シャーレ部員になるために①
ユウカはまず、ソファに座るようミカに促した。おとなしく座ったミカの前にコーヒーを用意すると、本棚から何冊かのファイルを取り出し、ファイルとコーヒーを持って反対側のソファに座った。
目の前に座ったユウカからはすでに笑顔は消えており、真剣な表情でミカを見つめている。あからさまな敵意を感じるわけではないが、どうプラスに考えても友好的な雰囲気ではない気がしたミカは、一先ず黙ってユウカが口を開くのを待った。ここは言葉を発するよりも、セミナーの早瀬ユウカという人物の詳細を思い出すほうに専念した方が賢明なように感じられた。ミカは他人の顔や名前を覚えるのが苦手だが、それでもティーパーティーとして他の学園の重要人物、それもミレニアムサイエンススクールのセミナーのメンバー程ならば記憶している。
黙りこくったミカを再び顔から足元まで見つめたユウカは、軽く息を吐いた後に話し始めた。
「まず、ここに呼んだ理由だけど。シャーレの部員は先生を手伝い、先生を護るのが主な仕事となるの。
そこで、『シャーレ
「シャーレ……互助会?」
初めて聞く言葉だ。ミカは小首を傾げた。ミカは初めてシャーレの先生をトリニティに招待した時、つまりまだティーパーティーの正式な一員だった頃、ナギサと共にシャーレに関する報告書を受け取ったことがある。その中にはティーパーティーが調べた先生のパーソナルデータや、シャーレの組織構造について事細かに記載されていた。しかしその中に、「シャーレ互助会」なる存在は書かれていなかったはずだ。
「最初に言っておくわ。互助会の一員として他の者と協力していく意思がないのなら、先生が貴女の入部を認めた後でも、
ただ、貴女を信用するつもりも信頼するつもりもない」
ユウカはそう言うと、ゆっくりとコーヒーを啜った。その瞳はどこまでも冷たく、射抜くようにミカを見つめている。
その視線を受け、ミカは後ろを振り返り、自分が入ってきたドアを見つめた。その横には木製のガンラック(銃を掛けるための棚のこと)が置かれ、ミカの愛銃であるサブマシンガン「
目の前に座るユウカも銃器は持っていない。部屋を見渡すと、よく見ると事務机の後ろの壁に壁掛けタイプのガンラックが取り付けられており、そこにサブマシンガンが2丁飾られていた。これがユウカの武器らしい。
招かれた側が入室直後に銃を置くのがマナーであるのと同じように、招く側が予め銃を置いておくのもこれまた当然のマナーである。どうやら少なくとも、最低限のマナーは守って迎えているというポーズは見せるつもりらしい。それを指して歓迎と呼ぶとは、なかなか良い性格をしている。
「わぉ、穏やかじゃあないね。えーと、早瀬ユウカちゃんって言ったっけ?」
ミカはゆっくりと腰を曲げ、素知らぬようにコーヒーをちびちび飲んでいるユウカの顔を下から覗き込むように顔を前に出した。
セミナーとは、ミレニアムサイエンススクールの生徒会である。トリニティ総合学園にとってはゲヘナ学園ほどではないが、立派な警戒対象である。特にセミナーのトップである生徒会長の調月リオが表舞台での動きを殆ど見せていないため、トリニティを含む他校からはリオ以外のメンバーの動きが注目されていることが多い。
その中でも早瀬ユウカは、最近シャーレに関することでかなり動き回っているようだ、という報告書をミカは読んだことがあった。というのもユウカはシャーレの先生が赴任した直後に先生と出会っており、しかもシャーレが正式に発足した後即座にシャーレに入部した、シャーレ部員の中でも古参中の古参である。
シャーレが良くも悪くも発足時から学園問わず多くの生徒の注目を集めたのは連邦生徒会が作り上げた超法規的機関ということもあるが、現役のセミナー所属生徒であるユウカが初期の部員にサラリと混じっていたという点も大きい。ちなみに「学校を代表する生徒やエリートの実力者じゃないとシャーレに応募してはいけない(または採用されない)」という根も葉もない噂がSNSで広まった原因は、大体ユウカが初期よりシャーレ部員として積極的に活動していたせいである(なお、2番目の原因は正義実現委員会副委員長のハスミがこれまたさりげなくシャーレの最古参メンバーに加わっていたことである)。
「一応知っているよ? セミナーの生徒会会長が半ば職務を放棄している今、実質的にセミナーを取りまとめているミレニアムを代表する生徒の一人。
先生とはシャーレ発足時からの付き合いで、かなりシャーレに入れ込んでるって話だよ?」
ミカの指摘を受けても、ユウカは何の反応も返さない。
ミカの指摘は事実だった。お陰で、一時期ミレニアムはシャーレを取り込もうとしているのではないかという噂も生まれ、ゲヘナとトリニティの上層部が無駄にピリついた。セミナーはかなり深くシャーレと協力体制を構築している。セミナーの生徒がバイトとして多数シャーレに通っているし、ユウカの他にもセミナーの書記である生塩ノアも頻繁にシャーレへ手伝いに行っている。
さらにシャーレのセキュリティ管理はミレニアムの非公認部活であるヴェリタスが担っており、端的に言ってシャーレはミレニアムに頼りきりの状況と言えた。にも拘らずミレニアムはそれを先生への各種支援と言ってはばからず、恩着せがましい真似は全くしていない。
実はシャーレには正式な部員の他に臨時のバイトとして多くの生徒が訪れる。その大半がシャーレ部員の部下(セミナーの生徒やゲヘナ風紀委員会、トリニティ正義実現委員会の委員など)であるが、中には諸事情で正式にシャーレの部員として登録できない者もいるという「噂」をミカは知っていた。
彼女たちはバイト代(という名目のお小遣い)を貰いながらシャーレの書類仕事の手伝いや、シャーレの仕事を支援するために各種サポートや情報収集などを行っている。ちなみに正式なシャーレ部員にも給与は発生しているが、部員の多くが正式な出勤日(つまり給与が発生する日)以外にも先生の手伝いに来たり、先生のもとへ遊びに来たりカフェ・シャーレに休憩に来たという建前で先生のメンタルケアだとか健康管理、さらにはシャーレの設備や施設のメンテナンスやセキュリティチェックなどもを行っていたりするので、ロハでシャーレに手伝いに行くことが殆ど当然となりつつある。
「入れ込んでいる……ときたか。それはトリニティも同じでしょう?
そんなことより、互助会のメンバーとしてシャーレで活動していくつもり、あるかしら?」
先ほどよりも数段平坦な声を出しながら、ユウカは僅かに口元を歪めた。
室内の空気が徐々に凍り付いていく。ユウカはまるで挑むかのようにミカを見つめていた。その目に得体の知れないバツの悪さを感じてしまい、ミカは誤魔化すようにテーブルに視線を下ろした。そして気付く。ユウカの目は事件の後に入った牢獄の鏡でよく見た目だ。自分の感情を思い切り発露したいのを抑え、胸の中に押し込んでいる時の目だった。
見慣れた目だからこそ、他人が同じような目をしていると心が軋む。ミカは静かに息を吐いた。
ユウカが本当に言いたいことは何となくわかった。でも、ユウカが聞きたいだろう言葉を言うつもりはない。ミカは笑顔を浮かべ、ユウカの瞳を見返した。
「あはっ☆。あるもなにも、先生を助けるためにシャーレへ入部を申請したからね。その互助会とか何とかに入ればより円滑に先生の負担を軽減できるってことだよね?
だとしたら勿論、協力するつもりだよ。ほら、郷に入っては郷に従え的な? 別にそんな好き勝手にやるつもりは、最初からないんだけどなぁ」
ひとしきりクスクスと笑った後、ミカはコーヒーを啜った。空気は冷えているがコーヒーは熱い。飲めないほど熱くないのがいやらしく感じるのは、自分を見つめる視線のせいだろうか。せめてチョコか何かが欲しいが、生憎テーブルの上には数冊のファイルとコーヒーカップとソーサーしか置かれていない。シュガーとミルクすらない。ユウカはブラック派のようだった。
ミカがコーヒーカップをソーサーの上に置くのと同時に、ユウカはふぅ、と息を吐いた。
「……それで、互助会って何?」
ミカの問いに小さく頷いたユウカは、ファイルの中から一番上に乗っていたファイルを取り出し、ミカに見せた。
「詳細はこれに書いてあるから、帰ったら全部読んでおいてね。一先ず簡単に説明するから」
「えっ、これ持ち帰れって話?」
思わずミカは目を見開いた。ミカからすればなんて事はない重量ではあるが、それでも短編小説くらいの厚さはあるファイルだ。そしてユウカの近くには、まだミカに渡されていないファイルが数冊ある。
足元に置いた、肩から下げてここまで持ってきた鞄をまじまじと見る。全部入り切るかどうか、今一つ判断がつかなかった。
「というか、電子データじゃないんだね?」
「ええ。貴女程の人なら知っているかもしれないけど、現在シャーレの電子データや各情報端末は、全てヴェリタスが管理しているの。中身を管理しているというわけじゃなくてセキュリティ管理やウィルスチェックをしているという意味だけど。
とはいえヴェリタス専用の管理や情報漏洩防止のためのプログラムとかアプリとかは入っているから、他校からの信頼度が低くてね……。何せ先生が電子データや電子的防御に関することは、ほぼほぼヴェリタスに丸投げしてしまっているから。
変に警戒されて折角用意した電子ファイル等の受け取りを拒否されるくらいなら、最初っからペーパーで渡しちゃいましょうってことになったの。ペーパーだと暗号化とかができないから第三者に見られるかもしれないという可能性は残るけど、新入部員へ渡す資料くらいなら漏洩しても何のダメージにもならないし、そもそも先生から公開を許可されているものよ。
一応言っておくけど、これを渡すのは別にミカさんだから、というわけではないわ。最近シャーレに入部してきた人たちには全員配っているし、この資料が作られる前にシャーレに入ってた人たちも所持してはいるわよ。勿論、救護騎士団のミネさんにも渡してあるわ」
そこまで言って、ユウカは何かに気付いたように口を閉じ、数秒後に再び話し出した。
「あ、言い忘れていたけれど……。さっきの確認も同じで、別に貴女が
「うん、おっけー」
成程、それで最初に送られてきた手紙や同封されてきた地図も紙媒体のものだったのか。
ミカは目の前に置かれたファイルを手に取った。ぺらぺらとめくってみるが、ところどころイラストや図も混じっている。思ったより読み切るのに時間はかからなそうだ。学校の成績が壊滅的に酷い者からミレニアムの全知まで、良くも悪くもバラエティに富んでいるシャーレの部員「全員」に配っているだけのことはある。
「シャーレ互助会というのは、簡単に言うとシャーレの部員が設立した非公式の相互連絡のためのグループ。学年も学校も武器も何もかもが違う、初対面やシャーレでしか顔を合わせない部員が一緒に仕事をすることも少なくない状況で、互いに交流していくことで、いざという時に戦闘での連携をよりやりやすくしたり、先生が不在の時に書類仕事をやりやすくしたりしましょう……という趣旨のグループよ。表向きは、先生にそう説明しているの」
「……『表向き』?」
早速不穏なワードが飛び出した。ミカはファイルをめくっていた手を止め、改めてユウカに視線を向ける。
「そう、表向きというよりは役割の一つと言った方が良いかしら? 実際は、先生の負担を減らすために先生には言うまでもない些末なことを、生徒たち同士で自主的に解決していくためのグループ、というのが大きいの。設立当初からの目的は寧ろそっちなのよ。
例えば新人部員への説明。一から全部一通り先生が教えていくのは大変でしょう? それだけで半日は潰れてしまう。新入部員が入ってくるたびに、先生が仕事を中断して生徒に仕事のやり方を教えていくのでは、ちょっと効率が悪いわ」
そう言うと、ユウカは再びコーヒーを啜った。
「あとは、新人部員の情報を各部員に伝達したり、急遽予定が入って出勤できなくなった際に代理の者を探したり、増員が欲しい時に即座に動ける部員を探したり、プライベートで……つまり正式な出勤日ではない日にシャーレに来ているのは誰なのかを把握したり、不足した、或いは必要な備品はないかを話し合ったり、シャーレ部員が動員した臨時バイトの情報を共有したり……。まぁ、つまり先生が決めるべきこと以外……先生の最終的な判断が必要なことの
『互助会』って名前自体も、生徒同士が互いに助け合うっていう感じにした方が、先生に変に気を遣わせることもないだろうから、それっぽい名前を付けただけで……。実際はシャーレの生徒が協力し合って先生の仕事を減らしましょうっていうのが目的なのよ。一応、この事は先生には内緒にしてる。
他の役目と言えば、そうね……。これはあんまり積極的に行っているというわけではないんだけど……」
ユウカはそこで言葉を切り、改めてミカを見つめた。
「……先生の敵になりそうな生徒の監視や、生徒同士のトラブルの防止も行っているの」
そう言ったユウカの顔は、ミカが初めて見る無表情だった。細められた瞳が、ミカの顔を捉えている。
「……あ~、うん、やっぱり……信用されていないって感じなのかなぁ?」
意識的に明るい声を上げ、ミカは両手を上げてソファの背もたれに背中を預けた。
この話が終わるまでに、コーヒーを何杯飲むことになるのやら。
そう思って、ミカは静かにため息をついた。