聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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 大変遅くなりました!
 本話で第3章は終わりです。たくさんの方にお読みいただき、そしてご感想と誤字報告をいただき、とてもうれしく思います。そして誤字報告には大変助かっております。ありがとうございます!


シャーレ部員と一緒に⑮

 3体のロボットを倒した後、ミカたちは先生より戦闘の終了及びシャーレオフィスへの撤収を指示された。

 まだ捕えていない売人が1体残っているのではないか、とミカは一瞬だけ思ったが、そのことで先生に意見を具申する気にはなれなかった。そんなことは先生も承知の上であるはずだ。しかし先生が撤収を優先したのならば、何か理由があるのだろう。

 他のメンバーも同様のことを考えているのか、誰も異を唱えることなく、黙々と6人は撤収準備に取り掛かった。

 幸いなことに、先生からの指示が降りた直後にヴァルキューレの車両の群れが公園に突入してきたので、ミカたちはヴァルキューレの生徒たちに簡単な引継ぎ作業をして、即座にシャーレオフィスに向かった。

 

 そして、シャーレオフィスの入り口に到着したミカたちの目の前に飛び込んできたのは、オフィス前に我が物顔で停車していたパトカーだった。ヴァルキューレ警察学校のパトカーである。

 

「……あ」

 

 モモイが声を上げてパトカーを指差した。ちょうどパトカーから降りてきたのはヴァルキューレの生徒と、別の制服を着た少女だった。降りた後、ヴァルキューレではない制服を着た少女は後部座席から何かを乱暴に引っ張り出し、地面へ捨てるように落とした。

 どちゃりと派手な音を立てて顔から地面に叩きつけられたのは、小柄で丸っこい形をした寸胴のロボットだった。全く動かず、完全に気を失っているように見えた。

 

「おーい、ミユさーん!」

 

「パンパカパーン! アリスは遠距離魔法使いのミユとのエンカウント条件を達成しました!」

 

 モモイとアリスが同時に声をかけると(アリスはどちらかというと自分自身に言ったようだったが)、少女はビクリ、と肩を震わせて小さく悲鳴をあげた後、ゆっくりと振り返った。SRT特殊学園1年生の霞沢ミユだ。

 ミユは近付いてくるミカたちを見て小さく会釈をすると、ロボットの片足を掴むとスタスタとミカたちの方へ歩き出した。もう片方の手で愛銃を握り、若干俯きつつ片手でロボットを引き摺っているその姿は、まるで死神を彷彿とさせる凄みがあった。

 少し遅れて、ヴァルキューレの生徒が慌ててミユの後を追って走ってきた。ヴァルキューレの生徒を気にすることもなく、ミユは困り果てたように眉を下げつつ、か細い声でぼそぼそと喋りだした。

 

「シャーレの皆だ、話しかけてもらえた……。やっぱり先生にお願いしてパトカーで送ってきてもらって正解だったんだよね……。1人じゃ気付かれもせずにシャーレオフィスの玄関で踏まれて先生用のドアマットになっちゃうから……」

 

 俯きながら殆ど聞き取れないくらいの小声で独り言を呟きつつ、ロボットを引き摺りながらゆっくり近づいてくる少女。普通に恐怖である。

 ミカは思わず頬を引き攣らせたが、他の5人は気にも留めずにスタスタと歩いてミユに近付いていく。ユズすら怪訝な表情を浮かべつつもドン引いてはいないようである。

 おそらくあれでも平常運転なのだろう。ハルカと似通っているものの、別ベクトルで雰囲気が怖い生徒である。ハルカのように倒した相手への憎悪や激しい怒りこそ明確に発しているようには見受けられないものの、雑にロボットを引き摺り歩く様は、相手をマトモに扱うことを徹底して拒絶しているであろう彼女の心中がひしひしと伝わって来ていた。

 

 ミユはミカたちの目の前までやってくると、今度は大きく会釈した。ミユの後ろにはヴァルキューレ生徒がやってきてお手本のような奇麗な敬礼をするが、口を開くことはなかった。このヴァルキューレ生徒は特に会話に加わるつもりはないらしい。

 ミユは小さく息を吐いた後、僅かに口角を上げて弱り切ったような僅かに可笑しいような微妙な表情を浮かべ、挨拶をした。独り言よりかは遥かに声量が大きいが、それでも一般的な話し声より小さい声だった。

 

「あ……こ、こんにちは……。お疲れ様です、その……差し出がましい様ですが、ええと、お手伝いさせていただきました……」

 

「えっ」

 

 出会い頭にいきなりそんなことを言われて目を丸くしたミドリは、声を上げた後ミユが引き摺っているロボットを見下ろした。

 

「あっ、それ、最後の売人!」

 

「えっ!」

 

 慌ててユズがスマホを取り出し、画面とロボットを交互に見比べた。

 

「……ほ、本当だ……。流石はミユさん……」

 

「あぁ、霞沢さん、ありがとうございます! お役に立てず……すみません、当番ではありませんでしたよね、お手を煩わせてしまいまして……」

 

 ユズとハルカが立て続けに称賛してぺこぺこと頭を下げると、ミユは後ずさりつつ慌てて首を振った。

 

 へぇ、お手柄だ。

 ミカは感心し、目の前の少女をしっかりと観察した。おそらく、少女は狙撃でロボットを仕留めたのだろうと当たりをつける。彼女が背負っているライフルには、地味な色の布がぐるぐると巻かれていた。「バーラップロール」と呼ばれるこの布は、狙撃手が身を潜める際に銃を偽装するときに使うものだ。大体朽ちた木の枝に偽装するために使用することが多いのだが、偽装の他にも光の反射を抑えたり消音の効果もあるため、街中での狙撃にも十分な効果を発揮できる。それを巻いていることから彼女がスナイパーだということは容易に想像がついた。

 

「い、いえ! 私、オフィスのカフェで休憩していたのですが、先生からのご指示で公園の方に行って……そして、ヴェリタスの方々に援護してもらって、この人を見つけられたんです。……私、時間があればカフェで待機しているので……。今日はサキちゃんが当番だったから、時間があ――」

 

 そこまで言った後、ミユはミカの方に視線を向けた。墨を溶かしたような黒いオーラを放つ瞳がミカを捉え、パチリと1回瞬きをした。

 

「……あ、聖園ミカさん……ですね。その、初めまして……」

 

 先程よりさらに小声で、ミユは僅かにミカの顔から視線を逸らしつつ頭を下げた。

 

「……SRT特殊学園1年の、霞沢ミユと申します。……多分、私なんかすぐ忘れるでしょうけど……」

 

「え、う、うん。こんにちは、聖園ミカだ――」

 

 慌てて会釈して挨拶を返すミカ。しかしそんなミカの挨拶を遮って、ミユは再び話し始めた。

 

「私、ゴミだから。先生には助けていただいてばっかりなのに。駅ビルの喫茶店で先生が狙われて、攻撃を受けたと聞いた時にはD.U.にいたのに。現場の駅ビルの近いところにいたのに。なのに先生を護ることも出来なくて。影が薄すぎるから肉盾にもなれない小石以下の私は、やがて先生からも忘れ去られてこの世界から消えていくんだ……。

 でも、それが私への罰なんだ。役立たずのゴミ箱に入るのもおこがましい私なんか、ゴミ収集車のお世話になる価値すらもないんだ。その辺で打ち捨てられて、じくじくと腐り落ちて、来世ではゴミになることも出来ないんだ。

 せっかくこんなゴミ未満の私でも、先生に会えたのに。先生の傍にいることが出来るのかなって分不相応な期待を持った結果がこんな罰なんだ――」

 

 只管に黒く染まっていく瞳。弱弱しくか細く情けない声なのに、まるで地獄の奥底から響いているような、聞く者の心を蝕むような恐ろしさがあった。

 いや、怖い。ミカは思わず閉口し、困ったように首を傾げて隣にいるモモイを見つめた。ミカの視線に気付いたモモイはミカを見上げ、処置無しと言いたげに首を左右に振って肩を落とした。どうやら本当にいつもこんな感じらしい。

 そんなミカとモモイの無言のやり取りを見て、ミドリがミカに近付き、言いづらそうに小声で言った。

 

「ミユさんはシャーレに入部した時からこんな感じですよ。あの人はエデン条約調印式の時にはシャーレに入部していませんでしたから、ええと、あの事件が原因ではないです。……今は皆、先生が攻撃されるかもしれない可能性に機敏になっていますが、あの人はまだマシな方です」

 

「……あー……うん、そうなんだね……」

 

 ミカは眉を下げ、ため息をつきたくなるのを堪えてミドリから視線を外した。

 どうやらミドリは、ミユの言動がエデン条約の事件がトラウマになっているせいだとミカが考えたのではないかと誤解した様だった。

 つまりはミドリがそんな誤解をしてしまうくらいには、シャーレにおいてエデン条約調印式の先生の負傷がトラウマとなっている生徒がいるのだろう。

 これまで出会ってきたシャーレ部員の言動からしてわかり切っていたことだが、改めてそれを突き付けられた気分だった。

 

 ミカがそれ以上何も言えないでいると、ハルカが小走りでミユに近付いていった。

 

 

「……霞沢さん……その……」

 

 ハルカは少し焦ったような表情を浮かべ、ポンポンとミユの肩を叩いた。

 

「あ、あまり、ネガティヴなのもよくありませんよ?」

 

「あ、ごめんなさい、ありがとうございます……」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ミユがハルカに顔を向けると同時に、モモイとミドリが揃ってハルカを凝視した。2人の目が「え、貴女が言うの?」と言いたげに開かれている。ミカは声をあげなかったものの、口を開けてハルカの背中を見つめた。

 

「そ、そうですよ……」

 

 次にユズがミユの傍に近寄り、ハルカと反対方向からミユを慰めようと背筋を伸ばして両手を振った。

 

「ほら、霞沢さんは小石以下なんかじゃないですよ! すっごく先生のために働いているじゃないですか! もっと大きな、ええと、石……いや、岩……いやいや、(いわお)くらいですよ!」

 

「ユズちゃん、他人のこと励まし慣れていないにも限度があるよ……。ミユさんは別に無機物になりたいわけじゃないでしょ……」

 

 頭を抱えながら、ミドリがため息交じりにツッコミを入れた。憐れむような視線をミユではなくユズに向けている。両手でガッツポーズを作って汗を流し、必死に言葉を探している部長に対してあんまりな対応だが、実際、あの言い様はゲーム開発部の面々すら擁護不能であった。

 三つ子の雛鳥が互いの傷を舐め合っているみたいだ。

 思わずそんなことを考えてしまったミカは、慌てて頭を振ってその想像をかき消した。

 

 

「……それで、どうしてそのロボットをここに連れてきているんですか?」

 

 ミユが落ち着いた後、ミドリが漸く本題に入れる、といった具合に安堵の息を吐いてロボットを指差した。

 

「あ、はい。この人は、ちょっとヴァルキューレから借りて(・・・)きました。今、ミレニアムに部員の皆さんが集まってきています。先生から許可をいただいて、この後ミレニアムにこの人やスクーナーを服用した被害者の方、ゼルコヴァPMCの人を連れて行って、お話をしてもらうつもりです」

 

 ミユはそう言うと、目を細めて自分が足を掴んだままのロボットを見下ろした。感情の込められていない昏い瞳が動き、無様な姿のロボットを捉える。

 本来、シャーレは捜査と犯人(被疑者)の捕縛までを行い、取り調べや矯正施設への護送はヴァルキューレなどの各地域の治安維持組織に任せることが多い。それらを含めて全てシャーレが単独で行ってしまうと治安維持組織の面子に関わるというのもあるが、シャーレに取り調べのノウハウを持つ人材があまりいないことや、取り調べなどにリソースを割く余裕が殆どないことも大きな理由である。

 

「……今回の件は、特例です。流通しているもの、スクーナーは一種の違法プログラムのようなもので、対象はロボットに限られます。効果や仕組みを調査するには、専門的な設備と技師による分析が欠かせません。なら、そういったものが揃っているミレニアムでやる方が良いでしょう」

 

 そう言って、ミユはヴァルキューレ生徒を一瞥した。淀んだ瞳を向けられたヴァルキューレ生徒は、無言を貫きつつもバツが悪そうに頬を掻く。

 治安維持機関であるヴァルキューレには、当然の如く科学捜査やロボットが対象の違法プログラムやソフトウェア等の各種解析・分析を行う専門部署があるだろうが、万年予算不足のヴァルキューレと最新設備と技術者が集まったミレニアムサイエンススクールを比較する方が酷だろう。

 

「……他にも理由はありますけど。例えばミレニアムの方が、色々と動きやすいですので」

 

 ボソリとミユの口から放たれた言葉に、ミカは思わず納得した。

 ミレニアムサイエンススクールは、今や実質的にはシャーレの外部機関と化している。何せ生徒会であるセミナーの中心人物のうちの半数、セミナーの持つ武力集団「C&C」全員、さらには高度な技術者(マイスター)のみが所属するエンジニア部とセミナー非公式のハッカー集団であるヴェリタスの全員、挙句の果てにはミレニアム史上僅か3人しかいない学位「全知」を獲得した超が付く天才ハッカーである明星ヒマリがシャーレに所属している。

 この他ゲーム開発部全員、特異現象捜査部の和泉元エイミ、トレーニング部の乙花スミレがシャーレに所属しており、もはやミレニアムの重要人物や実力者でシャーレに所属していない者の方が希少である。

 最近はトリニティ総合学園も同様に上層部の生徒が続々とシャーレに入部しているが、それでもミレニアム程シャーレと強固な同盟関係を結んでいる学校は存在しないといっても過言ではないだろう。なお、全校生徒がシャーレに所属し、シャーレの支援がなければ存続すら危ういアビドス高校は特例中の特例である。

 

 早瀬ユウカをはじめ、シャーレに徹底してのめり込んでいった結果がこれである。三大校の中でもっとも迅速にシャーレとの協力体制を構築することができる環境が整っていた上(何せセミナーのユウカがシャーレの最古参部員である)、シャーレと組むメリットを最も享受できる学校なのだからある意味当然ではあるのだが。

 シャーレによってキヴォトスの混乱が(連邦生徒会長失踪直後と比べて)収まったことで一番得しているのは、キヴォトス中に技術や製品を提供・輸出することで莫大な利益を得ているミレニアムをおいてほかにない。どんな優れた技術を開発しても、平和(キヴォトス基準)になって流通網が整っていなければ利益には繋がらない。健全な技術の発展と成功には、武器や兵器だけが売れていても意味はないのだ。

 

 先生とミレニアムを結びつけるのは、生徒が持つ先生への好意だけではない。先生とシャーレの存在がミレニアム、ひいてはキヴォトス全体の利益になるからこそ、ミレニアムは先生と確固たる相互協力関係を確立しているのである。

 ミレニアムにとってはミレニアム自治区以外の安寧秩序(キヴォトス基準)も大事だった。買い手の懐と心が満たされていなければ、ミレニアムの製品と(いえど)も売れないからである。……決してそれを言い訳にして、ユウカたちが先生にのめり込んでいるわけではない。恐らくは。

 

「ですので、色々と融通が(・・・)利きます。全部、シャーレ(わたしたち)のやりたいように。全て……すべてを、お話してもらいます。

 そういうわけでこれから運ぶのですが……ミレニアムに護送するためにヴァルキューレの人員とパトカーを手配してもらいましたので。ゼルコヴァPMCや売人の人たちは、一部だけ借りてミレニアムに送ります」

 

 ミユがそう言うと、全員が得心がいったと頷いた。

 意識を失った状態のロボットをミレニアムへ運ぶ程度であれば、ミユ1人でも十分可能であった。少数精鋭特殊部隊の一員として、ミユも様々なスキルを取得している。車の運転程度はこなせるし、何なら無人タクシーを使うという手もある。つまり後ろのヴァルキューレ生徒は、ヴァルキューレの体面的な問題でミユにくっついてきているだけなのだろう。道理で全く会話に加わってこないわけである。当人も自分が空気同然のおまけであると認識しているのだ。しかし空気のような存在でも、いるのといないのとでは全然違う。こういうのは、形だけでも同伴しておいた方が後々便利なのだろう。

 

「いつの間にそんな話に……」

 

「えっと、ユウカさんがすぐに先生に許可を取ってヴァルキューレに話を通してくれましたよ。私も先程聞いたばかりなんです」

 

 ミドリが感心半分呆れ半分といった感じで言うと、ミユは小首を傾げて答えた。

 

「それで、捕縛したこのロボットをD.U.からミレニアムへ運ぶには、先生が(したた)めたシャーレ正式の書類が必要でして、それを頂きにオフィスに寄りました」

 

「成程、ミユの遠征クエストですね! 頑張ってください!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 最後まで黙って聞いていたアリスが何度か頷き、笑顔を浮かべながらぱちぱちと小さな手で拍手をした。それを受け、ミユははにかむように地面に視線を向けた。

 

「……それでは、私はこれで。あ、聖園ミカさん」

 

「えっ?」

 

 いきなりミユに話しかけられ、ミカは戸惑いつつもミユの顔を見た。ミユは目尻を下げたまま、僅かに口角を上げた。

 

「もしかしたら私のこと、忘れてしまうかもしれませんが。また、すぐに(・・・)お会いできるかもしれません。その時は……宜しくお願いします」

 

「……えっ」

 

「私が言うのも何ですけど……皆さん、お疲れ様でした」

 

 告げるだけ告げた後、ミユは大きく会釈してミカたちに背を向け、ロボットを引き摺りつつ歩き出した。

 

「あ、そっか。……もう、今日の任務は終わりだよね」

 

 ユズが呟く声がミカの耳を震わした。

 そうだ、これで一先ず今日唐突に飛び込んで来た仕事は終わったのだ。

 今更そう考えたミカは、ふぅ、と息を吐き、モモイとアリス、そしてユズとミドリとハルカの顔を見渡した。

 

「じゃあ、先生に報告して……そして、ハルカちゃんとか、食べた人もいるかもしれないけど」

 

 ミカはにっこりと微笑んだ。

 

「お昼ご飯、食べに行こっか☆」

 

 その言葉に、全員が同意した。




 いつもお読みいただき、ありがとうございます!
 あとは閑話を投稿して、第4章に入ります。第4章はシャーレ部員がたくさん登場する予定です。お楽しみいただけますと嬉しいです!
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