほどもしょっちゅう変わり、自分の能力を説明する手段が主観的で感覚的なものしかないということから、誰も真面目に研究や開発をしてこなかった結果、正式名称がつけられることも系統の分類も行われることがなかったという。このためキヴォトスでは普通に、「そういうものがある」程度の認識となっている。
「アロナの姿は先生にしか見えないし、アロナの声も先生にしか聞こえない。シッテムの箱の操作も先生しかできない。つまり、先生がいなければそもそも使うことすらできない戦術管制システム」
「道理で
「ん、先生からシッテムの箱を奪うか、ドローンを破壊するかくらいしか対策方法がない。ドローンは予備もあるし、そもそもドローン自体はあくまで先生が戦況を見やすくするためのものだから、ドローンがなくてもこのシステムは使用できる。情報が多少制限されるだけ。
シッテムの箱は常に先生が持ち歩いているから、先生が戦場にいなければ奪いようがないし、先生が戦場にいる時は私たちが奪わせない」
「そして先生の戦術指揮能力は先生自前のものだから、先生を拘束したりしなければ止められないってわけだね」
「そうだね。レンズとドローンのお陰でやりやすくなったって先生は喜んでたけど、元々それらの道具なしで先生は指揮をとっていたから。私は先生がそれらの道具に頼っていない頃から先生のパートナーだったからよくわかる。
それに最近は先生が不在の時や、先生が指揮をとれない時のシャーレ部員のみでの戦術研究も――」
説明の中でさりげなくマウントを取られ、口をへの字に曲げたミカがジト目をシロコに向けた直後、銃声が上から響いた。銃弾が2人から少し離れた場所に突き刺さる。
「……また9ミリ拳銃弾だ」
「単発だね」
2人は顔を見合わせた。別に睨み合ってはいない。
「シロコちゃんのそれ、アサルトライフルだよね。私が先に行っても良い?」
「勿論。アサルトライフルの射手は中距離戦が専門」
「あはは、だよね☆。それじゃあ、手早く済ませようか。先生からの突入許可も出たし」
目の前に浮かんだ字幕を眺めながら、ミカは不敵な笑みを浮かべた。そういえば、久しぶりに銃を撃った。そして、先生の指揮下で戦っている。前者については何とも思わなかったが、後者は自覚すると確かに興奮した。
◆
ドローンをタブレットで操作する先生に時折視線を向けながら、柚鳥ナツは考えていた。この位置からは肉眼でミカたちは見えないが、レンズを通してミカとシロコの動きを把握することはできる。
ナツから見て、2人の動きは満足できるものだった。特にミカの動きが素晴らしい。誰よりも前に出て、誰よりも積極的に先生の敵を仕留めている。
やはり、ミカさんは先生の盾役として最適だ。
圧倒的に強いうえに先生からの指示には従うくらいには素直で、先生からの信頼を得ており、先生に好意を抱き、適度に先生への罪悪感も抱えている。
見込んだ通り。それでこそ
ナツは自分の考えが間違っていなかったことを確信した。シャーレ部員の中にはミカの入部に難色を示した者がいた。浅慮で先生を危険な目に合わせた愚か者だ、と言った者もいた。しかし、ナツからすればとんでもない話だ。彼女は使える。今のシャーレに必要なものを、聖園ミカは保有している。
同志が増えることは良いことだ、とナツは思っている。手足と盾は多い方が良い。聖園ミカはまさに逸材と言えた。これからも、彼女とは仲良くやっていけそうだ、とナツは僅かに微笑んだ。
おっと、そんなことをしている場合ではなかった。ここには銃弾1つ飛んでこないが、やることがある。
ナツは盾を持ったまま銃を下ろし、銃の代わりにスマホを取り出した。シャーレ互助会のグループチャットアプリを起動し、特定のコマンドを打ち込む。
互助会のグループチャットアプリはヴェリタスが用意した専用のものだ。業務連絡は勿論、特定の操作をすると緊急の情報を発信することが出来る。ナツは片手で手早く打ち込み、そして発信した。
「襲撃を受ける」
「先生が同伴中。先生は無傷だが、現在も戦闘中」
それを発信し、現在地点や状況も続けて発信する。すぐに続々と互助会メンバーの既読通知が付く。
さて、これで犯人たちは終わりだ。背後にどんな組織がいようとも、ここにどれだけの敵がいようとも、もう犯人たちは終わりなのだ。最早、キヴォトスのどこにいても奴らに安全な場所はない。
シャーレが敵に回った。奴らは先生を巻き込むという、禁忌の中の禁忌に触れた。先生が負傷しなかったというのは結果に過ぎない。先生を巻き込む攻撃を行ったという事実だけで十分だ。
シャーレが動く。先生の本気の静止でも行われない限り、シャーレは最早止まらない。過剰な私的制裁など行うつもりは
「あとはもう簡単だ。クリーム・ティーのスコーンをおかわりするくらいの気軽さで、奴らを狩りだすだけだ……おおっと」
この例えは良くないな。ナツは誰にも聞こえないほどの小声で呟いた後、ポケットにスマホを入れた手で口を覆った。以前同じ例えを口に出したところ、正義実現委員会副委員長の羽川ハスミに「それのどこが気軽なのですか?」と笑顔で怒られたことがあったのだ。随分と理不尽に怒られた気がする。あの人も存外に変わり者だな、とナツは低く唸った。
あの柚鳥ナツに変わり者扱いされたと知れば、ハスミも流石にへこみそうである。この時のナツは、ハスミがダイエットに挑戦しては失敗していることを知らない。
ナツはタブレットを睨んでいる先生に聞こえないように、静かな声で呟いた。
「大丈夫だよ、先生。また少し、先生の敵が減るんだよ」
もう、あんな感情を抱くのはうんざりだった。あんな思いも、もう二度としたくなかった。心の底から好きな人が、気が付かないうちに喪われようとしていたなんて、もう二度と嫌だった。
◆
シロコの愛銃「WHITE FANG 465」はアサルトライフルである。アサルトライフルとは、
銃は引き金を引いて弾丸が発射された後、空薬莢を外に排出してから次弾をチェンバーに送り込む。この2つの動作を自動で行う仕組みがある銃を「自動銃」と呼ぶ。「全自動(フル・オートマチック)」とは、引き金を引き続けていれば弾丸が無くなるまで撃てることであり、「半自動(セミ・オートマチック)」とは1発撃つごとに引き金を1回引かなければならないということである。中には全自動の代わりに1度引き金を引くと2(または3)発発射される「バースト(点射)」が可能なものもある。
実際のところ、アサルトライフルのフルオート射撃はキヴォトスにおいてあまり使われることはない。アサルトライフルの発射速度は銃にもよるが、凡そ毎分600発前後。例えば30発入りのマガジンを挿入していた場合、フルオートでは約3秒で残弾ゼロになる。そんな射撃を続けていればマガジンを幾つ持ち歩いていても足りないし、マガジンの交換中に狙われるリスクも増える。
それ以前に頑丈なキヴォトス人といえども、1人を打ち倒すのにライフル弾を1マガジンまるまる使い切る必要はなく(ミカのように超が付くタフさを持つ生徒を除く)、弾丸の無駄遣いになるだけだ。アサルトライフルの弾丸はサブマシンガンの拳銃弾よりも威力が高いので、サブマシンガンのように連射せずとも敵を倒すことが出来る。銃撃戦が毎秒何処かしらで発生しているキヴォトスだが、それでも倒れた相手への過剰な追撃は倫理的に忌避される傾向にある。
消費弾薬量の問題を無視したとしても、フルオート射撃をすれば銃身は熱くなり、銃身が変形する危険がある。サブマシンガンは銃身の交換を前提として設計しているが、アサルトライフルは構造上銃身の交換が難しい。アサルトライフルでサブマシンガンのように弾幕を張るなど、はっきり言って非効率である。
つまりいくら連射が可能であっても、アサルトライフルはサブマシンガンのように弾幕を張るようなものではなく、あくまで「しっかりと敵を狙わずとも当てられるため遭遇戦でも安心」程度であり、サブマシンガンのような制圧力はない。アサルトライフルの本質は「至近距離の敵はサブマシンガンのように連射で薙ぎ倒し、かつ中距離の相手を狙撃することが可能。攻撃にも防御にも使える銃」であり、つまりサブマシンガンより射程が長いことが特徴である。
このため、まずはミカが前に出て、ゆっくりと階段を上がっていった。シロコはその後ろで愛銃を構え、ミカを援護する。
シロコはスコープではなくドット・サイト(照準器の一つで、レンズの表面に浮かぶ
ミカはゆっくり階段を上がっていく。敵は未だ6階の非常階段出入口付近で待機しているようだ。そう思った直後、赤い光点の内1つが僅かに動いた。
「……っと」
引き金を引く。ミカが発砲した瞬間に壁際からずんぐりむっくりとしたロボットが飛び出した。弾幕がロボットを襲い、ロボットは悲鳴を上げることもなく倒れた。
「うーん、便利☆」
マガジンを交換しながら満足そうに呟いたミカは、シロコに対し突入の合図を送ろうと手を挙げ、そしてその姿勢のまま手と足を止めた。ほぼ同時にシロコの足も止まった。
レンズに表示される字幕を見て、ミカは唖然とした。
「……さらに上の7階で、武装したPMC所属らしきロボットが5体出現?」
思わず復唱したミカは、後ろを振り返って困惑した顔を浮かべるシロコを凝視した。
頭の隅に追いやられていた、敵に対して感じていた違和感が一気に膨張し、まるで霧のように脳を満たしていく光景をミカは幻視した。