聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ部員と一緒に④

「それじゃあ、一先ず拳銃を撃ってみよっか」

 

「はい! アリスはすでに、撃ち方を取得しています!」

 

 ミカはアリスの返事を聞くと、モモイに向かって頷いた。それを見たモモイはコンソール向かって走っていき、手早く操作する。

 すぐにアリスの前方20メートルほどの場所に、的がせり上がってきた。

 拳銃の有効射程は25~50メートルが精々だ。腕が良くとも60メートル以上離れた目標に当てるのは難しい。確実に当てるのならば20メートル以内は目標に近付くのが普通である。

 

「では、行きます!」

 

 そう言って、アリスは両手で自動拳銃を構えた。足を広げ、両腕を前へ伸ばしている。「アイソサリースタンス」と呼ばれる基本的な射撃姿勢(スタンス)だ。

 真剣な表情を浮かべ、アリスは息を止める。そして、引き金を軽く引く……前に、アリスは小さく声を上げた。

 

「あ、忘れてました」

 

 一旦姿勢を解くと、拳銃の上部についているカバーをスライドさせた。自動拳銃の場合、マガジンに入っている弾薬をチェンバーへ装填するため、自動拳銃上部のスライドを動かす必要がある。スライド後部のコッキングセレーションという部分を掴み、銃を前に押し、同時にスライドを後ろに引く。完全にスライド出来たら手を放す。こうするとバネの力でスライドが前進し、マガジンから初弾をチェンバーに送り込んで、チェンバーが閉鎖される。同時に撃鉄も起き上がるため、これで何時でも撃てる状態となる。

 

「あー、ローディングしていなかったんだ」

 

 ミカが呟くと、モモイが複雑そうな表情を浮かべて答えた。

 

「ごめん、一通り撃ち方は教えているんだけど……そう言えば、アリスがどういう状態でホルスターに入れているか、確認していなかった」

 

「へぇ……」

 

 ミカが返事をしている間に、アリスは再びアイソサリースタンスで構えた。

 

「撃ちます!」

 

 引き金を引いた。しかし、発射されない。代わりにカチンという音が空しく響いた。

 

「あれ……? アリスは失敗してしまいました……」

 

 一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたアリスは、すぐに悲壮感溢れる表情になった。泣きそうな子供を連想させる表情を見て、ミカは見ていられなくなった。完全に初めて拳銃を撃つ幼児のリアクションだった。なら、きっと原因も似たようなものだろう。

 

動作不良(マルファンクション)だね……アリスちゃん、今、空撃ちの音が聞こえたよね?」

 

 ミカは安心させるようにパタパタと両手を振りながら、ゆっくりとアリスに近付いていく。そんなミカを見つめ、アリスは無言で頷いた。そしてミカを追いかけるようにモモイもアリスに近付いていく。

 

「アリス、姿勢そのまま! 絶対に銃口を覗き込んだりしちゃだめだよ!」

 

「あ、はい!」

 

「初めて撃つ、空撃ちの音はしたけど弾は発射されない……単純(シンプル)、きっと撃発の失敗(フェイラー・トゥ・ファイア)だね」

 

「多分、そうだね……アリス、大丈夫! すぐに解決するよ」

 

 マルファンクション(銃の動作不良)は、基本的に「シンプル(単純)」、「コンプリケイテッド(複雑)」、「カタスロフィック(致命的)」の3段階に分かれる。このうちカタスロフィック・マルファンクションは工具を使い時間をかけなければ解決できない故障を指す。当然、戦闘中に簡単に解決できるものではない。このため、その場で対応できるのはシンプルとコンプリケイテッド・マルファンクションとなる。

 

 シンプル・マルファンクションの中でも、初心者の人為的ミスで起こりやすいのが「フェイラー・トゥ・ファイア」と呼ばれるもので、引き金を引いても空撃ちとなる症状だ。その理由はスライドを引いたにもかかわらずチェンバーが空になっている場合か、チェンバーに弾薬が送り込まれていても、弾薬に不具合が生じていて不発だった場合が多い。

 

「アリスちゃん、まずはマガジンの底を左の手の平、というより親指の付け根くらいのところで叩いて。このミスは基本的にマガジンの装着がしっかりされていない時に起こるんだよ」

 

「こ、こうですか?」

 

 アリスはミカに言われたとおり、マガジンの底を左手を使ってしっかりと叩いた。

 

「うん、そうそう。そしてもう一度しっかりとスライドしてね。この時銃を回転させて、エジェクションポート(空薬莢を排莢する部分)を下に向けて……落ちないってことは、そもそもチェンバーが空だったね、これは」

 

 ミカの指示に従い、アリスはもう一度スライドさせた。これは「タップ&ラック」と呼ばれる、拳銃のマルファンクションが発生した時の基本的な対処法だ。マガジンをタップ(叩く)して、スライドをラック(引く)することからこう呼ばれている。

 

「多分、最初から上手くマガジンが装着されていなかったんだね。特にアリスちゃんみたいにパワーがある子だと、銃を壊すのを恐れて逆によわーい力でやっちゃって起こりがちなマルファンクションなんだよ」

 

「そうなのですか?」

 

「え、そうなんだ……」

 

「うん、私も小さい時によくやってたなー。油断しているとすぐに空のマガジンとか握り潰しちゃって……」

 

「成程……! アリスは理解しました」

 

「えっ?」

 

 後頭部を掻きながらあははと笑うミカを見上げ、モモイは戦慄した。何それ知らない、と顔で言っていた。そんなモモイと違い、アリスはふんふんと頷くと真剣な表情でもう一度構えた。

 

「今度こそ、撃ちます……!」

 

 引き金を引くとともに、轟音が響いた。

 

 

「もしもし、ユズちゃん。……うん、こっちでも見付かったよ。今、病院に搬送されたところ」

 

 才羽ミドリは去り行く救急車を眺めながら、スマホを強く握りしめつつ抑揚のない声で伝えた。仄暗い色の瞳が、ひたすらに前を見つめ続けている。

 

「まずいね、これ。チヒロ先輩やウタハ先輩の睨んだ通りみたい。そっちは? うん、うん……。ねぇ、本当に大丈夫? 無理はしなくて良いからね。……うん、そうだね。先生のために。……うん、大丈夫。それじゃあ、ユウカへのメール、お願いね」

 

 ミドリは通話を切ると、気怠げに息を吐いた。そしてくるりと救急車が向かっていた方向に背を向け、未だにこの場に留まっている群衆の中を縫うように歩き出した。

 状況は思ったより逼迫しているようだ。どうにも、見境が無くなっているように感じる。

 

 先程救急車で運ばれていったのは、1体のロボットだった。ぶつぶつとうわ言を呟きながらレストランを訪ね、そして中で腕を振り回して暴れたらしい。通報を受けたヴァルキューレが駆け付けたころには倒れこみ、意識を失っていたとのことだ。

 駅ビルマニオライの時と同じだ。恐らく、同じものを使った(・・・)のだろう。

 

 少し、面倒くさい。本格的にブラックマーケットを掃討する必要があるのかもしれない。そう考えると、急いだ方が良いだろう。はしたないが、やむを得ない。先生が見ていないとはいえ、こういうのは習慣となってしまうからあんまりやりたくないのだけれど。

 

 そんなことを考えつつ、ミドリは適当に見つけた屋台でアランチーニを3個購入し、手早く食べて一緒に買った烏龍茶で胃の中へ流し込んだ。焦ったようにアツアツのアランチーニを立ったまま食べるミドリに通行人は怪訝そうな視線をチラチラと向けるが、そんなことを気にしている場合ではないのだ。

 ブラックマーケットと本格的に事を構えるのであれば、シャーレもある程度準備が必要だ。6人程度の当番だけでは些か心許ない。単純に視界に入った悪人を片っ端から倒していくだけなら、先生の指揮があれば6人くらいでも何とかなるかもしれないが、そんな単純な作戦になるとも思えなかった。

 

「お姉ちゃん達、大丈夫かな……」

 

 今日はモモイとアリスが、聖園ミカに指導をお願いする日だ。ちょうど近くの公園に集合予定だと聞いていたが、果たして何をしているのやら。

 一瞬2人と聖園ミカにもヘルプを頼むことを考えたが、すぐに思い直した。そういったことはユウカの仕事だ。ユウカのことだし、今頃手が空いている部員にヘルプ要請を送っているのかもしれない。それに今、姉のところには聖園ミカがいる。

 

 別にミドリはミカに恨みを抱いていない。ミドリの敵はあくまで、先生に直接危害を加えたアリウスだ。ミカが先生を補習授業部の顧問にするよう働きかけたのは事実であるが、それでミカを糾弾する気には、ミドリにはなかった。自分たちの都合で先生を振り回して、その上先生に頼り切ったのは、ゲーム開発部(じぶんたち)も同じだろうと思っているし、ミカはすでにトリニティより処罰を受け、先生との間で和解も済んでいる。思うところがないわけではないが、アリウスに比べれば些細なことだ。

 そう、問題はアリウスだ。先生を意図的に傷付け、あまつさえ殺害しようとした連中だ。自分でもよくないことだとは思うが、ミカの顔を見ると、アリウスへの憎悪が膨れ上がってしまいそうだった。だからミドリは、聖園ミカにあまり会いたくなかった。

 

 先生と色々話をしたし、シャーレ部員とも話し合いをしたが、ミドリはシャーレがアリウスを追わないことに本心では未だに納得できていない。何も自分たちが直接制裁をしたいなどという贅沢な(・・・)ことは言わない。ただ、せめて連邦矯正局送りになるとか、然るべき罰を受けるのが道理というものではないか。自分たちの手で捕縛できれば文句はないが、この際、ヴァルキューレ公安局でもなんでもいい。連中に社会的制裁が下されるだけで十分だ。

 シャーレには、そんな考えを持つ部員が少なくない。それでも先生の願いを受け入れ、行動に移していないだけだ。

 先生はミドリに、アリウス分校がいかに酷い環境だったかを教えてくれた。それを聞いた時、ミドリの心の底に湧き上がってきたのは、アリウスへの同情ではなかった。そんなものは最初から欠片も存在しない。

 

 ミドリが真っ先に感じたのは、安堵だった。あぁ、この話をしたのが、目の前に座る先生で良かった。もし、先生以外に「アリウスの行いは到底庇えないが、アリウス生徒の境遇には同情の余地もある。報復することなんて許されない」なんて言われたら、ミドリは即座に愛銃を構えて、発言者の顔に交換用のマガジン全てを消費するまで撃ち込んでいたかもしれない。

 その次に、ミドリは胸が張り裂けそうになるほどの怒りに襲われた。先生の前でアリウスに同情するかのような悲しげな表情を浮かべることが出来た自分は、ミレニアム一の女優になれるのかもしれない。そう思わなければ、やっていけない程だった。

 

 ミレニアムに戻った後も、ミドリは喉が枯れるまで叫びたい衝動を抑え込むのに必死だった。ふざけるな、アリウスが悪い大人に支配されていたから……そんなものが、先生を殺してもよい免罪符になるというのか。冗談じゃない。アリウスの生徒がこの世の地獄に叩き込まれたのが、先生の責任だとでもいうのか。ほんの少し前まで、キヴォトスの外で暮らしていた先生に危害を加える行為を、アリウスの生徒が幼い時から味わってきた悲劇のために、仕方がないと思えというのか。なんて、理不尽。なんて、不合理。

 そんなことを言う者がいるなら、全員シャーレ部員の前に連れてきてほしい。そう言い放った5分後には、ぼろ雑巾よりひどい有様に成り果てているだろう。

 

 そんなことを考え、ミドリは密かに泣いた。声をあげずに泣いて、心の中だけで怒り狂い、そして怒り疲れて気分が落ち着けば、ため息をつく日々が続いた。このドロドロの汚泥のような感情を、ゲーム開発部の仲間や先生に知られたくはなかった。

 

 もしもアリウスに会ったら、そんな醜い心が溢れ出てきそうな気がする。だから、ミドリはアリウスに会いたくないと心底思っている。にも拘らず、アリウスの連中は何を考えているのか。ミサイルで先生とその他生徒たちを吹き飛ばそうとした次は、シャーレ部員の頭の血管を吹き飛ばそうとしているのか。

 捕まりたくないのなら、誰もいないようなキヴォトスの果ての無人島にでもへばりついていればよいものを、ブラックマーケットなんぞに出入りしているとは。本当に、腹立たしい。シャーレ(こっち)が簡単に捜査に入れるような場所を這い回るなんて。見つけてほしいのか、あの女は。

 ブラックマーケットが表の世界の住民が気軽に入れるところではないのは事実である。しかし、それは一般住民が基準だからこそなのだ。こちらは連邦捜査部「シャーレ」である。能力ある人材には不足していないし、今更ブラックマーケットへの侵入を躊躇うような者もいない。グッズ欲しさにブラックマーケットへ気軽に行く部員だっている。もしもあの女がブラックマーケットにいることでシャーレの目から銃口から逃げられると思っているなら、アリウスは思っていたよりも遥かに無能な連中だ。

 

 ミドリはいらいらしながら、手早く済ませた昼食のゴミを、道に置かれているゴミ箱に捨てた。そして、先程よりもやや速足で歩き始めた。

 ゴミが捨てられる音を聞くのは好きだ。こんな風に、捨てることが出来れば良いのに。憂鬱な気分が少し晴れるのを自覚しながら、ミドリはポケットから再びスマホを取り出した。それを操作し、もう1人の任務中の仲間に電話をかける。

 彼女(・・)もきっと、同じことを思っているだろう。エデン条約調印式の事件のせいでシャーレが創設以来の大混乱を迎え、その混乱が落ち着くまでの過程で、彼女とはずいぶんと仲良くなった。ゲーム開発部の仲間以外で、彼女ほど気の合うシャーレ部員はいないのかもしれない。

 

 3秒ほどコールが続いて、相手が出た。

 

「あ、もしもし……ハルカちゃん、ごめんなさい、忙しい時に」

 

 ミドリはうっすらと笑顔を浮かべ、穏やかな声で話しかけた。

 

「もうユズちゃんから聞いたよね、例のこと。……うん、そうだね……ねぇ、ハルカちゃん」

 

 ミドリは立ち止まってゆっくりと振り返り、ゴミ箱を見つめた。ちょうど、ゴミ収集の機械が近寄り、ゴミ箱の中身を大型のバケツに移しているところだった。その光景を笑顔で見つめながら、ミドリは電話相手に向かって明るい声で言った。

 

「もしブラックマーケットに乗り込むことになって……あの女に会ったら、ハルカちゃんは、どうする?」

 

 

 その後もアリスの拳銃の訓練は続いた。アリスが学習能力が高いというのは本当のようで、ミカが教えたことをどんどん吸収していった。

 たった数時間で実践的な技術を次々と習得していき、正午を過ぎたころには拳銃の使い方はマスターできた。

 

「凄いよ、アリス!」

 

「いやー、呑み込み速いねー」

 

「ありがとうございます!」

 

 モモイとミカの称賛を受け、アリスは照れながら微笑んだ。

 

「これもミカのお陰です、ありがとうございます! アリスは、これで新たな魔法を身に付けました!」

 

 両手を上げて喜ぶアリスを見て、ミカもつられたように微笑んだ。

 

「うん、じゃあそろそろ私の戦い方を……と言いたいところだけど、もう結構お昼過ぎちゃったし、そろそろご飯にする?」

 

「あ、そうだね。えっと、確か近くの屋台に――」

 

 モモイが頷こうとした瞬間、轟音が響いた。銃声だ。しかも、連続して響いている。

 

「うん……?」

 

 ミカたち3人が互いに視線を向け合っていると、またしても轟音が響いた。今度は銃声ではなく、爆発音だった。こちらも連続して響いている。しかも、だんだん近づいてきている。

 ミカたち3人がいる射撃場横の池の向こう側の方から響いているようである。池の向こう側には森が広がっているが、その森からもくもくと煙が上がっている。

 

「穏やかじゃないね、戦闘かな?」

 

「何でしょう、誰かが爆炎魔法を使っています。……これは、まさか敵との強制エンカウントの予感が……」

 

 アリスが緊張した顔で爆発音が響く方向に顔を向けた時だった。

 池の向こう側で爆発が起きた。何かが吹き飛び、そして池に落ちていく。同時に煙も広がっていった。どうやら高威力の特殊手榴弾が爆発した様だった。

 暫くして煙が晴れていくと、森の方からこちらに向かって誰かが駆けてくるのが見えた。

 

「あれ……? あの人って……」

 

 モモイが気付き、そして声をかけた。

 

「おーい、ハルカー!」

 

 その声を聞き、駆けてきた少女は初めて池を挟んでミカたち3人がいることに気付いたらしい。ぐるりと彼女の首が動き、紫色の瞳がモモイを捉え、アリスへ動き、そして、ミカに固定された。少女にじっと見つめられているのを、ミカは感じ取った。

 

 ゲヘナ学園1年生伊草ハルカはミカを見つめると、口元が三日月形に見える笑みを浮かべた。

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