自ら捕らえた売人をヴァルキューレ公安局に引き渡そうとしたハルカと違い、才羽ミドリは気絶させた売人の荷物を確認すると即座にヴァルキューレに連絡した。ロボット1体を運ぶだけの力はミドリも持っているが、如何せん背丈が小さすぎるので運びにくいからだ。ミドリが倒したロボットの身長は170センチ程度。一方でミドリの背丈が143センチである。腕力が足りていたとしてもこれを運ぶのは容易ではない。故に、ミドリは逡巡することもなくヴァルキューレを呼び、到着したヴァルキューレの生徒に売人を引き渡していた。
ミドリは売人を乗せたヴァルキューレのパトカーを見送りながら、スマホを使って互助会の連絡網に手早くメッセージを送信した。
スマホをポケットに仕舞うと、スタスタと歩き出す。相変わらず、周囲には誰もいない。
「……売人たち、本当に気付いていないのかな?
ミドリは空を見上げ、独りごちた。
通常、ヴェリタスと言えども顔も名前もわからない、「スクーナーを持ち移動している」だけの情報しかない者だけを瞬時に探し出し、追跡し続けることは困難だ。しかし、ブラックマーケットから出てくるということさえ分かっていれば、特定はそう困難ではない。
通常、キヴォトスにおいて自治区と自治区の間の
ブラックマーケットもまた同様で、隣接する自治区との間に壁もフェンスも審査も検問も何もない。しかし、ブラックマーケットを監視するシステムが何もないというわけではない。
実際は連邦生徒会と各自治区の黙認によって意図的に作られた犯罪者や社会不適合者のためのエリアでもあるのだが、あくまでブラックマーケットは表向きでは「本来は連邦生徒会が管轄する土地だが、不幸にも犯罪組織に実効支配されてしまった土地」なのだ。誰もが首を傾げるような建前であっても、建前は建前なのである。
故に、連邦生徒会は形の上ではブラックマーケットの
ブラックマーケットはその名の通り「市場」としての姿も持っている。あらゆる犯罪組織、企業群が製造した違法や不法な商品の取引が行われている場所だ。当然、人の出入りや商品の流通が盛んであり、ブラックマーケットには電車、車両、航空機が頻繁に出入りしている。
当然、それらのルートは連邦生徒会によって常時監視されている。それさえ分かっていれば、ヴェリタスによって連邦生徒会の監視システムを乗っ取ることも可能だ。
「こんな時くらい、連邦生徒会には役に立ってもらわないと……」
ミドリは呟いて、ため息をついた。シャーレもまた連邦生徒会の組織なので、連邦生徒会にきちんと申請すればブラックマーケットの監視を担う部署から必要なデータを取り寄せることも出来なくはないだろうが、時間がかかりすぎる。どう考えても後手後手の対応になるだけだ。だからこそ、こんな強引な手段を取らざるを得なかった。仕方がないと言いたいところだが、先生は真相を知れば顔を顰めるだろうし、怒るかもしれない。ユウカは一体何と説明するつもりなのやら。
先生の敵を減らすためだからやむを得ないというのが本音だが、それを先生に堂々と言う勇気はない。悪いことを平気でするタイプだと思われるのは少し嫌なのだ。これまでのゲーム開発部のやらかしの大半は先生に知られているし、何なら積極的に先生をやらかしに巻き込んだこともあるのだが、それは全力で忘れようとしているミドリである。
せっかく売人を捕らえて少しは晴れやかな気分になりそうだというのに、何だかまた憂鬱になってきた。大きくため息をつくと、ミドリは最後の売人がいるであろうエリアに足を向けようとした。その肩に、ポンと手が置かれた。
「……ユズちゃん?」
「ミドリ、ちょっと……」
ミドリが後ろを振り向くと、そこにはミレニアムサイエンススクール1年生花岡ユズが立っていた。ユズはミドリとモモイ、アリスが所属するゲーム開発部の部長である。
ユズは極度の人見知りで、人混み等が大の苦手だが、最近は先生とコンビニのバイトをするなどして順調に克服していっている。それでもかなりいっぱいいっぱいなのか、冬だというのに額に汗をかき、若干挙動不審な感じでミドリの肩に手を置いていた。
ミドリが振り向いたのを確認したユズは、ミドリに向けてスマホの画面を見せた。それを覗き込むミドリ。そのスマホには、写真が表示されていた。
「……これは?」
「わたしが捕らえた売人の写真なんだけど……」
スマホに映っていたのは、煤焦げたロボットが仰向けに倒れている写真だった。のっぽでウインドブレーカーのような服を着込んでいる。
ユズの持つグレネードランチャー「にゃん's ダッシュ」から発射された
怪訝そうな表情を浮かべたミドリの耳元で囁いたユズは、指先を歩道の隅に向けた。2人は同時に首肯し、スタスタとそちらに向かって歩いていった。
「……ユズちゃんが捕らえた売人、つまり1番最初に捕まった売人だよね? もうヴァルキューレが運んでいったって聞いているよ?」
「うん、それでね……この人の上着なんだけど……」
ユズは素早くスマホを操作すると、写真が拡大され、ロボットの胸部辺りがクローズアップされた。そして上着の胸ポケットの上に刺繡されたものが拡大されていく。それは企業名の様だった。企業名の下には、アルファベットのZの下に逆さにしたAをくっつけた風に見えるロゴマークが書かれていた。
「……ゼルコヴァPMC?」
アルファベットを読み上げ、ミドリはユズの瞳を見つめた。
「うん、ついさっき、ユウカ先輩に送ったんだ。わたしも写真をよく見て気付いたの。怖くて、人混みが多いところではスマホをじっと見つめていたから」
「ユズちゃん……」
ミドリは複雑な表情を浮かべた。人混みの中を歩きスマホで進む時点でどうかと思うが、そもそも売人を捕捉し捕らえる任務をしているというのに、一時とはいえスマホを見つめながら歩き回るのはどうなのか。ツッコミを入れそうになったミドリの口は、ただ息を吐いて閉じた。いくら克服していっているとはいえ、精神的にかなりキツイ思いをしているのは変わらないわけだし、それを責めるのは酷だろう。
「……それで、そのゼルコヴァPMCって企業がどうかしたの?」
「売人がわざわざ企業のアウターを着ていたのが気になって。ユウカ先輩にお願いして調べてもらったんだけど……どうやら、ブラックマーケットのPMCみたい」
「へぇ……」
ミドリは眉を顰め、ユズのスマホに映っているカーキ色のウインドブレーカーを睨みつけ、頭に叩き込んだ。
「PMCね……」
「そう。それでこのPMCなんだけど……車両護衛が専門のPMCなんだって」
「車両護衛?」
ユズの補足説明を聞き、ミドリは腕を組んで考え込む姿勢をとった。
「うん。ブラックマーケット、そしてその周辺の自治区に物資や商品を運ぶ車両を護衛するのが主な仕事なんだって。だから、装輪型・装軌型の装甲車両とかをたくさん持っているみたい。結構な規模の会社だよ」
「装甲車……」
ミドリは呻いた。各自治区の組織や企業が装甲車両を保持しているのが珍しくもないキヴォトスでは、公道を装甲車両が走っていたところで大して注目されることもない。それはD.U.も同様だ。D.U.の治安維持機関と言えばヴァルキューレだが、ヴァルキューレ以外にも企業が保有する装甲車両が多く走行している。さらに武装を外した中古の装甲車両が一般市民向けに販売されることもある。
「……もしかして、その会社が今回の件に関わっている?」
「アウターくらいなら社員じゃなくても用意できるだろうから、売人がゼルコヴァPMCのアウターを着ているからって理由で疑うのも安直な気もするけど……でも、可能性は低くはないと思う。
ブラックマーケットの企業って結構堂々としているから、普通に企業のロゴとか隠さずに密輸や密売やっていることも多いってユウカ先輩から聞いたこともあるし……」
ユズの返事を聞いて、ミドリはそういえば前に自分もユウカから聞いたことがあるな、と思った。人差し指で眉間をつつき、記憶を引っ張り出す。
「あぁ、そう言えば私もそんなことをユウカから聞いたことがあるよ。ブラックマーケットの流儀では、こういうのは堂々としていた方が良いって話」
ポン、と小さく両手を叩いたミドリは顔を上げ、ユズに向かって微笑みかけた。
多くの組織が様々な取引を行うブラックマーケットでは、下手に素性や組織を隠したり偽装したりする方が、相手の不評を買う場合が多い。商売や契約において信用が大事なのは、裏世界も同じなのだ。堂々とすることは名を売るという意味でも大事だし、本当の姿を曝すことは相手を(ポーズの上では)騙そうとしていないということと、こちらも
ミドリたちにはわからない感覚であるが、闇の世界では「相手と取引をするために、こちらも相応に危ない橋を渡っている」と言外に伝えることを指して「誠意ある姿」と解釈される場合があるらしい。後ろ暗いことなどしたことがない(自己分析)引き篭もり気質のミドリたちには、理解し難い流儀である。
ミドリもユズもシャーレによるブラックマーケットへの
「そうだよね。それで、もしPMCが売人たちと協力関係にあったり……或いは、PMCがスクーナーを販売している組織に雇われていたりとかしていたら、ちょっと1人じゃ対応できないかなって思って……。ユウカ先輩に相談したら、ミドリと合流してって言われたの」
「あぁー、そういうことね」
漸く得心が言ったミドリは首肯すると、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、ハルカちゃんも呼んで3人一緒に最後の売人の所に行く? それとも、さらに増員を待った方が良いかな?」
「うーん……こういう時に増員呼ぶのはユウカ先輩の役目だよね。ユウカ先輩が手配して増員を呼ぶとしたら、先生に連絡して当番の生徒とかバイトの子たちに来てもらうか、今D.U.にいるシャーレ部員をかき集めるかのどっちかになるよね……。どちらにしても、時間がかかると思うよ。
ユウカ先輩がどう判断を下すかもわからないし、必ずPMCと遭遇したり、ましてや戦闘になるわけじゃないと思うし。取り敢えず、先にハルカちゃんと合流すべきだと思う」
少し唸ったユズがそう返事をすると、ミドリは再び首肯した。
「じゃあ、私からハルカちゃんに連絡を――」
そこまで言って、ミドリは口を閉じた。後ろから車の走行音、それもかなり独特の走行音が聞こえてきたからだった。それは、カタピラを装備した車両の走行音だった。2人は同時に目を見開き互いの表情を確認した後、これまた同時に音が聞こえてきた方向へ顔を向けた。
力強いディーゼルエンジンの音と共に、ゆっくりと近付いてきた車両を視認し、ユズとミドリは2人揃って口をぱかりと開けた。
それは2台の車両だった。まず前方を進んでいるのは、
「APC(装甲兵員輸送車)だ……」
ユズが小声で呟いた。
それはキヴォトスでは大量製造されている一般的なAPCだった。製造開始はかなり昔であるために装甲性能に若干の不満があるものの、安価で故障が少なく、改良がしやすい設計になっていたこともあって改良に改良が重ねられつつ現在でも販売が続いている代物だ。所謂「よく見るAPC」である。
このタイプのAPCは乗員2名に加え、後部兵員室に最大11名の搭乗が可能となっている。そして車体上部のキューポラ(車内から外が覗けるように少し盛り上がっているハッチのこと)部分には、12.7ミリ重機関銃が装備されている。
APCは歩道で立っているミドリとユズを気にする素振りも見せず、エンジン音を高らかに道路をゆっくりと進んでいく。黒や白、灰色を混ぜた独特な都市迷彩で塗装された車両を間近で見つめ、ミドリとユズは同時に声をあげた。APCの車体側部には、「ゼルコヴァPMC」のロゴマークがしっかりと描かれていた。
ユズとミドリは見つめ合い、同時に頷く。そして、並んでAPCが過ぎ去った方に向けて速足で歩き出した。ユズがスマホのカメラを起動し、APCを撮影する。
その後ろから、4WD(四輪駆動)の大型トラックがゆっくりと走ってきた。こちらも都市型迷彩で塗装され、APCと同じロゴマークが描かれている。但しこちらは
2台の車両が視界から消えていくのを確認すると、ミドリが即座にスマホで電話をかけた。
「もしもし、ユウカ。……ええとね、今、ゼルコヴァPMCのものらしき車両を2台見つけたんだけど。……うん、私とユズちゃんがいるところにドローンを寄こして。それと、今からハルカちゃんと合流しようと思うんだけど。……そうだね、見つけた車両のうち、1台はAPC。乗員と11人が乗れるタイプ、12.7ミリ重機(重機関銃のこと)を装備。もう1台は大型トラック、ソフトスキン、積載物は不明。あ、ユズちゃんから写真届いた?……うん、東部公園の方に向かって走っていった。……了解。どうするかは任せるけど……あ、そうだね……他には……あー、うん……了解」
ミドリは通話を終え、ふぅ、と息を吐いた。そして、憂鬱そうな表情を浮かべてユズへ視線を向けた。凡そ察したのか、ユズの表情が引き攣り、同時に顔色がみるみるうちに青くなっていく。気持ちはわかる。わかるが、仕方がないのだ。これも先生のためなのだから。
「……取り敢えずドローンを向かわせるって。あと、先生には連絡だけするけれど当番をこっちに
「み、聖園……ミカ、さん……」
ユズの顔は青を通り越して白くなっていた。唯でさえ慣れていない人とのコミュニケーションが苦手だというのに、相手がよりにもよって初対面の、しかもあの聖園ミカである。おまけに場合によっては合同で戦闘をすることになるかもしれない。
そんなユズには心底同情する。できれば、ユズにはさっさと済ませて先生の元へ遊びに行くという計画が
そう思い、ミドリは大きくため息をついた。
まだまだ、午後に差し掛かったばかりである。冬とはいえ、十分日は高かった。