駆け出し、猛スピードで階段を下りるミカを見つけたゼルコヴァPMCの兵士たちは、動揺したように一瞬身体の動きを止めた。彼らは階段からシャーレが攻撃してくる可能性を当然のように考慮していたようで、APCとトラックを遮蔽物にするかのように配置し、その周囲に11体のロボットが展開していた。車両を運転していた兵士が合流したようで、APCの重機に取り付いている射手を合わせれば、ミカが視認できているだけで12体の兵士がいる。
彼らの思考と行動がフリーズしたのは、ミカの突撃と同時にユズのグレネードランチャーからグレネード弾が射出され、どちらを先に対処すべきか逡巡したからか、或いはミカの単騎突撃が意外過ぎたからか。どちらにせよ、みるみる近付いてくるミカを目の前にして1テンポのロスは、あまりにも致命的であった。
「え――」
「や、こんにちは☆」
取り敢えず、目についたから。そんな雑な理由で第一の犠牲者となったロボット兵士は迎撃はおろか、恐怖を感じることも出来ず、獰猛な狼に食い殺されるように、至近距離から顔面にサブマシンガンの掃射を浴びた。たちまち吹き飛び、同時にグレネード弾が兵士たちの群れの真ん中に命中する。
「は、始めやがった!」
「――奴らだ、シャーレだ、シャーレが……」
「撃て、撃てぇ!」
APCのキューポラの部分に装備されていた12.7ミリ重機関銃に取りついていた射手が叫ぶと同時に、重機から轟音とともに大口径の弾丸が連射された。12.7ミリ、すなわち50口径(直径0.50インチ)の猛撃が、ミカを狙う。このタイプの重機には引き金がない。代わりに「押し金」とでもいうべきパーツが2つの木製グリップの間にあり、グリップを握り「ハ」の字型の押し金に親指を押し当てると銃弾が発射される。全長1.5メートル以上ある巨大な銃だが、グリップを両手で握って動かすので、取り回しにそれほど難があるわけではない。そして数珠繋ぎにされた銃弾のベルトが装備されており、毎分500発の発射速度を誇る。
大口径の12.7ミリ弾を全身に多数撃ち込まれれば、キヴォトスの生徒とてあっさりと気絶する。きわめて脅威度の高い相手だ。ミカも身体が頑丈なだけで痛覚がないわけではないので、あまり重機の弾丸を浴びたくはない。なのでミカは即座にバク転し、重機の射撃から逃れた。
「や、始めたのはそっちでしょ?……っとと……」
目の前を曳光弾が飛び去って行くのが見えた。独特の風切り音が耳を叩く。当たったら痛そうだなぁ、とそんなどうでもよいことが頭に浮かぶ。
後ろから銃撃音、グレネード弾の発射音。
「ミカ、今、助けます!」
「えっ」
アリスの声。思わず振り返ったミカは口を開けた。
アリスがジャンプしている。思いっきり敵にその身を晒していた。そして空中で体を捻らせると同時に、力強く手榴弾の安全ピンを抜いた。
基本重量140キロ以上のレールガンを背負い、ホルスターに自動拳銃も装備し、ポケットに幾つかの手榴弾を突っ込んでいる状態でこのジャンプ力である。
本当にこの子パワーがあるなぁ、とミカは感心した。感心するだけである。決して褒められるような行動ではない。隣でライフルを撃つモモイが、この世の終わりのような表情で空中でキリリと勇ましい表情を浮かべている仲間を見上げていた。そんな状況でよそ見しつつも、しっかり射撃は続けているあたり、モモイも立派なシャーレ部員である。
「光よ!!」
「光関係ないよね!?」
条件反射のようにツッコミを入れたミカなど気にせず、敵味方全員に聞こえるような大声で叫んだアリスは、手榴弾を勢い良く投擲した。通常、手榴弾はオーバースローで投げるのが基本であるが、アリスが力任せにぶん投げた手榴弾は、まるで野球のシンカーのように独特な軌道で、しかも高速で敵陣に突っ込んでいった。
普通にグレネードランチャーで投射するよりも飛距離が長い。ミカは心底、ユズに同情した。確認していないが、きっとモモイとは別の意味で世界の終わりみたいな表情を浮かべているに違いない。
ミカは心の中だけでユズに合掌する程度で済んだが、敵にとっては到底その程度では済まない。何せ相手のうちの1人が自ら全身を晒すようにジャンプしたと思ったら、手榴弾をロケット弾のような速度でぶん投げてきたのだから。
敵陣のど真ん中で起爆した手榴弾に、何人かの悲鳴が響いた。
まぁ、援護としては悪くないよね。
アリスに説教をするのは後にして、ここはアリスが作った隙を有効活用させてもらうべきだ。ミカはそのまま敵陣へさらに突っ込んでいき、APCの車体上部に飛び乗った。
手榴弾が対戦車擲弾のような速度で突っ込んで来た光景の脳内処理が未だに追いついていないのか、重機のグリップを握ったまま静止していた重機の射手は、目の前まで接近していたミカに向かって、のろのろと顔を上げた。
可哀そうな標的に、ミカは慈愛の女神のような美しい微笑みを見せた。
「……え?」
「やっほ☆、どうしたの? 可愛いミレニアム生徒にでも見惚れちゃったかな?」
その言葉とともに、ミカの振り上げられた足が重機に落ちた。派手な音を立て、重機の銃身が折れた。
「……あ、あ――」
「あ」
絶叫しようとした射手だったが、重機を踏み潰した後、間髪入れずに薙ぎ払われたミカの足が、射手の側頭部に突き刺さった。射手の下半身はAPCの車体から飛び出し、公園の森の中へ高速で突っ込んでいった。先程のアリスが投げた手榴弾よりも遥かに高速だった。
「あー、ごめんね、蹴りやすそうなところに頭があったから……。ううん、貧乏性がまだ抜けてないなぁ……」
もはや姿も見えなくなった重機の射手に向かって小さく会釈し、ミカは愛銃をくるくる回しながら、もう片方の手で気まずそうに頬を掻いた。
エデン条約の事件の際に、ミカはアリウスのバシリカで聖女バルバラと聖徒会の軍勢相手に、休息も補給も無しに何時間も戦い続けていた。あの時は只管に弾薬を節約する戦闘方法に徹していた。つまり可能な限り愛銃は使わず、
お陰で拳や蹴りで倒せる場合は、無意識にそちらで倒してしまう悪い癖がついてしまった。あの事件以降、シャーレ以外では戦闘を自重しているのもあって、すっかり癖が抜けなくなっている。
現状、弾薬はたっぷり持ち歩いているし、そこまで必死に格闘術に拘る意味もないのだ。昔ほど贅沢にお金を使えなくなったミカであるが、シャーレでの活動は基本的に先生から弾薬が支給されるし、サブマシンガンの銃弾を多少ケチったところで然程節約にはならない。
乙女としては、無意識なのに格闘術を使ってしまうこと自体が問題だ。ロールケーキ生活のせいで体が鈍っていたら、別の悩みが生えてきた。人生とは悩みごとの連続である。
「まいったなぁ、先生に野蛮な子だと思われたくないんだけど……」
思わず腕を組んでため息をついてしまう。戦闘中に考えることではないことは分かっているが、これは喫緊の悩みである。自分に向かって撃ち込まれたライフル弾を背を逸らして躱しつつ、ミカは低く唸った。
手遅れかもしれない可能性が微粒子レベルで存在している気がしないわけでもないが、開き直って先生の前で素手で戦車の主砲を引きちぎったりするにはまだ早い、気がする。こういうのは、自制の気持ちこそが大事である。多分。
一先ず気持ちを切り替えて、ミカはAPCの中に飛び込んだ。
「……な、なんだ――」
中にいた兵士と目が合うが、即座に振り抜かれたミカの拳の餌食となった。金属が
「ん~これは……車内で撃つと跳弾が怖いから、仕方ないよね☆」
跳弾なんて数発当たったところで少し痛い程度なのだが、そんなことには目を瞑り、ミカは車内をぐるりと見渡した。他に敵はいない。先程倒した車内に残っていた敵は、重機の弾薬補給と戦況の報告役を兼ねていたらしい。彼が立っていた場所の近くには、大型のタブレットが転がっていた。そのほか、車内には弾薬を除けば何もなかった。
この様子では、敵側はスウォームドローン以外には隠し玉がないようだ。他にも軍用トラックがあるが、積載スペースを考えるとスウォームドローンの射出装置と管制装置以外に大した武器を載せられるとも思えなかった。携行式の小型対戦車ミサイルや対戦車擲弾、携行無反動砲でも持っていれば少々厄介だったが、見る限りはそれもないようである。
杞憂だったようで、何よりだった。
さて、それが分かれば長居は無用。APCも不要である。ミカはAPCの中から飛び出し、APCの前で着地した。
「……まぁ、八つ当たりってことで☆」
そう自分に言い訳しつつ、ミカはAPCの車体に向け、拳を振りぬいた。その場にいた全員が身を震わせるほどの轟音とともに、APCが浮いた。車体がへこみ、数秒浮いたAPCは、10メートル以上後ろの地面に無様に落下した。
何気なく横を見ると、呆然としたように静止しているPMC兵士と目が合った。
「あ、ごめん」
ミカが呟いたと同時に、ミカのハイキックが兵士の顎に突き刺さった。
同時に、軍用トラックが爆発して横転した。ユズの発射したグレネード弾が直撃したらしい。
直後、階段の上から叫び声が響いた。
「と、突撃ー!」
それはミドリの声だった。ミカが視線を向けると、ハルカ、アリス、モモイ、ミドリが階段を駆け下りてくるのが見えた。
どうやらあまりに順調に敵戦力を減らし続けていること、そして敵にスウォームドローン以外に切り札がないであろうことから、威力偵察ではなく殲滅へ切り替えたらしい。
愛銃のレールガンを背負ったままのアリスは、ミカが敵陣の中にいることを考えているらしく拳銃を構えていた。
真っ先に突っ込んで来たのはハルカだった。何の迷いもなく敵に真正面から突撃すると、怯んだ相手に至近距離からショットガンを連射した。それを見た敵がハルカに向かいカービン銃を連射するが、ハルカは被弾を物ともせずに倒れた相手に再度連射。
そして恐ろしい形相を浮かべ、次の獲物へ飛び掛かった。
「し、死んでください死んでください、どうか、金属片一つ残さず先生の前から消えてください!」
喉から血が噴き出ているのではないかと疑いたくなるほどの、鬼気迫る絶叫だった。哀れにもハルカの標的となった敵兵は絶叫し、倒された。明らかに敵は被弾する前から悲鳴をあげていた。身体よりも先に精神が戦闘不能になったらしい。
「……け、けほっ……。さぁ、まだ生きている方は何処ですか……?」
「ドローンのお返しだよ、それそれー!」
「お姉ちゃん、そこの1体を! 私はこっちを仕留めるから!」
瞬く間に2体を仕留めたハルカは被弾した腹部をさすり、猛禽類のように鋭い瞳を周囲に向けた。それを見てほかの兵士はたじろごうとしたが、それすらできずに次々と被弾した。
モモイとミドリのライフル弾を浴びて倒れる者、アリスの拳銃弾を浴びてよろめいた後、ユズのグレネード弾で吹き飛ぶ者。瞬く間に立っている敵の数は減っていく。
ミカがハルカたちの援護をしようと動き出すまでに、殆どの敵は無力化されていた。
それを確認し、ミカは安堵の息を吐いた。
なかなか良い調子だ。他の部員たちの動きも、十分満足できるものだった。自ら戦闘は得意ではないと称していたゲーム開発部の面々も、蓋を開けてみれば決して足を引っ張っているわけではない。正義実現委員会の精鋭部隊よりも強いのではないか。
彼女たちはミカの足を引っ張るどころか、的確に援護していた。だからこそミカは単騎で敵陣に突っ込んだにもかかわらず、ほぼ被弾していない。全力で自分の存在をアピールして手榴弾をぶん投げたアリスはどうかと思うが、あれはアリスが破天荒の道を行くというタイプだったのではなく、単純にセオリーというものを知らない無知さに原因があるというのは明らかだった。そんなものはこの先、いくらでも是正していくことが出来る。
ハルカも想像以上に仕事ができるタイプだった。ゲヘナ生徒であればトリニティ生徒に思うところがあってもおかしくないだろうし、自分は先生に迷惑をかけたというのに、ハルカは作戦の際は普通にミカと会話していたし、ミカの考えに合わせてくれていた。
先生の大切な生徒が傷付くのを座視するわけにはいかないと気を揉んでいたが、本当に杞憂だったようである。
「……ん?」
そういえば、なんか普通に自分がリーダーシップをとっていた気がするけど。あれ、良かったのだろうか。文句なしで自分が一番新入りだというのに。
音頭を取った挙句に、自然にハルカとゲーム開発部の子たちの戦力を評価しているし。嚙みついてくるタイプの子がいないとはいえ、これは良くないかもしれない。
思わずタラリと汗が流れると同時に、最後の敵が倒れた。
相手を仕留めたハルカが顔を上げ、ミカと視線を交わした。殺意にぎらついていた目を細め、ハルカは卑屈そうに笑った。
「……終わりましたね、聖園ミカさん」
そんなハルカに笑顔を返そうとしたミカの表情が、すぐに引き締まった。ミカの視界の隅に公園の地図が表示され、携帯マガジン数や愛銃の残弾数も映し出された。先生の持つ指揮管制用ドローンが到着したのだ。
ギリギリ先生のドローン到着が間に合わなかった……そう考えられないのは、何故だろう。嫌な予感が頭の中に芽生えるのを感じ、ミカは素早く愛銃のマガジンを交換した。
「あ、先生だ! えへん、先生ー! 来てくれたけどさ、もう全部おわ――」
モモイが太陽のような笑みを浮かべ、そして直ぐに真顔になった。同時に、全員が緊張した表情を浮かべた。
彼女たちの視界に、字幕が表示される。
「……スクーナー使用者の暴走を警戒……?」
ミドリが字幕を読み上げた瞬間、少し離れた場所で、何かが爆発したような音が響いた。同時に、ミカは小さく舌打ちをした。
どうやら、敵には隠し玉が尽きていても、使える駒は残っていたようだった。
「……そういえば、売人ってまだ1人捕縛できていなかったよね……」
独り言を呟き、ミカは爆発音が聞こえてきた方向を睨みつけた。