聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

31 / 48
 遅れてしまいました、すみませんでした! 


シャーレ部員と一緒に⑤

 伊草ハルカはじっとミカを見つめたまま、構えていた愛銃のローディングを行った。ねばつく様な視線に、ミカは思わず息を飲む。ハルカの紫色の瞳が、段々と光を失っていっているように見えた。

 スッとハルカの足が動いた瞬間、池に水飛沫が上がり、池の中から何かが飛び出した。それは腕だった。ロボットの腕がバシャバシャと水音を立てて動いている。池に落ちたのはロボットだったようだ。次に水面からロボットの顔が現れた。ロボットは必死そうな顔を浮かべて(ほとり)へと近づき、池から上がろうとする。

 

「あ」

 

 ミカが呟いた瞬間、池から上がろうとしたロボットの顔にハルカの爪先が突き刺さった。再びロボットは池に沈む。あまりに惨い追撃である。しかも、ハルカは相変わらずミカを見つめたままだ。哀れにも沈んだロボットには、視線すら向けていない。

 

「……相変わらずバイオレンスだなぁ。おーい、ハルカぁ! 死んじゃう、死んじゃう!」

 

 モモイが口に両手を添えて大声をあげてハルカを止めようとした。声が届いたのか、ハルカは漸くミカから視線をずらし、モモイを見た。そしてモモイを見たまま、再び必死になって水面から顔を出したロボットに銃口を向ける。

 

「大丈夫です、ちゃんと埋めますから!」

 

 返事と共に、ハルカのショットガン「ブローアウェイ」から轟音が響いた。

 

「あ、こりゃ駄目だ。暴走(いつもの)だね」

 

「アリス、知ってます! あれはオーバーキルというものですね」

 

「……どうするの?」

 

 頭を抱えるジェスチャーをするモモイと、真剣な表情で前方の惨事を見つめるアリスを見て、ミカが小首を傾げてハルカを指差した。

 

「あー、うん……多分悪い奴を倒しているところだから大丈夫。ハルカは暴走しすぎと追撃しすぎと周囲を巻き込みすぎなところがあるけど、敵じゃない相手を過剰に叩きのめすタイプじゃない……可能性がまだちょっと残っているから……大丈夫」

 

 それは大丈夫と言わないんじゃないかな。心の中でそう呟きつつ、ミカはそっと腕を下ろした。

 

 

 結局、水底に沈んだロボットは沈めたハルカ当人の手によって救助された。

 

「ま、またやってしまいました……先生にやりすぎは良くないって一昨日言われたばかりなのに……。うぅ、死にたい……死にたいぃ……。生まれ変わったら、先生の私室に置いてある雑草になりたい……」

 

 どんよりとしたオーラをまといながら俯くハルカ。そうは言いつつも、背負っていたバッグから取り出したロープで手際よく気絶したロボットの手足を縛っている。さりげなくロボットを機能停止に追い込む対ロボット用テーザー銃で更なる追い打ちをしてから縛り始めるあたり、実に手際が良かった。

 

「いや、それハルカが先生にプレゼントしたやつじゃん」

 

 池を回り込んでハルカの元にやってきたミカたち3人を代表して、モモイが呆れたような視線を向ける。

 

「ええ、先生がとても大事にしてくださって……。ふふ、ふ……せ、先生がお休みになられる時は、常に私が先生に捧げたものが、せ、先生のお傍に……ずっと……ふふふふふ……えへへへ……」

 

 何この子、怖い。ゲヘナ生徒ということを抜きにしても近付きたくない感じがする。卑屈そうにニヤニヤ笑うハルカを見て、ミカは普通に引いた。何が怖いって、こんな表情で恐ろしく不気味なことを呟きつつも、一向に手を休めずにロボットのボディチェックをし、ロボットの手荷物とかも調査しているのが怖い。

 ハルカはロボットの手荷物から数枚のカードを抜き取り、それをスマホで撮影して高速でスマホを操作していった。無意味なまでに洗練された動きである。さらにロボットが持っていた護身用かと思われる自動拳銃もチェックし、弾薬もマガジンも全て抜いた。そして自動拳銃をまじまじと見つめ、スマホで撮影して自身のバッグに入れた。さらに手荷物から何かを見つけて引っ張り出すと、目を細めて笑った。

 

「……はい、任務を遂行しました」

 

 ニヤリと笑ったハルカはすっくと立ち、改めてミカたちに視線を合わせた。

 

「お久しぶりです、モモイさん……そして……ええと、2ヶ月ぶりですね、アリスさん」

 

「はい! 前にクラブの交流会で会った以来ですね、ハルカ」

 

「はい、どうもです。……最後に、初めまして、聖園ミカさん。ゲヘナ学園1年の伊草ハルカです」

 

 ハルカはぺこりと頭を下げ、再びミカをじっとりとした瞳で見つめた。そのおどおどしたような表情を見て、ミカは見覚えがあるような気がして僅かに眉を顰めた。そして、すぐに思い出した。ハルカの目は、以前市民ホールで初めてミヤコに会った時、ミヤコが浮かべていた目と同じだった。表情から感情を読み取れることが出来るというのに、目だけ全く何の感情も籠っていない。目の前の存在を観察するような目だ。

 

「……トリニティ総合学園3年生の聖園ミカだよ☆。よろしくねー」

 

 取り敢えず普通に挨拶することにする。目の前に立たれているというだけで、無性に嫌悪感が湧いてくるが、胸の中で自分を叱咤してそれを堪えた。トリニティ上層部にゲヘナ生徒と対立して先生に迷惑をかけないと断言しているし、シャーレに所属した以上は乗り越えなくてはならないことだ。幸いなことに、ハルカの方はミカがトリニティ生徒ということで露骨に嫌悪感を剝き出してぶつけてくる様子はない。但し、嫌悪感とは違う人形のような無機質な瞳がミカを捉え続けているが。

 ガチャン、と音がした。ハルカが愛銃をリロードする音だった。

 

「……はい、よろしくお願いいたします。お会いできて、嬉しいです」

 

 ハルカは穏やかな声でそう言うと、小首を傾げて笑った。ギチャリという音が聞こえてきそうな、表情筋を無理やり動かしたような笑顔だった。

 

「……」

 

 こちらも笑顔を返しつつ、ミカは内心で舌打ちをした。何時でも何処でも気が付けば周囲で銃撃戦が発生してもおかしくないキヴォトスでは愛銃は常にローディングが済んだ状態で持ち歩くのが常識だが、その一方で敢えて他者に見せつけるように行われる銃のローディングやリロードの仕草、そしてその音はキヴォトスにおいて一種の「警告」として使われる。当然、初対面の相手との会話中にリロードを行うなど非常識な振る舞いである。

 実際、ミカの隣に立っているモモイは、ギョッとした表情を隠すことも出来ずにハルカの愛銃を凝視している。この手の常識に疎いであろうアリスはきょとん顔でモモイを見ているが。

 

「……あ、すみません。つい、やってしまいました」

 

 ハルカは誤魔化すように目を伏せ、わざとらしくローディング・ゲート(装弾口)から先程リロードしたショットシェルを取り出した。それを仕舞い、ハルカはモモイへ視線を動かす。

 

「そんなことより、その……どうしたんですか、こんなところで」

 

「いや、こっちのセリフなんだけど……」

 

 顔を顰め、モモイはハルカを見上げた。それを見て、ハルカは目を見開いた。

 

「ミドリさんから聞いていませんか? 今日、私はミドリさん、ユズさんとD.U.での任務に参加しているんです。ブラックマーケットから流出しているであろう違法製品の追跡ですよ。……聖園ミカさんは直接見ているんですよね? 喫茶店ムエットの件で」

 

「あ、そういえば……そっか、ミドリがハルカと一緒に行くって言ってたっけ。ごめん、忘れてた」

 

 バツが悪そうに後頭部を掻くモモイを横目に、ミカがハルカへと話しかけた。

 

「違法製品? ムエットに火炎瓶を投げようとした……」

 

先生へ(・・・)、ですよ」

 

 これまで聞いたことのない鋭い、低いハルカの声がミカの耳を貫いた。

 

「あれは、先生への攻撃です。先生が巻き込まれる可能性が少しでもあるのなら、それは先生への攻撃です。誰が、何と言おうと……。聖園ミカさん、それが、シャーレです」

 

 スッと細められた紫色の瞳が、ミカへと向けられた。まるで幼子に諭すかのような口調に、ミカは閉口する。しかし、確かにそうだと思い直した。実際、あの時はナツが必死になって、先生を火炎瓶を持ったロボットから遠ざけようとした。そして自分も、先生のために戦ったのだから。

 

「……そうだね。それで、先生へ攻撃しようとしたロボットと関係が?」

 

「ええ、そうです」

 

 ハルカはそう言うと、先程未だに気を失っている足元のロボットから奪った荷物の内の一つをミカへと見せた。それは一見、小口径のライフル弾に見えた。

 

「5.56×45ミリ弾? いや、何か……ううん、銃弾じゃないね」

 

 モモイがずい、と顔を近付けてハルカの手の中の銃弾のようなものを見つめた。外見はキヴォトスでは広く流通している一般的な、言い換えれば大して目を引く様なものではない小口径高速弾である5.56×45ミリ弾に見えた。しかし、じっと見つめていると違和感が生まれてくる。

 

「はい、違います。これは、こうすると……」

 

 ハルカは説明しながら、銃弾の弾頭部分のところを摘まみ、軽く捻ってから持ち上げる。キュポン、というマジックの蓋を外したような音がして、弾頭部分が取れた。その中には、まるでUSBメモリのように端子が露出している。

 

「? 初めて見る端子ですね。パソコンやスマホ、ゲーム機のものでもありません」

 

 アリスの指摘に、ハルカは頷いた。

 

「はい、そうです。キヴォトス標準規格のものではありませんし、ミレニアムや一部の自治区のみの独自規格でもありません。但し、一部の地域では流通しています」

 

 それを聞いて、ミカは腕を組んでハルカの持つそれを睨んだ。

 

「まさか、ブラックマーケット?」

 

「……流石ですね、聖園ミカさん。その通りです……。これは、互助会の連絡網にもまだ流されていない情報です。あ、勿論先生にはすでにユウカさんがお渡ししておりますが……。先日の互助会からの連絡、確認していますか?」

 

「……この前に、ヒビキたちがブラックマーケットへ情報収集任務に行った件? それとも、駅ビルでヴァルキューレが捕まえたロボットたちの機械脳に、異常なデータが検出されたこと?」

 

「あぁ、そういえばそんな連絡が来てたね」

 

「あ! アリスも思い出しました! 確か、先生が火炎瓶の攻撃に巻き込まれそうになったというニュースが来た次の次の日に、そんなニュースが回ってきてました……」

 

 モモイが険しい表情で唸ると、ミカが顎に指先を当てながら頷き、アリスもシュバっと片手をあげた。それを見て、ハルカは一度大きなため息をつき、再び話し始める。

 

「……ええ、2つとも関係あることです……。その、私もこういったことの知識は無くて、任務の前にミレニアムに寄ってウタハさんから聞いただけで……詳しくは説明できないんですが、何というか……要するに、これを専用のソケットパーツを取り付けたロボットの人に接続すると、人間でいう脳内麻薬がロボットの機械脳で発生、増殖するらしいんです」

 

「脳内麻薬……多幸感みたいなものが出てくるとか?」

 

 ミカが小首を傾げると、ハルカは首肯して銃弾みたいなものにキャップを取り付け、仕舞った。

 

「はい、そういう触れ込み(・・・・)を出しているみたいです」

 

「触れ込みぃ? ヘンな、含みのある言い方じゃない?」

 

「……ええ」

 

 モモイが低い声で言う。それに同じく低い声で返事をして、ハルカは再び大きなため息をついた。

 

「……その、実際にブラックマーケットではこういうのがロボットの人向けに広く流通しているそうなんです。人間でいうお酒みたいな扱いらしいですね。普通、この手のものは多幸感に包まれたり、酩酊……って呼ぶのでしたか? こう、気持ちよくなってストレスが減っていったりしていくものが多いそうです。

 これも、一応はその効果もあるらしいんですが。実際は、これも何ていうのか……催眠、とはまたちょっと違うのかもしれないですが、他人からの命令に従いたくなる(・・・・・・・・・・・・・・)ようになる効果があるそうなんです」

 

「……絶対厄介な代物じゃん」

 

「ええ……本当に、うんざりですよ」

 

 ハルカはそう言うと、どんよりとしたオーラと苛立ちの炎が混ざったような、表現し難い光を目から放った。ゴリゴリと奥歯が砕け散りそうな歯ぎしりの音が鳴る。

 

「そんなもの、そんなものをここに……D.U.に! D.U.は先生のための、先生の居場所なのに! こんなところにこんなもの持ち込まれて! あぁ、ああ! あああ!」

 

「は、ハルカストップ、ストップ!」

 

 嫌な打撃音が連続して響く。恐ろしく低い声をあげて足元に転がっているロボットの頭を何度も何度も踏みつけるハルカを、モモイが必死になって止める。ふんじばって地面に転がしているだけでも第三者から見れば犯罪臭しかしない光景だというのに、さらに顔面連続フットスタンプは絵面が酷すぎる。昼とはいえ冬の公園なので周囲を散歩している一般住民は殆どいないが、それでも惨い光景なのは変わらない。しかしモモイの努力空しく、身長差が10センチ以上ある相手を取り押さえることなど無謀であった。ロボットの頭がどんどんひしゃげ、見る影もなくなっていく。

 

「あー、ハルカちゃん?」

 

 見かねたミカがそっとハルカに手を伸ばそうとする。ミカの呼びかけは当然のように無視された。

 

「消えてください、死んでください、先生の前からいなくなってください、そして二度と先生の前に現れないでくださいお願いしますから! どうしてよりによってD.U.なんですか、他のところで売ればいいじゃないですか! ふざけているんですか先生への嫌がらせですか!? 殺されたいんですか殺されたいんですねそうじゃないとおかしいですよねわかりました、殺します絶対に殺します八つ裂きにして吊るして殺します、どうして、どうして先生に迷惑をかけるようなことをするんですか、先生に何をされたと言うんですかぁ! は、排除します……先生の敵は! 絶対に、全て、確実に、排除します! 肉片1つ、螺子1本、何も残しません! 何さっきから黙りこくっているんですか、聞いてますか!? 誰が、誰が、誰が先生の邪魔をしていいと言った、言ってみろ! うわぁああああああっ!!」

 

「ハルカちゃ――」

 

 瞬間、銃声。ハルカの側頭部に、銃弾が撃ち込まれた。ハルカの腰に抱き着いていたモモイが口をあんぐりと開けた。

 

「ちょちょちょ、ちょっとぉ!」

 

 モモイの絶叫を聞きながら、唖然として、ミカは横に視線を向けた。アリスが力強い笑顔を浮かべながら、両手で拳銃を握っている。空薬莢が地面に落ちた音が、周囲に響いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。