聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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 少し遅れました! 


ある日のシャーレ②

 シャーレの部員が作戦行動を行う際は、基本的に先生の指揮管制の下にある場合が多かった。しかし最近は部員数が増えたこともあり、先生から依頼を受けてバイトだけでなく部員が単独で作戦行動を行うことも増えた。

 それと同時に先生の許可をもらい、先生の指示なしでシャーレ部員たちが独自に依頼の遂行を行うことも増えていた。シャーレの信用度や知名度が上昇するに従い、依頼や相談も増えてきたためである。

 先生は当初、部員たちだけで戦闘が発生する可能性がある任務をさせることに難色を示していたが、部員たちの説得に押し負け、許可を出すに至った。そうでもしなければ依頼が溜まる一方で、先生の心労も溜まる一方だったからだ。そもそも街中を散歩すれば戦闘に巻き込まれることが当たり前のキヴォトスである。今更先生による指揮がない戦闘を恐れる部員など殆どいない。

 シャーレが誇る任務部隊の強さが先生の指揮能力にあることは事実であるが、別に先生の指揮がなくとも必要十分なほどに戦える実力者も多い。というよりも大半の部員は、入部前の時点でかなりの実力者である。そして入部後様々な任務を遂行して部員同士の連携を強化していった。部員同士が合同で訓練や鍛錬を行うことも多いし、戦術や作戦の研究も欠かしていない。今では先生の指揮なくとも圧倒的な戦闘能力を誇る集団となっている。シャーレ入部前と比べ遥かに戦闘能力が向上した部員も数多い。

 

「シャーレの人たちに先生の指揮があれば、まさに鬼に金棒。というか過剰戦力だよね。普通の生徒じゃ束になったところで、素手で戦う鬼にだって勝てないよ」

 

 シャーレの強さについてインタビューをするクロノススクールの生徒に向かってそう言ったのは、シャーレ部員の戦いを間近で見たことがある、百鬼夜行の某生徒である。

 

 シャーレに恨みつらみを持つ者たちはシャーレを指差し、「先生がいなければシャーレは要石を失ったように崩壊する」と負け惜しみのように言うことがある。それは間違っていない。先生を喪えば、シャーレは「キヴォトス中の問題を解決するための組織」という先生がゼロから築き上げてきた存在意義(レゾンデートル)を放棄することになるだろう。その代わり、シャーレは先生の敵を排除することのみ(・・)を目的とした、復讐と破壊のための組織となる。その変質を「シャーレの崩壊」と呼ぶならば、先生を喪えばシャーレは崩壊するという推論(或いは願望)は決して間違っていない。

 

 しかし、先生の指揮がなければ部員は戦えないということは断じてない。先生の指揮があれば無類の強さを発揮するが、先生の指揮がなくともそう簡単には敗北しない、それがシャーレである。特に「先生のために」という部員たちにとって絶対にして唯一無二の目的がある場合は、全ての部員が団結し、無双と言えるほどの実力を発揮する。

 

 故に、時と場合によってはこういうことも起こるのだ。

 

「……何か言い訳があるなら言ってみなさい」

 

 トントンと苛立たしげに片手で持つ愛銃の銃身を、もう片方の手の指先で叩きながら、早瀬ユウカは低い声で呟いた。ソファに座りながら足を組み、ジト目で目の前に座る3人を見つめている。

 シャーレオフィスの多目的ルームはひどく静かである。ユウカが愛銃を指先で叩く音以外は、何の音も声も聞こえない。つまり、ユウカの言葉に応える者はいない。沈黙するのみである。

 数十秒後、ソファに座ってユウカを見つめていた3人のうちの1人が小声で呟いた。

 

「……言い訳も何も、当然のこと。彼らは――」

 

「当然だなんて、冗談じゃないわよ!」

 

「……」

 

 その声を遮って鋭い声を上げるユウカ。遮られた方は口を閉じ、恨めしそうにユウカに冷たい視線を向けた。しかしそんな目の前の少女を気にする素振りも見せず、ユウカはさらに大きな声を上げた。

 

「私は情報収集を頼んだのよ! それが何で……ブラックマーケットの犯罪集団、密輸グループの一つを潰して(・・・)いるわけ!?」

 

 ユウカの声に、3人は揃って目を背けた。

 

「ヒビキ! 貴女、自分から立候補しておいてなんて様なの!」

 

 ユウカの指摘を受け、先程反論を完封されて不満気に口を閉じていたミレニアムサイエンススクール1年生猫塚ヒビキは眉根を寄せた。

 

「ユウカ先輩、それは当然のことだよ。ブラックマーケットは先生と敵対状態にあるから、何時か彼らと全面的に戦わなくてはいけない日が来るかもしれない。ブラックマーケット内は彼らのホームグラウンドで、ミレニアムや他の自治区とも異なる……特殊で異質で異常で奇怪なエリア。確実に勝利を得るためには、事前のデータ収集と装備の開発が必要になると思う。だから、今日当番のウタハ先輩に代わって偵察に参加したんだよ。

 ここは前向きに捉えようよ。お陰で彼らの装備、環境、行動パターン、思考パターン(マインドセット)。貴重なサンプルが入手できた。今回は突発的に不幸な衝突が起こってしまったけれど、それでも次に生かすことが出来るよ。

 今回は市街区域での戦闘、こちらが3人に対し相手が14体の状態で戦闘終結までの時間は2分26秒だったけれど、次は――」

 

「戦闘が起こったことが問題なのよ! 迅速に畳めば良いというものではなくて!」

 

 ヒビキの説明は、またしてもユウカの怒声によって阻まれた。うんざりしたのか、ヒビキは表情や態度に出すことすらせずにただ黙る。

 

「あー……ユウカさん? その、確かに軽率だった部分もあるけど……これは、その、不可抗力ってやつで……」

 

「密輸組織をまるまる消滅させる不可抗力なんてあるわけないでしょう! カズサ! 貴女も立候補組よね、というか、ここにいる全員立候補よね……だったら、ブラックマーケットの性質(タチ)の悪さも知っているでしょう!」

 

「うっ……ご、ごめんなさい」

 

 ヒビキの援護をしようとしたトリニティ総合学園1年生杏山カズサは、ユウカに睨みつけられ即座に撃沈した。放課後スイーツ部の仲間に対してはキツめのツッコミを入れることも多いカズサだが、シャーレの仲間、特に他校の先輩に対しては基本的に物静かで礼儀正しい。頭の中にいくつもの反論は浮かんでいるようだが、それを口にすることはなかった。基本的に正論を言う先輩には逆らわないスタイルであることに加え、早瀬ユウカにロジックのぶつけ合いで勝てる道理がないと早々に諦めたようである。

 

「まぁまぁ、そうかっかしないでよ、ユウカ。物事っていうのはね、想定通りにいかないものだよ? 実際、こうなる予感はあったでしょ?」

 

「だからと言って反省する態度くらいは見せたらどうなの、シグレ!」

 

 唯一にこやかな笑みを浮かべているのはレッドウィンター連邦学園2年生の間宵シグレだ。目を細めて悠然とホットミルクを啜っている。

 

「まぁ、いいじゃない。彼らが今までやってきたこと、そしてこれからやったであろうこと。それを考えた場合、早めに消えてくれた方が良いと思うよ。彼らがやっていたのは密輸だよ、それも武器。それはキヴォトスの端からD.U.まで、何処でも売れて何時でも需要が絶えないものだよ。それはやがて混乱を生む。

 混乱なんて些細なことだけど、先生の心労になるのはいただけないよね。ならさ、消えた方が良くないかな?」

 

 飄々とした態度をとりつつ、シグレはウィンクしながらユウカを見つめた。リラックスしているように見えるが、何時も持ち歩いているカンポットを飲んでいない時は任務モードだ。透明感のある宝石のように輝く瞳が、ユウカを見つめる。怯えや申し訳なさが欠片も籠っていない瞳で見据えられ、ユウカは声にならない呻きを上げた。

 

「そして、なにより――」

 

 シグレはもう一口、ホットミルクを飲んだ。先生が大好きな砂糖たっぷりのホットミルクは、甘いカンポットが好物のシグレも十分満足できる飲み物である。しかし、シグレの瞳に大好きな飲み物を楽しむ喜びは浮かんでいない。宝石のように美しく、無機質な瞳だった。

 

「彼らは、先生を侮辱したんだよ。だから、消したんだ」

 

「……」

 

 その言葉で、多目的ルームの空気が凍った。何の感情も浮かんでいない真顔でユウカを見つめるヒビキ。不機嫌そうに頬杖をついて足元を見つめるカズサ。表情だけは楽しそうに笑っているシグレ。

 

「……そうね、仕方がないわね」

 

 ユウカはふぅ、とため息をついて、ホットミルクを啜った。

 

「でも、先生に何て言ったら……渋る先生を説得したというのにこれじゃあ……。先生は、この事を私たちに任せてくれたのに」

 

「あぁ、先生は今日、アビドスだったね。この前先生に渡した防災傘、役に立つかな」

 

 目を輝かせながら呑気にそんなことを言うヒビキを見て、ユウカはより大きく息を吐いた。

 喫茶店ムエット前での先生襲撃未遂事件(・・・・・・・・)から2日後、ユウカたちはヴァルキューレから得られた情報や逮捕されたロボットたちから収集した情報を元に、ブラックマーケットの端にあるエリアにヒビキたち3人を送り込んで偵察任務を行っていた。無論、先生に事前に許可を貰っての行動である。

 得られた情報によると、駅ビルの6階で倒れていたロボットたちは全員ブラックマーケットと隣接自治区の境界線付近で、双方の物資や人々の越境を支援する「橋渡し」をしていた者たちだった。

 そして7階から侵入してきたPMC風のロボットたちは、どうやら数年前に倒産したとあるPMCの兵士たちで、現在はブラックマーケットで傭兵、というよりは何でも屋のような仕事をしていたらしい。

 

 しかし、6階にいたロボットたちは皆記憶が曖昧で、何故あんなことをしたかは覚えていないようだった。そしてPMC風のロボットたちはブラックマーケットの仲介業の者に仕事を紹介されただけで、雇い主のことはよく知らないらしい。

 ならば、調べなくてはならない。6階のロボットたちが記憶が曖昧な理由、あのようなことをした理由、させた理由。全てを明らかにし、適切な(・・・)報復を与える。その気があったにしろなかったにしろ、そんなことは最早関係ない。先生を傷付けた、傷付けようとした者たちには罰を。愚挙に相応しい報いを。そのため、立候補者の中から選ばれた3人がブラックマーケット端のとある地区で聞き込みや情報収集を行った結果、シャーレを快く思っていなかった密輸グループのロボットたち14体と揉めてしまった。

 

 はっきり言ってしまうと、昼間から遊び歩いていた密輸グループのメンバーたちが大声で最近仕事がやりづらくなったという主旨の愚痴を言い合っており、その中に先生への侮辱が含まれていた。最悪なことに、たまたまその中でも飛び切り酷い侮辱が彼らの口から飛び出た瞬間に、ヒビキたち3人とロボットたちがすれ違った。

 

 そして、ブラックマーケットでは珍しくもない戦闘が発生し、約2分後に終わった。なお、喧嘩っ早い者たちや巻き添えを食らった者たちがさらに戦闘に加わろうとした結果、全員ヒビキの迫撃砲の餌食になった。このため、3人が実際に倒した「敵」は14体どころかその倍は超えている。

 

 そして終了後、3人は即座に撤退してきたのである。ブラックマーケットの治安維持、というよりは秩序維持のための組織であるマーケットガードが来る前に遁走しようとし、結果としてブラックマーケットに侵入してから1時間足らずで、脱出してきたというわけである。

 

「これといった成果も得られていないし、あんまり良い結果とは言えないわね……」

 

 ユウカは腕を組み、眉間に皺を寄せて床へ視線を落とした。

 ブラックマーケットに侵入して、一集団だけ速やかに殲滅して即離脱する。合計所要時間は1時間以内。実に手際が良い。

 優秀且つ適切な判断力と、3人それぞれの高い戦闘能力と、団結力。それらが揃った結果だった。恐らく大抵のシャーレ部員が、作戦行動1時間前に即席チームを組まされたとしても、同じことが出来る。これまでの経験と日頃の訓練と交流、そして個々の高い戦闘能力、何より「先生のために」という団結力の賜物。先生が指揮しなくても、この程度(・・・・)のことは容易く、そして安全にこなすことが出来る。これこそがシャーレの強さだった。70人以上の部員が、土壇場や緊急で誰と組んでも高い実力を発揮し、団結する。

 だからこそ、今回は良くない。あまりにも手際が良すぎたのだ。予めそういう作戦だった、と思われかねないほどに。いや、3人の行動を見れば、そう思うのが普通だろう。つまり、今回のシャーレの行動は、言わばブラックマーケットへの挑発であり、ハラスメントと見なされるのではないか。いきなりブラックマーケットへ少人数へ押入って、特定の組織を殲滅して、さっさと脱出してあとは何もしない。客観的に見れば、3人がやったことはそれだけだ。

 喧嘩を売っていると思われたのではないか。ユウカはそう思い、ますます顔を顰めた。

 

 密輸グループを1体残らず殲滅したのは良い。先生への侮辱など、シャーレの部員なら激昂して当然だ。倒した後に追撃を仕掛けなかったことを評価したいくらいだ。キヴォトスに、そんな輩は存在してはならない。

 とはいえ、どうしても文句は言いたくなる。もっと他にあっただろうに、と思ってしまう。せめて先生を侮辱した愚者だけをどうにか呼び出して、誰も見ていない路地裏に連れ込んで、訂正してもらうまで対話をしたり、訂正を促したりするとか。

 

「ごめんなさい……つい、頭がカッと」

 

「ふふ、仕方がないよ、カズサ。先生をああ言われて、怒らない部員なんていないって」

 

「うん、そうだよ」

 

 今更考えたところで栓の無いことを只管考えながら、3人の言い合いをBGMに腕組をしたままのユウカに向け、ヒビキがなんてこともないかのように言ってのけた。

 

「あ、ユウカ先輩。少しだけれど、成果はあるよ」

 

「何ですって?」

 

 ユウカは思わず身を乗り出した。そんなユウカに対してうっすらと微笑んだヒビキは、隣で肩を落としているカズサに視線を向けた。それに気付いたカズサは、座っていたソファの後ろに置いてあった樽のような形の旅行鞄から、何かを取り出した。

 

「……私たちが倒した密輸グループは……例の、記憶が曖昧になっていたとかいうロボットたちが働いていた『境界』を通ろうとしていたみたいなんです。該当の境界付近にセーフハウスを用意しているって教えて(・・・)くれました。脱出する前に立ち寄って、見つけたものを少しだけ持ち帰ってきたんです。武器専用の密輸グループなのに、武器じゃないので目について、拝借してきました……」

 

「なんだ、最低限の話は聞けていたのね……って、これは……」

 

 ユウカは目を見開いた。カズサが取り出したものは、一見銃弾のように見える、何か(・・)であった。

 

「……いや、大収穫じゃないの……」

 

 最初から出してくれ。そう言いたげに口をへの字に曲げたユウカに対し、3人は揃って目を逸らした。

 いきなりユウカが怒り顔で仁王立ちして出迎えたからだ、と言える勇気のある者は、この場にはいなかった。

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