キヴォトスの生徒の中には、複数の銃器を使う者もそれなりにいる。早瀬ユウカのように同じ銃器を2丁装備している者、小鳥遊ホシノのようにメインの愛銃としてではなく、バックアップのための小型銃器をお守り程度の意味で持ち歩いている者など、そのスタイルは様々であるが、決して異常という程少なくはない。
銃器にあまり詳しくない一般住民の中には、資金さえ出せば拳銃より遥かに大口径の銃器やフルオート射撃も可能な銃器がいくらでも買えるキヴォトスにおいては、拳銃は安価なことしか取り柄がない銃器や、素人向きの銃器だと思う者も少なくないのだが、そんなことはない。拳銃はメイン銃器としてもサブ銃器としても極めて優秀である。アサルトライフルに射程や威力で劣るとしても、サブマシンガンのように連射が出来ないにしても、拳銃の真価はそこではない。拳銃の特筆すべき価値は、その携帯性にある。
キヴォトスの生徒は高い身体能力を持ち、大型の銃器も楽々運ぶことが出来る。しかし、例え大型銃器を背負っていても負担にならずに空気のように感じていようが、実際に消滅しているわけではない。大型の銃は長く、運ぶ際にもスペースが必要となる。銃身が長いと取り回しも苦労する。大型の銃そのものが視界の邪魔をしてしまうこともある。
しかし、拳銃はホルスターに仕舞っていれば体の動きが制限されることはほぼ無い。狭い室内でも取り回しが容易だし、構えていても視界が広く確保できる。片手でも簡単に撃てる(そもそも「拳銃」とは片手で撃てる銃の総称なので、片手で撃てない銃は普通は拳銃に類別されない)ので、ものを掴んだりして片手が塞がっている状態でも難なく扱える。右手で持つ銃を左手で持ち替えるようなことも、拳銃だと比較的簡単だ。
勿論、初心者でも扱いやすい、というのも大きな利点である。大型の銃はメンテナンスにも相応の時間と手間がかかるし、大半が拳銃より高価である。
キヴォトスの生徒は一通りの銃器の扱い方を学ぶのが普通だが、やはり最初は拳銃から学ぶことが多い。ある意味、アリスが初めてレールガン以外でまともに扱う銃器として、拳銃を選ぶのは定石通りと言えるが。
「でも何でBluetooth機能付けているの……?」
「多機能拳銃はロマンなのです! ヒビキが言っていました!」
「えええ……?」
そういうものなの? とミカは首を捻った。
ちなみにこのBluetooth機能付き拳銃は、音楽鑑賞や保存のみならず、NFC機能が付いているのでコンビニペイやスモモ(キヴォトスの一般的な交通IC電子マネー)の使用も可能だという。スマホで良いじゃないか、と思う自分はミレニアムには向いていないのだろうか、とミカは曇りのない瞳で自分を見上げているアリスから視線を逸らした。
拳銃本来の機能に悪影響を与えていないにしても、そんな機能など無駄でしかないように思えるが、そういったマルチに使える銃器がミレニアムのトレンドなのかもしれない。
ミカはくるくると回している自分の愛銃を見つめた。ミカの愛銃は基本的にトリニティで一般販売されているサブマシンガンとほぼ同一である。ただミカが丹念に心を込めて塗装し、整備しているだけである。これといった特別な改造も施していない。
アリスの横で微妙な表情を浮かべているモモイもアクセサリーが付いた派手な色のアサルトライフルを抱えているので、ミレニアムの気風なのかもしれないなぁ、とミカは考えることにした。もうBluetooth機能付き拳銃にはツッコまないようにしよう。ミカはそう思い、興味の対象を別に移していく。諦めたわけではない。気分屋なだけである。
「ところで、引き受けた後にこんなこと言うのもあれだけど……何で互助会の緊急通知で募集をかけたの? ミレニアムの人に教えてもらえばいいんじゃない?」
「あー……」
モモイは僅かに視線を泳がせると、眉を下げてミカを見上げた。
「まず私たち……ゲーム開発部なんだけど。全員基本的に戦闘が苦手なんだよねー……。シャーレの活動じゃないと戦ったりしないし。素人に毛が生えた程度の知識と能力しかないし、私はアサルトライフルで妹のミドリはスナイパーライフル、部長のユズはグレネードランチャー使いで……そりゃ、拳銃の使い方くらいは知っているけど、正直記憶が曖昧で……」
から笑いをしつつ、気まずそうに後頭部を掻くモモイ。なお、実際のところアリスを除くゲーム開発部の3人は、シャーレでは最強とはいかないまでも平均程度の実力は持っている。そして各学校の最強クラスや天才、実力者が数多く属しているシャーレで「平均程度」ということは、ミレニアム自治区ではかなり実力が高い部類に入る、ということでもある。ところがモモイにしろ妹の才羽ミドリにしろ、そして部長の花岡ユズにしろ、自分たちがミレニアムサイエンススクール上位の戦闘能力を持っているという自覚が全くない。
彼女たちは確かにシャーレでも何度か訓練を行っているが、如何せん周囲が強すぎて訓練での成績もぱっとせず(シャーレ基準で)、あまり自分たちが強くなっているという感覚がない。先生の指揮下でC&Cに立ち向かったり多くの敵を倒していても、先生の指揮やシャーレの仲間のサポートがあってこそ、と思っている。
「それで、まずはミカさんの言う通りミレニアムのお友達や先輩たち……ヴェリタスやエンジニア部の人たちにお願いをしてみたんだけど。正直言って、みんないつもすっごく忙しそうだからダメ元だったんだよね。案の定ダメだった。……最近は特に色々と立て込んでいるみたいで……皆戦闘が本職じゃないってのもあって、ヴェリタスにもエンジニア部にも断わられちゃった。
セミナーのユウカにも声をかけたんだけど、同じく忙しくてダメだって。……ユウカ、すっごい苦しそうな顔してアリスのお願い断ってたんだけど。私の時と態度全然違うじゃん……」
モモイは若干俯いて拗ねたように説明した。が、すぐに顔を上げてもう一度ミカを見上げる。
「それが1週間くらい前のお話なんだけどね、それで皆でどうしようかと考えていたんだけど……。結局、もういっそのこと、シャーレの他の人たちに頼んじゃおっかって思ったんだよね。そしてちょうどそのことに思い当たった日、例の先生襲撃未遂事件が起こったんだよ」
「あぁ……そういうこと」
ミカは頬を掻き、小さく頷いた。
「うん、アリスが一層焦っちゃってね。唯でさえ、アリスは先生に色々とお世話になっているから……うん、まぁ、それは私たち
モモイは太陽のような笑顔を浮かべ、小さく飛び跳ねた。それに釣られるように、黙ってモモイの説明を聞いていたアリスも満面の笑みを浮かべ、モモイに負けじとダイナミックにジャンプした。そして、ぎゅっとミカの胴体に抱き着いた。
「まさか、即答で返事が来るなんて思ってなかったよ~! ありがとう! ミカさん!」
「はい、アリスはとても嬉しいです! 本当にありがとうございます! ミカ!」
「え、あ、うん……」
突然のことでアリスを引き剥がす気も起らず、ミカは抱き着いているアリスとニコニコ笑うモモイを交互に見つめた。
「あー……その……私でいいの?」
思わずミカはそんなことを言ってしまった。本当に今更過ぎる、と言った直後に内心自分に呆れてしまう。
「はい! 先生は言っていました、ミカはとっても強い生徒だと。アリスは……」
そんなミカに即答し、アリスは少し物憂げな表情を浮かべた。
「アリスは、先生に……強いって頼られたことはありませんから。だから、ミカのこと、とっても凄いと思います!」
アリスは物憂げな表情を消し、邪気の無い笑顔をミカに向けた。そんなアリスの横で腕組をしたモモイは、可愛らしく唸りながら小首を傾げた。
「私も先生から、ミカさんのことは聞いているよ。先生から話も聞いたし、ゲーム開発部の皆で話し合ったりもしたんだ。そんなことをしている間に私たちの方でも色々あって、もっとぐちゃぐちゃになっちゃったりもしたけれど。……たくさんたくさん話し合って……ミカさんについては、まぁ、いっか! って感じで落ち着いちゃったかな」
あまりにも適当な、正直すぎる総括であった。聞いているだけで色々端折られているのがわかる。とはいえ、それが自分とアリウスの行動の結果なのだろう、とミカは聞きながら苦笑した。自分は色んな人たちを、色々と考えさせるような行動をとったのだ。
とはいえ少なくともこの2人は、表面上はフレンドリーに接することが出来るくらいには、ミカに気を許しているように見えた。或いは、割り切っているだけなのかもしれないが。
「そっか、ありがとう。それじゃあ……」
ミカはそう言って、公園の奥の方を指差した。
「アリスちゃんがやりたいことからしてみよっか。あっちの方でね」
◆
アリスの当面の目標は他の銃器を使った戦い方を間近で見ることと銃器や戦術の知識を獲得すること、サブの武器として拳銃もある程度使えるようになることの3つである。そして願望としては、今の戦い方からレベルアップ(?)した新しい戦い方も身に着けたいらしい。要は強くなりたいということである。実にシンプルな願望だ。
今日1日で全てを終わらせるのは無理だが、取り敢えずアリスは拳銃の使い方と拳銃での(或いは拳銃との)戦い方、そしてミカのようなサブマシンガン使いとの戦い方を知りたい様だった。
ここは重要な方からやっていこう、と考えたミカは、アリスとモモイと一緒に公園の奥の射撃場へと向かった。
どうしてこの公園が集合場所になっているのかというと、ここには射撃場があるからだ。超が1個では到底足りないほどの超銃社会であるキヴォトスでは、公共施設には射撃場や射撃訓練施設が整えられていることが多い。この公園にも立派で広大な射撃場が造られている。しかも大多数の生徒は自分たちが所属する学校の訓練施設を使用するので、他の自治区に比べD.U.の射撃場はなかなかの穴場なのだ。しかもヴァルキューレ警察学校のようなD.U.を監督する治安維持組織もわざわざ公共の射撃場など利用しないため、それこそD.U.に遊びに来た生徒くらいしか使用しない。そのような状況下でも、惰性というべきかもしもの時の備えというべきか、D.U.のあちらこちらには立派な射撃場が造られている。
こういった射撃場は事前予約も可能で、他の申請がなければ広大な射撃施設を贅沢に活用できる。今回はこの公園の射撃場をモモイが事前予約しているのだ。シャーレではこの公園のような余りまくっている射撃場や訓練施設を活用した合同訓練や練習なども頻繁に行われているらしい。
ちなみにシャーレオフィスにも一応小さな屋内訓練施設があったのだが、先生が試しに撃ってみたいなぁ、と呟いたおかげで施設ごと封印された。後日、連邦生徒会に対するシャーレ部員連合による「先生が射撃に興味を持って危ない目に遭ったらどうしてくれる」という内容の抗議ラッシュが行われた。完全に幼い我が子を持つ母親の行動である。
この射撃場は公園の中央にある池の横に造られており、定期的にメンテナンス用ロボットによる整備や清掃が行われている。常駐スタッフはおらず、手前の無人カウンターでお金を払って、カウンターに設置されたコンソールを操作すれば、的や障害物を出したり動かしたり、自動制御で動く仮想敵を管制したり、レンタル用の銃器が仕舞われているガンラックのロックを解除したりすることが出来る。
「今日は、ミドリとユズがシャーレの任務があるって理由で来れないから私たちだけで来たんだけれど、お金は2人も出してくれたんだ」
そう言ってモモイはカードで料金を支払うと、手慣れた様子でコンソールを操作し始めた。ちなみにコンソールの横には人工知能搭載型のオペレーションシステムも備え付けられており、コンソールの操作が苦手な人は音声でシステムに指示をすることも出来る。それに目もくれずにコンソールを楽々操作するあたり、流石はミレニアムの学生だな、とミカは素直に感心した。
モモイが操作をすると、射撃場の手前側の地面から、木製の簡易な的が伸びてきた。
「さて、アリスちゃんに拳銃について教えていく前に……アリスちゃん、ちょっとその『光の剣:スーパーノヴァ』……ごめん、長いから『光の剣』で良いかな?」
ミカはそう言って、アリスを見つめた。相手の「愛銃」の名前を勝手に略したり、固有名が与えられた銃を「そのレールガン」だとかそういう呼び方をするのは、生徒間のトラブルの原因になりやすいのだ。空気が読めないタイプだと自認しているミカすら、仲良くなりたい相手に対しては気を付けている点である。
案の定、アリスはミカが『光の剣』と呼んだことに目を輝かせた。そして、力強く頷く。
「はい!」
「ありがとう☆。で、その『光の剣』を、撃ってみてくれる? チャージなしで、あの的に向かって」
「わかりました!」
アリスはそう言って、素早く「光の剣:スーパーノヴァ」を背中から降ろし、構えた。背負った状態で普通に飛び跳ねていることからもわかってはいたが、本当に楽々と扱っている。構えていても体幹にブレがなく、脚もしっかりと地面についており、射撃姿勢も悪くはない。
音を立てて銃口が開き、レーザービームのような青白い光が発射された。光は木の板を易々と貫き、その遥か彼方まで飛んでいく。
「おお~☆。なーるほどね」
アリスから少し離れて射撃を見守るように、
「レールガンの弾道なんて初めて見たけど、すっごく真っすぐに飛ぶんだねぇ。重力加速度や偏流の影響を受けにくいのかな? これはレールガンの高初速の賜物だとかレールガンそのものの構造もあるけれど、アリスちゃんの神秘の力も加わっているのかもね」
「え、あんなに速く飛んでいるのに、カメラも使わずに分かるの!?」
淡々と呟くミカの横で怪訝そうに小首を傾げていたモモイが、驚いた表情を浮かべてミカを見上げた。
「うん? まぁね。私、視力良いから☆」
ミカはそう言うと、顎に指先を当ててモモイを見下ろした。
弾丸が銃口から飛び出してからの動きは「砲外弾道」と呼ばれる。どれだけ高速で射出された銃弾でも、重力加速度で落下していく。このため目標に当てるためには、銃身に上向きの角度を付けて撃つ。勿論上に向けて撃つわけだからその分弾丸が空中にある時間は長くなり、必然的に空気抵抗を受ける時間も伸びる。つまり、命中まで時間がかかる。
弾丸はすさまじい速度で飛んでいくと思われがちだが、遠距離の敵を狙っていると弾が遅く感じるのは良くある話である。
飛んでいる弾丸は、重力に引かれて徐々に落下していく。物体が飛びながら落ちていくのだから、弾丸の下に風圧が発生する。さらに通常のライフル弾は空中で回転している。回転体に力が加えられた場合、その力は90度ズレて働く。つまり弾丸の横向きに風圧の力がかかるのである。よって、空中を飛ぶ弾丸は自然に横へ横へ押されていく。この動きを「
遠距離の相手を狙撃する場合、風速だけではなく放物線を描く弾丸が何秒後に目標に到達するか、放物線の高さはどれくらいか、偏流でどれくらい横に流れるかなどの諸条件を把握し、計算に加えた上で撃たなければ命中は見込めない。
「弾丸が真っすぐ飛ぶ」というのは、ただの比喩表現なのだ。実際の弾丸は風や重力、偏流の影響を著しく受けるため、大体砲外弾道はズレる。たとえ僅かな誤差であろうとも、その誤差のせいで命中しなければ到底「僅か」とは呼べないだろう。
しかし、アリスの放った銃弾はほぼほぼ真っすぐ飛んでいったように、ミカには見えた。あの武器の原理はよくわからないが、ライフルとは構造が異なることが理由かもしれない。加えて長射程と高い貫通力を持っている。ちょっとやそっとの遮蔽物は容易く貫き、弾丸の運動エネルギーが下がることもなさそうだ。成程、大重量とサイズという欠点を補って余りある優秀な武器だ。余り過ぎて安易に最大エネルギーで放てないのが問題なのだが。
「あはは☆、結構面白いね、色んなことに使えそう☆」
楽しそうに笑いながら、ミカはポンと両手を合わせた。
それを見て、モモイとアリスは不思議そうに小首を傾げた。