聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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プロローグ③

 結局のところトリニティ上層部の誰もが、シャーレへ送る候補として聖園ミカを一度は思い浮かべたものの、口に出すことはなかったというだけの話であった。

 一般生徒となったとはいえ戦闘能力は折り紙付き。ミカ本人は自分を指して頭が悪いと評しているが、実際成績が悪いわけではない。生徒会長権限をナギサが握っていたためにティーパーティーとして積極的に活動していたわけではなかったが、普通に雑務は行える。学業と奉仕活動に専念していればよいだけなので、シャーレで仕事をする時間も確保できる。

 しかしトリニティ上層部として、いきなりミカに任務を与えるわけにはいかなかった。ミカの処分は温情ある判決と言えたが、無罪放免というわけではない。ティーパーティーより実質的に追放されたミカがその直後にシャーレに入部すれば、また邪推する者が出て来る可能性がある。トリニティ自治区内の噂はやろうと思えばどうとでもできるし、他の学園自治区内の噂など最初から無害なそよ風以下のようなものだと断じることが出来る。だが、シャーレのあるD.U.にまで噂が広まると、トリニティ上層部の手に余る。シャーレの先生の評判を無意味に下げるわけにはいかないのだ。

 

 各学園自治区の中でもトリニティやゲヘナのような大規模な学園の上層部は、連邦生徒会を含め他の自治区への諜報活動を積極的に行っている。それは単なる情報収集に留まらず、例えば他の学園の評価を下げようと根も葉もない噂を流すなどの情報工作も頻繁に行われている。主だった学園の多くはそれを分かったうえで、他の学園を非難するのではなく、自分たちもやり返すことで密かな反撃を行っている。暗黙の了解というやつだ。

 しかし今のトリニティ上層部に、連邦生徒会の足元で情報工作を行うだけの余裕はなかった。刷新されたトリニティ上層部は三頭政治といえる体制を整えており、つまり最初から一枚岩ではない。だからこそ、トリニティが一丸となってD.U.に諜報部員を大量に送り込む余力はない。D.U.はシャーレオフィスだけではなく、幾つもの空港や地下鉄、商業施設を抱える大規模なエリアだ。最近は存在感が薄まっているとはいえ、曲がりなりにも巨大組織である連邦生徒会が直轄するエリアでもある。安易に手を出せる場所ではない。

 

 もう一つ重要なのは、ミカが生粋のゲヘナ嫌いであることだ。シャーレにはゲヘナの生徒も少なくない数が所属している。ゲヘナを代表する武力集団である風紀委員会の者もいれば、キヴォトスを代表するテロリストたちもシャーレに所属している。

 ミカの仕出かしたクーデター未遂事件の根幹でもある、ミカのゲヘナ嫌い。ある意味全ての元凶ともいえるこの感情が原因となり、ミカがシャーレに出向いた時に、トラブルが発生しないかとと多くの者が心配した。「地獄の現出」や「破壊神の降臨」と書いて「トラブルの発生」と読む。実際に懸念され得る惨劇に対してマイルドにもほどがある言い方である。

 ミカほどではないにしても超の付くゲヘナ嫌いであるハスミは普通にシャーレで働いているが、同じように上手くミカがシャーレでやっていけるかどうかは不明瞭だ。ハスミは元々憎んでいる相手が目の前にいたとしても私情で殴りかかるような人物ではないし、先生のことを心から敬愛しているので先生の顔に泥を塗るようなことはしない。では、ミカはどうなのか。

 

 しかもミカはトリニティでも最強クラスの実力者。そしてシャーレに入部しているゲヘナの生徒も、その大半が実力者且つ荒事に慣れている者たちばかりである。衝突したらどうなるか想像するまでもないが、互いが殺気を飛ばし合った余波だけでも先生が病院送りになりかねない。

 この懸念を聞けば、当のミカはあっさりと声をあげて笑った。笑った後、ドスの利いた声でこう言った。

 

「……私がもう、先生に迷惑かけるわけないじゃん。嘗めないでよ」

 

 少なくともミカに自重する気があることが分かれば十分である。ミカの一言を聞いてナギサやトリニティ上層部は即座に動き出した。ゲヘナが嫌いという理由だけでクーデターを起こそうとしたミカの「自重」を信じてよいかという疑問は、誰もが揃って無視した。まずは信じてあげなければ、ミカは何一つ始めることが出来ないのである。すでにミカを信じて牢獄から出している以上、今更とも言えたが。

 とはいうもののやったことと言えば、ミカがシャーレに入部し、奉仕をすることで反省の意を示そうとしているという噂を予めトリニティ総合学園に広めるだけだ。

 D.U.に広まるかもしれない悪い噂については、一応は予めシャーレの先生に予想として伝えておくことになった。あの先生が自分に関する悪い噂が立つかもしれないからという理由でミカの入部を拒否するとは、トリニティ上層部の誰もが思えなかった。それでも事前にリスクを言っておくことで、無力な自分たちが少しでも許される気がした。

 

「……情けない話ですね」

 

 自分以外誰もいないティーパーティーの執務室で、ナギサは静かにひとりごちた。先生に少しでも借りを返す……できるだけ持ちつ持たれつの関係になりたいというのに、実際は生徒のことを全面的に信じ、生徒のためあらゆる努力を惜しまず、一切の代価を求めない先生の善意に縋ってしまっている。

 ティーパーティーの一員として、ホストとして外交や組織間の調整に力をかけてきたことを振り返るたびに、無条件でこちらの力になってくれる先生の存在は新鮮で、羨望の的で、心地よく、求めてしまう……しかし求めているうちに、ひどく疲れてしまうようなものだった。

 公式の場で土下座して謝罪できたのであれば、どれだけ楽だろうか。シャーレに入部して直接先生の力になることが出来るミカが羨ましい。

 

 ナギサは目の前に積みあがった書類を眺め、その一枚を手に取った。

 まぁ、羨んでいても仕方がない。自分は自分で、先生の助けになれる「その時」が訪れてもよいようにするだけだ。

 次に先生がトリニティへ訪れる日を心待ちにしつつ、ナギサは書類との格闘を再開した。

 

 

 ミカが送ったシャーレへの入部申請は、ミカが思っていたよりも遥かにあっさりと許可された。喜びの声を上げてナギサやセイアに自慢する間もなく、ミカのもとにシャーレからの郵送物が届けられた。

 中にはシャーレオフィスの地図とIDカード、そして手紙。現物のカードは兎も角として、地図と手紙はこのご時世に珍しい紙媒体のものである。流石に手書きではなかったが。

 手紙を一通り読むと、シャーレからの案内であった。内容は書かれた日付にシャーレのオフィスまで来ること、正式にシャーレで働き始める前に業務に関する説明をオフィスで行うこと、生憎予定日は先生が不在のため、代理の者が行うことが書かれていた。

 書き方から察するに、手紙は先生ではなく「代理の者」とやらが用意したのだと思われた。

 

「……いや、別に……。うん、別に先生からのお祝いの言葉が欲しかったわけじゃあないんだけどね……」

 

 自分の予想よりも遥かに冷たい声色だった。ちょっと自分の声に慌てる。何を期待していたのだろうか、私は。

 それにしても、初仕事の日とは別に事前説明を聞く日がとられるとは思っていなかった。その場に先生が居ないのももっと予想外であった。何か思っていたのと違う。

 というか説明って何だ。シャーレの仕事って先生の書類のお手伝いをして先生の敵を薙ぎ倒していれば良いんじゃあないの? あとはちょっとした空き時間に先生とお喋りとかスキンシップとかショッピングとかお食事とかできれば文句はないんだけど。説明で一日使うって結構すごいな。一体何をどれだけ説明されるのやら。

 そんなことを考えながら、腕を組んでうんうん唸ったミカであったが、すぐに結論は出た。

 

「まぁ、いっか」

 

 行けばわかるか。

 ミカは考えることを放棄し、取り敢えずシャーレのIDカードをナギサに見せびらかしに行くことから始めることにするのだった。

 

 

 そして手紙に書かれた日付に、ミカはシャーレオフィスを訪ねていたのである。

 オフィス(名前が部活である以上「部室」と呼ぶのが正しいのであろうが、シャーレの部員は「オフィス」と呼称していることが多い)は結構広い。先生が仕事をするための執務室や仮眠室、幾つかの事務室、会議室、多目的ルーム、教室、応接室、体育館、その他備品管理室などの複数の部屋と施設、さらには併設されたカフェやコンビニもある。

 ミカは手紙に書かれていた「第1事務室」というプレートが扉に張られている部屋の前に立ち、扉をノックして入っていった。

 

「おじゃましまーす」

 

 先生が居ないという現実が今更ボディブローのようにジワジワと効いてきたのか、完全に素の口調となっている。

 中に入ると、そこは小さな部屋だった。本棚と事務机以外はコーヒーメーカーが乗ったキャビネットと小さなソファが2つ、ソファの間にはこれまた小さなテーブル。

 

「あ、待っていたわ。聖園ミカさん」

 

 ソファに座り、コーヒーを啜っていた少女が立ち上がってミカのもとに近付いてきた。

 

「先生よりも先にこれを言うのはどうかと思うけど……シャーレへようこそ、歓迎するわ」

 

 ミカの目の前まで歩いてきた少女は、笑みを浮かべながらミカを頭からつま先まで見つめた。

 

「はじめまして。私はミレニアムサイエンススクールの2年生、セミナーの会計の早瀬ユウカ」

 

 少女――早瀬ユウカの浮かべる笑みは、どことなしか冷たさが感じられた。

 

 




 プロローグはこれでおしまいです。
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