聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ初出勤日⑧

「ミカさん、シロコさん!」

 

 立ち止まったミカたちの後ろから、シズコが追いかけてきた。顔色や呼吸は特に問題なさそうに見える。

 

「ん、回復したようでよかった」

 

「よし、これでナツちゃん以外全員来たね。ナツちゃんは先生から離せないし、この3人で行く感じ?」

 

「それは、先生の指示を待ちましょう……」

 

 レンズを通して、追加の情報が続々と流れてくる。

 駅ビルの武装ドローンたちは何をしているのかと思っていたが、どうやら爆発による警報が鳴った時点で犯人の捕縛よりも民間人の避難を優先していた様である。各フロアに連絡を送り、民間人の誘導を行っているようだが、如何せん駅ビル全体の避難誘導なのでかなりてこずっているようだった。

 

 また、先生は喫茶店アゲラタムの行政官に支援要請を出したようだ。要請を受け、アゲラタムのウェイトレスたちが避難誘導に協力するようだった。頻繁にシャーレでバイトしている正義実現委員会の委員たちと違い、ウェイトレスたちは先生の指揮下で戦闘をした経験がないし、相手が数十体というわけでもないなら無理に先生の指揮下で戦闘をする必要もないだろう。

 ティーパーティーはアゲラタムに機関銃や無反動砲、対戦車擲弾、挙句の果てには地雷やC4爆弾まで持ち込んでいるらしいが、流石に屋内、それも民間の商業施設内では不用意に使えない。行政官もアゲラタムをシャーレの臨時拠点とすることは考えていても、マニオライ自体で戦闘が起こることはあまり想定していなかったようである。

 

 一方、ナツがシャーレに連絡を送ったことで、シャーレオフィスに待機していたメンバーや、シャーレに遊びに来ていたメンバーの一部がマニオライに全力で向かってきていたが、彼女たちはミカたち3人とは別行動をとるようである。7階にいる敵ロボットたちのように敵の増援がマニオライに侵入するのを防ぐため、マニオライの周囲に散開して警戒態勢をとるようだ。もう少しすれば、その中にヴァルキューレ警察学校の生徒たちも加わるだろう。

 

 つまり、7階と6階の敵ロボットを相手取るのは、ミカたち3人のみということである。

 

「7階に出現したPMCらしきロボット、そして6階の敵ロボットの撃退、可能ならば捕縛、ね……」

 

 流れてきた指示にミカは目を光らせ、笑みを浮かべた。こちらは3人で相手は8体。6階に3体と7階に5体である。数の上では向こうが上。それでも先生は即座に戦闘命令を下した。ミカだけじゃなく、シズコもシロコもミカと同じかそれ以上に信頼しているのだろう。それでも先生が自分も少しは信頼してくれていると想像するだけで、胸の奥から湧き出てくる喜びを抑えられそうになかった。

 

「追加情報が来たよ」

 

 レンズの情報が更新された。

 この駅ビルマニオライには今ミカたちがいる屋内非常階段の他に、屋上から1階まで繋がっている屋外非常階段が2つある。ロボット5体はどうやらその内の1つを使い、屋上まで上がった後に7階で待機していたようだ。

 マニオライの7階は会議室フロアとなっており複数のレンタル用の会議室、そして小さいながらもコワーキング用スペースがある。レンタル用会議室は、今日の予約は入っておらず、コワーキング用スペースも同様であった。

 一方で6階は行政サービスフロアとなっており、行政に関する各種手続きを行える無人カウンターが設置されている他、ちょっとした休憩エリアになっている。幸い事件が発生した時には、無人カウンターにも休憩エリアにも客はいなかったようだ。

 つまり、7階と6階には民間人は最初からいなかったようである。

 

「そういえば、避難警報が出ているのに上の階から降りてきた人がいなかったねぇ」

 

 今更のようにミカが呟いた。

 次いで、敵の詳細なデータが送られてくる。

 

「……6階の敵は、拳銃もしくは火焔瓶や手榴弾を装備、ただほとんど動いていない状態。ほぼ無視して良いと思う」

 

「一方で7階の敵はサブマシンガンが1人、残り4人がアサルトライフル。装備は雲泥の差で、動きも完全に訓練を積んだ兵士だね。……なんていうか、本当におかしな組み合わせの敵だよね」

 

 極めて奇妙な状況だ。ミカは胸の内にコールタールのように沈む嫌な感情を抑えていた。装備は貧弱で動きが素人そのものの敵が先制攻撃を仕掛けてきて、こちらの逆襲を食らうと後から装備が万全な兵士の登場。実に嫌な配置である。

 まるで、ドッグランで遊ぶ犬とそれを見守る保護者のようだ。

 そんなチープで全く笑えない例えが過る自分の頭に嫌気を感じつつ、ミカはシズコとシロコの動きを観察していた。せめて先生を護りながらシャーレの戦闘を見て勉強できるとでも思わなければ、顔色が悪くなりそうな気がしたのだ。

 レンズを通して見てみると、7階の兵士たちはサブマシンガンを持つロボットが斥候役として先頭に立ち、残りが縦隊でゆっくりと進んでいるようである。

 ミカたちも歩き出せば、6階でかち合うだろう。6階のロボットたちを置き去りにして。

 

「ですね。まぁ敵の正体を探るのは後にして……取り敢えず先生の指示通り、私が先行しますね」

 

 ミカに向かって頷いたシズコが、愛銃を持ってそろそろと歩き出した。

 近距離での戦闘に強いという点では、サブマシンガンとショットガンは同じである。では双方が同時に気付いて交戦した場合、どちらが接近戦で強いのかというと、距離によって異なる。例えば彼我の距離が5~10メートルの至近距離の場合、ショットガンが有利である。

 

 通常、銃弾の大きさは「7.62(口径。ミリ)×51(薬莢の長さ。ミリ)」など、ミリやインチ単位を使用し口径の大きさ等で表記するが、ショットガンの弾である散弾は「12番(ゲージやボアとも言う)」や「20番」などと独特の単位で表記する。「12番」は「12分の1ポンドの鉛のボールが銃口にはまる口径」(簡単に言うと、約18ミリ)という意味である。何故にこんな死ぬほどわかりにくい表記をしているのかと言えば、ショットガンは拳銃やライフルのように「銃身の内径=銃の口径」ではないからだ。

 ショットガンの銃口付近は内径が少しすぼめてあり、つまり先端の内側が少し細くなっている。この絞りを「チョーク」と呼び、このチョークがあることによって発射直後に散弾がバラけるのではなく、ある程度散弾がまとまって飛び、標的付近でバラけるようにしている。こうしないと銃口付近で一気に散弾が飛び散ってしまい、所謂「ゼロ距離射撃」でもしなければ当たらないほど射程が短くなるためだ。

 拳銃などには銃口に「ライフリング(旋条)」と呼ばれる溝があり、発射した弾丸を空中で回転させることで弾道や威力を安定させる。しかしショットガンの銃口にライフリングはなく、その代わりとなるのがチョークである。

 ちなみにこのチョークを交換することでショットガンの射程を変えることが出来る。チョークがきついと散弾の射程は伸び、チョークがゆるいと射程は短くなる。水道の蛇口に取り付けたホースの先をつまみ、水の勢いや飛距離を調整するような感じである。

 

 その他、散弾の粒の大きさも色々と種類があり、「バックショット(鹿撃ち用)」と「バードショット(鳥撃ち用)」の2種類がある。バックショットの方が粒が大きいが、粒の数は少ない。そしてバックショットとバードショットでそれぞれサイズがあり、例えば「00(ダブルオー)」とか「000(トリプルオー)」とかがある。勿論、対人戦ではバックショットが主流である。

 シズコの愛銃は12番のショットシェルを使用するのだが、例えば「12番ダブルオー・バックショット弾」には直径9ミリほどの散弾が8粒入っている。

 もし5~10メートルほどの至近距離にいる敵にこの散弾を適切に撃てば、8粒全てが命中する。しかもシズコの愛銃は連射も可能。連射して全ての散弾が命中すれば、まさに圧倒的な破壊力となる。

 

 一方サブマシンガンは「弾をバラ撒く」銃なので、たとえ至近距離にいる相手に連射しても、当たる弾と当たらない弾が出てくる。バラ撒く(・・・・)以上、1人に全弾命中などあり得ない。つまり至近距離で交戦した場合、うまく撃てば全散弾が命中するショットガンが有利となる。

 しかしショットガンの散弾は、少し距離が離れると急に威力が低下するし、粒も広範囲に飛び散るので全粒命中させるのは困難となる。このため近距離戦でも彼我の距離が20~30メートルほどになると、途端にサブマシンガンが有利となる。サブマシンガンの発射速度は毎分500~800発程度であり、手数での勝負となればサブマシンガンが圧倒的だ。

 

 要するに、ショットガンとサブマシンガンで出合い頭に戦闘をする場合、ショットガンを持つシズコは一気に相手の懐に飛び込んで散弾を浴びせる必要がある。

 敵はどうかわからないが、こちらは彼我の戦力と凡その配置、フロアの構造も把握している。レンズを通して送られてくる情報を見て、3人はゆっくりと身をかがめて歩いていった。

 

 6階はミカたちに近い方が休憩エリア、7階のロボットたちが下りてくる階段側が無人カウンターとなっていた。休憩エリアと無人カウンターの間には壁がなく、代わりに床から3Dホログラム映像が浮かび上がっており壁の代わりになっているようだ。浮かび上がっている映像は熱帯魚が泳ぐ水槽をイメージしているようで、幾つか立ち上る泡でできた柱の合間を縫うように、カラフルな魚の群れが空中を泳ぎ回っている。ホログラムでできた水はかなり濃い青色で、魚と泡、そして海藻によって向こう側が殆ど見えないようになっているようだ。とはいえ完全に反対側が見えないわけでもなく、目を凝らせば何者かが動き回っているのが分かるくらいだと字幕が流れていた。

 遮蔽物として役に立ちそうにない。壁ではないので普通に通り抜けられるし、勿論防音性など皆無である。

 

「まったく、設置代もランニングコストも馬鹿にならないでしょうに、無駄にお金をかけて。普通にパーテーションか何かで仕切っていればまだよかったのに……」

 

 小声で文句を言うシズコに返事をしようとしたがそれを止め、ミカは耳をそばだてた。金属音が聞こえた。

 一瞬動きを止めたシズコが、ミカとシロコに留まるようハンドサインを送る。シズコは6階への階段を上がりきるもそのままゆっくりと前に進み、休憩スペースを覗き込んだ。

 

「……」

 

 そしてミカたちに向き直り、指で「OK」のサインを作る。直後、再び金属音。3人が休憩エリアに入っていくと同時に、より大きな音が響く。

 シズコたちの目に飛び込んできたのは、仰向けに倒れたロボットだった。先程のロボットたちとはこれまた体形が異なり、のっぽで細身だが、左腕だけがやけに太いロボットだ。ロボットは僅かに身じろぎしているが、起き上がる様子はない。外傷は無し。

 その近くには、休憩エリアの端の椅子に座り込んで俯いている小柄なロボットと、さらにその奥で壁に寄りかかる様に床に座り、両手足を伸ばして顔を天井に向けている少し太ったロボット。こちらは眠っているように動かない。同じように、外傷はなし。彼らの足元には、火のついていない火炎瓶や安全ピンを付けたままの手榴弾、そして拳銃が転がっている。

 シズコは音をたてないようにそれらの武器を少し遠くに転がし、ロボットたちに顔を近付けてそれぞれを数秒見つめた後に、ミカとシロコに顔を向けてロボットを指差したあと、ミカたちに向けて手首を回した。「敵に反応なし」のハンドサインだ。

 

 火焔瓶や手榴弾を投げる、飛び出して拳銃を撃つなどの単調な行動しかできず、被弾もせずに勝手に意識を失ったロボットたち。ますます嫌な感じがして、ミカは小さくため息を吐いた。

 これで6階にいたロボットは全員。残るは現在、7階から降りてきて6階の奥までやってきた5体のPMC風ロボットだ。

 

 ミカたちは足音を立てないようにそろそろとロボットたちの横を通り過ぎていく。目の前には壁の端から端まで広がる巨大なホログラムが浮かび上がっていた。

 キヴォトスで一般的に使用されているホログラムは、ロボット型住人にも普通に見える。ホログラムが広告やパフォーマンスのために使用されているのだから当然である。

 敵もまた、6階にいるロボットたちのことは把握しているはずだ。PMC風ロボットたちの目的が6階のロボットたちの回収かどうかはわからないが、いきなり6階に閃光弾や手榴弾を投げ込んだりしてきていない以上、彼らもあまり無差別に攻撃するつもりはないらしい。それはこちらも同じだ。ホイホイと手榴弾やミサイル(シロコの持つドローンに搭載されたミサイル)を使うつもりはない。

 

 ゆっくりと、彼我の距離が縮まっていく。シズコとミカが歩く中、シロコはその場にに立ち止まり、スタンディングポジション(立射姿勢。立ち止まって撃つ姿勢のこと)を整えていく。シロコのアサルトライフルはショットガンやサブマシンガンより遥かに射程が長いため、ここで中距離射撃をするつもりのようだ。

 まずは足を少し開き、左足を半歩前に出す。そして銃床(ストック)を肩の高いところに当てる。次にコム(ストックの上の部分)に頬骨を乗せた。アサルトライフルは銃を構えた時にコムに頬骨を乗せるため、コムの高さで目の高さが決まる。つまり正確に狙撃するためには、頬骨から目の中心までの高さと、コムから照準までの高さを同じにしなければならない。この高さのことを「コム・ドロップ」と呼ぶ。

 キヴォトスで愛銃を持ち、その銃にストックがある場合は、ストックをオーダーメイドにするのが常識だ。人それぞれ背丈や腕の長さに首の長さ、顔の大きさに至るまで異なるので、理想的なコム・ドロップを確保するには丁寧な調整が必要だからである。このため1度愛銃に慣れてしまうと、レンタルや未調整の一般用の銃が扱いにくくなってしまう。当然、シロコの愛銃のストックはシロコの体格にしっかり合っている。

 そのままシロコはストックのチークピース(側面の頬を押し付ける部分)に頬を寄せ、ドット・サイトを覗き込んだ。勿論チークピースの厚さも目の位置に大きく関わってくるため、チークピースもシロコに合わせて作られている。

 

 立ち止まったシロコに向けてシズコとミカは頷き、静かに、しかし一歩一歩前へ進む。ホログラムの魚たちへ向かい、少しずつ近付いていく。

 

 ホログラム越しでも、相手側の先頭がうっすらと見えてきた。敵ロボットのカメラアイもシズコたちを捉えたらしい。こちらに素早く銃口を向ける。

 

「――前方に標的B(ターゲット・ブラボー)!」

 

 敵の声が響くと同時に、サブマシンガンの連射。シズコ、ミカもまた、同時に動いた。

 身をかがめて走り出したシズコは敵の射線から逃れるように大回りで敵へ投入し、先頭のロボットの懐に飛び込む。発砲。そしてハンドガードを動かす。再度の発砲。まともにショットガンの連射を浴びたサブマシンガンを持ったロボットは、大きくのけ反り、倒れた。

 一方、シズコと違い一直線に突撃したのがミカだ。ホログラムでできた壁から飛び出し、姿勢を低くして向かってくるミカに対し、4体のロボットがアサルトライフルを構え、一斉に撃ち始めた。

 弾丸がミカの頬や身体に当たるが、ミカは止まることなく接近し、敵ロボットの顔面近くに愛銃の銃口を向ける。ぎょっとしたように正面の敵ロボットの動きが止まり、それが命取りとなった。撃つ。

 

「ぎがっ」

 

 倒れていく敵に目もくれず、さらに姿勢を低くしてロボットの横を通り過ぎ、次にミカの前に現れたロボットに向かい足を薙ぎ払うように振るう。豪快な音を立て、その奥にいたロボットの足が曲がり、体が宙に浮いた。ミカは愛銃の銃口を少し下げ、横向きになったロボットの胴体に発砲した。ロクに反撃も声を上げることすらできず、ロボットは倒れこんだ。

 その時点で漸く体の反応が追いついたのか、さらに奥にいたロボットが悲鳴を上げた。が、その悲鳴はシロコがロボットの頭に撃ち込んだ銃弾によって強制的に黙らされた。

 そして一番奥にいたロボットには、既にシズコが向かっていた。呆然としていたロボットは横から走ってくるシズコへの対応が遅れた。シズコに銃口を向けるよりも先に、シズコが引き金を引いた。再びショットガンの連射。シズコは冷徹な目で倒れ伏したロボットを見下ろす。ロボットが完全に動かなくなったことを確認し、銃口を下げた。そして周囲を見渡し、小さく呟いた。

 

「……はい、先生。終了です」

 

 双方が戦闘を開始してから終了するまで、1分程度しか経過していなかった。

 

「うわぁ、痛いなぁ……何発か食らっちゃった。う~ん、先生指揮下でのシャーレ初陣がこれか~」

 

 ミカはマガジンを交換しつつ、低い声で唸った。敵戦力は大したことはない。時間もかかっていない。しかし、本当に気味が悪い敵だった。

 

「まぁ、少しは私も役に立つってこと、証明できたかな☆?」

 

 そう言って微笑むミカに向かい、ホログラムの水槽を抜けて近付いてきたシロコが、ゆっくりと頷いた。

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