直後、ミカの視界に表示されている公園のマップが変化した。サイズがより大きくなり、1つの青い光点と5つの緑の光点の他に、3つの水色の光点が出現した。1つの青い交点がミカ自身、5つの緑の光点がシャーレ部員である。そして水色は民間人を表しているはずだった。
しかし、ミカは顔を顰め、視界に浮かぶ水色の光点を睨みつけた。その光点は公園の中から出ようともしておらず、殆ど動いていないように見えた。
「すでに避難警報も出ているのに……これって……」
モモイが独り言を言った直後、別の字幕が表示された。
「……この3人を警戒せよ……ね。今回、先生は字幕で指示をくれるみたいだね」
ミカが読み上げながら周囲に視線を向けると、ミドリがミカに向かって頷いた。
「そうみたいですね。確か先生は元々別方面で戦闘の指揮をしていたという話ですから、そのためだと思います。前もこういうことがあったんですが……一つのエリアで複数の部隊を指揮するのと違って、それぞれ別エリアで同時進行の作戦を指揮する場合は、言葉ではなく字幕表示で簡潔に指示をした方がやりやすい、と先生が話していたのを聞いたことがあります」
さもありなん、である。先生の持つオーパーツ「シッテムの箱」はキヴォトス一の性能を持つといっても過言ではないが、端末自体は一つなのだ。そして、それを使いこなせる先生の身体も一つだけである。
「成程ね。……じゃあ、この水色の光点がある場所に行ってみよっか☆」
「ちゅ、中央広場ですね」
ミドリに笑みを返したミカに、今度はユズが答えた。ユズの言う通り、水色の光点は全て現在地からゼルコヴァPMCの車両が通ってきた歩道を進んだ先にある中央広場に集まっていた。というより、先生が中央広場にいる避難する様子がない市民を怪しんでピックアップした、と言った方が正しいのだろう。
「パンパカパーン、アリスは新たなクエストを受注しました! これは連続討伐クエストですね!」
「と、討伐はちょっと言い方が……。ええと、待ち受けるんじゃなくてこっちからいくの?」
「お姉ちゃん、そうするほかないんだよ。……だよね、ハルカちゃん」
「ええ、これはゼルコヴァPMCが相手の時よりも厄介ですよ」
まだまだ気合十分といった具合にポーズをとるアリスを尻目に、不安げに眉を下げるモモイを慰めるようにミドリが言い、そしてミドリに話しかけられたハルカがため息をつきながら首肯した。
気怠そうに頬を掻き、ハルカはスタスタと早歩きで歩き始めた。態度に反し行動は迅速である。
「相手の目的が見えません。ゼルコヴァPMCは
さっさと片を付けないと、ヴァルキューレが合流してきたら面倒なことになります。いちいちヴァルキューレの人たちと連携をとるのは面倒ですし……」
ヴァルキューレを邪魔者のように扱うハルカだが、誰もそれに反論はしなかった。相手が大人数の軍勢でもなければ、ヴァルキューレが加勢にやってきて頭数が増えても、大してできることはない。市民たちの避難に尽力してもらう方が遥かにマシだ。
「……それもそうですね。先生、駆け付けてくるだろうヴァルキューレには、周囲の封鎖と市民の誘導に専念してもらえるよう、お願いできますか……?」
ユズがボソリというと、すぐに「字幕」で了承と表示された。
「そっか、先生からの指示が音声じゃなくて字幕で来ていても、レンズを装備していれば私たちの声は先生に聞こえるもんね」
「え、ええ。それに、字幕の方が良い場面もありますから」
「そうなの?」
ミカが感心したように微笑むと、その笑顔を見てユズが苦笑しながら答えた。まだ汗を流しながらであるが、それなりにミカとも普通に会話できているようになってきた気がする。土壇場で一緒に戦闘をした、というのが荒療治になっているのかもしれない。
「字幕の方が良いって?」
ミカが尋ねると、今度はミドリが答えた。
「あ、ミカさんってまだ経験したことがないのですね? レンズを通して聞こえてくる先生の声って、頭の中に響く感じだから騒音とかも気にならずにクリアに聞こえるんだけど……逆に言えば、他の声が聞き取りにくくなるんですよね。銃声とか大きな音は聞こえるんだけど、他の音や声が聞き取りにくくなるって結構不便なので。……先生の声は、すごく心地良いんだけど」
両手を頬に当てて頬をうっすらと赤くし、とろけたように目を細めるミドリ。それを見て、そう言えばシロコも癖になるとか言っていたな、とミカは思い出して気まずそうに目を逸らした。
完全にドラッグか何かをキメているようにしか見えない。見かけがシャーレ部員の中でも幼く見えるミドリがやることで、絵面の酷さが5割増しになっている。
そして、そんなミドリに誰もツッコミを入れていないのがさらに酷い。隣のモモイは何を思い出しているのか、ミドリよりもずっと頬を赤く染めて俯いているし、ユズは先程よりも激しく汗を流しながら何かをぶつぶつと呟いている。ずんずんと先頭を進むハルカも、頬を染めてもごもごと口を動かしていた。いつも通りニコニコと微笑んでいるだけのアリスと「わーお」と言いたげに目を丸くするミカだけが、逆に異質な様である。
「へぇ、そ、そうなんだね……。ええと……まぁ、取り敢えず、仕事を終えないとね☆」
今日は先生の声を聞けなくて残念だなぁ。そんな桃色の思考を追い出すように、ミカはいつもより高速で愛銃をくるくる回した。風切り音を出すサブマシンガン「Quis ut Deus」は、今日もミカに振り回されていた。
◆
雑念を忘れ去りたいようなペースの速足で中央広場にやってきたミカたちの視界に飛び込んできたのは、極めて異質な光景だった。既に一度見たミカだけが平然としていたが、他の5人は目を見張ったり息を飲んだりしている。
中央広場には3体のロボットが立っていた。中央広場の真ん中あたりを陣取るように立っており、互いにある程度の距離を保って立っている。
そう、
そしてロボットたちは3体とも、両手に武器を持っていた。何れも片手にリボルバー拳銃、もう片手に手榴弾を持っているようだった。よく見るとロボットは腰のベルトに幾つか手榴弾を吊り下げており、弾薬用のポーチも腰に装備していた。
中央広場の隅の地面は黒焦げになっていた。先程の爆発音は、ロボットがそこに手榴弾を投げた音だろう。まるで、ロボットの動きのテストをしたかのようだ。
「これは……」
駅ビルマニオライで見た異様なロボットたちとよく似た光景だ。ミカは目を細め、ロボットが持つリボルバーを睨みつけた。一見、マニオライにいたロボットたちが装備していた、雑に塗装されたリボルバーと同じに見えた。
あの時、シャーレオフィスで先生に写真を見せられたのが役に立った。ミカはため息をつき、他のメンバーの顔を見渡した。
「駅ビルの時のロボットと似た感じだね。多分、武器も一緒」
「消しますか?」
即座に低い声で呟いたハルカ。慌てたように、視界に「まずは接触して」の字幕が浮かんだ。
「……では――」
ロボットを睨みつけたアリスが拳銃を構えた。何度も練習しているお陰で、かなりドロウが様になっている。
さすがのアリスも、この場で「光の剣:スーパーノヴァ」を使おうとはしなかったようである。そもそも外見が「なんか大きい大砲みたいなもの」でしかない特異すぎる武器である「光の剣:スーパーノヴァ」は、威嚇や牽制には全く向いていない。そもそも今回の相手は武器の知識があるとも思えない民間人、それもスクーナーの影響下にある可能性が高い相手である。故にアリスはすぐに、この場では拳銃の方が有効と判断したらしかった。それは間違っていないのだが、そもそも銃器で威嚇しながら近付こうとする行動自体が宜しくなかった。
「あ、アリスちゃん、ストップ!」
横にいたミドリが慌ててアリスを止めた。
「え、何故ですか、ミドリ」
「アリスちゃん、こういう状況では
怪訝そうな表情を浮かべるアリスに、ミドリは早口で説明した。少し焦っているように見える。忌々し気にロボットを一瞥し、アリスに向けて強い口調で言った。
「アリスちゃんも、しっかりファイルを読んだでしょ。ほら、ROE(交戦規定)だよ」
「あっ」
どうやら思い出したらしく、アリスはすぐに真剣な表情で拳銃を下ろした。そのまま素早くホルスターに拳銃をしまい、数歩後ろに下がる。それを見ながら、ミカは僅かに眉を顰めた。
生徒同士では気軽に銃撃戦が勃発するキヴォトスであるが、武器を携行しているとはいえ一般市民にいきなり発砲すれば、相応の罰が下される。それでも説教や罰則程度で済まされるのが超銃社会たるキヴォトスなのだが。
シャーレは超法規的機関であるが、それは全ての法を無視できるという意味ではないし、倫理に縛られないという意味でもない。シャーレ部員といえども、武器を持っている
とはいえ何事にも例外事項というものが存在しているので、正確に言えば、法規的な意味では市民への先制攻撃も出来ないわけではないのだが、やりすぎてはシャーレという絶対的権限を持つ組織への反感を高めるだけだということで、先生が可能な限り抑えるように部員に求めている。
あくまで先生による「命令」ではなく「意向」に過ぎないのだが、それはシャーレ部員にとっては鉄の掟に等しい。余程の理不尽でもない限り、シャーレ部員が先生の意向を無視することはないし、それに市民相手に無差別に暴れまわる組織というイメージを抱かれれば、シャーレの顔たる先生の面子に傷が付く。シャーレ部員の行いで先生の顔に泥が塗られるなど、あってはならないことである。
「せめて向こうがこっちに銃口を向けてきたら、対処はできるんだけどねぇ」
ミカたちが会話をしていても、ロボットたちはミカたちに拳銃を向けるどころか、視線すら向けることはなかった。すぐ目の前で話していたわけではないし広場中に響くほどの大声を出していたわけでもないのだが、然程距離が離れているわけでもないので、会話の内容は聞き取れなくとも、銃を装備した生徒の集団が話し合っていることくらいは分かるはずだ。にもかからわずミカたちの存在をまるまる無視し、動じることなく只管突っ立っているその光景はかなり不気味である。
異常な光景に、モモイの表情がどんどん青ざめていった。
「……プレイヤーが話しかけるまで立っているだけのNPCみたいだ……」
「……お姉ちゃん、せめてホラーに例えてよ……そんな比喩は色々とアウトだよ。もうそうにしか見えないじゃん……」
「わ、わたしもそう見えてきた……。アリスちゃんに感性が近付いたのかな……」
「朱も交われば赤くなるってやつ? ゲーム開発部先輩の私や部長のユズが影響を受けちゃうと逆な気がするけど……」
「お姉ちゃんがそれ言う? アリスちゃんの話し方は10割お姉ちゃんのせいじゃん」
「いやいやいや、何度も言うけどそれは責任転嫁ってやつでしょ! 確かに私が始めたけど……途中からミドリもユズもノリノリで――」
「なるほど、つまりこの人たちがエネミーかNPCかわからない、ということですね! うーん、アリスは鑑定魔法を持っていません、どうすればよいのでしょうか……」
「……はあぁーっ」
ゲーム開発部のやり取りを聞いていたハルカは大きく息を吐いて首を振った。乱暴に側頭部を掻き、小さく舌打ちをする。明らかに苛立っている様子であり、紫色の冷たい光を放つ瞳からは、徐々に色が失われていった。
「……確か、銃を構えるのも、あまり良くないんでしたよね……。では、私が行きます。私、頑丈ですから……。これ以上、先生の敵の近くで何もせずに立っていたくありません……」
そう言うと、ハルカはスリングを肩にかけて愛銃を背負った。そして、周囲が止める間もなくスタスタと歩き、ロボットのうち一番手前で立っている1体に近付いていった。
「あ、伊草さん――」
「いや、多分これが正解かな。全員、銃を構えちゃ駄目だよ」
動揺するゲーム開発部一同をミカが止めた。そして、じっとハルカの背中を見つめる。ハルカは堂々とロボットに近付き、ロボットの目の前で立ち止まった。
目の前にハルカが立ってもなお、ロボットは突っ立ったままだった。俯き、銃口をハルカに向ける様子もない。
「……」
ロボットを睨みつけ、ハルカはポケットからシャーレのIDカードを取り出した。シャーレのロゴマークが描かれたカードを、ロボットの虚ろ目の前に突き付ける。
「……あの、こんにちは、連邦捜査部『シャーレ』です。少々、お話をお伺いしたいのですが――」
「……」
「あ!」
ハルカを見つめていたモモイが声を上げた。
ロボットがハルカの声に即座に反応したのだ。正確に言えば、ハルカが「シャーレ」と発言したことと視界に飛び込んで来たシャーレのIDカードに反応したように見えた。
先程までの行動が嘘のように、素早く腕を上げてリボルバーをハルカに向けた。
すぐにハルカも動いた。身体を逸らして射線から離れると、ロボットの顔面に肘を叩き込んだ。
「わーお、えっぐ☆」
面白そうに笑いながらミカがぱちぱちと拍手をする。それを見て、ミカの隣にいたユズが口元をヒクつかせた。先程パンチで装甲車を吹っ飛ばしたミカがそれを言うかと思ったが、言葉として口から出す度胸などない。
肘鉄をくらったロボットは吹き飛ばされ、持っていたリボルバーと手榴弾が宙を舞った。ハルカは素早く両手でリボルバーと手榴弾をキャッチし、手榴弾をしまい、後ろを振り返ることなく、リボルバーをミカたちに向けて放り投げた。
「……あ、おーらい、おーらい……っと」
狙って投げたのだろうが、リボルバーはモモイの真上に届き、背伸びしたモモイがしっかりとキャッチした。
「キャッチしたよー!」
モモイの声を背中で受けつつ、ハルカは素早く吹き飛んだロボットのもとに走り、両肩を抑えて拘束した。
「先生、壊してもよろしいでしょうか?」
そう言って虚空を眺めるハルカだが、すぐにしゅんとなって「すみませんすみません」と小声で呟いた。
先程まで冷徹にきらめいていた瞳には、怯えや恐れが感じられた。
「……あ、ひょっとして、先生の声とか字幕って……」
ミカがポンと手を合わせると、隣に立ったままのユズがおずおずと言った。
「あ、ご存じなかったですか? レンズを通して先生が私たちに音声や字幕で指示を出す場合、全員に送ることも出来ますし、特定の対象に送ることも出来ます。
多分、先生は伊草さんだけに聞こえる声か字幕で注意をしたんでしょうね。伊草さん相手だと、よくある事です」
「え、よくあるんだ」
「伊草さん、結構暴走しがちな人なので……」
ユズは苦笑し、そっとミカから視線を逸らした。精一杯フォローしているつもりのようだが、滝のように汗を流しているし声も小さく、殆ど逆効果である。
「ふーん……」
これだからゲヘナの子は。
自然とそう言いそうになって、ミカは慌てて口を閉じて両頬に手を添えた。不思議そうに自分を見上げるユズを気にする余裕もなく、ミカは内心で己を叱咤する。
相変わらずこういう思考をしてしまうのだから、本当に自分も救えない。大体、暴走してしまうことについては自分も他者に偉そうに説教できる立場ではない。そう胸に言い聞かせ、ミカは首を激しく横に振った。
「み、聖園さん?」
「あ、うん! 何でもないよ、何でも!」
あはは、と笑って誤魔化しつつ、ミカは残る2体のロボットを見つめた。仲間がハルカに拘束されているというのに、何の反応もない。時々顔を上げ下げしたり、ふらふらと体を揺すったりしているが、特にリアクションを見せる様子もなかった。
一応、モモイやミドリが愛銃を向けることはしていないものの残りのロボットたちを
これは駄目だ。相対するだけで精神に悪い。さっさと終わらせるに限る。
仕事中に余計なことを考えた自分を戒めるかのように、ミカは速足でロボットに向かって歩き出した。
小さく息を吐き、ポケットからシャーレのIDカードを取り出す。相変わらず、ロボットたちはミカたちに銃口を向ける気配はない。そのお陰ででこんな状況なのに先制攻撃が出来ないし、問答無用で殴ることもできないのだから、連邦生徒会直下の機関という肩書は厄介である。
今のミカは自分でこれでもかと汚した自分の看板だけでなく、先生の看板も護らなくてはいけない立場にあるのだ。今更ながらそんなことに思い至り、気付かなかった自分の間抜けさにため息が出た。
ゴキン、と嫌な音が響いた。音がした方にミカが視線を向けると、ハルカがダラリとしたまま動かなくなったロボットの足を引き摺り、モモイたちの方に向けて歩き出すところだった。その瞬間、ミカとハルカの目が合った。ハルカはぺこりとお辞儀してモモイの元へ向かっていく。変なところで常識的な少女である。
「……あ、じゃあ……残りは、私が」
「あ、アリスも行きます!」
ミドリが意を決したように歩き出し、その後を追うようにアリスも動いた。ゴクリ、と息を飲んだモモイとユズは動かず、ロボットたちを睨み続けている。
ミドリとアリスは歩くというよりほぼ駆け足で、最後のロボットに向かっていった。
「……?」
ミカは足を止めた。どうも、嫌な予感が頭の中に芽生えてきた。そのまま成長し、己の脳内を不快感が満たしていくのを幻視する。同時に言語化できない違和感が生まれ、肩にかけた愛銃のスリングを握った。
そんなミカを見て不審に思ったのか、ミドリとアリスもミカに顔を向けて立ち止まった。
「……あれ?」
ミカは違和感の正体に気付いた。2体のロボットは突っ立ったままだ。
「……これは、よくないかも」
そうミカが呟いた瞬間、2体が同時に腕を上げた。2丁のリボルバー拳銃が、ミカに向けられる。銃弾を躱そうとミカが足に力を入れた瞬間、立て続けに2発の銃声が響いた。
ゆっくりと、2体のロボットが倒れた。
「お、おおー……」
歓声とも驚嘆ともつかない声を上げたのはモモイだった。
ミカが後ろを振り返ると、拳銃を構えたアリスが立っていた。
「……あ、これで、最後の銃弾ですね……」
アリスは拳銃の銃口を覗き込み、暢気そうに呟いた。