「ハルカのクエストのリザルト報告は、どうするんですか?」
アリスが転がっているロボットを見下ろしながら指差した。その口調はひどく淡々としており、ロボットに向けている視線も感情が籠められていない。アリスもまたハルカの話を聞いて、目の前の売人やスクーナーの製造と流通を担っている者たち、そしてその背後にいる者たちをシャーレの敵と認識した様だった。
そんなアリスを見下ろし、ハルカは若干首を傾げて虚空を見つめた。数秒考えこんだ後、ハルカは口を開いた。
「ええと、私が直接ヴァルキューレにこのロボットを運ぼうかなと思っています」
「それはまた、どうして? こういった組織的犯罪だとヴァルキューレ公安局の仕事だよね?」
ミカが尋ねると、ハルカは瞳を動かしてミカを見つめた。そしてまた数秒黙った後、再び話し始めた。
「そうですね……順を追って話させていただきますね。まず、ユウカさんが把握している限りですが、本日D.U.のこの地域で活動しているスクーナーの売人は全部で4体。全員ロボットです。このうち最初にユズさんが捕らえてヴァルキューレに引き渡しています」
「ユズ、先生のことにかけては凄く本気出すからねー。最近は先生と一緒にバイトしてて人混みへの耐性も着実に付けていっているようだしね。人混みに慣れてしまえばユズは無敵だよ」
「はい! ユズも順調にレベルアップしていっています!」
モモイが嬉しそうに言うと、アリスも何度か頷いた。
「そして、私がこの人を捕縛しまして――と、失礼します……」
ハルカのポケットから通知音が鳴った。ポケットからスマホを取り出したハルカは高速でスマホを操作し、ニヤァッと口を歪めてミカたちに視線を戻した。
「――今、ミドリさんも1体捕らえたそうです」
「つまり、あと1体」
「ええ、そうですね。売人の方は、ですが」
「方は、ですか?」
またしても含みがある言い方をするハルカを見て、アリスが小首を傾げた。そんなアリスの目を見つめ、ハルカはため息をつきながら低い声で言った。
「……ええ。このスクーナーを売り捌いている組織の規模や正体は現時点では不明です。もしかしたら売人たちは組織の末端ですらない、外部の者かもしれません。ですが、今この地域で売人以外の者が活動している可能性はゼロではないかと思われます。
実はユズさんとミドリさんが、それぞれスクーナーの被害者と思しきロボットの暴走を目撃しています。今のところヴェリタスの方々は取引の瞬間を確認しておりませんが……今日捕らえた売人の動向は、数時間前から確認が取れていました。だからヴェリタスの方々が捕捉するより前に取引を終えた可能性もありますね。
暴走したロボットの方々がどの売人から買ったかは不明ですが、問題なのは
スクーナーは所持したとしても何の効果はありません。使用しなければ無害です。スクーナーの効果時間がどれくらいかはまだエンジニア部の方々が調査中ですが、そもそも本来、この手の多幸感を得られる道具の効果は長続きしません。最初から効果時間が短めに作られているんです。
幾ら多幸感が得られるとはいえ、1日中ぼーっとしてしまうようでは、それこそ丸1日休日でもなければ使えませんからね。効果時間が然程長くないからこそ気軽に使用でき、コンスタントに売れる商品となります。中毒性があるとはいえ、使用者がもれなく
「そうなんだ……? よくわからないね」
「ですよね、私もよくわかりません。
私も前にアル様に聞いたことがあるのですが、ブラックマーケットで流通している煙草とかも依存性が強いものは身内でしか使用せず、商品としては流さないらしいんですよ。いくら商品として量産体制が整っているものでも、使用者が1度の使用で
それにブラックマーケットには、ブラックマーケットのルールがあります。ブラックマーケットで屯している闇の住民も、ブラックマーケットで商売をしている人たちから見れば立派な消費者で、労働者なのですよ。
ましてや表の世界に向けて、1回使用したら廃人に成り果てるようなものを大量に売り捌くことなど、流石にブラックマーケットの悪党共もできないでしょうね。それは
モモイもアリスのように首を傾げた。それを見て首肯し、ハルカはペラペラと話し続ける。不気味な笑みを浮かべながら、ひたすら喋りまくるその姿はかなり怖いが、もうミカたち3人は慣れてきていた。
「何それ、今回はやりすぎじゃないってこと?」
「あぁ、すみません、適当なことを……。他意はない例え話です。……私には、連邦生徒会共の考えなんてわからないですから」
モモイが不快そうに片眉をあげると、ハルカは若干肩を竦めて首を振った。しかし、すぐにまたペラペラと話し始めた。
「すみません、それで……兎に角、スクーナーの効果時間はあまり長くないと思われます。つまり、購入者が使用した後、大して長くない効果時間の間に
ちなみにヴェリタスの方々が捕捉し追跡を開始して以降、売人たちが購入者の人たちと接触したと思われる光景は確認できていません」
「……そういえば、追跡って具体的にどういう風に?」
モモイが尋ねると、ハルカは目を見開き慌てたように補足の説明をした。
「あぁ、説明を忘れていました……。街中の防犯カメラのハッキングと、ドローンによる偵察の組み合わせです」
「成程ね。ドローンって?」
ミカが尋ねると、モモイが複雑そうな表情を浮かべつつミカから視線を逸らした。そして、口元をもごもごさせた後にハルカへ問いかけた。
「きっと、あれだよね? ユウカが先生護衛用にエンジニア部に発注して作ったやつ」
「はい、それです。今回はそれをヴェリタスに貸しているみたいですよ」
首肯するハルカを見て、モモイが頭を掻きながら小声で「やっぱりか」と呟いた。
「えぇ、そんなの作っていたんだ……」
「うん、ユウカって自分のお金は、割と躊躇いなく一気に使うタイプなんだよね。投資とか諸々で凄い稼いでいるし。最終的に何かすっごく高性能なドローンに仕上がったって聞くよ。私も実物見たことないんだけど」
若干引きながらモモイを見たミカに、モモイはため息をつきながら説明した。ミカが引いたのはドローン開発費をポンと出したことではなく、そんなものを発注していたこと自体なのだが、モモイは気付いていないらしい。彼女も順調にシャーレに染まっていっているのだ。
ちなみに件の護衛ドローンはエデン条約の事件の発生後、発狂状態が収まっていなかった頃のユウカが後先考えずにポケットマネーの一部をエンジニア部に突っ込んで作られたものだった。そしてエンジニア部もエンジニア部で精神状態が狂乱そのものだった頃にユウカの説得に押し負けて、これまた後先考えずに開発したという経緯を持つ超重武装飛行ドローンである。お陰でシャーレの権限がなければ、到底人口密集エリアの上空の飛行許可が下りないような代物となっていた。あまりに重武装過ぎて天下のシャーレと言えども気軽に運用できるものではなく、連邦生徒会が見て見ぬふりができるD.U.を除けば飛行できる地域が限られているため、先生の護衛に投入出来る機会が少ないという完全に本末転倒なものとなっている。
流石にユウカ、エンジニア部双方が反省したのか1機製造されたのみで、2番機や後継機が作られることはなかった。とはいえ運用コストが高く運用できる空域が限られているだけで性能自体は高く、使わなくては維持費を食うばかりなので、今回引っ張り出されてきたようである。
引いているミカに視線を向けつつ、ハルカは説明を続けた。
「そして、この売人ですが。私がユウカさんから貰った情報を元に近付いていくと、いきなり逃げず、何度かこちらに問いかけようとしていたんです。まるで、『もしかしたら味方かもしれない』と思っているような素振りでした。結局私の殺気を見て逃げ出したので、追いかけることとなりましたが。……これ、私の駄目なところでして。どうも殺気を隠すのが苦手なんですよね……」
だろうね、と内心頷きながら、ミカは表情に出すことなくハルカを見つめた。あんな不気味な笑顔でショットガンを抱えながら近づいてこられたら、普通に逃げ出すと思う。
「……また話が逸れました、本当にすみません……。ええと、それで……実際のところはこの人に聞いてみないとわかりませんが。もし私がさっき言ったように、本当にこの人が私を見て『もしかしたら味方かもしれない』と思ったとすれば――」
「他に仲間がいるということだね。ハルカちゃんはロボットじゃないから、購入者だと思ったということは考えられない。そもそも事前に取引場所とか決めているはずだしね。他の売人もしくは別動隊の仲間だと思った、と考えるべきだね」
ハルカの言葉を引き継いでミカが話し出すと、ハルカはこくりと首肯した。
「はい、そしてその場合、この売人は他の売人や別動隊の背格好や顔を知らなかったとも考えられます。
仮に別動隊だとして、その目的は何か……洗脳そのものか、或いは洗脳したロボットの観察か、或いは……売人が捕まった時の口封じ役、もしくは奪還役。
ここまで説明しておいて何ですが、推測に推測を重ねている状態です。ですが、用心するに越したことはないかなと。ですので、もう私が自分でヴァルキューレにもっていこうかな、と考えました」
そう言って、ハルカは転がっているロボットを指差した。
「実際、聖園ミカさんは駅ビルでPMCのようなロボットと接敵したのでしょう。そのロボット兵士たちの役割が先生に火炎瓶を投げようとしたロボットたちの回収だったことは、公安局の取り調べの結果明らかになっています。
今回もそういう役割のロボット兵士たちが何処かに潜んでいるとも限りませんから」
「……ちょっと待って。それ……ユズとミドリも狙われるかもしれないってことじゃないの?」
顔を青ざめさせていくモモイに向かって、ハルカは小首を傾げながら言った。
「はい、そうですね。ですが、それでさらに手掛かりが増えるのなら、しめたものでしょう。その辺りは、ユウカさんも考えているはずですよ」
あっさりとそう言ってのけるハルカに、モモイはゴクリと喉を鳴らした。
「え、まさか……」
「私程度が考え付くことです。ユズさんもミドリさんも承知の上ですよ」
モモイとハルカの会話を、アリスとミカは黙って聞いていた。アリスはハルカの瞳を見つめながら、ミカは腕を組んでハルカとモモイの2人の顔へ交互に視線を向けながら黙りこくっていた。
会話を聞きながら、ミカはふと違和感のようなものを覚えてアリスへ顔を向けた。アリスは口を閉じ、澄んだ色の瞳でハルカの光を遮るような昏い紫色の瞳を見つめていた。
そんなアリスの瞳の色に違和感を感じたような気がしたが、その違和感はすぐにミカの頭の中で形となることはなく散っていった。
ミカのスマホからではない。この場にいる全員のスマホからだった。4人がほぼ同時にポケットからスマホを取り出す。聞こえてきたのは互助会の緊急通知の音だった。
スマホ画面に表示された文字列を見て、真っ先に声をあげたのはモモイだった。
「……ミドリが詳細不明の武装集団を発見、集団は大型車両と重機関銃等を有する……?」
その声にハッとなったミカは、咄嗟にスマホから目を逸らして前を見た。そして、アリスの吸い込まれそうな水色の瞳と目が合った。
◆
天童アリスは考え、学習する。目を覚まして以降、彼女は多くのことを学んできた。ゲーム開発部の仲間たちから学び、先生から教わり、ミレニアムの生徒たちと交流し、そしてシャーレの同志たちを観察してきた。
言葉を学び、ゲームの面白さを学び、勉強をし、仲間との絆を学び、そして己の存在意義と自分の進むべき道を、自分がなりたい姿を知った。多くのことを理解し、知識として吸収していった。学びと思考に停滞はない。故に、アリスは今日もまた考えている。
今日は聖園ミカより多くのことを学んだ。そしてハルカと会い、ハルカの言葉を聞いた。レベルアップには多くの知識と経験が必要だ。あらゆるものがアリスの学習のための糧となる。
そして、アリスは考える。今、このD.U.には先生の敵がいるようだ。看過できない事態だ。自分のレベルアップや新たなスキル取得は大事だが、仲間の安全はそれ以上に優先される。特に、先生の安全は。
アリスは思い出す。先生が襲撃を受け、重傷を負ったというニュースが飛び込んできたときのことを。
先生が容易く命を奪われかねない存在であることを、アリスは改めて心から理解した。それはとっくに認識していたはずだった。先生の生命力、耐久力が他の生徒と比べて明らかに劣っており、武器も持たず自衛もできないことは明らかであった。考えるまでもない事実。その事実を突き付けられ、アリスは打ちのめされた。
あの時のアリスは考えていた。目の前でユウカが泣き叫んでも、モモイが崩れ落ちて座り込んでも、ミドリが髪を掻きむしりながらむせび泣いても、ユズが震えながら蹲っても、ただ考えていた。
何故、こんなことになったのだろうか、と。
考え、考え続け、アリスは結論を下した。その場に先生の敵がいたからだ、と。古聖堂でのアリウス分校、ミレニアムでの自分。先生を傷付けた、傷付けようとしてしまった存在が先生と近くにいてしまったことが原因だ。
いてはならない存在がいた。そんなことはあってはならないことだ。では、解決するにはどうすれば良いか。
答えは極めて単純だ。敵を倒せば良い。倒せば敵はいなくなる。敵がいなくなれば、先生の安全は守られる。
だから、敵は倒す。レベルアップのためでも報酬のためでもなく、先生のために倒す必要がある。
アリスは深呼吸をして、意識を切り替えた。鍛錬クエストは一時中断だ。討伐クエストに移行しなくては。
アリスは拳を強く握りしめた。自分は本当のシャーレ部員としては未熟だ。しかし、キャリーされてばかりではいられない。自分の力で、先生の敵を打ち倒す。
現実はコンテニューは出来ない。だからこそ、敵は確実に倒さなければならないのだ。どんな手段を使ったとしても。
ゲームと違い、現実にはコマンドの選択肢は幾らでもあるのだから。
アリスの水色の瞳に、強い光が宿った。