「お疲れ様、ハルカ。そしてお休みのところごめんなさい、モモイ、アリスちゃん、ミカさん」
複数通話投影モードにしたハルカのスマホからは、ユウカの姿がホログラムで出力されていた。現在、ミカたち4人はハルカのスマホを中心に円陣を組むように向かい合っている。
スマホの複数通話投影モードにすると、通話相手の全身がホログラムで表示されると同時にスマホの近くにいる全員に通話が届くようになる。ユウカは現在、椅子に座っているようだった。あくまでユウカしか表示されないので、ホログラムのユウカはまるで何もない空中に腰かけているように見えるが、複数通話投影モードだと誰がやってもこんな具合になるため、全員気にしていない。
「ユウカちゃん、お久しぶりー☆。それで、事情はさっきからずっと流れてきている互助会の通知で把握しているけど……」
代表してミカが聞くと、ホログラムのユウカは顔を顰めて腕を組んだ。
「ええ。ゼルコヴァPMC……つい先ほどから該当する2台の車両を追尾しているわ。ミドリが倒した売人が移動していたルートを通って暫く停車。現在はゆっくり貴女たちがいる公園の方に向かっているわね。
つまりゼルコヴァPMCの車両2台は、今度はハルカが捕縛した売人の移動ルートに向かって進んでいるということね」
「真っ黒じゃん」
「真っ黒ね」
間髪入れずに発言したモモイに向けて、ユウカは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「グレーどころの話ではないわよ。到底、無関係とは思えないわね。ゼルコヴァPMCは、スクーナーを販売していると思われる組織……長いから、取り敢えずこの場では組織『X』と呼びましょうか。Xと協力関係にあるか、或いはゼルコヴァPMC自体がXか、そう考えるのが妥当でしょう。調べた限りゼルコヴァPMCはそこそこの規模だけど、スクーナーなんて製造、販売するための設備とかを独自で保有しているとも思えないから、おそらくゼルコヴァPMCはXと協力関係にある企業の一つと考える方が無難だと思う」
「ごめんね、本題からは外れちゃうけれど……スクーナーを製造・販売している組織は、目星がついているの?」
ミカの問いに、ユウカは考え込むかのように指先を顎に当て、数秒後に話し始めた。
「……幾つか候補は上がっている状態だけど、特定にまでは至っていないわ。ブラックマーケットの内部にはスクーナーなどの違法製品や酒、煙草を製造している企業が複数あるから、現在はそれらを
「では、それらを倒せば良いのですか?」
平坦な声で事も無げにそんなことを言うアリス。そんなアリスを見て、ユウカはふぅ、と息を吐いた。
「……それについて議論するのは、まだまだ先のことよ。それより、今は……」
「こっちに向かってきているゼルコヴァPMCの車両をどうするか、ですね」
何時もより鋭い声で言ったハルカに、ユウカは首肯した。
「そうね。十中八九ゼルコヴァPMCは黒だろうけど、明確な証拠はないのよね……」
「ユウカちゃん、もう一つ聞いても良い?」
ミカが言うと、ユウカは頷いて視線をミカへと移した。
「前に駅ビルのマニオライに現れたPMCっぽいロボットたちは、ゼルコヴァPMCじゃないんだよね?」
「ええ、違うわ。あの時に捕縛した兵士風のロボットたちが前に所属していたPMCはすでに倒産していて、今は少人数で傭兵グループを形成していたから、ゼルコヴァPMCには所属していないわ。実態は傭兵というより何でも屋に近いし、尋問の結果、依頼主のことはほぼ何も知らなかったようね」
「今回、Xはその何でも屋のような人たちには頼んでいないってこと?」
ミカに続いてモモイが尋ねると、ユウカは再び考え込むかのようなポーズをとった。
「どうかしらね。前回の失敗から反省をしてやり方を変えてきたのか、或いはゼルコヴァPMC以外にもXが雇っている連中や、Xの組織の者がまだD.U.の何処かにいて、私たちが発見できていないだけか。可能性は十分あると思う」
「……先生から、何か指示は来ていますか?」
今度はハルカが低い声で尋ねた。怒涛の連続質問だが、ユウカは慌てる素振りも気を悪くする様子も見せず、答えていく。
「現在、先生はオフィスで当番たちとバイトの指揮をとられている最中よ。私たちの状況はすでに先生に伝えたわ。先生からはゼルコヴァPMCが黒と確定してはいない以上、あまりこちらから戦いを挑むべきじゃないと思うと言われたけれど、戦闘の許可自体はいただいているわ。つまり向こうが撃ってきたら戦闘して良いということね。追加で確信が持てれば先制攻撃をしてもOKとの許可もいただいているわ。
ハルカには作戦前に説明したけれど、今回の任務は先生の許可を得て私が指揮をしている売人捕縛の任務よ。ブラックマーケットを出入りしている人たちの中からD.U.に向かい、スクーナーらしきものを持ち歩いている人たちをピックアップし追跡、取引などを確認して証拠を得たら攻撃、そして捕縛。
一方で先生はそれとは別件の仕事をされていて……タイミングが悪いことに、今日の当番6人のうち3人が、D.U.北端エリアで依頼をこなしている真っ最中。内容の説明は省くけど、数回は戦闘をするであろう任務で、彼女たちはそこから動けないわ。
残りの3人はオフィスにいて、2人は事務仕事、もう1人はバイトの正義実現委員4人の監督をしている最中よ。この3人はいざとなればこちらにヘルプに来れると先生から言われているけれど……」
「今、ここにいるのが4人。ミドリとユズが合流して6人。そこに3人加わったとして9人……そのくらいの数だったら、PMCの団体にも余裕をもって対抗できそうだよね。PMCは11人乗りのAPCと大型トラックって言ってたよね?
APCにロボットや
モモイが唸る様に言うと、アリスがシュバッと片手を挙げた。
「つまりアリスたちのパーティが1人につき1体と半分を倒せば勝ちですね! これは勝ち確です!」
「……自衛戦闘ならOKなんだってば。あと、そう単純な話でもないのよ……。最低でも相手は12.7ミリ重機を所持しているわ。トラックの積み荷も不明。Xの動きからして、D.U.で然程
アリスの戦う気満々な、しかもひどく楽観的な言葉を聞き、ユウカは思わず頭を抱えながら腹の底から絞り出すような声で言った。指摘を受けてしょんぼりと肩を落とすアリス。そんなアリスを慰めるように、モモイがアリスの肩をポンポンと叩いている。
なお、「1体と半分」という謎発言には誰もツッコミを入れていない。モモイは華麗にスルーを決め込んでいるし、ミカは分かりやすいと逆に感心していたし、ハルカはアリスの言葉に背中を押されたかのように、卑屈に笑いつつも闘争心で瞳をぎらつかせている。
それに便乗してミカもアリスの頭を撫でる。自然に撫でられているアリスは花が咲く様な笑顔を浮かべながら、ヒップホルスターから拳銃を取り出しローディングをした。ユウカの言葉を受けても、戦闘の準備はしっかりするつもりらしい。戦闘が発生する可能性が皆無ではない以上、行為としては決して間違っていないはずなのだが、首から上とその下の所作のギャップの酷さに、ユウカは倒れそうになった。しかし気力で耐え、ミカに意見を求めるように視線を向ける。
それを受け、ミカは小首を傾げて発言した。
「こんな状況じゃあ、頭数だけ揃えたところで仕方がないと思うなー。戦闘になるかすらわからないんだし。新手の敵が現れるかもしれないから、オフィスにいる当番3人はこのままオフィスに待機で良いんじゃないかな。……そう言えば、今日は当番以外にオフィスに来ている生徒はいないの?」
「流石の意見ね。そうね……」
想像よりも遥かにまともな意見に、ユウカは安堵のため息をつきながらミカからの問いに答えた。なお、ミカが当番3人の増援が要らないと断言した本当の理由は、相手が15体だろうが150体だろうが自分1人で倒しきれるとごく自然に考えているからだということを、ユウカは知らない。知ったら完全に突っ伏していたかもしれない。
ハルカのように表情や態度に露骨に出さないだけで、ミカは割と戦闘狂の部類である。しかも戦いを好み進んで喧嘩を売りまくるというタイプではなく、自分がキヴォトスでも最強格だと自覚しているので積極的に戦いを避けようとしないし、売られた喧嘩は普通に買うという一番厄介なタイプの戦闘狂である。それに見合う実力を持っている上に、条件反射的に相手に殴りかかるわけではないためにかえって性質が悪いタイプであった。哀しいことに、そんなミカの気質はユウカたちにはまだ知られていない。
現在はナギサから頼まれて、シャーレの任務以外では極力戦闘を避けているから、というのもミカのバーサーカーっぷりがバレていない理由の一つである。
「数人カフェに来ているけれど、もしもの時に備えてオフィスから動かないように私からお願いするつもりよ。当番3人が貴女たちの増援としてオフィスから離れるのならば、尚更カフェに来ている部員たちは動かせないわ」
「だよねぇ……。まぁ、取り敢えず……」
考え込むように虚空を一度見つめたミカは、次いで3人とホログラムのユウカに順々に視線を向けて両手を軽く叩いた。
「百聞は一見に如かずって言うしさ、合流予定の子たちと一緒にゼルコヴァPMCの様子を見てみない? 戦闘を仕掛けるかどうかは、その後で決めることにしようよ」
◆
結局ミカの提案にハルカ、モモイ、アリス、そしてユウカが賛成したため、通話を終えて4人はゼルコヴァPMCを待ち構えることにした。車両を追跡しているドローンからの情報を受け取りつつ、ミカたちは公園中央の池の水上
「あーあ……お昼ご飯は暫くお預けだねー」
ベンチに腰掛け、モモイが不満げに呟いた。口調からは全くやる気が感じられないが、手はよどみない動きで愛銃のチェックをしている。小声でぶつぶつ呟きながら、モモイは背負っていたリュックからドット・サイトを取り出して愛銃に取り付けた。
「す、すみません。私は早めにいただいてしまいました……」
「あ、ごめんごめん! そんなつもりはなかったんだけど……」
申し訳なさそうに軽く頭を下げるハルカを見て、モモイは慌てて首を横に振った。そんなモモイを見て、アリスは声をかけた。
「あ、モモイ! 新しいアイテムですね!」
「え、あー、このドット・サイトのこと? へへん、この前ゲーム開発部の動画配信で再生ランキング上位になった記念に、ユウカに貰ったんだ! 低倍率スコープ機能もある最新の
「へぇ、それ知っているよ。確かミレニアムの生徒が立ち上げた
興味を持ったミカが口を挟むと、モモイが胸を張りながらミカに視線を移した。
「そうそう、ミレニアムには珍しく、最新の製品じゃなくてそこそこの性能のものを頑丈に作って安価で売るっているコンセプトの企業。安価と言っても最新で高性能の機器に比べての話だから、そこそこ値が張るんだけど、プレゼントなら関係ないよね! 折角貰ったから、今日使ってみようかなって。よいしょ……ちょっと試射してくる」
モモイはそう言うと立ち上がり、愛銃を担いでスタスタと歩いていった。ドット・サイトはレンズの表面に浮かんだ光点を標的に合わせることで狙いを定める。当然、着弾点と光点が重ならなければ役に立たないため、前もって細かな調整と試射が欠かせない。
「確かに……あれば装備しておいた方が良いでしょうね。ここは閉鎖されているわけでもない普通の公園ですし、敵の背格好も不明ですし……」
「あぁ、ターゲットIDには便利だよね。
ハルカがボソリと言うと、ミカは苦笑しながら答えた。それに反応し、ハルカも同じように苦笑した。「ターゲットID」とは目標を識別する行為のことを指す。群衆に紛れている敵や、無関係な市民が逃げ惑う中標的を正確に射抜くための行為であるが、キヴォトスでは一般通過市民や生徒を巻き込んで大規模銃撃戦が発生することが少なくないので、あまり重視されていない。しかしシャーレは一応は連邦生徒会直属の組織なので、堂々と民間人の巻き込み上等というスタイルで行動するわけにもいかないのだ。
とはいえ、一般市民でも銃弾を浴びて気絶程度で済むキヴォトスにおいて、ターゲットIDは結局のところ、市民の犠牲を防ぐ行為ではなく弾薬の無駄な消費を避けるための行為というのが一般認識である。故に、「狙撃」が可能なアサルトライフルやスナイパーライフル、ハンドガンの射手しか重視しないのが実情だ。弾丸をバラ撒くサブマシンガンと粒をまき散らすショットガンの射手は心がける程度のことしかできず、結果としてヴァルキューレのような治安維持組織の者もガン無視することが多い。このためキヴォトスの一般市民では、サブマシンガンやショットガンの射手は民間人を平気で巻き込む輩だとイメージすることが結構ある。事実なので何も言えないやつである。サブマシンガンは兎も角ショットガンは余程銃口に近い位置にいないと巻き込まれないし、
ちなみに本来、キヴォトスの法律ではPMC社員は社名やロゴが刺繍された共通の制服や、
しかし、ブラックマーケットで主に活動しているゼルコヴァPMCのロボットがどういう服装で任務を行っているかは不明だ。会社名が描かれたAPCとトラックで移動している以上、少なくとも表面上はこそこそ隠れずに法を守る気はあるようだが、先生の敵の良心に期待するほど、シャーレ部員は馬鹿ではないのだ。
ハルカとミカが乾いた笑い声をあげていると、四阿に向かって足音が近付いてきた。素早くハルカがその方向に銃口を向けるも、すぐに下ろした。
「ハルカちゃん、私だよ!」
「はぁ、はぁ……」
「ミドリさん、ユズさん」
「あ! パンパカパーン! ミドリとユズがパーティに合流しました!」
走ってきたのは才羽ミドリと花岡ユズだった。
「はぁ、はぁ……ゆ、ユウカ先輩から……き、はぁ、ききぃ、はぁー、聞きました……」
「ユズちゃん、一旦落ち着いて……。ゼルコヴァPMCの車両は……まだ来ていないね。公園の近くで停車してる……」
「はぁー、はぁー、ひ、久しぶりにぜん、全力疾走……した……。エリドゥの時よりも、は、はし……ひゅごふぅ!」
「ユズちゃん、黙って深呼吸!」
汗を流して大きく息を吐くユズの背中を、ミドリがゆっくりとさする。暫くこの場にいる3人が無言で見守っていると、ミドリとユズは四阿の中に入ってきた。そしてゆっくりとベンチに腰かけているミカの前まで歩いてきた。まずはミドリがぺこりとお辞儀し、緊張したような表情でミカを見た。無情にもユズの服の袖をしっかりと掴み、強い力で引っ張っている。横に立っている、というよりは立たされているユズは、まるで断頭台の前に立った死刑囚のように震えている。
こんな態度をとられては幾らなんでも腹に据えかねそうなものだが、あまりにも酷すぎる態度なので、ミカの頭の中では怒りよりもユズへの心配の方に軍配が上がった。故に、ミカは無言で不憫なものを見つめるような瞳でユズを見つめるのみだった。
「……初めまして、聖園ミカさん。ミレニアムのゲーム開発部、才羽ミドリです。モモイは私の姉です。そして、こちらがゲーム開発部部長の花岡ユズです」
「かひゅっ……は、はなおか……花岡、ユズです。よろしく……ひ、ふひゅぅ、お願い申し……上げます。……こひゅ」
汗を流しながら深呼吸を繰り返していたユズは、傍から見ると病気にしか見えないほどに変な呼吸を繰り返しながら、小刻みに震えながら頭を下げた。
「あ、うん。初めまして、聖園ミカです」
おふざけゼロで普通に挨拶を返し、ミカはユズをまじまじと見つめた。蛇に睨まれた蛙というより、蛇に丸飲みされて死へ向かっていく蛙のような表情でガタガタ震えているユズを見て、その横で平然と頭を下げているミドリへ視線を移す。
ミカの視線を受けて彼女の言いたいことを理解したのか、ミドリは感情が籠っていない表情で淡々と答えた。
「初対面の相手には、大体こんな感じの人なので……大丈夫……じゃないですけど、お気になさらず」
「いや、無理しなくても良いんじゃないかな……?」
ミカがユズを見つめながら小声で言うと、ミドリは困ったような表情を浮かべて首を傾げた。しかし、ユズの袖を掴んだ手は一向に離れない。
「可哀そうですけど、同じシャーレ部員への挨拶は、大事ですから……ちゃんとやらないと」
このメンバーで大丈夫なのだろうか。
勝利に絶対の自信を持っていたミカはふとそんなことを思うも、口に出すことなく曖昧な笑みを浮かべながら頷いた。